魔法少女リリカルなのは ~The creator of blades~   作:サバニア

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作中で士郎を少年と呼ぶシーンが今回に含まれるのですが、少年と青年を分ける年齢を自分で調べた所、諸説ありました。
自分のイメージでは18歳から青年と言うのがしっくりしたので、作中で士郎→少年となっています。



15話 荒れ狂う海上、仮面の下

 フェイトと再会した場所で、初めて『ジュエルシード』を発見――――封印したのが裏山。

同日に、なのはが3つの『ジュエルシード』を封印したのが住宅地付近。

 フェイトとなのはが初めて戦ったのが月村邸の敷地内の森。そこで『ジュエルシード』を1つ。後は海鳴温泉と街中に臨海公園…………。

 フェイトたちと別行動を取ってから一週間と数日。俺は地図を見ながら、残りの『ジュエルシード』の位置を絞り込みをしていた。

 

 

 正直なところ、俺の成果は芳しくなかった。広域探索魔法が使えない俺は、自前の視力、もしくは覚醒時に発生する空間の“異常“を頼りに探す他がない。

 後者の場合は先に現場へ結界が張られていたら感知が難しくなる。覚醒時の“異常“が感じ取れなくなるし、結界自体の感知は実際にその場付近に行ってみないと中々感知が出来ないからだ。

 

 

 頭の隅で思考しつつ、『ジュエルシード』の在った場所を地図に嵌め込んでいくと、一部だけぽっかり空いた場所が出来た。そう、海だ。

 

(海――――海中に在るって言うのか? それなら、今まで発見が出来なかったのも納得がいくけど……)

 

 海中なら肉眼で捉えるのは不可能だ。俺の視力を以ってしても発見出来ないのも無理はない。

 しかしこうなった場合、新しく問題が浮上する。『どうやって回収をする』のか、だ。

 

 

 莫大な魔力を纏った『宝具』を撃ち込んで強制的に引き上げると言う方法はあるが、俺には同時に複数の『ジュエルシード』の魔力を抑えると言う手段が欠ける。

 魔力を打ち消す魔槍――――破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)が一度に捕らえることが出来る対象は1つ。

 複数を引き上げたとしても、暴走をさせてしまったら本末転倒もいいところだ。

 

(いくつ在るか解らないけど、こうなったら1つずつでも地道に回収していくか。あまり時間を掛けていると、また『管理局』が介入してくる可能性が高いな。安全かつ迅速に――――)

 

 行動方針を検討している最中、“異常“を感じた。空間が歪む。これは、『ジュエルシード』のものだ。それも、1つじゃない。起点となっているだけで6つ。

 俺は即座に検討に向けていた思考を破棄して、現場に急行するために駆け出した。

 

 

 

 

 

 辿り着いた海は時化ていた。吹き荒れる暴風。叩き付けるように降り注ぐ雨。他にも竜巻や荒れ狂う雷。自然災害と考えるのは不自然なほどだ。

 

 

 そんな海上の空中に二人は居た。黒いバリアジャケットを纏い、相棒である戦斧――――バルディッシュを携えたフェイト。

 彼女の使い魔でオレンジ色の毛を持った狼のアルフ。

 なんで二人が居るのか? 後は俺がやると言った筈だ。

 だけど、現実として彼女たちはここに居る。『ジュエルシード』を封印するために。なら、俺がやることは決まっている。

 

 

 左手に投影した黒い弓を納めて、“足場“を作りながらフェイトたちの側まで駆け上がる。その途中で俺の行く手を阻むように竜巻が発生する。

 俺はそれを弓に“矢“と化した剣を番え、撃ち出して排除する。

 その後も至る所に発生する竜巻を“矢“で貫き、霧散させながらフェイトの側に辿り着いた。

 

「フェイト、残り魔力は?」

 

「え……あまり無いかな」

 

 単刀直入に訊かれたことに驚いたのか、フェイトは口籠ってから口にした。真っ先に俺が怒るとでも思ったんだろう。

 俺も言いたいことは有るけど、今は事態の収拾が先だ。

 

「よし。私とアルフで竜巻と雷を処理する。

 フェイトは『ジュエルシード』の封印に集中しろ。『管理局』が出て来る前に片を付けるぞ。アルフ、聞こえているな?」

 

「アーチャー……これは――――」

 

「話は後だ。今は自分のやるべきことに集中しろ」

 

 沈鬱な声でこうなった経緯を説明しようとアルフを制して、事態の収拾に意識を向けるように促す。

 こうしている間にも、雷を纏った竜巻たちはまるで俺たちを外敵と認識したかの様に、排除しようと接近して来る。

 当たり前だけど、そんなことを黙ってさせる訳がない。

 

投影開始(トレース・オン)――――全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)……ッ!!!」

 

 紡がれた言葉を追うように無数の剣が出現し、それぞれが剣弾と化して、竜巻に突き進んで行く。そして、竜巻の内部に飛び込むと秘められた“魔力“が爆裂して、内部から竜巻を吹き飛ばす。

 今、投影した剣のどれもが『宝剣』や『魔剣』と言った“魔力“を帯びた物だ。“英霊“が扱う『宝具』に及ばなくても、この場の障害を取り除くには十分な代物だ。

雷に対しては弓を射り、相殺する。

 

「フェイト、今のうちに――――」

 

 道を開いて、フェイトに向かうことを言おうとした時、新しく上から誰が来る気配がした。俺はそれが誰だが認識するために、空を仰いだ。

 

 

 空を覆う黒い雲を突き抜けて現れたのは、白い服を纏った一人の少女――――高町なのは。

 その光景は天空から舞い降りた天使を連想させる程美しく、彼女の眼は真っ直ぐだった。

 そこに迷いは無く、ただ自分の意思に従う者の瞳だ。そんな彼女はフェイトへ向かって行く。

 

「フェイトの邪魔をするなぁぁぁ!!」

 

 彼女の姿を捉えた瞬間に叫び声を上げながら飛び付こうとするアルフに、俺は声を飛ばして止める。

 二人はわざわざ事態が激化しているタイミングで来ている。そこには何かしらの意図があっただろうと思ったからだ

 

「よせ、ここで争っても何もならない。

 そうだろう? ユーノ・スクライア」

 

 アルフを諌めてから、俺はなのはに続いて現れたユーノにも声を掛けた。

 

「はい、ボクたちは戦いではなく、『ジュエルシード』の封印に来ました」

 

「アルフ、この状況で最も優先するのは事態の収拾だ。フェイトの消耗も決して少なくはない。これ以上の長期化は好ましくない」

 

「…………」

 

 納得がいかないのか、黙り込むアルフ。その気持ちは解らなくはない。

 しかし、そんなことを言っている場合ではないことはアルフも理解している筈だ。

 

「ユーノ・スクライアとアルフは竜巻の動きを抑えてくれ。私は雷撃を処理する。『ジュエルシード』の封印の方はなのはとフェイトならば大丈夫だろう」

 

「はい」

 

「……解ったよ」

 

 自分たちの役割を果たすために各々が行動を開始する。

 ユーノとアルフはバインドを生成して、竜巻を縛り上げて動きを止める。

 一方の俺は、なのはとフェイトを襲おうとする雷を僅かなズレも許さない正確な射撃で撃ち落とす。

 その隙に、なのはからフェイトへデバイス同士を通して魔力の供給が行われる。

 

「Divide energy.」

 

「Power change.」

 

「二人できっちり、半分こ」

 

 突然のことに一瞬の戸惑いを見せるフェイト。

 対照的に、なのははどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

「ユーノ君たちが止めてくれている今のうちに。二人で『せーの』で一気に封印!」

 

 そう提案を出して、なのはは『ジュエルシード』を封印するために空を駆ける。砲撃を撃ち出すポイントに到着して魔法陣を展開し、両足をしっかりと固定する。

 フェイトもそれに続く形で魔法を撃ち出す準備を開始する。

 そのフェイトの姿を見たなのはに微笑みが浮かぶ。

 

「ディバインバスター、フルパワー! 一発で封印いけるよね!?」

 

「Of course,my master」

 

 なのはの合図に合わせて、二人が一撃を解き放つべく、魔力と気合いを練り上げる。

 

「せぇえーーーーのっ!」

 

「サンダー…………!」

 

「ディバイーーーーン…………!」

 

 フェイトはバルディッシュを掲げてから、大地に突き刺すように降り下ろし雷撃を叩き込み――――

 なのははレイジングハートのトリガーに指を置き、圧縮された魔力を一気に解放する――――

 

「━━━━レイジッッッ!!」

 

「━━━━バスターーーーっっ!!」

 

 二人の渾身の一撃は海を穿ち、海中に在った6つの『ジュエルシード』を一呼吸で封印した。

 海中から浮かび上がって来た『ジュエルシード』を挟むように二人は空中に停滞する。

 一段落を迎え互いに視線を交差させる中、なのはが自分の想いを告げる。そこに着飾る言葉など要らない。ただ、純粋に自分の想いを告げる。

 

「私は……フェイトちゃんと――――友達になりたいんだ」

 

 なのはの裡に秘められていた想いは告げられ、それにフェイトはどう答えるのか。緊迫していた雰囲気は薄れ、フェイトの答えをなのはは一心に待っている。

 このまま、二人の会話が続けばよかった。だが、それを許してくれるほど現実は甘くなかった。

 

 

(なんだッ!? ……空間が割れる?)

 

 フェイトとなのはが話している中、突如としてそれは来た。天空に巨大な“裂け目“が生じ、そこから雷撃が降り注ぎ、二人を飲み込もうとする。

 それを悟った刹那の一瞬、俺は二人より高い位置に移動して、俺自身を盾のようにして覆う。

 

「ウィンディア! 足場を形成する以外の全魔力を注ぎ込む! ウィンド・シールド、最大展開!!」

 

「主よッッ!」

 

 盾を構えて、その上からウィンド・シールドを展開する。砲撃魔法や射撃魔法を受け止めるのではなく、受け流す防御魔法。それはこの状況でも有効に機能する――――筈だった。

 訪れたのは並ではなかった。『次元跳躍攻撃』と呼ばれる攻撃だ。文字通り、次元を越えて特定の場所を襲う一撃。そして、それは巨大な雷撃だった。フェイトの繰り出した物とは比べ物にならないほど強力で、見た者に畏怖を刻み込むほどの規模だ。

 

 

 俺はこんなことを出来る人物を一人だけ知っていた。大魔導師であり、フェイトの母親であるプレシアただ一人を。

 

(プレシア……ここにはフェイトが居るんだぞ。娘を巻き込む攻撃を何故――――)

 

 訪れる危機より前に出たのは疑問。自分の娘が巻き込まれると知った上で繰り出したプレシアのことだ。

 だが、そんなことに思考を回す暇などくれる訳もなく、それは訪れた。雷撃と言うよりは雷神の一撃と言う方が適切だった。重く、荒れ狂うそれは盾で四方に散らそうが勢いは衰えること無く、防御の上から圧殺してくる。

 

「ぐ――――――」

 

 受け流している間の時が、何倍にも長く感じられた。現実にして数秒の筈なのに、だ。

 今もなお荒れ狂う一撃に対し、周囲に反らし続ける盾。足腰に力を込めて、踏ん張り続けていたが、拮抗は崩れ去った。

 時間の早さが戻ると同時に、俺の守りは突破された。後に続くものは俺が身を挺して防ぐ。全身に雷撃が走り、体の感覚が無くなる。それに伴って、“足場“を維持できなくなり、海へ真っ逆さまに落ちていく。

 

 

 落ちていく中、視線を端には気絶をしたフェイトを抱えるアルフの姿が映った。あれは魔力の過剰使用によるものなのか。雷撃の余波を彼女は食らって気を失ったのか分からない。

――――だけど、アルフが抱えているのならば、大丈夫だ。それにチラッとだが、なのはも無事に空に停滞していたのが見えた。

 つまり、こうして落下しているのは俺だけだ。そのことに安心したのか、意識を保つのが限界だったのか、視界が暗くなっていた。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 雷撃から私たちを守ってくれたアーチャーさんは海に墜ちて行った。

 私も崩れたバランスを取り戻して、空中に留まることが出来た。フェイトちゃんは余波を受けて気絶しちゃったけど、アルフさんに抱き抱えられてた。

 突然のことに呆気を取られていた全員だったけど、アルフさんは『ジュエルシード』目掛けて一直線に飛んで、手を伸ばす。でもそれは、転移して来たクロノ君が阻んだ。杖でアルフさんの手を押し止めて、『ジュエルシード』が回収されるのを防ぐ。

 

「邪魔を――――するなぁぁ!!」

 

 力任せに、溢れる激情を乗せた魔力弾をクロノ君の杖に叩き込んで、海面へ突き飛ばした。

 

「……っ! 3つしかない」

 

 空中に残っていたのは3つの『ジュエルシード』。突き飛ばされた一瞬に、クロノ君は3つを手にしていたんだ。

 その指と指の間に挟まれていた3つは、デバイスに収納された。

 

「うぅ……わあ"あ“あ“あ“」

 

 雄叫びと一緒に海面に叩き付けられた魔力弾で水柱が立った。それで私たちの視界が悪くなってる間にアルフさんは離脱したみたい。

 空中に残って居たのは私とユーノ君とクロノ君の3人だった。

 

 

「クロノ君、大丈夫?」

 

「ああ、問題無い。

 それより、君は? 直撃でなくとも、雷撃を受けたようだが?」

 

「うん、私は大丈夫。アーチャーさんが守って――――そうだ、アーチャーさんは!?」

 

 クロノ君を心配して声を掛けた私だったけど、話の中でアーチャーさんのことを思い出した。盾を展開して、私とフェイトちゃんを守って、海に墜ちて行ったあの人のことを。

 

「なのは! 大丈夫、彼は無事だよ。気絶はしてるけど」

 

 海面の近くにはユーノ君が居て、魔法陣の上で全身ずぶ濡れのアーチャーさんに肩を貸しながら立っていた。

 よかった、無事だったんだ。ほっとした私だったけど、クロノ君は逆に警戒心を上げていた。

 

「彼は【魔導師】だ。空中を飛ぶのでなく、歩いていたのはよく解らないけど、雷撃から君を守ったあれは魔法だ」

 

 そうだ、【魔導師】か解っていなかったアーチャーさんだけど、私たちを守る時には魔法陣を展開してた。

 ゆっくりとクロノ君はアーチャーさんに近付いて行った。

 

「勝手に正体を暴くのは気が引けるが――――」

 

 アーチャーさんの仮面に手を掛けて、外した。その下に在った顔に私とユーノ君はビックリした。だって、その顔は私にとって身近な人の一人の――――

 

「!? なのは、この人って――――」

 

「し、士郎さん!?」

 

「君たちの知り合いなのか?」

 

 予想外のことに慌てふためく私に、クロノ君は落ち着くように声を掛けてくれたけど、全く落ち着けなかった。

 だって士郎さんだよ!? 家の『翠屋』で働いていて、優しい士郎さんがアーチャーさんの正体だって知って落ち着ける訳がなかった。

 

「詳しい話は『アースラ』でしよう。艦長」

 

「クロノの言う通りね。3人とも、戻ってきて」

 

 海上での一件を終えた私たちは『アースラ』に戻った。その後、待っていたのは、リンディさんお叱りタイムでした…………。

 

 

 

 

 

 『アースラ』の会議室でリンディさんからのお叱りタイムを受け終わった私たちはアーチャーさん――――ううん、士郎さんについて話を始めようとしていた。

 最初に口を開いたのは、リンディさんの後ろに立っていたクロノ君。

 

「エミヤシロウ――――それが彼の名前なんだな。エイミィ、『管理局』のデータベースに該当する人物は?」

 

「調べてみたけど、ヒットしなかったよ」

 

「と言うことは、少なくとも次元犯罪には関わっていないのか」

 

「なのはさん、エミヤさんは貴方の家の喫茶店で働いていてる少年なのよね?」

 

「はい」

 

『管理局』の方で士郎さんについて調べても何も解らなかったみたい。

 リンディさんたちは他に知っていることはないのかと聞いて来たけど、私は士郎さんが優しくて、執事さんの様に接客をしてくれるお兄さんだってことぐらいしか答えられなかった。

 

「後は本人から聞くしかないな。エイミィ、彼はどうだ?」

 

「気絶しているだけだから、命の心配はないわ。モニターに出すわね」

 

 ホロモニターが現れて士郎さんの様子を映し出す。その映像には護送室のベットの上に手錠を掛けられた士郎さんの姿が在った。

 

「なんで……なんで士郎さんが――――」

 

「理由はどうあれ、彼は『管理局』に敵対行動を取った。意識を取り戻して、抵抗をしないとは限られない」

 

「士郎さんはそんなことしないよっっ!」

 

「なのはさん、落ち着いて。

 私たちは彼に危害を加えるつもりはないわ。ただ、念のために……ね」

 

 リンディさんは私を宥めるように優しく声を掛けてくれた。

 でも、映像を映る士郎さんの姿を見るのは心苦しいままだった。

 

「意識が戻ったみたいよ」

 

 エイミィさんの言葉に全員の視線がホロモニターへ集中する。

 士郎はベットに腰掛けるように体勢を直して、辺りを見回す。

 リンディさんはその様子を見てから、ホロモニター越しに声を掛ける。

 

「時空管理局アースラ艦長、リンディ・ハラオウンです。エミヤシロウさん、聞こえますか?」

 

「聞こえますよ。俺の名前を知っていると言うことは、なのはから聞いたんですね? 彼女は今そこに? こっちからは声だけしか聞こえないので」

 

「士郎さん……」

 

「良かった、無事だったんだな。海に墜ちていく中、視界の隅で空に浮いているのは見えたんだけど、心配だったんだ」

 

 自分のことよりも私のことに気を回してくれる士郎さん。心配してくれたことは嬉しかったけど、今は自分のことを優先して欲しかった。

 次にクロノ君が鋭い声で問い掛ける。

 

「それが本来の口調なのか?

 それと、彼女を心配する必要はない。君が庇ったお陰で無事だ」

 

「ああ、なのはに俺が【魔法】に関わっていることを知る必要はないからな。正体を隠すために変えていた」

 

「なるほど。

 早速だが本題に入らせてもらう。こちらとしては訊きたいことは山程あるからな。素直に答えることを勧める。まず、君は『管理世界』の人間だな」

 

「生まれは地球で、育ちも同じだ。全てが、とは言わないけどな」

 

「どういう意味だ?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべて、ホロモニター越しに士郎さんを見つめるクロノ君。

 リンディさんも視線を外さず、見ている。

 

「……俺は地球で生まれて、少なくとも、幼少期まではそこで育った。だけど、ある夜―――― 一夜にして俺の住んでいた町は火の海になった。【魔導師】に焼け野原にされた」

 

「なっ」

 

 会議室に居る誰もが息を呑んだ。士郎さんの口から気にも止めないように、ポロっと出た士郎さんの過去に誰もがその事実を受け止めるのに、戸惑った。

 

「俺はあの夜を、唯一の生存者として生き残った。その後、助けてくれた【魔導師】に連れられてミッドチルダに渡ったんだ。【魔法】を使えるのはそういう訳だ」

 

 そんな……じゃあ、士郎のお父さんもお母さんも――――友達やもしかしたら兄弟も失ったってことなの…………。

 私も幼い頃はお父さんが大怪我をして、家族皆が忙しくて、一人で居ることが多かったけど、士郎さんのはもっと悲しい。突然聞かされた士郎の過去に、私は涙が零れそうだった。目には涙が浮かんでいる。

 クロノ君の次にリンディさんが質問を続ける。

 

「では今、地球に居るのは?」

 

「数年を掛けて一通り【魔法】の知識を学んだ俺は、地球に戻りました。そもそも俺は地球出身者です。本来なら地球に居るのが普通。

 俺をミッドチルダに連れていってくれた【魔導師】は、俺の地球での住まいを用意してくれて、そこで生活をするようになりました。

 その場所が海鳴市だったんです。なのはとの出会いはそこだった」

 

「地球に戻るのが前提だったのなら、【魔法】を学ぶ必要も、戦う技能も必要ないと思うのだが。何故、君は学んだ?」

 

「また同じことが起こらないとは限らない。俺はあの出来事のようなことを黙って見過ごすことは出来ない。

 もしあの次があるのなら、あの時助けられなかった全ての代わりに、今度こそ……俺は、目に映る苦しむ人全てを助けなくちゃいけないんだ。そのために【魔法】の知識と戦闘技術は必要だった」

 

「…………」

 

 一切の感情が含まれていない声に、遂に私の涙は零れた。

 士郎さんの声はただ報告書を読むような淡々とした声。辛かった筈なのに、悲しかったことの筈なのに、涙を流す訳でも、息を乱すこともなかった。

 

「じゃあ、あの剣や弓を取り出していたのは【魔法】なのか?」

 

「あれは俺個人の能力だ。そっちの常識で言うなら、レアスキルだな。ある場所に在る俺の所有物を転送させて、取り出している」

 

「君個人の“能力“か。なのはのことを考えても不思議はないか」

 

 全てが納得出来たみたいじゃあないけど、士郎さんの話を聞いて自分たちの疑問点をまとめていくクロノ君。

 

「『ジュエルシード』について知っていることは? 回収の目的は事態の収拾と言っていたが」

 

「詳しいことは解っていない。思念体の発生、空中が歪む様な違和感を感じるぐらいだな。

 解っているのは放置をすれば、また災厄が起こることだ。俺は、何としてもそれを阻止するために行動をしていた」

 

「君は『ジュエルシード』の詳細を知っていないのにも関わらず、行動をしていたのか」

 

「あれが災厄を起こすのは、嫌と言うほど解ったからな。黙って見過ごすことなんて出来るわけがない」

 

「次はこの人物についてだ。エイミィ、向こうにも画像を表示してくれ」

 

 

 私は涙を拭いて、ホロモニターに視線を向ける。新しく映し出されたのは、女の人の画像。その人は、寂しそうな瞳をしていて、どこかフェイトちゃんに似ていた。

 

「プレシア・テスタロッサ。優秀な【魔導師】であり、次元航行エネルギーの開発者だった人物です。

 先の攻撃の魔力波長も登録データと一致しています。テスタロッサの姓から推測するとフェイトちゃんの母親になるのではないかと」

 

「彼女のことは?」

 

「フェイトに連れられて会ったことが有る。

『ジュエルシード』を集める理由と正体を訊いたけど、俺たちには一切教えてくれなかった」

 

「つまり、君も彼女も何も知らされていないのか。取り敢えず、訊きたいことは以上だ。

 またこちらから通信を繋ぐ。下手な行動はしないように」

 

 士郎さんが映っていたホロモニターが閉じられる。

 

「どう思いますか、艦長?」

 

「彼が『ジュエルシード』の被害を抑えるために行動をしていたのは、間違いなさそうね。

 なのはさんも庇ったのも、知り合いを守ると言うことから納得がいくわ。

 話を聞く限り、嘘をついている感じはないわね。

 それとエイミィ、後で【魔導師】による被害が有ったか調べてみてくれるかしら?」

 

「調べてはみますけど、あまり期待は出来ませんね。【魔法】を知らない視点から見れば、原因不明の大火災で片付けられている可能性が高いですね」

 

「あ、あの、士郎さんはどうなるんですか?」

 

 震えた声で問いかけた。確かに士郎さんは『管理局』と対立しちゃったけど、目的は私たちと同じ。なら、これからは一緒に――――と考えたけど、クロノ君からの回答は冷たいものだった。

 

「彼は当分の間、護送室になるだろう。嘘を言っている様子はしないが、確証はない。

 少なくとも、確認を取れるまではあのままだ」

 

「そんな……」

 

「なのはさん、彼と話をしたいなら、貴女の部屋と回線を繋ぐわ。

 プレシア女史たちもあれだけの魔力を放出した今ではそうそうと身動きをとれないでしょう。

 そうね、彼と話した後にでも一度、自宅に戻りましょうか。余り長く学校を休みっぱなしなのも、ご家族とも顔を会わせないのもよくないでしょう」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

「なのは、ボクもシロウさんと話がしたい。いいかな?」

 

「じゃあ、ユーノ君も一緒に行こ」

 

 私とユーノ君は会議室を出て、『アースラ』で借りている一室に向かって足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に着いた私たちは早速、繋がれた回線を開いて、映し出された士郎さんの画像を前に座る。

 

「なのは? そうだよな、俺に訊きたいことはあるよな」

 

「士郎さん…………その大丈夫なの?」

 

「雷撃を受けたことか? 大丈夫だ。防御したからな」

 

 喫茶『翠屋』に居る時のように、私たちに接してくれるのと何一つ変わらない口調で話をする士郎さん。

 そのことは嬉しかったけど、いつもと違う環境でも平然としているアーチャーさんとしての姿は少し怖かったかな。

 でも、士郎さんは士郎さんだった。アーチャーさんの時の口調より、こっちの方が全然似合ってる。

 

「アーチャーさんとしての口調は私に正体がバレるのを防ぐためだったんだよね? あれ、士郎さんには似合わないよ。普段通りでいて欲しいな」

 

「やっぱりか……自分でもあまり使いたくはなかったんだけどな。普通に喋ったらバレるのは判ってたから変えてた」

 

 苦笑いをしながら、士郎さんはそう言った。

 そんな時に、ユーノ君が話し掛けた。

 

「シロウさん、初めまして。人間としての姿をきちんと見せるのも話すのも初めてですよね。“フェレット“だったユーノ・スクライアです」

 

「そうだな。こうして話をするのは初めてだな」

 

 二人の間で沈黙が漂う。ユーノ君が話の続きをしようと口を開くけど、気まずそうに少し躊躇った。でも、意を決して、言葉を出した。

 

「すみません……なのはを巻き込んでしまいました」

 

「過ぎたことを言っても仕方がない。なのはが【魔法】を知ってしまったのは良いとは言えないけどな。この先は彼女の身に降りかかる事柄から守る方法を教えるしかない」

 

 頭を下げるユーノ君を、士郎さんは特に怒る訳でもなかった。でも、その顔は一瞬だけど、雲って見えた。

 

「士郎さん、【魔導師】に街を焼かれたって言ってたけど……本当なの?」

 

 士郎さんの話を疑う訳じゃあなかったけど、現実味を感じられなかったから。ユーノ君も基本的には『管理局』も不干渉で、【魔導師】は関わることもないのが『管理外世界』で、私たちの住む地球もそうだって言ってたし。

 

「ああ、俺もよく覚えていないけどな。鮮明に覚えているのは、暑かったこと。誰もが死んでいったこと。【魔導師】に追い詰められた所を助けてもらったこと。それぐらいだ」

 

 また士郎さんは淡々と話す。最初から感情を持ち合わせていないように。それだけのことを経験しても、そんなことを感じさせない振る舞いが出来る……私はそれが哀しかった。それはきっと、そういう風になってしまったんだと思うと尚更――――

 

「なのは、俺はお前に危険が及ぶことに関わって欲しくない。俺みたいに平穏から外れるようなことには成って欲しくない。お前はどう考えてるんだ?」

 

 過去の話はおしまいと……この先はどうしていくのかと話題を変えられた。

 ホロモニター越しでも、真っ直ぐに視線を合わせてくる士郎さん。私の信念を問う眼。でも、私は決めたんだ。これからどうするのか。

 

「『ジュエルシード』集めるは最後までやるよ。始めは偶然だったけど、“本当の全力“でやるって決めたんだ。

 それに私はまだ、フェイトちゃんから友達になりたいってお願いの返事を貰ってないから」

 

 私の言葉に、士郎さんが少しだけ安心したみたいだった。

 

「『友達になりたい』……か。その返事はしっかりしてもらわないとな」

 

 話したいことはまだまだ有ったけど、ここでリンディさんから呼び出しが掛かった。きっと一旦家に帰ることの話だと思う。

 

「リンディさんから呼び出しが着ちゃった。その――――」

 

「気にするな。別に、これが最後の会話にはならないだろ。自由にとはいかないかもしれないけど」

 

「またね、士郎さん」

 

 そう言って、私は回線を切った。

 そして、私たちはまた会議室へ向かって行った。

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 エイミィに頼んで十年前程まで遡って、大火災について調べてみてはもらったけど、結果として特定が出来なかった。火災自体はいくつも浮かび上がったけど、どれが【魔導師】によるものかまでは特定は出来なかった。

 やはり、地球側では原因不明の大火災として処理されている可能性が高いみたいね。こうなると特定は困難。当事者たちの行方も掴めないから、裁くこともできない。

 

 

 それにエミヤさんの話を聞いて、私も衝撃を受けたわ。彼は幼少期にそのような目に遭ったと言った。それは今のなのはさんよりずっと幼い。親にもっとも甘える時期に、【魔導師】によって日常は壊された。それなら、【魔導師】の存在その物を恨んでもおかしくはない。でも、彼は私たちにそのよう眼で見なかった。

 加えて、理不尽な目に遭ってもそれに対する悲しみや憎しみを感じられなかった。おそらく、そうは思えない程に、心が壊されてしまったのだと…………。

 悲しかった筈のことに涙を流さない。辛かったことの筈なのに一切の乱れもない。それを考えると心が痛む。

 

 

 そして今、戻って来た地球で災いが起こるかもしれないと知った彼は、それを防ぐために行動している。立派なことだと思うわ。

 けれど、この件に関わってしまったのも、元を辿れば【魔導師】によって彼の故郷が焼け野原にされたことになる。それさえ無ければ、御両親が居て、【魔法】に関わることもなく、平穏な日々を過ごせていた筈だった。

 

(彼については追々検討しないといけないわね。助けてくれた【魔導師】についても話を訊かないと。これは私が留守にしている間にクロノに頼みましょ)

 

 私たちがするべきことは沢山あるわ。『ジュエルシード』の件。なのはさんの今後のこと。そして、プレシア女史たちやエミヤさんのこと。

 私の呼び出しで会議室へなのはさんが戻って来たところで、思考を区切った。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 母さん――――いや、艦長はなのはたちと地球へ向かった。一時的な帰宅。長期に渡って『アースラ』に滞在していたことを気にしていた艦長の計らいだ。

 彼女にも、彼女自身の生活がある。それを大切にするのは当たり前だ。

 そして今、僕はエイミィと彼――――エミヤシロウと会話を開始するところだ。

 

「じゃ、繋ぐよ。クロノ君」

 

「頼む」

 

 短く返した僕の返答を聞いたエイミィは、キーボードを叩いて、ホロモニターを表示する。

 

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。以前にも名乗ったから、知っているとは思うが」

 

「衛宮士郎だ。魔法関連の組織には属していない。向こうの人間と関わりがあるのは、俺をミッドチルダに連れていって、魔法の知識を教えてくれた【魔導師】ぐらいだな」

 

「君の過去――――【魔導師】に故郷が焼かれたことについては調べたが解らなかった。助けてくれた人物から確認を取りたいので、名前を教えてもらいたいな」

 

「ベル。管理局とはいくつか接点があったみたいだから、そっちの方でも知られているんじゃないのか?」

 

「エイミィ」

 

「はい、は~いっ」

 

 エイミィがキーボードに指を走らせる。こっちの方は簡単に調べが付いた。

 

「ベル。フリーランスの【魔導師】みたいね。『管理局』もいくつかの依頼を出しているみたい。主な活動は違法魔導師の確保、闇取引の制圧、災害キャンプの援助とか色々やってる。特に問題はなさそう」

 

「連絡出来るか?」

 

「彼も色々と忙しいみたいだから……取り敢えず、『管理局』が連絡に使った方法でメッセージを送ってみるね」

 

 そう言ってエイミィは再びキーボードに指を走らせる。これで一つの確認はその内に取れる。

 エミヤシロウが悪人とは考えていないが、『管理局』に敵対行動を取った事実は変わらない。だから、取り調べのような形になるのも仕方がない。

 

「君はフェイト・テスタロッサとは『ジュエルシード』に遭遇した際に出会ったと言ったが、それ事実なのか?」

 

「事実だ」

 

 短く返された。声色も平常としていて、揺らぎを感じさせないものだ。

 

「彼女が『ジュエルシード』集めている理由は君と同じか?」

 

「フェイトは母親のプレシアから頼まれて集めてる。事態の収拾は少なくとも、フェイトと俺は共通認識として持ってる。

 ただ、プレシアは解らない。先も言ったけど、俺もフェイトたちにも理由を教えてくれなかったからな」

 

「そうか。プレシア・テスタロッサは兎も角、君たちは『ジュエルシード』をこれと言って使用するつもりはないんだな」

 

 最も重要なことを訊き終えた僕は、次の質問を投げる。

 

「どうしてあの時抵抗した。君の話を聞く限り、あそこでの戦闘は無意味だったと思うが」

 

「俺もそんなつもりは無かったさ。でも、あそこであのまま話をしたら、俺の正体がなのはにバレただろう。それは避けたかった。

 それに牽制とは言え、いきなり現れて、攻撃するのを黙って見てることなんて出来ると思うか?」

 

「あの時既に、彼女は【魔法】に関わって――――」

 

「だからと言って極普通の女の子に重荷を背負わせるのをよしとするのか?」

 

 一変として彼の声色が鋭くなった。会話の中で薄々感じていたけど、彼は自分のことより、他人のことになると感情が強くなる。

 

「なのはは自分の意思で決めたって言った。なら、俺が言うのは筋違いかもしれない。でも俺は、【魔法】に関わって欲しくなかった。

 彼女は地球に住む女の子だ。危険が伴うようなことには関わって欲しくない」

 

「君は彼女のことを考えて、正体を隠すことを選んだんだな。僕の牽制から庇ったのも――――」

 

「ああ」

 

「君の気持ちと事情は理解した。ただ、確認を取れるまではそこに居てもらう。少し時間が掛かるかもしれないが、了解してくれ」

 

 一通り質問を終えてホロモニターを消す。

 

「エミヤさん、イイ人だね。自分のことよりなのはちゃんたちを優先する優しい人。過去にそれだけのことを経験したってことでもあると思うけど……」

 

「彼自身は問題無さそうだ。ただ、プレシア・テスタロッサが『ジュエルシード』の回収目的を誰一人として伝えていないのは予想外だったな。考えたくはないが、母親に利用されている線も――――」

 

 確認が取れた情報から詮索しようとしたところで、メッセージが届いた音が鳴り響いた。

 

「あ、返ってきた。開くわね」

 

 逡巡せず、届いたメッセージを開くエイミィ。差出人はベルと言う【魔導師】からだ。そこには――――

 

『俺のことは管理局の方で大体解っているだろうから、自己紹介は省かせてもらう。メッセージに書いてあったことだが、事実だ。俺がシロウをミッドチルダに連れて、魔法の知識を教え込んだ。

 今の住まいを用意したのも俺だ。で、そんな俺だが、今は別の依頼中で手が放せない。そっちの赴けるのは先になりそうだ。

 シロウの人格は保証する。自分より他人の心配をするお人好しだ。まぁ取り敢えず、シロウにはこう伝えてくれ。

“何やってんだこのバカ“ってな』

 

 

 魔導師の確保や闇取引の制圧などから想像していた人物より丸そうな性格をしていそうだなと感じた僕だったけど、そんな余計な思考は削ぎ落とす。

 

 

 これで彼の過去の正否は明らかになった。残るは『ジュエルシード』の案件だ。

 プレシア・テスタロッサは姿を現すとは考えにくい。よって、フェイト・テスタロッサか使い魔の狼から確認を取るのが優先か。

 

「これで彼の過去の確認が取れた。エイミィ、艦長に連絡を頼む。これなら、護送室からは出られるだろう。まぁ、『アースラ』内部には居てもらうとは思うが。それと、このメッセージを向こうに送ってくれ」

 

 

 

 ――――――クロノの指示で、エイミィは届いたメッセージを士郎の居る部屋に表示する。それを見た彼は、険しい表情になり、何かを考えているようだった。

 

 

 

 

 

 

 


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