魔法少女リリカルなのは ~The creator of blades~   作:サバニア

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今日は二話投稿になりました。


17話 想いと嘆き

 

 私たち――――ユーノ君、士郎さん、アルフさんを含めた4人は海鳴臨海公園の結界内部に居た。

 この結界はクロノたちが張ってくれたもの。周囲に被害が出ないようにするための配慮みたい。レイヤー建造物が海の中から建っているのは、何でだろう……。これって『管理局』が模擬戦で使ってる空間の流用なんじゃあ――――――

 

 

 そんなことを考えていると、短い風が吹いた。

 後ろに振り向くと――――フェイトちゃんが立って居た。

 

「よかった……シロウ……無事だったんだ……」

 

「ああ」

 

 士郎さんの姿を見て、フェイトちゃんは安堵の息を吐いた。

 今度はアルフさんが口を開く。

 

「フェイト! もう止めよう! これ以上、あの女の言いなりになっている必要なんてないよ!!」

 

「だけど……私はあの人の娘だから」

 

 フェイトちゃんは頭をゆっくりと左右に振ってから、口にした。

 それがフェイトちゃんの想いなんだね。

 私にもあるよ。自分の想いが――――

 

「なのは、フェイト。俺たちは見守ってるからな。

 だから……自分の想いをぶつけることに集中してくれていい」

 

 士郎さんがユーノ君とアルフさんを連れて、離れていく。

 ここに来る前、戦うのは私たちだけで他のみんなは手出しをしないことを条件にしていた。私とフェイトちゃんは『ジュエルシード』を集めてきた。まだ付いていないその決着は……自分たちで付けないといけない。

 だから、ここからは私たちだけ。

 

「――――『ジュエルシード』……それが私とフェイトちゃんが出会ったきっかけ。

 だから、賭けよう……お互いが持ってる全ての『ジュエルシード』を!!」

 

「「Put out」」

 

 私のレイジングハートとフェイトちゃんのバルディッシュから互いに持っている全ての『ジュエルシード』が私たちの周囲に浮かび上がる。

 

「私たちの全てはまだ始まってもいない!

 本当の自分を始めるために――――始めよう……最初で最後の……本気の勝負!!」

 

 互いに持っている『ジュエルシード』が再びデバイスに納められる。

 それが勝負を開始する合図になった。

 

 

 

**********************

 

 

 

 結界内部の海上で桜色の軌跡と黄色い軌跡がぶつかり合い、火花を散らす。

 両者は交差するごとに自身の愛機で打ち合い、金属音を鳴り響かせる。

 それが過ぎて、距離が開いたら、魔力弾の撃ち合いだ。

 フェイトがなのはの後方を取り、追走する。

 

「Photon lancer.」

 

「ファイア!」

 

 撃ち出せれた4発のフォトンランサー。雷槍は目にも止まらない速度で、なのはへ襲い掛かる。

 なのはは即座に反転して、『ラウンド・シールド』を展開して、防御をする。

 

 

 だが、フェイトはそれが通用しないと始めから解っている。動きを止めるのが目的だ。

 サイズフォームに変形したバルディッシュから繰り出された横一線の一振り。

 なのははそう来るのが解っていたかのように、高度を上げた回避した。そのまま、フェイトの後方へと移動する。

 これで攻守交代だ。

 今度はなのはから誘導弾が撃ち出される。

 

「Divine Shooter.」

 

「シュートっ!」

 

 なのはの号令により、複数の誘導弾が違う軌道を描きますながら各々にフェイトに向かって行く。

 フェイトが選んだのは――――回避では無く、迎撃。

 誘導弾は名の通り、目標を追跡する。ならば、回避行動を取るのではなく、迎撃をした方がいい。それが可能な熟練者であればの話しだが……。

 

 

 到来する全ての誘導弾を、フェイトは一閃で切り払った。鎌の性質上、連続的に振るうのは困難だ。だから彼女は誘導弾と自身の距離を計算し、一閃で迎撃可能なポジションに移動して、成功させた。

 カウンターを仕掛けるようにフェイトはなのはに急速接近。鎌を降り下ろす。

 

「Round shield.」

 

 なのははシールドを張り、防御する。彼女の守りの固さはフェイトも知っている。

 よって、追撃を入れる。

 

「Thunder Barrett.」

 

 フェイトの左手にハンドボールサイズの雷弾が形成される。それをなのはの守りの上から叩き付ける。

 発生した爆風に押しだされて、なのはは海に叩き墜とされた。

 

 

 フェイトが空中に漂い、海面を見ていると――――なのはが高速で飛び出してきた。レイジングハートの先端が槍の様に鋭くなっていて、突撃したのだ。

 フェイトのシールドとなのはの一撃が衝突する。

 

「せぇぇぇいっっ!!」

 

「……重い!」

 

 どうにかフェイトは一撃をいなすことに成功し、距離を取る。

 またフェイトをなのはが追走するが、フェイトは急に失速して、進行方向反転させる。

 その突然の挙動の変化になのはの反応は間に合わず、斧による打撃が入る。振り抜かれた一撃により、なのはは後方へと飛ばされて、距離が開く。

 そこで一旦、両者の動きが止まる。目視は合わせ続けて、どう動くのかの読み合いだ。

 先に動いたのはフェイトだった。

 

「……いくよ、バルディッシュ」

 

 バルディッシュを天へ向けて掲げて、詠唱を始める。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス……

 疾風なりし迅雷よ

 いま導きのもと撃ちかかれ……

 バルエル・ザルエル・ブラウゼル……」

 

「Phalanx shift.」

 

「!?」

 

 フェイトの高速詠唱。魔法などは術の詠唱が長い程強力な場合が多い。彼女はそれによる術の発動が遅くなる点を、高速詠唱で補う。

 魔法初心者のなのはは、それ以前に危険な攻撃が来るのを直感的に感じ取っていた。

 回避行動を取ろうするが――――出来なかった。何故なら、フェイトが仕掛けたバインドにより両腕が固定され、身動きが取らなかった。

 

「設置型のバインドか!? それにあれは――――」

 

「ライトニングバインド……まずい、フェイトが本気だ!」

 

「なのは、今――――」

 

「……俺たちは最初に『手を出さない』と、約束した筈だぞ、ユーノ」

 

「でも、シロウさんっ!?」

 

「シロウ、フェイトのあれは冗談抜きにヤバいってっ!!」

 

 ユーノとアルフから焦りの声が上がるが、士郎は一言だけ言うと、視線を戦闘へ戻す。

 これは彼女たちの勝負であり、当事者でない者が口出しをすることを許されないことだと示すように。あるいはそれ以外に懸念があるのかのように。

 

 

 フェイトの詠唱が完了し、生成されたフォトンスフィア(発射体)は38基。

 それらがフェイトを中心に展開されている。それは小規模の星々の集まりを連想させる。

 

「打ち……砕けェェッッ!!」

 

 フォトンランサーの一斉射がなのはへ一直線に殺到する。

 1基から毎秒7発を4秒間――――それを38基のフォトンランサー(発射体)から行われる。その総数――――1064発。

 豪雨と言う例えも越える程の雷槍がなのはを襲う。

 それらは周辺の建物にも着弾して、辺り爆煙を発生させる。

 最後にフェイトはスフィアを天へ掲げた右手に集約させて、一本の雷の長槍を形成する。彼女は腕を力強く降り下ろして、投擲した。

 

「スパーク――――エンドッッ!」

 

 雷の長槍がなのはの居る地点へ向かい、爆ぜた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ――――」

 

 ほとんどの魔力を使い果たしたフェイトに疲労の汗が浮かぶ。これで決着が付いたと思われたが――――

 

 

 

**********************

 

 

 (私のほぼ全ての魔力を使った攻撃……これで――――)

 

 勝負は付いたと思っていた。けど、視線を未だに漂う煙に向けると……人影が――――

 

「……撃ち終わると……バインドも解けちゃうんだね?」

 

 耐えた? 私のあれを!?

 間違いだと思った。先の攻撃を防げる訳が無い……。

 いや、単純な話しかもしれない。単純にあの子の防御が桁違いに硬いだけ――――

 

「今度はこっちの番だよっ!」

 

「あ”ぁ”ぁ”――――」

 

 砲撃なんて撃たせない。今ならまだ……接近すれば間に合う。

 思考を切り替えて、飛び掛かろうしたけど、右足が動かなかった。

 視線を向けると――――バインドが掛かっていた。続いて左手を残してバインドが掛かる。

 

「バインド……!? いつ――――」

 

 その時に頭を過った。多分、私が詠唱している最中だと……。

 

「Cannon mode.」

 

「ディバイン――――バスターーーーっ!」

 

 あの子の“杖”が“銃”に変形して、私を飲み込もうとする桜色の息吹きが発射される。

 私は左手を前に突き出して、シールドを張る。

 大丈夫……耐え切れる……。あの子もそろそろ限界の筈――――

 

「フェイト……」

 

 私を心配するアルフの声が聞こえた。それが認識出来た時には、もう砲撃は止まっていた。

 私のダメージは少なく済んだ。砲撃の勢いに巻き込まれたマントは海に落ちて行ったけど、私は大丈夫だ。

 

(あれ? 魔力の残滓が――――)

 

 無数の仄かな光が空高く昇って行って、一点に収束してゆく。あれは……。

 

「――――Star Light Breaker.」

 

「収束……砲撃……ッ!」

 

「受けてみて……ディバインバスターのバリエーションっ!」

 

 あれの直撃を受けたら終わるッ!! それにあの高度……今からじゃ届かないっ。防御しないと……! 

 

「うぅ……あ”あ”あ”――――」

 

 気力を振り絞って、魔力を汲み上げる。先と同じ一層の守りなんて無意味。だから私は5層の守りを作った。

 

「――――これが私の全力全開っっっ!!!

 スターライト……ブレイカーッ!!」

 

 一点に収束された魔力残滓は巨大な光球を形成して、あの子はデバイスのトリガーを引くことで撃ちだした。

 それはもう、砲撃なんて物じゃなかった。

 全てを飲み込む極光の一撃。防御は役に立たなかった。5層の守りは意図も容易く突破されて、私は光に飲まれた。

 ごめんなさい……母さん――――

 そう思いながら、私は意識を失った。

 

 

 

**********************

 

 

 

 なのはとフェイトの勝負に決着が付いた。

 なんと言うか……色々と肝を抜かれたな。

 フェイトの高速戦闘に、フォトンランサーの一斉射……並の魔導師なら出来ないようなことをやっていた。相当リニスに仕込まれたんだな。それは見ているだけで解った。

 

 

 なのはは総合的な技術ならフェイトには及ばない。でも、ある一点はフェイトどころか他者の追随を許さないものだった。

 フェイトの一斉射に耐えうる防御を可能とした莫大な魔力量。収束砲撃による一撃は、“アイツ”が使っていた『黄金の剣』の一撃を連想させた。

 

 フェイトは『スターライトブレイカー』を受けて海に墜ちたが、なのはが引き上げた。そして彼女はフェイトに肩を貸しながら、海に頭を出していたコンクリートの橋に舞い降りた。

 俺はそこに向かっている。考えたくはないが――――このままでは終わらないのが解っていた。

 

「私の勝ち……だよね?」

 

「………………」

 

 意識を取り戻したフェイトはゆっくり体を動かした。

 

「put out.」

 

「そう……みたいだね……」

 

 バルディッシュから『ジュエルシード』が放出されて、宙を漂う。

 フェイトは疲労が出たのか、フラっとバランスを崩しながらも一人で立って、空へゆっくりと昇って行く。

 その時だ。“空間が裂ける”様な感覚が俺の肌に空気を通して伝わってきた。

 以前と同じく、プレシアの『次元跳躍攻撃』が迫っている。

 

「フェイト! そこで止まれ!」

 

「えっ?」

 

 俺はフェイトの前に踏み込む。

 以前の様に受け流したりなんてしない。正面から受け止めてやるっ!!

 

「主……来ますっ!!」

 

「解ってるっ!」

 

 思考は澄み切っている。

 俺は二人の戦闘をただ見ていた訳じゃない。俺の最高の防御力を持つ守りを準備していた。あれは“剣”ではないが、鍛練により、強固な物になっている。

 それに、骨子の想定に使える時間も十分だった。この守りは――――『次元跳躍攻撃』であろうと防ぎ切れる!!

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)ッッ!!」

 

 

 ―――――真名を解放する。吹き荒れる魔力が大気を揺らす。

 少年が突き出した右手の前に出現した7枚の花弁が守護して、荒れ狂う雷に対抗する。

 これは彼の大英雄の投擲を唯一防いだ逸話を残すアイアスの盾だ。本来は“投擲”に属する武器に対しての結界宝具。しかし、この花弁の一枚一枚は古の城壁に匹敵する。故に、彼の大英雄よりも威力が無い物であるならば、“投擲”に属して居らずとも、十二分に守りを発揮する――――――

 

 

 荒れ狂う雷は一枚目の花弁と衝突するが、揺るがない。

 それもその筈だ。骨子の想定は十二分に出来ている。構造がしっかりしているために、崩れ去ることはない。

 はっきりとしている意識の中、荒れ狂う雷が収まってきた。それを知覚するが、気は抜かない。研ぎ澄まされた思考はそんなことを許さない。

 手応えは軽くなり、完全に消えたところで、アイアスを消す。

 

「大丈夫か?」

 

「……うん」

 

「フェイトちゃんっ! 士郎さんっ! 大丈夫!?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 なのはが慌てたこちらに向かって来た。以前と同じ光景に気が気でなかったのだろう。

 それに、アルフとユーノもこちらに来た。

 

「……あの鬼ババめ、ここまでするのかい……」

 

「――――――」

 

 アルフは自分の右拳を左手の平に打って苛立ちを露にする。

 その苛立ちは当たり前だ。俺も何も感じていない訳じゃない。

 

「『ジュエルシード』は……プレシアに回収されたよな……」

 

「……はい。でも、おそらくは管理局が行方を捉えていると思います」

 

 ユーノの考えが正解であることを伝えるように、ホロモニターが出現した。

 

「決着が付いたみたいだな。エイミィ、ゲートを」

 

「皆、一度こっちに戻って来て」

 

 

 クロノの指示を受けたエイミィの手で『ゲート』が出現した。

 フェイトとなのはの決着が付いたから、無論ここに止まる理由は無い。が、それ以上に重要なことがある。そう……プレシアの真意が判らない限り、この騒動の終わりはない。

 こうして俺たちは『アースラ』へ転移した。

 

 

 

 

 『ゲート』から『アースラ』に足を踏み入れた俺たちを迎えたのはクロノのだった。彼の手には手錠が握られていた。これはフェイトに対する物だろう。

 俺は必要無いだろ、と言ったが……そう言う訳にはいかないとなって、フェイトに手錠が装着された。執務官である彼の立場を考えれば仕方がないのは判っているが、素直には頷けなかった。

 

 

 クロノの先導で俺たちは、リンディ艦長たちが居るブリッジに足を踏み入れた。

 艦長席の隣から正面のホロモニターに目を向けていたリンディ艦長は俺たちの到着に気付くと、身を翻して俺たちと向かい合う。

 

「お疲れ様。それからフェイトさん……初めまして。私は貴女のことを監視していましたから、初めましてって感じは余りしないわね」

 

 目を床に落としていて、不安そうな雰囲気が漂うフェイトに、リンディ艦長は微笑みながら、柔和な声で話し掛けた。

 

 

 しかし、フェイトは以前としたままだ。複雑な心境なのはよく解る。自分は勝負に負けて、プレシアの望みに届かなかったことに対する自責の念。またしても母親から自身を巻き込んでまでの『次元跳躍攻撃』を受けそうになったこと。

 自責と恐怖の感情だけでも幼いフェイトには苦しいものだろう。加えて今はプレシアが『管理局』によって捕縛されようとしている。

 

 

 俺も納得が出来ていないことが多い。だから、俺もフェイトに及ばないとしても、苦しい感情は胸の内で駆け巡っている。

 

「フェイトちゃん……アルフさんたちと一緒に私の部屋に……」

 

 リンディ艦長はなのはに一瞬だけ視線を向けてから、再び正面のホロモニターに視線を戻した。

 おそらく、なのははリンディ艦長から念話でも貰ったんだろう。実の母親が逮捕される光景は見せたくないと言う配慮か。『艦長』と、一般と比べて高い地位を預かる者なのに、傲慢な姿勢は全くない。むしろ周囲を気遣う優しさと組織においての厳しさを併せ持った数少ない人物だろう。

 

「……そうだね。行こうか、フェイト。あ、シロウも――――」

 

「いや、俺はここに残る。俺だって色々と納得が出来ていないんだ。途中で離れることなんてしないぞ」

 

「……わ、私も残るよ……」

 

 アルフの提案に、俺は震えない声だったけど、フェイトは震えた声で答えた。無理もないだろう。それに、フェイトもホロモニターに視線を向けるが、その表情は不安に満ちていた。

 フェイトの意思を聞いた皆はこれ以上何も言わなかった。自分で決めたと言うことに、口出しをするのは間違いだと理解しているからだ。

 

 

 ホロモニターに映る光景が切り替わる。管理局の突入部隊が、プレシアの居る“玉座の間”に辿り着いた。

 部隊長が声を上げる。

 

「プレシア・テスタロッサ――――時空管理法違反にならび、管理局艦船への攻撃容疑で貴女を逮捕します」

 

 鋭い声がプレシアに投げられる。しかし、彼女は未だに玉座に座っていて、頬杖をしている。まるで、目の前の突入部隊を驚異として認識していないのを表すように。

 部隊の一部が部屋の奥に足を踏み入れた。

 その部屋は通路のように縦長の構造だった。だが、道のど真ん中に少女が入れられた培養器のようなカプセルが鎮座されていた。

 その少女は――――――

 

「――――!?」

 

 俺に衝撃が走る。何とか声を漏らすことは防げた。だけど、ホロモニターに映し出された光景は俺の思考回路を乱す。

 間違いない……アリシアだ。幼さは在るがフェイトに酷似した顔つき。同じ美しい金髪。俺が切嗣たちと会うためにプレシア家を出発した頃と何一つ変わらない姿がそこに在った。

 プレシアはそのことに気付くと、一変として玉座から立ち上がった。

 

「私のアリシアに――――近寄らないで!」

 

 即座にプレシアは数人の局員を弾き飛ばして、アリシアが入っているカプセルの前に立ち塞がる。

 残っている局員が長槍のような杖をプレシアに突き向けるが、彼女は動じない。表情を変えずに右手を前に出して、スフィアを生成する。

 まずい……プレシアは研究員としても優秀だが、【魔導師】としても――――

 

「――――いけない……防いで!」

 

 リンディ艦長はそれを看破して、局員に注意を促す。しかし、それは遅かった。普通の【魔導師】と対峙していたのならば、十分だったかもしれないけど、相手が桁違いの人物だ。

 “玉座の間”と“通路”に居る局員全員に雷が襲う。

 一瞬の出来事だった。誰一人して防御出来ず、雷に打たれて床に倒れた。

 

 

 それを見てリンディ艦長は直ちに局員たちの送還をオペレーターに伝える。突如の事態に冷静さを失わずに、的確な判断だった。

 プレシアは局員たちが送還されたことを見届けると、ゆっくりとカプセルに歩き寄って、表面を優しく撫でた。

 子の身を案じる母親の顔がそこに在った。悲しみに暮れた表情が――――

 

「もう時間が無いわ。11個のジュエルシードではアルハザードに辿り着けるかは解らないけど――――でも、もういい……終わりにする」

 

 プレシアは視線をこちらに向けて一瞥した。サーチャーの存在に気付いているのだろう。それに、それを通して見ている俺たちの存在にも。

 再びカプセルに視線を戻して口を開く。

 

「この子を亡くしてからの暗鬱な時間も……身代わりの人形を……娘扱いするのも。

 聞いていて……? 貴女のことよ、フェイト……」

 

 人形だって? 何を言っているだ……プレシア? 確かにフェイトはアリシアによく似ている。でもそれは……アリシアの“願い”を聞いてだからじゃないのか?

 俺はまた混乱する。理解が出来ない。プレシアが何故フェイトを人形と言うのか。ただはっきりとしているのは――――プレシアはフェイトを疎んでいる。

 そんな中、エイミィは重々しく語り始めた。

 

「最初の事故の時にね……プレシアは実の娘――――アリシア・テスタロッサを亡くしているの。安全管理不備で起こった魔導炉の暴走事故……アリシアはそこで巻き込まれて……」

 

 待て、『管理局』の認識と事実に齟齬があるぞ。

 ベルは後に事故を調べて、あれは本社の強硬が事故を招いたと言った。プレシアは研究員だが、安全管理には厳しい人物であるのは周知の筈だ。なのに、『管理局』の認識はこのようになっている。

 俺は口にしようとしたが、先にエイミィが説明を再開した。

 

「その後にプレシアが行っていた研究は――――使い魔とは異なる……使い魔を超えた人造生命の生成。

 そして――――死者蘇生の技術」

 

 全員が息を呑む。困惑と認識が追い付いていないのが解る。

 語っていたエイミィも目を閉じて、下を向く。

 クロノがエイミィの説明を引き継いで口を開く。

 

「記憶転写型特殊クローン技術――――研究コード……『プロジェクト・フェイト』

 それが、彼女の最後の研究だ」

 

「よく調べたわね……その通り。だけど……ちっとも上手くいかなかった。所詮は偽物。代わりにはならなかった」

 

 憎悪の対象を睨み付ける鋭い眼光が放たれる。それは、ホロモニター越しでも気圧すには十分だった。

 フェイトは俺の裾をギュッと握る。その場に踏み留まるために。

 

「アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ……時々我が儘を言ったけど私たち(・・・)の言うことをとてもよく聞いてくれた。アリシアはいつも私たち(・・・)に優しくて、笑顔をくれた」

 

「やめて……やめて……やめてよ……」

 

 プレシアの恩愛に満ちた声が聞こえてくる。それはフェイトに向けられたことが無いであろう娘を思う母親の声だ。

 それを聞いたなのは、震えた声でやめるように懇願する。

 だけど、プレシアは止まらない。

 

「フェイト……貴女は私の娘なんかじゃないわ。アリシアの記憶をあげたのに――――ただの失敗作」

 

「お願い……もうやめて!!」

 

「そうね――――1ついいことを教えてあげるわ。

 私はね……貴女を作りだしてからずっとね……私は貴女が――――」

 

「――――いい加減にしろよ……プレシアっっ!!」

 

 なのはの硝子を引っ掻くような声を無視して、口を動かし続けるプレシアを、俺は微かな声を漏らしてから、怒号に似た声で止めた。

 その先を言わせてはいけない。フェイトとプレシアは戻れなくなってしまう。それだけは絶対にダメだ。親子がこのような形で引き裂かれるなんて在っていい筈がない。

 

「偽物……人形? プレシア、アンタは解って言っているのか……自分の娘をどれだけ傷付けているのか――――」

 

「ねぇ……シロウ? 貴方はどうしてその子の側に居るの? アリシアそっくりの忌々しい子の側に――――アリシアの『兄』である貴方が」

 

「「「「「……え?」」」」」

 

 時間が止まったかのような空気がブリッジを満たす。プレシアの突然の言葉に、全員がその意味を理解するのに思考が占領された。

 理解が追い付いていない皆を置いて、プレシアは言葉を続ける。

 

「血の繋がりは無くても、貴方はアリシアのお兄ちゃん。それはアリシアも、私も思っていたわ。

 えぇ、私は貴方たちを見守っているだけで幸せだった」

 

「シ、シロウ……どう言う……こと――――」

 

 フェイトはより不安になった顔で俺の目に合わせるようにこちらへ顔を上げてきた。

 脆く、少し揺らしただけでも崩れそうな儚い少女がそこに居た。

 

「し、士郎さん――――」

 

「シロウ――――」

 

 なのはとアルフも彼女の言葉の意味を知るために俺に問い掛けてくる。

 だけど、それをする前に話は再開する。

 

「【魔導師】たちによって貴方の故郷は焼け野にされた。貴方は助けられた後、ミッドチルダに渡って、私たちの所で短い間だったけど、過ごしたわよね。

 なのに……それなのに……何故貴方は!!」

 

 始めの方は淡々と語っていたけど、話が進むにつれて感情が強くなって行った。

 アンタの言う通りだ。俺はプレシアたちの所で過ごしていた。アンタは俺を実の息子のように接してくれたし、アリシアも兄として慕ってくれた。

 だけど……だからと言ってフェイトの存在を否定するなんてことがあるのか? 無い。フェイトはアリシアの妹だ。生まれが少し特殊であっても、アリシアと同じ血が流れている。二人は姉妹だ。

 それを否定することは……決して認められない。

 

「フェイトはアリシアの代わりでも――――人形でも偽物でもない。フェイト・テスタロッサは……アリシア・テスタロッサの妹だよ……。

 例えアンタが否定しようと、“俺”が肯定する」

 

「シロウ……」

 

 プレシアの顔が歪む。俺に対する怒り、憎しみ――――様々な負の感情が混じった表情で俺を睨み付ける。

 俺は決して引かない。もしここで引いてしまっては、誰もが救えなくなる。

 

「そう……貴方は私の夢を否定するの? あの暖かでささやかな幸せを……」

 

「そんなことするもんか。俺が否定しているのは、フェイトに対してのアンタの考えだ」

 

「ならシロウ……貴方はこちらに来なさい」

 

「……どう言う意味だ?」

 

「私たちはこれから――――『アルハザード』へ旅立つの」

 

 『アルハザード』だって? 確か……そこは――――

 

「ちょ……大変、見て下さい!」

 

「エイミィ? 何事?」

 

 突然とエイミィが焦りながら声を出した。

 リンディ艦長はそれを把握するために詳細を取ろうする。

 

「『時の庭園』敷地内に魔力反応多数!」

 

「何が起こっている……?」

 

 クロノの困惑を解消するためか、ホロモニターに映っている光景が切り替わった。

 そこには数十機の機械人形のような傀儡兵(くぐつへい)の姿が在った。各々が剣や斧、鎧で武装している。

 

「……魔力反応――――いずれもAクラス!」

 

「総数60……80……未だに増大しています!」

 

 ブリッジの至る所で報告の声が飛ぶ。

 

「プレシア・テスタロッサ……何をするつもり?」

 

 リンディ艦長が問い掛けてる中、プレシアはアリシアの入っているカプセルに手を翳す。すると、カプセルは浮遊して、プレシアの隣に並んで進み始める。

 

「永遠の都――――『アルハザード』へ。そこで私は全てを取り戻す!!」

 

「プレシア……それがアンタの目的か……。『アルハザード』……その為の『ジュエルシード』か」

 

「そうよ。死者蘇生……時間の逆行……それらの秘術が存在する。私はそれで過去と未来を取り戻す。

 だから、シロウも来なさい。またあの幸せに戻りましょ。

 それに、貴方も望んでいることが有るのではなくて? 【魔導師】に故郷を焼かれただけではなく、魔法事故で20年近くの冷凍睡眠を強いられたのよね?」

 

 「「「「「!?」」」」」

 

 また驚きが広がる。

 プレシア……それは俺をそちらに引き込むための誘いか。

 

「貴方も望んでいるわよね? あの幸せを取り戻すことを。

 そして可能であれば、あの二つも無かったことにしたいわよね?」

 

「………………」

 

「……シ、ロウ?」

 

「……士郎……さん?」

 

 フェイトとなのはが俺に声を掛ける。二人はプレシアが言っていることは真実だと認めたくないと、嘘であって欲しいと願う沈んだ声が聞いてきた。

 だが、俺は答えること無く、プレシアの言葉に思考を向ける。

 

 

 プレシア……それはダメだ。例え過去を変えることが出来たとしても――――それはやってはダメなんだ。

 だって、それをしてしまっては嘘になる。『今』を否定することになる。

 あの火災で俺は一度全てを失った。

 あの実験で俺は『時』を失った。

 あの事故でプレシアは娘と愛猫を失った。

 でも、“それら”があって俺たちは『(ここ)』にいるんだ。

 

 

 俺はあの火災で切嗣、ナタリア、ベル――――そして……アリシア、プレシア、リニスと出会った。

 実験で“アイツ”と……その後にアンタと再会が出来たし――――フェイト、使い魔としてのリニス、なのはたちとも出会った。

 プレシアだって……あの事件があってフェイトと言うアリシアの妹を得た。

 繋がっているんだよ……過去は今に。だから、過去を否定するのは――――今を否定するのと同じだ。

 

 

 それに、悼んだのは俺たちだけじゃない。関わった全て人たちが悼み、それを越えて『今』までを歩いてきた。なのに……そのことを無かったことにしてしまっては、一体それらは何処に行けばいい?

 

「死者は蘇らない。起きたことは戻せない。だってそれは、今までの全てを否定する。

 俺だって失ってきたものはある。でも……それがあって、俺は『(ここ)』にいる。

 今までの歩みを……思い出を……辛かったことを……無意味になんて出来ない。だから――――そんなおかしな望みは、持てない」

 

「………………」

 

 プレシアの表情が凍る。きっと、彼女は俺なら同意すると思っていたのだろう。

 だが、それを否定された彼女からは、狂気に染まった笑い声が漏れる。

 

「ハ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――っ!!」

 

「……プレ、シア……」

 

 俺の否定が間違いであって欲しいと懇願して泣いているような声。

 彼女は今……苦しみの真っ只中だ。でも、まだ手は届く――――いや、届かせる。

 プレシアはこれから“災厄”の扉を開こうとしている。それをさせてはならない。これ以上――――アンタが……アリシアが……フェイトが……悲しむことは引き起こさせない。

 

 

 俺は爪が食い込む程、力強く拳を握る。

 俺の心情が外に溢れようとするのを――――体が訴えている。

 

「プレシア……俺がアンタを――――止める。

 その悪夢から……連れ戻す」

 

「そう――――どうあれ、貴方は私の所(ここ)に来るのね……待っているわ」

 

 話しはここまでだと告げるようにホロモニターに映し出されたいた映像は途絶えた。

 後は俺たちが直接向かい合ってからだ。そのためにも、俺は『時の庭園』に赴かなければならない。

 リンディ艦長に赴くことを伝えようとした時、激しい振動が『アースラ』を襲ってきた。

 

「次元震です……中規模以上! なおも増大中!!」

 

「――――シールド展開!」

 

「『ジュエルシード』11個の発動を確認! このままだと次元断層が――――」

 

 ブリッジでは警戒音のアラームが鳴り響く。

 オペレーターたちは各々の持ち場で事態の解析に負われている。

 次元断層――――そんな災厄も引き起こさせないし、俺はアンタを――――

 

「リンディ艦長、俺は『時の庭園』に行きます。転送ポートを使わせて下さい」

 

「いいの? それに、貴方には色々と複雑な事情があるみたいだけど――――」

 

「俺は……プレシアを止めます。このままだと、何もかも手遅れになる」

 

「……解りました。クロノも一緒に向かってもらいます。いいですね、クロノ」

 

「了解です」

 

 リンディ艦長は俺の眼を見てから、頷いてくれた。俺の意思を確かめるような、すっと強い光を宿した眼だった。

 

「私とユーノ君も一緒に行きます」

 

 なのはも行く意思を示す。ユーノも頷いて、なのはのフォローをすると決めている。

 だけど、フェイトは震えている。それはそうだろう。自身の母親に偽物――――人形呼ばわりされただけでも辛いのに、そこに憎悪が込められた眼光を浴びせられたんだ。そのショックはフェイト以外には計り知れない。親が子を否定する。これ以上に残酷なことが親子の間にあるか。

 

「アルフ……フェイトの側に居てくれ」

 

「……解った」

 

 アルフはフェイトの肩を抱く。

 俺はフェイトをアルフに預ける。『時の庭園』にフェイトが赴いたら、プレシアと対峙するだろう。親子で刃を向かい合わせることも、あり得るかもしれない。

 だから、ここは――――

 ブリッジを後にしようと身を翻した時、俺の服を誰かが摘まんだ。振り返ると、フェイトが居た。

 両目に涙を浮かべていたからか、赤みがある瞳。それでいて揺れている瞳だけど、俺と視線を交差させる。

 

「シ、シロウ……私は――――」

 

「フェイトは偽物でも人形でもない。プレシアは“ああ”言ったが、そんなことはない。フェイトは世界に一人しか居ないアリシアの妹だ。俺が保証する」

 

「――――――」

 

 俺は震え……弱々しい声を出すフェイトに出来る限り優しい声でプレシアの言う『フェイトの存在否定』は間違っていると伝える。

 するとフェイトはまた涙を流す。だけど……未だに震えているにも関わらず、涙を拭って――――

 

「わ……私も……行きます。母さんを止めに。この選択が辛いものであっても……私は――――」

 

「……なら行こう。プレシアに会いに――――止めに行くぞ」

 

 フェイトは力強く頷いて決めた。

 プレシアと向かい合うことを。それは辛く、決して楽なことはない。向かい合ったら、またあの憎悪に満ちた眼光が――――声がフェイトを貫くのは容易に想像が出来る。

 でもフェイトはこの道を選んだ。尊い決意だ。ならそれを尊重しよう。

 

「話しはまとまったね。僕もプレシア・テスタロッサの所に行かなくてはならない。

 それに、君たちもだろう――――手錠はもう要らないな」

 

 クロノはフェイトの手錠を外した。

 

「あたしも行くよ。フェイトを護るのがあたしの役目だし……このまま放っておくなんて出来ないよ」

 

「解った。行こう――――プレシアの所へ」

 

 皆の心は決まった。しっかりと意思を固め、眼は真っ直ぐとしている。

 そこでリンディ艦長はオペレーターの一人に転送の準備が出来ているか、確認を取る。

 

「転送ポートの準備は?」

 

「出来てます!」

 

「皆さん、気を付けて。

 私も直ぐに現場に出ます」

 

 リンディ艦長は心底心配している表情だったが、俺たちを見送ってくれる。

 彼女の言葉と各々の意思を胸に刻み込んで、俺たちはブリッジを後にした。

 転送ポートのある場所に移動して、俺たちはプレシアが待っている『時の庭園』に降り立った。

 俺はプレシアを救う。そして……この『ジュエルシード』による騒動を終わらせる。

 そのために……今は“剣”を手にする。

 前に進むために……。

 道を切り開くために……。

 何より……苦しんでいるプレシアを救うために――――――

 

 

 

**********************

 

 

 

 アリシアになれなかった失敗作で偽物……それが母さんにとっての私。

 私はただ……母さんに笑顔を取り戻して欲しかっただけなのに……。

 母さんに自分の存在を否定されたけど、シロウは肯定してくれた。私は偽物でも人形でもない――――世界に一人しか居ないアリシアの妹だって。

 熱が広がる。頬が熱くなる。否定と肯定――――その両方受けた私はどうすればいい?

 ここでアルフと残ってホロモニター越しに観ていればいい?

 それでいいの? それで解決するのはこの騒動だけだ。私の想いも、母さんの笑顔も全てを失ってしまう。

 

『私たちの全てはまだ始まってもいない!』

 

 あの子の言う通りだ。

 だから始めよう――――そして私の想いを母さんに伝えよう。

 例えそれが……どれだけ辛い道であっても――――前に進むんだ。

 

「わ……私も……行きます。母さんを止めに。この選択が辛いものであったとしても……私は――――」

 

「……なら行こう。プレシアに会いに――――止めに行くぞ」

 

 士郎の言葉に私は涙を拭って、力強く頷いた。

 すると執務官は手錠を外してくれた。

 アルフは私を護ると言ってくれた。

 私はこの現実に――――母さんと向き合う。本当の私を始めるために……後悔なんてしないために。

 私たちは転送ポートまで移動して、『時の庭園』に降り立った。

 ここはスタート地点じゃない。私のスタート地点は――――――

 

 

 




なのはの『スターライトブレイカー』もそうですが、
フェイトの『フォトンランサー・ファランクスシフト』も相当な物でしたね……。
でもこれは無印なのよね……まだまだ二人は成長する……。

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