魔法少女リリカルなのは ~The creator of blades~   作:サバニア

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16話 昏迷

 それは、緑豊かな地での記憶。

 幼い少女が魔法を学び、一流の【魔導師】になる為に過ごしていた日々の中での、憩いの時間。

 

『今日はここまでだな。ほら、そろそろ寝ろ。夜更かしをすると、明日起きれなくなるぞ』

 

『もう少しだけでも……だめ?』

 

『だめ』

 

 ねだる子供を宥めるような声色で、少年は少女に言った。

 毎晩、少女が眠りに就く際には、彼女の教育係りを勤めている女性と少年が1週間ごとに交代しながら本を読み聞かせていた。

 少女にとって、それは1日の中で楽しみなことの一つだった。優しく、聞きやすいように抑揚された声を聞くのは飽きなかった。

 

『じゃ、お休み、フェイト』

 

 少年は本を閉じて、少女のベッドの隣に置かれた椅子から腰を上げた。ここに来てから繰り返してきた動きで、部屋の明かりを消そうと手を伸ばしていく。

 

『うん。お休みなさい――――お兄ちゃん(・・・・・)

 

 少女の呟きを耳にした少年の手がピタリと宙で止まった。少し驚いた表情で視線を返す。

 遠い昔、少年をそう呼んだ少女が居た。その声と目の前の声が違わないのは、共に過ごした少年も感じていた。今の言葉は発音の抑揚こそ少し異なっているが、声は紛れもなく昔に聞いたモノだった。

 

『あ、今のは――――』

 

 自分が口にした言葉に戸惑った。少年のことはいつも「シロウ」と名前呼びなのに、少女は自然と「お兄ちゃん」と呼んだ。

 理由は判らない。ただこの時は、本を読み聞かせてくれた少年の姿を見ていたら、反射的に出てしまった。

 

『……フェイトがそう呼びたいなら……俺は構わないよ』

 

 少し間を置いてから、少年は優しく微笑んでそう言った。

 少女から戸惑いが薄れるのを見届け、少年の手が再び照明のスイッチへ伸び始める。

 

『お休み』

 

『お休みなさい』

 

 スイッチを押されて、部屋の明かりを落ちる。1日を終えた少女の部屋から少年は出て行った。

 

(私がシロウを『お兄ちゃん』って呼んだのは、この時だけだった)

 

 懐かしい記憶が彼女を揺らす。

 

(だって恥ずかしかったんだもん……。それに、ずっと『シロウ』って呼んでいたのに、急に変えるのに少し抵抗が有ったから)

 

 自身へ言い聞かせるように、彼女は独白する。

 しかし、揺らされて彼女の中に生じた波紋はさらに昔のことを思い出させる。

 

(それにしても、不思議な感じだったかな。昔にもシロウのことを『お兄ちゃん』って呼んでいた気がする。

 でも、気のせいだよね。シロウとは会った時から名前呼びだったし……)

 

 少年のあの様に呼んだのは、あの一瞬だけだった。

 少女が再び目を覚まし、少年と朝食の場で顔を合わせた時には、元通りになっていたのだ。

 

 

 恋しい風景を見ていた彼女は暗闇に落ちていく。

 これは夢。ずっと見ていることは叶わないのだから――――――

 

 

 

 

 

 目が覚める。

 風が頬を撫でている。けれど、目覚めを迎えることを歓迎する柔らかい風ではない。全身を吹き抜けていくのが体感できる程の強い風だ。

 

(そっか……今のは夢だ。私は海上で『ジュエルシード』を集めに行って――――)

 

 頭の回転が鈍い。感電して麻痺が残っているような不快な感覚も含まれている。

 それでも、本来の回転速度をゆっくりと取り戻していく。

 

(あの子と『ジュエルシード』を挟んで話しをしている時に、母さんの魔法が来たんだ……。

 それからシロウが私たちを庇ってくれたけど……私はその余波を受けて気絶しちゃって――――そうだ、シロウは!?)

 

 

 フェイトはすぐさま体を動かす。が、動けなかった。

 視線を体に向けると、その理由は解った。誰かの脇に抱えられていたのだ。

 接している所から伝わってくる暖かさで、フェイトは自分を抱えているのは誰なのか把握した。

 

「アルフ」

 

「……! 気が付いたかい、フェイト。

 もう少しでマンションに着くから、待っててね」

 

 アルフの声は最初の方こそ緊迫していたものの、フェイトの意識が戻ったと解ると、冷静な声色になる。

 

「アルフ……シロウは?」

 

「………………」

 

 フェイトの言葉を聞いたアルフは黙り混む。

 近くに居た筈の士郎が見当たらない。フェイトは彼が別ルートで撤退しているのかと考えはした。

 しかし、アルフの雰囲気が普段と違って重々しい点から、直感的に何が有ったんだと解った。

 

「シロウはフェイトと白いのを守って……海に墜ちて行ったよ……」

 

 それを聞いた瞬間、フェイトは抱えられている状態から抜け出そうと強引に体を捻る。

 今から全速力で戻れば、士郎と合流できる。だから、彼女は『ジュエルシード』の在った海上まで戻ろうとした。

 

「今戻ったら『管理局』に捕捉されるよ!

 シロウなら大丈夫だよ……だって――――」

 

 

 アルフの制止は尤もであった。ここでフェイトが戻ったら『管理局』に捕捉される可能性は高くなる。現場には『執務官』が居るのだ。場所自体が監視されていることを想像するのは難しくない。

 

(今、捕まったら……母さんの願いを叶えられなくなる。

 でも、シロウを放っておく訳には……)

 

 母を取るか――――

 彼を取るか――――

 二択を迫られる。

 二人ともフェイトには大切な人物だ。どっちかを選べと問われて……決められる訳がない。

 

「フェイト、シロウを信じよう。きっと、海に潜ってそのまま離脱してるさ。今は合流出来なくても、その内に会えるよ」

 

 苦悩するフェイトへ、アルフはそれを打ち消すように発破を掛ける。自分は迷うこと無くフェイトを選ぶと決めているが、彼女はそうはいかないと分かっている。

 それでも、フェイトの不安を取り除こうと、気丈に振る舞った。

 

「そうだよね……シロウなら、大丈夫だよね……」

 

 彼が強いことはよく知っている。実戦の場面を間近で見たことはないが、研がれた技量は疑うことなく達者だ。

 士郎なら大丈夫。彼は強い。例え今は会えなくても、暫くすればまた会える。フェイトはそう彼の安否を信じることにした。

 

 

 アルフは引き続きフェイトを脇に抱えられながら、空を突っ切った。その先で辿り着いたのは彼女たちが拠点に使っているマンションの屋上。

 早々にフェイトは転移魔法の準備に取り掛かる。行き先は無論、彼女の母親が待っている『時の庭園』だ。

 以前と同様に詠唱で座標を指定する。光が生まれて、彼女たちを包んだ。

 

 

 転送される感覚が収まり、二人に視界が戻る。一々反応することは無い。無事に『時の庭園』に転移したのだ。立ち止まらず、フェイトは報告をするために“玉座の間”に足を向けた。

 今までのことから、アルフは彼女へ付いて行こうとした。しかし、フェイトは「外で待っててね」と、これまでのことを繰り返すばかり。

 主の頼みを聞いて、渋々ながらもアルフは了解してくれた。

 

(これは、私が母さんに言わないといけないことだから……。アルフの気持ちも解るけど――――)

 

 大きな扉を前にして、アルフとの会話がフェイトは心に痛みを刺す。母親との話が終わる度に、アルフが自分へ流す涙を思い浮かべると苦しくなる。でも、止まれないからと、自分を奮い立たせる。

 不安と心苦しさを胸に秘めながら、フェイトは母親の居る“玉座の間”の扉を開いて、足を踏み入れた。

 

 

 母親の姿をすぐに目視が出来た。相変わらず、プレシアは普段と同じように玉座で頬杖を付きながら、腰掛けていた。

 全身に掛かる空気が厳しくなるのを感じならがも、フェイトは一歩一歩とプレシアの近くまで歩き寄って回収した『ジュエルシード』を取り出す。

 アルフが海上で回収した3つ。

 士郎が執務官と闘った時に、彼がフェイトへ回収を促した1つ。

 彼と別行動中に自分たちが回収した2つ。

 ――――合わせた6つだ。

 

 

 それらは宙を宙に漂うと、風に流れるようにプレシアの手が届く所までゆっくりと飛んで行った。

 プレシアは『ジュエルシード』に視線を向けて、しっかりと見る。回収したのは6つ。3人で協力したとするなら上々の成果だろう。しかし、彼女の表情は険しかった。

 

「あれだけの好機を前にして残り半分の回収を逃すなんて……」

 

「ごめん……なさい……」

 

 母親の悲しむ声が聞こえた。

 

(いけない……私は母さんに笑顔を取り戻して欲しいのに……私が悲しませてる)

 

 重苦しい感情が胸に広がる。

 

「――――シロウの協力が有ってこの成果……平穏に住まう彼を巻き込んでの有り様……」

 

「母さん……その……シロウは――――」

 

 フェイトが士郎の名前を口にすると、プレシアは鋭い目付きで睨んできた。まるで、極地を覆っている氷で作られた冷気漂う刃物の切っ先が突き付けられたような恐怖が彼女を襲う。

 

「貴女は彼のことを考える余裕なんて無いでしょう。今、貴女がやるべきことは何?」

 

「ジュエルシードの回収……です……」

 

「そうよ。解っているならいいわ」

 

 プレシアは一度、目蓋を閉じる。フェイトの認識を確認のを出来たことを示すように。

 彼女が再び目蓋を開けると、玉座から腰を上げて、フェイトの前まで歩いてきた。

 母親は見下すように上から娘を見る。母娘の身長の差を考えれば、このような形になるのも当然であるが……向けられている目付きは娘をたじろがせる。

 

「心苦しいけど――――私は貴女を叱らないといけないわ……貴女は私の娘、解ってくれるわよね?」

 

「……はい……」

 

 部屋の左右の端から伸びたチェーン型のバインドがフェイトの両腕に絡み付いて、地面から少し浮かび上がった所まで引き上げられる。

 その光景を前にしたプレシアの手元には鞭が出現する。そこから先は考えるまでもない。繰り返されたことが繰り広げられるだけ。

 鞭が振るわれて、フェイトは服の上から叩かれていく。

 

(でもこれは…………私が悪い子だから――――)

 

 鈍い音が響き、激痛が全身を駆け巡る。歯を食い縛って耐えても、反復する黒い軌跡に絶叫が漏れ始めた。

 

 

 

 

 

 鈍い音も絶叫も途切れ、静寂に包まれた“玉座の間”に足音が反響する。床を叩きつける足には力が籠っており、タイルぐらいならば踏み砕いてしましそうだ。

 それほどにまでアルフの我慢は限界だった。今日この日まで、フェイトの言い付けを守って母娘の会話には立ち入られなかった。自分が居ることでプレシアの気分を害したら余計に主を追い詰めるとも見越していたからでもある。

 だが、実際はどうだ? その場に自分が居ようが居まいがフェイトは傷だらけになるだけだ。今も、部屋の中心地には鞭で打たれた彼女が横たわっている。

 

「フェイト……フェイトっ!!」

 

 アルフは涙を零しながらも小さな体を抱き起こす。声を掛けるが返事は帰って来なかった。体を揺らしても目蓋を開けないということは、今すぐに意識を取り戻さないだろう。

 しかし、少し荒めだが息はしている。彼女がされたことを考えると当たり前だ。全身に衝撃が走れば、その度に呼吸は乱される。

 

「……フェイト…………」

 

 フェイトを抱くアルフの腕が震える。傷を負うのを防げないばかりか、癒すことも出来ない。けれど、何もしない訳にはいかない。

 治癒系統の魔法が使えないことを悔やみながら、アルフはフェイトをそっと横に寝かせて、上からマントを被せる。健やかとは言えない寝顔を一瞥した後、鋭く部屋の奥を睨んで、歩き出す。

 

「あの鬼ババ……」

 

 声には未だかつてない怒りが宿っていた。

 進むごとに守るべき者から遠ざかり、忌まわしい者へ近付いていく。

 僅かに残っていたアルフの冷静さが、「主を連れて、地球へ戻れ」と警告してくる。自分では正面切って敵わないと直感も告げている。この先で待っているのは【大魔導師】だ。使い魔一匹でどうにか出来る範疇ではない。

 

「……でもね――――」

 

 奥歯を鳴らして、爪が手のひらに食い込む程の力で拳を作る。

 今まで一緒に歩いてきたフェイトのことを思い出す。アルフの知っている誰よりも優しくて、暖かな少女。自分に心配は掛けまいと、強く在り続る少女。母親の目的のを知らされずとも、「笑顔を取り戻してくれるなら」と頑張っている少女を幾重にも傷付けた相手がこの先に居る。

 それが判っていながら、どうしたら黙って引き下がれるのか。

 

「――――――――――」

 

 呼吸をすると体が火のように熱を帯びて、完全に切り替わった。

 頭の中に余分な思考は無い。

 漲る力を拳に込めて、殴るべき相手の許へ向かった。

 

 

 

 

 アルフの目の前に現れた入り口らしき扉を、彼女は殴り付けて粉砕した。この状況で素直に開いて、足を踏み入れようとなどと思いはしない。

 邪魔な壁が失せたところで、アルフは激憤を燃やして遺跡跡地を連想させる場所へ踏み込んだ。明かりは点いているが、暗鬱な場所だった。半壊した石造りの柱や妖しく枯れた木々が立っている。歴史を讃える場所とは到底見て取れず、物騒な儀式が執り行われそうだ。

 

 

 そんな人が寄りたがらない場所に、プレシアの後ろ姿が在った。おそらく、彼女なら誰が来たのか判っている。士郎はここに居なく、フェイトも“玉座の間”から動けない。残るは使い魔だけだ。

 だと言うのに、プレシアはアルフヘ背を向けたままでいた。静かに、部屋の奥に浮遊している『ジュエルシード』を一心に眺めている。

 

「……………………っ」

 

 その背中がアルフの感情を逆立てる。

 端からそれ以外は眼中に無いと示す姿勢を見て、気を収めることは決して出来ない。

 気が付いた時には、アルフは既に足元を力強く蹴って、プレシアへ飛び掛かっていた。引き付けた右拳を打ち出して、目の前の肩へ伸ばす。

 アルフの手が届く前に、物理障壁が立ち塞がった。腕力に自信の有る彼女を止める防御。流石の大魔導師。詠唱抜きで展開されたことに、アルフは少なからず驚いていた。

 

「う……がぁぁッッ!」

 

 強引に力を押し込んで、砕く。

 硝子が砕けるような音が鳴り響いた時には、アルフの手はプレシアの胸ぐらを掴んでいた。

 

「あんたはフェイトの母親だろ……あの子はあんたの娘だろっ! 一生懸命なあの子に、何であんなことが出来るんだよっ!?」

 

 感情の防波堤が決壊して、塞き止めていた激情と共に言葉が荒波を立てて荒れ狂う。

 涙が零れて視界が滲もうが、彼女は力を緩めない。

 

「……………………」

 

 最早、怨嗟の声とも捉えられる叫びに、プレシアは表情一つ変えなかった。平然と、喜怒哀楽を感じさせない表情をしてる。いや、もとより彼女の視線はアルフの目に合っていない。話をする気など持ち合わせていないのだ。

 

 

 その関心が無い様子を見ただけでも、尚更溢れ出る物がある。目の前の相手はフェイトだけではなく、士郎にすら手を出した。

 ……ひょっとしたら、目に映る者全ては“駒”に過ぎないのかと疑心がよりアルフを掻き立てる。

 

「シロウにもあんたは……フェイトが慕っているあいつにも攻撃したっ! あんたにとって――――」

 

「黙りなさいっっっ!!」

 

 閉じっきりだったプレシアの口が突如に開いた。飛び出した声に苛立ちが込められている。その感情は声だけではなく、俊敏に攻撃魔法の実行をさせた。

 プレシアの右手がアルフの腹部へ流れ、衝撃波を打ち出す。不意の反撃を受けたアルフは後ろへ吹き飛ばされた。

 

「っ!」

 

 背中から壁に衝突する。衝撃が走り、鈍痛が体に残る。急いで体勢を建て直そうとするが、動きが鈍い。防御が間に合わなかったとはいえ、受けたのはたった一撃だ。腹部を押さえながら早く落ち着けと念じているアルフの所へ、プレシアは近付いていた。

 

「使い魔ごときにシロウのことをどうこう言われたくないわ。あの子にも――――誰一人にも」

 

 冷たく、背筋まで凍りそうなほどの目付きで一瞥してくる。声色も今まで聞いてきたものとは違っていた。フェイトに対して向ける、“苛立ち“や“怒り“ではなく、哀しさ、心苦しさを感じる声色だった。

 

 

 その“違い”がアルフの中で引っ掛かり続けていた。

 前に彼女はフェイトから話を聞いて、行われそうだった“お仕置き”が士郎によって防がれことを知った。

 しかし、それは本来なら考えられなことだ。彼がプレシアと面識があることをアルフも知ってはいる。が、そこまでの影響力が何故、士郎に有るのか解らなかった。

 

「あんたにとって、シロウは何なんだい?」

 

 漏れたのは自然と気になった言葉。他意は無かった。

 けれども、それを聞いた瞬間、プレシアの表情が激変した。これまでに無い程の憤懣に染まった顔。凄い剣幕だった。

 

「目障りよ。消えなさいっ!」

 

 突き向けられた“杖“から撃ち出された魔力弾がアルフを襲った。威力も苛立ちもさっきのとは段違いだった。

 寸でのところでアルフは防御したため、致命傷を負うことは避けれた。しかし、傷は軽くはない。勢いに押し出された彼女は『時の庭園』の外に広がっている『次元空間』に放り出された。

 

(転移しなきゃ……フェイトちょっとだけ待ってて。シロウ、ごめんよ……約束――――)

 

 途切れていく意識の中、アルフは転移魔法を発動させる。『次元空間』を漂流する羽目になったら手詰まりだ。それだけは防ぐべく、何処でもいいからと転移を実行した。

 光が『次元空間』に広がっていく最中、彼女の視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 高町なのはと“フェレット”のユーノは一旦、地球に――――なのはの家に戻っていた。彼女が長期に渡り『アースラ』に滞在することを気にしたリンディが、家族に顔を合わせることと、欠席し続けている学校に少しは行った方がいいと提案したのだ。

 

 

 戻る際にはリンディがなのはに同伴して、なのはの家へ向かった。リンディには真っ先にしなければならないことがあった。そう、なのはがここ暫くどうしていたかの説明である。

 だが、ありのままに話す訳にはいかない。【魔法】の存在、娘さんは立派に戦っています……などと口が割けても言えない。よって、リンディがなのはの母親である桃子へ口にした事柄は、真っ赤な嘘となのはが内心で思う程の誤魔化しであった。

 余計な心配を掛けないための気遣いであることは、なのはも解った。それにしても、湧水の溢れるが如く発せられる声は彼女を驚かせた。

 娘の複雑な心境を知る由も無い桃子はリンディの説明を疑うことはなかった。むしろ、子を持つ母親としての会話に花を咲かせていた。

 

 

 

 それが昨日あったことである。

 日付が変わり、なのはは1週間ぶりに学校へ行った。久しぶりの教室で、彼女を人一倍迎えてくれたのは親友のアリサとすすかだった。

 前日になのはからのメールで「明日は学校に行くよ」と知らされた二人は、彼女を心待ちにしていた。

 彼女たちは朝から賑やかだった。1週間もなのはが居ないこともあって、話題は絶えないぐらいに有ったし、一緒に食べる弁当がいつも以上に美味しかった。親友たちと過ごす時間は暖かく心地好かった。

 

 

 しかし、なのはにはまだやることが残っている。今回のは一時的な帰宅だ。

 なのはが「また行かないといけないんだ」と伝えると、二人は残念そうに顔を曇らせた。心配もしてくれた。本当のことを話せないのになのはは切なくなる。けれど、彼女は最後までやりきること――――フェイトから返事を聞くと決意をした。だから、今は痛みをはらんでも、彼女は前に進む。

 

 

 一通り話が終わった後、今日の放課後は遊ばない? っと、なのはは二人に誘われた。折角戻って来たことだしと彼女は誘いに応じて遊ぶことにした。

 その際に、アリサは言った。昨日の夜に怪我をしたオレンジ色の犬を拾ったと……。その犬になのはは心当たりがあった。なので、なのははアリサに拾った犬に会わせて欲しいと頼んだ。

 元々、アリサの家は犬屋敷で、何度も犬と遊ぶことも有ったのでその頼み事にすんなりと通った。

 

 

 約束通り、放課後、3人はアリサの家に集まった。

 そこの庭にはオレンジ色の犬――――狼姿のアルフの姿が在った。彼女は大きな檻に入れられていて、一般人なら犬としか見えないだろう。

 何故、ここに居るのか訊こうとした時になのはは気付いた。アルフの体の至る所に包帯が巻かれていたのだ。学校でアリサから怪我をしているとは聞いていたものの、決して軽いものではなかった。これは事故などではなく、誰かに傷つけられた怪我だ。

 そのことに戸惑っているなのはへ、アルフが念話を繋げる。

 

(あんたか……)

 

(その怪我、どうしたんですか? それに、フェイトちゃんは?)

 

(………………)

 

 言いづらそうな表情になって、アルフは黙り込んだ。

 

「あらら……どうし? 大丈夫……?」

 

「傷が痛むのかも……そっとしといてあげようか……?」

 

「――――うん」

 

 なのはとアルフの念話が聞こえていないアリサとすすかだか、雰囲気の変化には気付いたようだ。

 

(なのは、彼女からはボクが話を訊いておくよ。レイジングハート通して中継もするから、ここは任せて)

 

(ありがとう。お願いね、ユーノ君)

 

 ここはユーノに任せて、なのははアリサたちと一緒にの屋敷の中へ。

 庭から人影が無くなったところで、会話が始まった。

 

(一体どうしたの? 君たちの間で何が……?)

 

(まず確認しておきたいんだけど、あんたが居ると言うことは管理局の連中も見ているんだろう?)

 

(うん……)

 

(そうだ、ここで私たちがお話するはいいけど、管理局にも――――)

 

 と、なのはが考えようとした時に、新しい声が聞こえてきた。

 

(時空管理局執務官――――クロノ・ハラオウンだ。

 事情を聞こう。ああ、彼も交えてね)

 

(彼? そうだ……海に堕ちていったアーチャーをあんたたちは知って――――)

 

(俺だ、アルフ)

 

 クロノ声に続いて士郎の声が響いた。

 

(よかった。事実確認が取れたんだ……)

 

 彼の声を聞いたなのはは心の中で息を漏らした。これで、彼女が気にしていたことの1つが解消された。

 

(無事だったかい……ごめんよ、あの時――――)

 

(いや、アルフの判断は間違っていない。フェイトの手を取った選択は正解だ。

 今、俺はアースラに居る。海に落ちた後にユーノの引き上げられた流れでな。あと、アーチャーの呼び名はもういい。もう、なのはに知られちまったからな。

 それより、一体何があった? その傷は――――フェイトはどうした?)

 

 異変を感じ取った声色で士郎はアルフに確認を取ろうとする。

 なのはたちには聞こえるのは声だけだが、強張った様子でいるのは彼女たちも感じ取っていた。

 

(フェイトは鬼ババのお仕置きを受けて……気絶してた。あたしは頭に来て飛び掛かったけど、返り討ちさ。で、気が付いたらここに……)

 

(プレシアがフェイトに!? そんなことをする理由なんてどこにもないだろうっ!)

 

(……すまないが、こちらにも解るように説明してくれ)

 

 士郎とアルフの会話にクロノが割って入り、事態を認識するために詳しい説明を求める。

 

(全部……話すよ。だけど約束して! フェイトを助けるって! あの子は何にも悪くないんだよっ!!)

 

(約束する)

 

 クロノの短い返答を聞いたアルフは説明し始めた。

 それは、なのはが思っていることより、重く、悲しい現実であった。

 

 

 

 

 

 

 アルフからの説明をクロノたちは『アースラ』のモニター越しに聞いていた。

 その内容は――――

 プレシアが自分の娘であるフェイトに『ジュエルシード』の回収を命じたのが全ての始まりだということ。

 フェイトはプレシアから虐待じみた扱いを受けていること。

 自分たちと士郎を含めた3人は目的も『ジュエルシード』の詳細も何一つ説明を受けていないことを。

 その他にもアルフは知っていることは全て話した。

 

「これで君たちの証言に矛盾点が無いことは確認できた訳だが……エミヤシロウ、君は現状をどう見る?」

 

 漸くこの騒動の大本、フェイトの現状を把握したクロノは士郎に意見を問う。自分たちよりフェイトの身近に彼の方が彼女の状況に詳しいだろうという判断をしたからだ。

 

「今、アルフから聞いたことは間違い。プレシアのこともあるが、フェイトの方が問題だ。まだ10歳にもなっていない女の子だぞ……このまま虐待が続くのは命が危ないだろ……」

 

「それは僕も同感だ。

 これから僕たちはプレシア・テスタロッサの捕縛行動に移行する。『アースラ』を攻撃した事実だけでも、逮捕の理由には十分だ」

 

 士郎は心の内で引っ掛かった。プレシアの逮捕――――こうなってしまったからには仕方がないと言えばそうなるだろう。彼女は自分から『次元跳躍攻撃』を仕掛けて、『アースラ』にも被害をもたらした。

 だが、彼には彼女がそこまでの強行に出た理由が解らない。『ジュエルシード』を執拗に求めているプレシアの姿からの想像に過ぎないが、これは焦りから出たことと推察はした。それでも、“引っ掛かり”を取り除けない。本来なら、気付かれない行動を取るべきだった。それが判らないプレシアではない筈だ。

 

 

 一番に士郎が理解できないのは、プレシアが娘を巻き込んでまでの強行を取った事実だ。あれほどに優しかった母親が自身の魔法で娘を危険に晒すのか? 【魔法】について彼女は深く理解している筈なのに……。

 様々な情報が錯綜する。しかし、今揃っている情報だけでは士郎の考えはまとまらない。彼女が何を苦しんでいて、何に焦っているのかが解らない限り、彼は思考は落ち着かない。

 

「これからの『アースラ』の最優先事項はプレシア・テスタロッサの逮捕になる。

 君はどうする? 君は別段、管理局に害を与える人物では無いことも、『ジュエルシード』による被害を抑えるために行動していたのも確認できた。これと言って君を拘束する理由もないのだが」

 

「なら俺を地球に送ってくれ、アルフと合流する。彼女をあのままアリサの所に預けっぱなしはよくないだろう。アリサも一般人だ、使い魔を側に置くのは避けるべきだ」

 

「了解した。エイミィ、彼の案内とデバイスの返却を頼む。僕は艦長の所に行ってくる」

 

「解ったわ」

 

 そう言って、クロノは部屋から出て行った。

 部屋に居るのはエイミィと士郎の二人だ。

 

「じゃ、付いてきて。まずはデバイスの所ね」

 

「お願いします」

 

 エイミィが歩き出し、士郎は彼女に付いていく形で部屋を出た。

 二人はデバイスが保管されている別室まで徒歩になる訳だが、二人の年齢を考慮すれば、会話の一つもなければ味気無い。その間は雑談をしながら向かうことに。

 

「ちゃんと自己紹介をしていなかったわよね? 私はエイミィ・リミエッタ、16歳。

 クロノ君は私の直属の上官だけど、学生時代からの友人」

 

「衛宮士郎、16歳です。みんなからは『士郎』と名前で呼ばれているのでそう呼んでください。

 エイミィさんはクロノと親しいような感じはしていましたけど、そうだったんですか」

 

「敬語じゃなくて別にいいよ? 同い年だし」

 

「そうです――――そうか、じゃあそうさせてもらうよ」

 

 互いに自己紹介を交わす。

 その後、エイミィは士郎の顔をじっと見詰め始める。

 

「何か、付いてるのか?」

 

「そうじゃないんだけど、同い年って言われてね……正直、私は年下かなって。その――――シロウくん、童顔じゃない?」

 

(グサッ!?)

 

 士郎の中で刃が突き立てられた。“童顔”――――それは、士郎がそれとなく気にしていることだ。顔を洗う時や風呂場の鏡に映る自分の顔立ちを見る度に感じていた。彼は背丈が特別高い訳でもない。眼鏡を掛けたら完全にアウトだと悟ってもいた。

 その数少ない彼の“所”をピンポイントでエイミィは言ってれたのだ。

 

(でも、俺の将来って180cm越えの体格になる可能性があるんだよな。“アイツ“がそれぐらいになっていたんだから、俺もそうなる筈だ……多分……)

 

 顔立ちは仕方ないので百歩譲るとしても、背丈が高くならないのは困る。

 故に、現実の悲しみを将来(りそう)の体格をイメージして薄める。

 

「ここよ」

 

 辿り着いたのデバイスが納められた武器庫だろうか。

 エイミィはパネルを操作してドアを開き、入室する。

 再び姿を現した彼女の手にはブレスレット――――スタンバイモードの士郎の相棒、ウィンディアが握られていた。

 

「はい。これと言って弄ってはないわ。検査はさせてもらったけど、これといって違法要素もなかったから問題無し」

 

「ありがとう。ウィンディア、調子は?」

 

「主!? 大丈夫でしたか? 貴方は無理が過ぎます! あれ程の攻撃魔法を自分を盾にしてまで防ぐのは! もっと自分のことを大切に――――」

 ガミガミとは少しニュアンスが違うが、吹き荒れる風のように言葉を投げてくるウィンディア。

 

(心配をしてくれてるようだし、この調子なら問題なさそうだな。むしろ、いつもより力が溢れていそうだ)

 

 相変わらずの相棒の声に、士郎は安心した。

 

「ごめん、少し無理が過ぎたな。心配してくれてありがとう」

 

「当然です。貴方は私の主……支えるのは私の役目です」

 

 宥めるような士郎の声色にどこか不満そうだが、ウィンディアは第三者が居るこの場で長々と話をするのを避けて、平常になる。

 

「主人想いなのね。いいコンビなんじゃない?」

 

「優しい主です。私は一点を除いて不満な点はありません。その一点は性格ではなく、主の当たり前のようにする“無理”に……ですが。正直、独りで居られると考えるとゾッとします」

 

「俺は頼りになる相棒と思ってる。ウィンディア、俺はそこまでか危なっかしいか?」

 

「この様に自覚がないのが重症でして……」

 

 夕暮れに泣く少女を思わせるような呟きを出す相棒。

 エイミィは話を切り替えるべく、次の目的地に向かう。

 

「次は転送ポートね。先に訊いておこうかな。何処に転送すればいい?」

 

「アリサの屋敷近くで、アルフを迎えに行きます」

 

 

 

 士郎はウィンディアを左手首に装着して、再びエイミィの後に続いて話をしながら歩いて行き、辿り着いた転送ポートからバニングス家の屋敷付近の道端に送り出された。

 

「…………」

 

 周囲の風景が変わったのを認識して、士郎は前へ足を出す。行き先は定まっている。立ち止まっている理由は無い。

 

 

 悠々と雲が流れる空の下、小さな風が駆け抜けていった。

 

 

 

 

 数分して、士郎は速度を緩めた。彼の先には在るのは山を背景した屋敷。それがバニングス家の屋敷だった。お手伝いを含めた一家でも、十分過ぎる広さを誇っている。

 

「約束も何も無いけど……大丈夫かな……」

 

 どもあれ、怯んではいられない。

 アリサなら、きちんと説明をすれば聞き入れてくれるだろうと呼び鈴を押しに踏み込む。

 

 

 士郎の突然の訪れに迎えてくれたのは、バニングス家に仕えている執事である鮫島だった。

 彼が挨拶をしてから事情を説明すると、鮫島がアルフの所まで案内してくれた。

 

 

 この時の士郎がしたアルフについては――――アルフは彼が友人から預かっている犬で、逃げ出した所を捜していたと説明した。

 無論、この説明は偽りのモノなのだが、使い魔のことに触れないで引き取るために多少の誤魔化しは仕方がない。

 

 

 鮫島の先導で士郎はバニングス邸の敷地内を進む。

 暫くすると、彼らの目前にアルフが入れられた檻が現れた。

 

「あ、士郎さん」

 

「久しぶり、3人とも。アリサ、すまない。迷惑を掛けた」

 

 声を掛けてきたなのは。

 士郎は短く返答してから、アリサに頭を下げた。

 

「大丈夫です。それよりこんな怪我――――やんちゃな犬みたいね……あ、でもご飯も食べてるし、大丈夫だと思います」

 

「アルフ、何処行ってたんだ。お前の飼い主も心配するだろう」

 

 心配しているのが解る声を出しながら、士郎はアルフに歩き寄って、額に手を置く。手を動かして撫でながら、念話を繋ぐ。

 

(取り敢えず、お前は犬で、俺が飼い主から預かっているという設定だ)

 

(まぁ、見た感じから解っていたけどね)

 

 士郎はこの場に居る皆と一通り話をして、アリサにはこのお礼はまた今度と話をまとめて、切り上げた。

 なのはもそろそろ帰宅するとのことなので、彼が付き添って帰ることに。

 彼女も彼と話したいことも有ったことだろうし、女の子一人で帰ると言うのも、出来るだけ避けことであるので、この流れは2人には都合がよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道で、なのはが口を開く。

 

「士郎さんはこれからどうするの?」

 

「アルフを連れて帰って、今後のことを話し合う。フェイトのことと――――プレシアのことを」

 

「それって、フェイトちゃんのお母さんだよね」

 

「ああ」

 

 なのはの口が止まった。言いたいことが喉に突っ掛かっているのか、口籠る。

 

「……話を聞いて、悩みが出たか?」

 

「……うん」

 

 なのはがそう思うのは無理のないことだ。友達になりたいと言った相手は母親からの虐待を受けている。そんな複雑な状況に自分が入り込むことへ悩むのは幼い少女には当然のことだ。

 それ以外にも、なのはの中では色々な物が飛び交っているのを、士郎は少なからず察していた。

 

「私がやろうとしてることは、フェイトちゃんとって迷惑で、傷つけてしまうかもって思ったんだ……でもやっぱり、私はフェイトちゃんに手を伸ばしたい。友達になって欲しんだ」

 

「そっか」

 

 それでもなのはは諦めようとしない。そこが彼女の強い所だ。迷いが有っても、自身が決めたことを貫こうとする“不屈の(こころ)“。彼女は持っているのだ、自分の根っ子を。

 

「……これはフェイトから受け売りなんだけどな。『言葉だけじゃ伝わらない』ってな。だから、お前は自分の想いをフェイトにぶつければいい。

 それに、それはお前が選んだことだろう? その想いは間違いじゃない。友達になりたいって言うのは、紛れもないなのはの想いだ。なら、最後まで頑張れ」

 

 なのはは自分の想いを伝える為に戦うと覚悟を持っている。それを彼女は、自分で考えて、自分で決めたことだと『アースラ』の中で士郎へ告げていた。

 真っ直ぐで純真なその彼女の想いを、無下には出来ない。母親のために頑張る少女にもそうだったように、少年は、最後まで頑張れと声を送ることぐらいしか無い。

 

「そっか……そうだよね――――士郎さん、ありがとう!」

 

 もう、さっきまで迷っていた少女は居なかった。

 居るのは――――眼は真っ直ぐとしていて、自分の想いを貫こうとする少女だ。

 きっと彼女は迷うことは有っても、後悔をしない。自分がしたいこと……裡から溢れる想いを持って、一生懸命に向き合う。その“不屈の(こころ)“が在る限り、前に進む続けるだろう。

 例え、その先に悲しい現実が待ち構えていたとしても、彼女なら乗り越えられる筈だ。

 

 

 それは――――士郎の知っている”彼“に似ている。

 ただ一つの“理想”を秘めて歩き続けた“彼”。数多くの嘆きを知っても、限り無い絶望に直面したとしても、磨り切れずに乗り越え続けた姿。

 異なる世界の“少年”のように、ここに居る少女も自分の道を前に進むのだろう……。

 

 

 その後も、二人は話を続けながら道を歩き、明日の早朝に海鳴臨海公園で待ち合わせをすることを決めて、話を終えた。

 

 

 

 なのはを家の前まで送り届けた士郎は、アルフと共にフェイトが間借りしていたマンションへ戻っていた。

 そこにフェイトの姿はなく、彼らの目には誰一人居ない寂しいリビングが在るのみだった。

 

 

「シロウなら、なのはを止めるかと思ったんだけどね」

 

「なのはにも譲れない物は在るだろ。それに、なのははフェイトから答えを貰いたいんだ」

 

「『友達になりたい』……か。そう言えば、フェイトには友達が居なかった。私たち家族はいたけどね」

 

「俺は二人なら良い友達になれると思う。同い年のって言うのもあるけど――――二人なら友達になって、互いに支えられる筈だ」

 

 フェイトの一人で頑張る癖がある。それを悪いことだと2人は言うつもりは無いが、少しは周りに頼るべきだと思う。

 頼れる人は多い方がいい。今、彼女が頼れるのはアルフだけだ。

 でも、この先なのはがその中に入れればきっと――――

 

「シロウ、ずっと不思議に思っていたんだけど……あんたはプレシアとどんな関係なんだい?」

 

 アルフの雰囲気が一変する。以前から気になっていたことを問うような疑問の声。

 彼女には解らないのだろう。士郎がフェイトだけではなく、プレシアについても話をすると言った理由が。

 

「どんなって……俺は昔にプレシアに世話になったことがあるだけだ。その時のプレシアは今と全然違って優しかった。笑顔が合う母親だったよ」

 

「フェイトもそう言ってたけど、あたしはそれが信じられないよ……フェイトにあんなことをする鬼ババだよ……」

 

 アルフの考えは無理も無いものだった。穏やかなプレシアを知らない彼女の視点から見れば、プレシアの姿は娘を非道な仕打ちをする人物にしか映らないだろう。

 

「俺には、何故プレシアがああなってしまったのかが解らない。でも……苦しんでいるのは解るんだ」

 

「苦しんでる……あの女が?」

 

「アルトセイムにいた頃も、今も、プレシアは何を求めている。それは、今となって間違いない。それにな、そこに焦りも感じるんだ」

 

「………………」

 

 口を閉ざして考え込むアルフ。

 士郎もその正体が未だに解っていなかった。でもその正体が何であろうと、苦しんでるプレシアが居るのなら、彼女を救う。それは自分がしなければならないことだ、と士郎は自負している。

 

「アルフ、今日はもう休もう。フェイトのことも、プレシアのことも、ジュエルシードのことも気になるけど、今出来ることは無い。だから、明日に備えよう」

 

 今はどうしようもない。フェイトの行方を掴むことも出来ず、プレシアに真意を聞かせてもらうことも出来ない。

 彼らが出来るのは、この先に起こることに備えることだ。魔力も体力も――――心構えもだ。

 士郎の方針は決まっている。誰一人として欠けることなく、この騒動を終わらせる。それ以外は考えない。誰かが欠けることを考えるなんて……そんなことは彼には許されない。

 

 

 

 

 

 ――――明日は大きな転機が訪れ、荒れることになるだろう。

 高町なのは。

 フェイト・テスタロッサ。

 衛宮士郎。

 そして、『ジュエルシード』に関わった者たち。その全員が知ることになる。プレシア・テスタロッサの過去――――彼女の渇望と嘆きを。その中で衛宮士郎は彼女の裡を思い知らせることになる。

 

 

 

 

 




士郎と言い、クロノと言い……物語当初は背丈が低めなのに、後々一気に高くなりますよね……。
士郎はSNでは17歳で167cm。しかし、数年後には辺り187cmぐらい伸びる可能性有り。
クロノは無印で14歳ですが140cm台。A’Sエピローグで170cmぐらいでしたか……。
士郎の理由は解っていますが、クロノ君は何があったのかな……? ただ単に成長期でぐんっと伸びたのなら伸び幅がすごいなぁ……

次回はなのはVSフェイトですね。
+『時の庭園』突入前までを予定してます。

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