魔法少女リリカルなのは ~The creator of blades~ 作:サバニア
あっという間に2016年も過ぎてしまい、2017年がやって来ました。当作品は開始から2ヶ月弱とまだまだ短い間の作品ですが、今年も頑張って行こう思います。叶うものなら、暖かく見守ってくださることを願います。
さて、前回のAパートの後半であるBパートです。
お気に入り登録者様が700名越えと、数字的には単純に思いますが、嬉しさはいつもより遥かにあります。
では、今年初の投稿━━━━どうぞ!
地面に転がっている空き缶やダクトを避けながら、彼は目的地へ向かう。
(やっぱり、単独行動は俺にとっても得意分野なんだよな……)
撤退中で士郎は改めて実感していた。
表通りの様に走りやすい場所でなくても、彼の走りは軽快だ。
それは、彼の事を考えれば当然だろう。
剣と弓を使うからには取り回しが利く軽装を選ぶので、自然と身軽になり機動力も高くなる。
何より、士郎が模倣した“彼”は剣技に秀でていると同時に、単独行動を得意とする弓兵でもあった。
(にしても、追ってくる気配は無いな。海に落として時間稼ぎはしたけど、脱出で体力が尽きる程やわな体力じゃないだろうし――――……なのはと話をしているか……)
走っていようと士郎の思考は動作だけに縛られていない。
しっかりと現状認識して情報を整理する。
「執務官……か……」
フェイトとアルフが海鳴臨海公園から離脱した後、士郎は一人の【魔導師】と刃を交えた。その相手が、『時空管理局執務官』――――クロノ・ハラオウン。
士郎は空中から襲ってくる攻撃魔法を防ぎ続けて、不意を突く形で戦闘を終わらせた。爆風で海に叩き落としただけだから、バリアジャケットを着ていた彼ならダメージは負わなかっただろう。
だが……これで向こうから見れば、士郎は『管理局』側に対して敵対行動を取ったことになる。
そうなると腹をくくって行動した彼だが、本心では避けたいことだった。
しかし、あの場では自身の正体を明かすことは出来ず、フェイトを庇う必要があった士郎は、ああする他に選択肢が残されていなかった。
そもそも、『管理局』の介入が無いとは確定は出来ていなかった。『管理外世界』である“地球“には来ないだろう、と言うのは彼らの方針を考えた場合だ。魔法文明も無く、次元移動手段もここには無いから本来なら彼らは不干渉を貫く。
(『ロストロギア」による異常か何かを“外”で察知したから不干渉の方針を曲げて介入してきたんだろうけど――――)
それで『執務官』が来るのは士郎の想定を越えていた。
あるとしても探索隊や数人の戦闘員ぐらいだと考えてはいた。
(自分たちが治安維持をしていない世界で、よく知らないから実力の高い人材を投入してきたのか……。
あの執務官は間違いなくエリートだな。熟練な魔法に、対処の早さ――――一部隊のエースを担っていてもおかしくないか。“外”だから大部隊は来ていないだろうけど、一体どれだけの局員が後ろに居るんだ)
士郎が確認したのはクロノだけだ。他にどのような人員が居るのかまでは判らない。ただ、局員にとっては“外”である『管理外世界』を彼の単独で訪れる訳はないので、他に戦闘員が控えているだろうと士郎は推測し始めた。
対峙するのがクロノ一人ならば、士郎一人で十分対抗は出来る。
しかし、まだ人員が有ると考えると雲行きが怪しくなる。数で押されれば士郎でも苦戦を強いられてしまう。
相手の命を奪って数を減らす選択を取れば、士郎の幾らかの負担は無くなる。
が、向こうも『ジュエルシード』の回収をして、安全の確保をするのが目的。被害を抑えるのが行動理由な以上、互いに争う理由は無い。そう……士郎がしてきたベルとの“仕事“とは状況が違ってくる。
(…………厳しいな……)
頭を過った手段に士郎は内側でそう漏らした。
致命傷を狙う――――それは最終手段だ。士郎も好き好んでそんな真似はしないし、その気持ちは向こうも同じ筈だ。
だが、両者の間を隔てるモノが明確に存在していた。
どうしたものか、と事を考えている内に士郎はフェイトたちのマンション近くに到着した。
ここまでは追跡を警戒して、色んな場所を中継して来た。もちろん、『魔力殺しの聖骸布』を身に付けて、魔力も遮断した。
目視、魔力探知共に捉えられていないだろう。
士郎はフェイトたちの部屋のドアを開け、入室する。
そのまま真っ直ぐに彼はリビングへ向かう。
「シロウ! 大丈夫だった!?」
「……取り敢えず、大丈夫そうだね。少し埃っぽいけど……」
リビングに上昇が入ると、既に待っていたフェイトからは悲鳴にも聞こえる声色が、アルフから心細げでいる声が上がった。
血の気が引いた少女の顔と険しい表情でいる少女のパートナー……そんな二人を見た士郎の心に痛みが奔る。
けれど、彼はそれを表に出さずに声を返す。
「ごめん、少し手間取った。向こうは『執務官』だからな。埃ぐらい被るさ」
「シャワー……使う?」
「そうだな……このままソファーに腰掛ける訳にはいかなし、一先ずシャワーを借りるよ」
「う、うん……お風呂は――――」
「場所は知ってる。
不安が有るのは分かってるけど、少しだけ待ってくれ」
フェイトから風呂の使用の許可を取った士郎は早足で脱衣場へ移動した。
そこで彼は衣服など身に付けている物を外し、風呂場へ繋がるドアを越えて暖かくない床を踏み締める。
その温度がつきさっき見た少女たちを少年に思い浮かばせた
(フェイトの声は震えていたけど、無理もないか。現れたのは『時空管理局執務官』……真正面から相手をするのは誰だって避ける。わざわざ相手をする奴が居るとすれば……それは余程の自信家か、争いを好む質の悪い傭兵ぐらいだろうしな……)
考えながら埃を流そうと士郎は蛇口を捻った。
すると、シャワーの水流が全身に伝わる。
「―――――――」
顔を少し上げると正面に設置されている鏡に、映る
双眸が自分を見返してくる。
琥珀色の瞳は険しい目付きだった。恐らく、こんな士郎を見たらフェイトたちは戸惑うだろう。
「―――――――ッ」
もう一度目蓋を閉じて、士郎はより強く水流を浴びた。
それは冷たく、埃と一緒に余計な思考を落としてくれたのだった。
シャワーを浴び終えて、士郎は普段着に着替えてからフェイトたちが待っている所へ戻った。
二人は既にソファーに腰掛けている。フェイトは普段着である黒いワンピース。アルフは人間形態だ。
士郎は反対側に位置して、向かい合う方を作った。
「「――――――――」」
二人は口を開かず、重苦しい空気が充満しているリビングでじっとしている。彼女たちは年長者である士郎が切り出すのを待っているのだ。
その様子を見て、士郎は話を始める。
「フェイト、『ジュエルシード』の方は?」
「封印出来てる。暴走の心配は無いよ」
「――――」
さっきよりは震えていなかったフェイトの声だったが、やはり平常なモノではなかった。言葉を返してくるのが僅かに遅れていたし、声の奥には動揺が隠れていたのだ。
それは些細な変化であったが、フェイトの世話をしていた時期のある士郎には彼女が不安を押し殺してると強く感じ取れていた。
「暴走の心配が無いならそっちは安心出来るけど――――」
「ああ、そっちはね。でも、もっと大きな問題が出てきたじゃないか」
士郎が言い終わる前にアルフが割って入った。
そのまま彼女は士郎へ声を飛ばす。
「シロウ、あんたはどう考えているのさ?」
「良い状況じゃないと思ってる。相手は『管理局』だからな。戦闘になったら簡単にはいかないだろうし、向こうの正確な戦力が判らない。
でも、俺はこの件から降りるつもりは無い。
「そう言や、
けどね――――」
アルフは視線を床に落として、額に手を当てた。
故郷を守るためにも士郎は自分たちに協力してくれているとは解っているし、その理由は普通なことだとも解る。
しかし、それでアルフは頷けなかった。俯いた顔を上げて叫ぶ。
「管理局と正面向き合うのはヤバイって! 下手をしたら目を付けられて逃げ回る羽目になる。フェイトをそんな目に合わせる訳にいくもんか!」
「――――――――っ」
声を荒げたアルフの訴えを受けた士郎の表情が少し強張らせた。
その彼の反応を見た彼女は続ける。
「あたしはこれ以上フェイトが苦しむところなんて見たくない。それはシロウだってそんなフェイトを見たくないだろう!」
「ああ」
アルフの確認に士郎は即答した。
フェイトの身を案じるのは二人とも同じ。が、二人にも違いがある。それは、フェイトのみか、フェイトを含めてか。
前者のアルフはそれを前提に思考を回す。フェイトの身を危険から守る手段……自分に出来て、今すぐに可能なことは何か。
直ぐに思い至ったのは『ジュエルシード』の件から手を引くことだった。しかし、それは不可能だと頭を過った。今までフェイトがされてきた仕打ちを考えればプレシアが許す訳がない。意見した時点で鞭が振るわれるだろう。
(――――あっ)
一つの考えがアルフの脳裏を掠めた。
鞭を振るうプレシアと『管理局』の両方からフェイトを守る手段。だがそれには、彼女が最も望まない過程を含む。
フェイトは母親を想って今まで行動してきた。アルフの考えは、その想いから外れることになる。
しかし、それでフェイトを守れるのなら、とアルフは決断して切羽詰まった声で口にした。
「もう……いっそのこと逃げようよ……こんな目に合わないどっかにさぁ……」
彼女のそれは士郎の裡に波を作り出した。
生まれた波紋が彼の考えを起こさせる。
(……逃げる、か。アルフの選択肢はある意味正しい……けどそれは――――)
“逃げる“…………アルフの言う通り、それが一番の選択肢だろう。そうすれば、フェイトはプレシアから受けている“お仕置き“などの理不尽から解放される。加えて、『管理局』からも逃れることは出来る。
だが、代わりに『ジュエルシード』が放置される。
今のプレシアなら、フェイトたちが逃げたと知ったらどんな手段で『ジュエルシード』の回収に出るのか、士郎には予測が付かなかった。それぐらいの執念を向けているのは、この前の会話で思い知らされている。
その
――――『管理局』。彼らは基本的に後手に回ることが多い。事件を解決することは多いが比べて
『ジュエルシード』の覚醒に遅れを取った場合の危険性は身をもって経験している。あの事から士郎は後手に回るのは周囲を危険に晒すことでしかないと認識していた。
「……そう言えば……管理局の魔導師って万年人手不足なんだっけ?」
「えっ……? あ、うん。求められる技能とかが多いから、成るのが難しいんだよ」
「じゃ、いきなり本拠地に追加召集を掛けるのは難しいよな」
この中で最も【魔導師】に長けているフェイトが士郎の問いに返答した。
つまりプレシアにしても、『管理局』にしても、不安要素が残る。
それがある限り士郎はここに留まる。火種を残して何処かへ行く訳にはいかない。着火してしまう前に片付けなれば、彼は“あの日の人達”に申し訳が立たない。
「なんか、落ち着いてるみたいだけど……よくよく思えば『執務官』と戦っているんだ。この中で一番立場が危険なのはあんたなんだよ!」
「ッ!?」
アルフの言葉に、フェイトが息を呑んで顔を上げる。
その士郎を見る顔は蒼白としていた。
「俺のことは今は関係無い。今の問題はこれからの『ジュエルシード』の回収をどうするか、と言うことだ」
「『ジュエルシード』の回収なんてもうどうだっていいよ! あの鬼ババだってフェイトに酷いことばっかするし……このままじゃあ、誰も碌なことにならないよ!!
そうだ……シロウも一緒に逃げようよ。故郷を守るために行動してもあんたが捕まったら意味が無いだろ!」
普段の陽気さが想像できないほどにアルフは荒れている。
今日までアルフは主の行動の否定を仕切れていなかった。フェイトが望むなら、と彼女の意志をを尊重して来た。
しかし、それも限界に達しようとしている。アルフにとって最も大切なフェイトの身がより危険に曝されようとしているのだ。それを容認できる彼女ではない。
それに、フェイトが慕っているシロウのこともあった。もし彼が捕まればフェイトは悲しむ。それでは駄目だった。それだとフェイトの心を守ることが出来なくて、アルフはフェイトとの
「……、……、……――――」
現状に対しての不安に加えて、今まで押さえてきた感情が溢れたのか、アルフの両目から涙を流れ始める。
それに連動してか声も霞んできていた。
「でも、アルフ……それだと母さんの――――」
「あたしはフェイトが心配なんだよ! ねぇ……シロウからも何か言ってやってよ……」
アルフへ逃げることに対する同意を士郎へ求める。
以前、彼女は『士郎が言うことはフェイトに効果がある』と言った。だから、自分一人の言葉で決心を付けさせることが出来なくても、彼が同意さえしてくれれば、フェイトも分かってくれる筈だと見込んでいた。
自分たちの身の安全に限った話ではあるが、彼女が提案する逃げるという判断は正しい。彼女たちなら人知れず生活していくことは不可能ではない。
「――――――」
例え可能なことだとしても、衛宮士郎には出来ない相談だ。
彼には自分の安全のために、他者を危険に晒すことは赦されない。苦しんでいる人が居るのを知って、見過ごすことは出来ない。他ならぬ士郎自身が思っている。
そして、自分を曲げることは衛宮士郎にとって終わりを告げる。彼は“道”を見つけていなくとも“理想”は秘めている。確かに存在するそれを、どうして葬ることが出来るのか。
「ああ、アルフの言う通りだ。フェイト、アルフの言い分は尤もだよ」
「え、シ……シロウ?」
「だよね!? ね、フェイト、シロウもこう言ってるし――――」
「だからさ――――――」
思い浮かぶ記憶。
地球に帰郷してからの日々。
ここでフェイトたちと過ごした僅かな時間。
地球でのことを切り取り、少年は選んだ。
「――――
リビングが凍てついた。一瞬だが、言葉も、感情も、時間さえ静止した。
それらが再び動き出した時には、フェイトとアルフの表情はおかしくなっていた。少年が何を言ったのか理解が出来ていない。
それに加えて、目の前の少年が何なのか怯えるような――――ありとあらゆる感情が混ざったものだ。
「え? え?……シロウ、今なんて――――」
「後は俺がやるから『二人は逃げろ』と言った。
聞こえなかったか?」
「そ、それはダメだよ! 元々『ジュエルシード』を集めることは私が母さんから頼まれたことだよ! なのに、私が逃げて、シロウが残る訳にはいかないよ!!」
硝子を引っ掻くような泣き声とも取れる声でフェイトは叫んだ。
アルフは気を確かめるように言葉を出す。
「あ、あんた……正気かい!?『執務官』を――――『管理局』を一人で相手をするって言うのかい! 無茶だよ、シロウが強いのはよく分かったけど、いくらあんたでも――――それに、もしかしたら……例の“白いの“と“フェレット“も同時に相手をすることになるかもしれないし……明らかに限度を超えてるよ!!」
士郎が一人で残った場合、状況によっては1対3を強いられることもあり得る。【魔導師】3人――――クロノ、なのは、ユーノ。
クロノについては今更確認することはない。彼は一流の【魔導師】だ。あの判断力に、【魔法】の技量。どれを取っても優秀だ。
なのはは戦闘経験の少なさが目立つが、魔力放出量は今、地球にいる【魔導師】の誰よりも高いだろう。もし後方で砲撃支援に徹されれば、苦戦を強いられるのは避けられない。特出しているのは砲撃だ。単純に一撃が重い。
防御魔法の『Wind Shield』で防げても、その隙をクロノに背後が取られれば、そこで勝負が決まる。
最後にユーノ。なのはが預かったと聞いていたあの“フェレット“が『ジュエルシード』を持ち込んだ本人と分かった時は士郎も驚いた。ならば、あの姿は変身魔法で姿を変えた【魔導師】だろう。使い魔がそのような重大な役目を主なしでこなす訳がない。使用する【魔法】の系統は判らないが、結界を張る辺りからサポート向けだと予想が立つ。
総合的に考えると――――メインアタッカーにクロノ。後方支援になのは。全体のサポートにユーノと非常にバランスの良い組み合わせが出来上がる。それぞれが自身の担当に集中する。単純だが、無駄のないフォーメーションになる。
(手加減をしながら正直言ってきついか……。
でも、俺はなのはたちを傷付けるつもりはない)
どうにかする方法を考えようとするが、
「わ、私は最後まで『ジュエルシード』集めをするよ。アルフが私を心配してくれるのは嬉しいけど、やっぱり……逃げるのはダメだよ」
「フェイト!?」
また流れが戻り始めた。
ここでフェイトとアルフが残ると言えば、戦力は申し分ない。3対3のチーム戦。それならば、士郎の危惧は晴らせる。
しかし、この状況でそれを認める士郎ではない。
「ダメだ、二人は逃げろ。
俺は『管理局』ともう刃を交えたから難しいかもしれけど、二人はまだ間に合う」
「で、でも――――」
「アルフ、何が起こってもフェイトを守ると誓えるか?
俺はここで別れる。回収した『ジュエルシード』は暴走しないほどには押さえて、プレシアに届ける。お前らが心配することは無い」
言葉を紡ごうとしたフェイトを遮るように、士郎はアルフに訊いた。フェイトを納得させる説明を彼は考え出せなかった。
だから、その場しのぎを含めて士郎はアルフへフェイトを守るという“覚悟“を問いた。
「誓うよ。あたしはフェイトの使い魔だ。何があってもフェイトは守る。それが“契約“でもあるけど、あたし自身がしたいことだ!!」
涙を拭い、赤くなった目をしてもなお、アルフは真っ直ぐに士郎を見つめて誓った。
なら安心だ。アルフになら安心してフェイトを任せられる。
「決まりだ。フェイトとアルフはここを離れる。俺は引き続き『ジュエルシード』の回収をする」
そう言って士郎はソファーから腰を上げる。
フェイトは未だに思考が追い付いていないようだが、アルフが側に居るから大丈夫だ。暫くすれば落ち着くだろう。
あとは、彼女がしっかりとフェイトを支えてくれる筈だ。
「じゃあな」
衛宮士郎はそう言葉を残して、リビングを出て、玄関から外に足を踏み出す。
彼はあの時――――ベルからの応援要請を受けて『アルトセイム』から立ち去る時と同じ言葉を口にした。ここでの生活は終わりだと――――意思を固めて。
その言葉に嘘はない。『ジュエルシード』の所為で誰が苦しむを彼は黙って見て居られない。その結果、彼自身が苦しむことになっても。それでフェイトやなのは、海鳴市で平穏な日々を過ごしている人々が救えるのならば、彼はそれで一向に構わないのだ。
天秤の片方に彼一人、反対側に多くの人々が乗っているなら切り落とすのは彼の方だ。これが彼自身ではない――――何の罪もない人間だったら彼は必死に足掻く。
しかし、今ここでは他でもない衛宮士郎だ。だから、この選択は普通になる。それが歪だと言われようと――――間違いだと言われようとも…………。
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「じゃあな」
そのシロウの声は、いつの日かのモノと同じだった。
そこには有るのは普段の優しい彼の声じゃなくて、何かを決意したような芯のある声。
「――――――――」
私もいつの日かと同じだった。
遠ざかって行った大きな背中を見送ることしかできなかったように、ただ見ていることしか出来なかった。
「――――――――」
……『後は俺がやる』ってシロウは私たちに言った。
この先は管理局も関わってきて、もしかしたら目を付けられちゃうからって……。
でも、それはシロウも同じ――――ううん、もう実際に戦っている彼の方が危ない。
彼は自分の
……だから、今回は止めるべきだった。目の前からシロウの姿が見えなくなる前に、あの背中に手を伸ばすべきだった。
それが出来ないなら、せめて引き留める言葉を出さないといけなかった。
けど、手を伸ばすことも、引き留めるための言葉を考え出すことも……そのどちらも私は出来なかった。不意なシロウの言動に、体も頭も止まってしまっていたんだ。
「――――――――」
どれくらい……私は止まっていたんだろう。
今さっきの
重苦しい空気はもう消えていたけど、沈んだ空気が部屋に満ちている。
そんな中、はっきりとしたアルフの声が響く。
「あたしにとってはフェイトが一番大切だよ。フェイトと何かのどちらかを選べって誰かに言われても――――どんな選択肢を出されても、あたしは迷うこと無く、フェイトを選ぶ」
さっきまでのとは違って、アルフの声は掠れていなかった。力強く、強い意思を表している勇壮な声。
それは『アルトセイム』に居た頃に、アルフが私の“心“と“体“を守るって“契約”してくれた時に似ていた。
その誓いをアルフはきっとこれからも張り続けるだよね。今までずっと私を気に掛けてくれていたし、支えてくれた。それはパートナーとしても……主としても……尊いものだと――――嬉しいとも私は思う。
(……なら――――)
私はここでじっとしてなんて居られない。
アルフと同じで私にも“理由”があるから今日まで頑張ってきた。リニスたちから教えを受けたり、アルフと一緒に成長してこれた。
なのに、ここで止めてしまったらその日々が軽くなってしまうし、母さんにまた笑って欲しい……その私の願いも叶わずに終わってしまう。
(――――最後までやり切ろう)
真っ白になっていた頭の中が、次第に色を取り戻していく。
危ない事柄で出てくるより前に、私は決めている。
決してそれは、頼まれてから生まれた
その為に今は『ジュエルシード』が必要だから集めようと行動してきた。
何があったとしても私の
(シロウ……ごめんなさい、それでも私は――――)
立ち去った彼には聞こえないと判っていても、自分の意思を示した。
この選択が私たちのことを考えて行動したシロウに逆らうことになると分かった上で歩き出す。
「アルフ、私たちも行こう。シロウとは別行動になるけど、今まで通りに『ジュエルシード』を集めよう」
「フェイト、それは――――」
「アルフが止めようとするのは分かってるよ。シロウと約束したもんね」
でもね、と声を出して続ける。
「それじゃあダメなんだ。私が自分でやらなくちゃ。
だって、私は
私も自分の想いを伝えるために、真っ直ぐとアルフの眼を見つめる。
それを受け止めて、不安げな表情を浮かべたアルフと暫く視線を交差させた。
すると――――
「……分かった。あの人の言いなりじゃないなら――――フェイト自身のためになら……。
それに、シロウとの約束はフェイトを守り抜くことだ。そのことを違えるつもりはないよ……必ずフェイトを守るから!!」
不安を打ち消すように奮い立たせたアルフの声が、沈んだ空気を吹き飛ばす。
それだけに留まらず、私を勇気付けれてもくれた。
私たちもリビングを後にする。
外に広がっている景色は何も変わっていなかったけど、見え方は少し変わっていたかもしれない。
それでも……私たちは前に踏み出した。
――――――それぞれ自分の道を選んだ。
ある者は、自分の気持ちを伝えるために……。
ある者は、自分の責務を果たすために……。
ある者は、自分のために……。
ある者は、自分の主を護り通すために……。
ある者は、自分の目に映る人々を助けるために……。
各々が自身の想いを秘めて、道を進んで行く――――――
次回は海上での一件ですね。投稿日は未定です。やはり、年明けは忙しめなので…………
お読み頂きありがとうございましたm(_ _)m