魔法少女リリカルなのは ~The creator of blades~ 作:サバニア
FGOの方は待望の魔術王イベント。うん、皆さん早すぎ! 昨日はバルバトスが朝起きたらもう居ないのに「えっ?」ってなりましたよ。
え? ガチャ? イシュタル凛、エルキドゥに続いて引けませんでしたよ(涙)
では、どうぞ!
今夜の『ジュエルシード』の封印を終えた私たちは、アルフが用意してくれたマンションに戻っていた。
私とアルフはそのリビングで、ソファー近くに在るテーブルの上に救急箱を広げてシロウの手当てをしていた。
シロウは普段着に着替えから袖を捲り上げて、右腕を露出させて手当てを受けている。ジュエルシードの魔力を打ち払う時に紅い槍を握っていた右手――――前腕には鋭利な刃物で斬りつけられたような裂傷を負っていた。
これは吹き荒れていた『ジュエルシード』の魔力によって負わされたもの。
消毒用アルコールをガーゼに含ませる。リビングに清潔感を感じさせる匂いが漂う。ガーゼをシロウの傷口に優しく当てる。
「大丈夫? 染みない?」
「ああ、大丈夫だ。
手当てを始める前にも言ったけど、これぐらいの手当ては俺一人で出来るぞ。別にフェイトたちがやる必要は――――」
その先が言われる前に、私が言葉で制した。
「これぐらいやらせてよ。せめて、手当てぐらいは――――」
沈んだ私の声を聞いたシロウは黙って手当てを受ける。
その表情は浮かないような感じだったけど、そんなことを感じる必要はシロウには無い。
「アルフ、布と包帯を取って」
「これかい?」
アルフから手渡された布と包帯を受け取る。
まず傷口の上に布で覆って、その上から包帯を巻き付けていく。最後に包帯止めで擦れないように止める。
「どう? 緩かったりしない?」
「ああ、しっかり手当てが出来てる。ありがとう、フェイト、アルフ」
その言葉に私は安堵の息を漏らした。
続いてアルフが具合を心配する声で話し掛ける。
「本当に大丈夫かい? シロウもシロウで自分のことに気を回しなよ」
「これぐらいは大したことない。それに十分気を回してるぞ。だからこれぐらいの軽傷で済んだんだ」
これ以上この話をしても、同じことの繰り返しだと思った私は話を変える。
「明日は母さんに報告に戻る日だよ。シロウは母さんと話したいことがあるんだよね?」
「色々とな。少なくとも『ジュエルシード』の探す理由とその正体は訊くつもりだ」
「教えて……くれるかなぁ……? あたしはあの人がそんなことを話すとは思えないよ……」
訝しそうな顔を作り、人差し指の指先で自分の頬を掻くアルフ。
「フェイトたちは一度でも理由を訊いたのか?」
「いや、訊いちゃあいないよ。そもそも、訊いたところで教えてくれないさ。フェイトに対して――――」
「アルフ」
私は鋭い声をアルフに向けて飛した。
それに反応したアルフは重い顔になって言おうとしたことを止めて、誤魔化すように口を開き直す。
「ま、まぁ、シロウが訊いたら教えてくれるかもね」
「明日か……」
もう夜で私たちが母さんの所に戻るまで、あと24時間を切っている。普段なら時間の流れを早く感じるけど、シロウはそうとは言えない感じを醸し出していた。
「まー、明日は大丈夫さ! この短期間で『ジュエルシード』を5つゲットしたんだし!」
「そうだね、シロウの協力も有ってだけど……」
「5つか……なのはが今、何個持っているか分からないけど、それも含めて考えるとあと16つ在るんだよな」
成果を耳にしたシロウは即座に現状を再確認するように上を見上げる。
でも、「今夜はこれ以上の捜索は出来ない」と言って――――
「取り敢えず、明日はプレシアに会いに行って訊きたいことを訊く。『ジュエルシード』のことは……またそれから考えるさ。
今日はもう休もう。軽い食事を作っておくから、二人は先に風呂に入って疲れを取ってくれ」
「わかったよ。フェイト、行こ」
「……うん。そうだね」
アルフに連れられる形で、私はお風呂へ向かった。
でも……暖かいシャワーを浴びても、湯船に浸かっても、まだどこか冷たいままでいた。
**********************
風呂から戻って来た二人に俺の作った軽食を取ってもらい、明日の予定を確認し合ってから就寝のためそれぞれ部屋に向かった。
予想より時間が遅くってしまったことを気にしたフェイトの提案で今日はここに泊まることにした。最初はリビングのソファーで寝ようと考えたのだが、余っている部屋が有ると言われたのでそこを使わせてもらった。
アルフはフェイトと一緒の部屋だ。「使い魔足る者、主人とは出来る限り一緒に居るもんだよ」と、言っていた。全くもって彼女の言う通りなんだろう。
俺は使い魔と契約したことがないから実感が湧かないけど、大切なパートナーとは誰もが一緒に居たいと思うのは理解できる。
フェイトたちの前ではまた考えると言った俺だったが、借りた部屋で一人になって、今日のことを思い返していた。
(『ジュエルシード』――――『ロストロギア』の一種で願いを叶える願望機。あの膨大な魔力放出に思念体の発生。明らかに常軌を逸した物だ。いや、そもそもロストロギア自体がそうか。でも、何が引っ掛かるんだ? 先の出来事以降、『ジュエルシード』のことを考えると――――)
俺の中で違和感としか言えない感覚が渦巻いていた。それは未知の物に対して抱くものでもあり、自身の“中“がざわめくようなものだった。
『ジュエルシード』の暴走を目にした以上は危険性をその心に刻むには十分過ぎるものだ。
加えて、俺には自分にも理解が出来ていない違和感が引っ掛かり続けている。
(この正体をプレシアは知っているのか? いや、知っているんだろうな。科学者だし、自身の求める物のことを知らないでいるようなプレシアじゃない)
結局、違和感の解答を得られないまま俺はベッドに身を入れた。
自然と目蓋が落ちて意識が遠退いていった。
━━━━━━翌日
時刻は午前5時過ぎ。
まだ夜の暗さが残る中、既に起床していた俺は、マンションの屋上で二対の木刀を振っていた。
右足を前に出し、左手に握っている木刀を右から左に薙ぎ払う。その直後に今度は左足を前に出して地面を強く踏みつけて、右手に握っている木刀を下から上に振り上げる。
(若干の痛みは残ってるけど、問題は無いな)
俺は朝の稽古を通して、傷の具合を確認した。痛みはするけど日常生活、戦闘面ともに支障なし。
(フェイトたちが起きる前には部屋に戻らないとな。朝食の用意をしないといけないし……あ、プレシアへのお土産にケーキを買いに行くだったか)
今日の予定を確認した俺は再び木刀を振るっていった――――
フェイトたちが起きてくる時間には朝食を並べて置くため、俺は朝食の準備を始めていた。今日のメニューはトーストにイチゴジャム。ベーコンエッグ。コーンスープと朝食にはよくある献立だ。
間もなく朝食の支度が完了する時にフェイトとアルフがリビングに入って来た。
「おはよう、シロウ」
普段着を着てシャキッと目が覚めているフェイトに対して、アルフはまだ意識がぼんやりしているようだ。少しだが足元が覚束無いでいる。
「おはよう、フェイト、アルフ。朝食の用意は出来てるぞ」
二人が椅子に座るのを見届けてから、俺も二人に向かい合うように座る。
朝食の匂いを嗅ぎ付けたのか、アルフの目がパッチリと開かれる。
流石は狼……食べ物に対しては敏感だな、と内心で納得の声を上げていた。
「「「いただきます」」」
二人がそれぞれ料理を口に運び、咀嚼する。すると二人の口元が綻ばせる。
その様子を見た俺は二人の口に合ったことを確認してからコーンスープを口に運ぶ。温かさが全身に染み渡り、一日の始まりを告げる。
「フェイト、プレシアの所に行く前に駅前のカフェに寄ってケーキを買いに行くだよな?」
「うん、前にアルフが買ってきてくれたケーキが美味しかった……母さんにも食べさせてあげたいなって」
俺の問いにスープに口を付けていたフェイトが答える。
「にしても意外だったよ。アルフがケーキを買って来てたことが」
「ほら、甘いものは疲労の回復に良いって言うからさ。フェイトには丁度いいかなって思ってね」
その後も予定を確認しながら朝食を取っていった。
食事を終えた俺たちは食器を片付けてから身支度をして、まずはプレシアへのお土産を買うために駅前のカフェへ。
そこでアルフがフェイトに買ってきた物と同じショートケーキを1つと俺の提案で紅茶の茶葉をプレシアのお土産に購入。研究に没頭しているであろうプレシアには紅茶がいいだろうと思い、フェイトに薦めた。
『翠屋』で買うことも考えたが、なのはに知られる恐れがあったのでそれは無し。俺一人で買いに行くなら出来たが、フェイトが自分で見て選びたいと言ったので駅前のカフェにした。
そして、買い物を終えた俺たちはフェイトのマンションの屋上に居た。これからフェイトの転移魔法でプレシアの元に向かうところだ。
「甘いお菓子か……そーゆーのあのヒトは喜ぶかなぁ……」
「解らないけど、こういうのは気持ちだから」
「うーん……」と、唸りながらお土産の入った箱を見つめるアルフ。
「じゃあ、行こうか。……次元転移、目標地点――――時の庭園……開け誘いの扉……テスタロッサの主のもとへ……!」
フェイトから紡がれた言葉に答えるように、円状の魔法陣が展開されて、俺たちを囲い込む。
発生した光に包まれ、次に辺りを見回した時には周囲の風景が全く別のものに変わっていた。
そこは“世界“ではなく、“世界“と“世界“の狭間にある次元空間。太陽の光は無く、暗い雰囲気が漂う場所だ。その中にプレシアが居る『時の庭園』が存在した。それは、かつては緑豊かなミッドチルダ南部にある――――『アルトセイム』に停泊していた時とは明らかに違った。
昔は周囲の緑に溶け込むように、外壁は緑に覆われて美しい外観をしていたが、今は真逆だ。次元空間に佇む『時の庭園』の外壁から緑は取り払われ、元々の黒い壁を露出されている。
加えて、次元空間中では稲妻が走っている。一言で表すなら、“魔王の住まう城“とするのが一番かもしれない。黒い要塞と化した『時の庭園』はそれを感じさせるだけの威容を持ち、邪悪さを醸し出していた。
その外周部に転移した俺たちはプレシアの元に足を進めて行った。
数分歩いた後に、プレシアの居る部屋の前の扉に辿り着いた。
そこでアルフは口を開く。
「あたしはここまでだよ……」
何かに怯えるような沈んだ声が響く。
そのまま俺とフェイトから遠ざかって行こうとするアルフに、声を掛ける。
「うん? 報告ならアルフも一緒に行った方がいいんじゃないのか?」
「……ほら、親子が話す所にあたしが居るのはさぁ……」
お茶を濁すような言い様に引っ掛かった俺は詳しく訊こうとしたが、アルフはそそくさと去ってしまった。
その様子が腑に落ちないまま、俺はフェイトに視線を合わせた。
「開けるよ、シロウ」
その言葉と共に扉が開かれた。
開かれた扉の先は“玉座の間“。ホールのようなその場所の奥には玉座が在り、プレシアは大仰に腰掛けながら肘掛け肘を掛け、頬杖をついていた。
「どうして貴方が……転移してきた反応が一つ多いから何事かと思ったわよ――――シロウ」
俺が来ることを知らなかったプレシアから驚きの声が漏れた。それは有り得ない物を見るような目だった。
「ここに来たのはプレシア……アンタと話しがしたかったからだ。俺は体を休めるため地球に戻っていたんだ。
『ジュエルシード』がばらまかれたのは俺が住んでいる街で……違和感を感じた場所に向かったら『ジュエルシード』が在って、そこでフェイトと再会した。
今は、フェイトたちと一緒に『ジュエルシード』の回収をしている」
俺が来た理由、今はフェイトたちと一緒に『ジュエルシード』を集めていると聞いたプレシアの顔が歪む。
が、フェイトを視界に納めた瞬間にそれは消えた。
「フェイト、『ジュエルシード』の回収はどうなっているの?」
「今は5つです」
フェイトの手から5つの『ジュエルシード』がプレシアの周囲へとゆっくりと飛ん行き漂った。
「確かに『ジュエルシード』ね……間違いないわ」
値踏みをする眼差しでプレシアは『ジュエルシード』を眺める。それから再び俺に視線を向けてきた。
「この5個の回収には貴方も協力したの?」
「いや、俺は協力と言えるほどのことはしてない。『ジュエルシード』の封印なんて俺には出来ないし……それらは全て、フェイトが封印した物だ」
俺の言葉に「違う、それはシロウの協力も有って――――」と、言いそうなフェイトに一瞬目を合わせて、口に出されるのを制した。
「プレシア、それがアンタの求めている物なら――――その正体を知っているはずだ。
だから、教えてくれ。集める理由と『ジュエルシード』の正体を」
「…………」
「プレシア――――」
「あ、貴方が知る必要はないわッ!!」
沈黙するプレシアに再度問い掛けると、彼女は玉座から立ち上がる勢いで腕を振り切り、教えることはないと言い切った。
「ある。俺は『ジュエルシード』を見て、持ち主の願い叶えるだけの願望機とはどうしても思えない。あの膨大な魔力放出だけならまだ納得が出来る。でも、思念体の発生や空間の歪みとも言えるあれらは明らかに異質だ。
この先の『ジュエルシード』の回収のためにも、その正体を知ることは重要なんだ」
淡々と語る俺の言葉を聞いたプレシアは苦虫を噛み潰したような顔になった。俺には余程知られたくないのか、苛立ち染みた声でこう言ってきた。
「貴方が何を言おうと……理由も正体も教えるつもりはないわ」
「プレシア――――」
会話が出来ない。俺はここで『ジュエルシード』の正体を訊いた上で、今後のことを決めるつもりだった。
もしその危険がフェイトやなのは……穏やかな生活を営んでいる人々に降りかかるならば、俺は何としてもそうなる前に事態を収めなけれならない。
「ところでフェイト、その手にしている物は何かしら?」
プレシアは俺から逃げるように視線をフェイトの持っているお土産の入った箱に向ける。
「あの……母さんに……お土産を――――」
俺とプレシアのやり取りを聞いてか、フェイトは少しおどおどした声で言った。
それを聞いたプレシアの目は大きく開かれた。それには明らかな苛立ちが映っていた。
「フェイト……私は『ジュエルシード』の21個全てを集めてと言ったはずよね?
なのに、持って来たのは5個……よくもこんな成果でのうのうとして……お土産ですって!? そんな暇が有るなら言われたことをちゃんとおやりなさい!」
「ご、ごめんなさい……」
怒声を浴びせられたフェイトは身を萎縮させて謝る。
その光景を見た俺はプレシアに食って掛かった。
「そんな言い方はないだろう! フェイトはアンタに喜んで欲しくて買ってきたんだ!
それに、捜索の困難な『ジュエルシード』をこの短期間で全て集めて来いなんて無茶が過ぎる。捜索範囲だって狭くはないし、『ジュエルシード』の個数に対して捜索人数が足りないのはプレシアだって理解できているはずだ!」
プレシアの無茶な要求――――いや、フェイトの母親を想う気持ちが踏みつけられたことに俺は頭が熱くなって、激昂が言葉に溢れていた。
しかし、プレシアは俺の言葉に耳を傾けていない。
「シロウ、貴方は帰りなさい。私は悪い子にお仕置きをするわ。
フェイトは大魔導師プレシア・テスタロッサの娘……この成果はあまりにも酷いわ」
そう言うとプレシアの手元に鞭が出現する。
お仕置き――――その単語を聞いた俺は理解が出来なかった。
頑張っている娘にお仕置き?
母親を想っている娘にお仕置き?
何より、なんで……アンタがそんなことをする?
俺はフェイトを俺の背中に隠すように一歩前に出て、反論した。
「そんなことをする必要なんてないだろう。それに、それで『ジュエルシード』が集まる訳でもないんだぞ。ここでフェイトがお仕置きを受ける理由も無ければ、受ける意味も――――」
「シロウ、気にしないで。いつものこ――――」
「あっ」と漏らしてフェイトは両手で自身の口を押さえた。
その言葉から理解が出来た。プレシアの話になるといつも表情をしかめるアルフ。あれはプレシアからフェイトが受けている仕打ちを知っていたからだと。
つまり、フェイトは以前からプレシアのお仕置きを受けている。『ジュエルシード』を集めより前――――フェイトとの模擬戦で感じたことを考えると、プレシアのおつかいの時などでされていたと思考がまとまった。
「おい。どういうことだ……プレシア……」
冷たくなっていく。プレシアがフェイトにしてきたこと――――これから行おうしたことを理解した俺の感情は熱を失っていく。
「どういうことだ! プレシア!」
抑えられない激昂が俺の全身を行き渡る。声を荒げ吐き出された言葉には疑念などは含まれておらず、完全に怒りが聞いて取れるものだ。
プレシアからの説明はない。いや、口すら開かれていない。
「フェイト、帰るぞ」
「えっ……でも――――」
戸惑いに満ちたフェイトの声。彼女は恐怖に怯えながらも、甘んじてプレシアからのお仕置きを受けようとしている。それは理不尽なことだ、認める訳にはいかない。それ以前に
「頑張っているお前がそんな仕打ちを受ける理由なんてどこにもない。もし今回の成果の責任を取れと言われるなら、それは年長者である俺だ」
「ッ!? シロウがそんなことをする必要はないよ! だから――――」
「そう思うなら帰るぞ。後でアルフも含めて話を聞かせてもらうからな」
扉の方へ向いて、そう言ってフェイトの肩に左手を乗せた瞬間に――――
厭悪感に満ちた視線を感じた。俺の中で警戒を告げる鐘が鳴り響き、周囲に意識を散布される。
まさかと思った時には既に体が動いていた。左手でフェイトを突き飛ばすような形で俺から離れさせ、左足を軸に時計回りに体を玉座の方へ反転させる。
その際に右手には即座に投影した莫耶を握っていて、俺に向かってきた雷を切り払った。
この時、俺を襲ったのは雷だ。金属である剣を伝って電撃が俺を貫く。
「くっ!」
「シロウ!」
「主!」
俺の身を案じるフェイトとウィンディアの声が聞こえる。
尻餅をついたフェイトが立ち上がり、近づいて来ようとしたところで「来るなッ!」と言い放ち制する。
俺は何とか踏みとどまり、意識を保つことが出来た。電撃が直接体に撃ち込まれていたら、俺の意識は刈り取られていただろう。
「どういうつもりだ……プレシア!」
プレシアの眼には憎悪に染まっていて、相手を気圧すには十分な眼力でこちらを睨んでいた。
対する俺は真意を問い質す力強い眼。莫耶の切っ先はプレシアには向けていない。
それでも、気は抜いていない。次に攻撃があれば、対となる干将を投影して自衛に徹する。
「どうして……貴方は――――」
プレシアから漏れた言葉には眼に映っていた憎悪に反して哀しみ、嘆きといった感情を感じさせる声色だった。
「プレシア……アンタは――――」
「一体どうしたんだ?」と、言い終わる前に、プレシアは目を閉じて、虫を払うような仕草をした。
「いいわ、帰りなさい。でも、次はないわよ」
目を伏せたのを確認してから莫耶を破棄する。
だが、警戒心は保ったままにして、万が一に備え、頭の中では対雷の逸話がある武器の設計図を準備しておく。
視線をフェイトの方へ向けて歩き寄って行く。
「フェイト」
フェイトは今の出来事を理解仕切れていない。ただ呆然としていて、プレシアが俺に攻撃をしてきたことが間違いだと否定し続けている。
そんな彼女に俺が肩に手を置くと、ビクッと体を震わせて視線を合わせた。
「フェイト、帰るぞ」
「…………」
答えは無いが、フェイトは黙って俺の隣を歩く。
扉をくぐり、廊下に出た所でアルフが近寄ってきた。
「フェイト!大丈夫だったかい!また――――」
フェイトの身を案じるアルフだったが、俺が居ることを思い出したのかハッと言葉を止めた。隠し事が明るみになったと分かるとばつの悪そうな表情を浮かる。
「アルフ、マンションに戻ったら、お前にも訊きたいことがあるからな」
「…………分かったよ」
――――士郎の剣幕に睨まれたアルフはやむを得ずと言った感じで訊かれたことに答えると約束した。
その後彼らは『時の庭園』の外周部に移動し、フェイトの転移魔法でフェイトたちの拠点である海鳴町に在るマンション屋上に転移。そこから間借りしている部屋に戻り、リビングのソファーに各々が腰掛けたところで士郎が口を開くのであった――――――
**********************
「さて、フェイトが今までプレシアに何をされてきたのか。聞かせてもらう」
冷たく、聞いたことのない士郎の声に、フェイトとアルフはたじろぐ。隠し事を知られ、彼が詰問してくることを覚悟はしていた。しかし、普段と異なっている声色を聞くと、その冷たさを素直には受け入れられずにいる。彼女たちの前に居たのは、お馴染みの優しさとは程遠い、心火を宿した少年であった。
士郎も他人事のようにそれを感じていた。こんな声を自分は出せたのか。勿論、彼にも怒りを覚えたことはあり、そこには滾るモノが存在した。
だが、今回は反対だ。在るのは冷たい火。フェイトの母親であるプレシアが、娘に対してやってきたことへの悲憤。
「フェイトの最終課題が終わって、リニスが遺したバルディッシュの扱いにフェイトが慣れ終わった頃から、あたしたちはあの女の使いに行くようになったんだ」
口を詰むんでいた二人だったが、先にアルフが口を開いた。
思い出すのが腹立たしいのか、深く溜め息を吐いてから言葉を続ける。
「ある時は実験の材料、ある時は書物や文献。言われるがままにあたしたちは色々な所に行って集めたよ。
でもあいつは自分で言った物なのに、自分の求めてる物じゃないってフェイトを傷だらけにしたんだ!」
溜まっていた感情が吐き出される連れて、荒々しくなっていく。頑張っているフェイトが痛い目に合うのはおかしい、理不尽だと嘆く。
「本当なんだな、フェイト」
士郎の確認に、フェイトはコクりと頷く。
「プレシアはなんでそんなことを……フェイトにするんだ……」
気付いた時、真っ先に怒りが士郎を刺したが、今は疑問が出る。彼は昔のプレシアを知っている。暖かくて、優しい笑顔が似合うアリシアの母親だ。仕事で娘とあまり同じ時間を過ごせないことが心苦しくて、少しでも一緒に居ることを望み、何よりも大切にしていたプレシアのあの変わりように理解が出来なかった。
フェイトと言う娘を迎えたのに、彼女は自身の手で娘を傷つけている。それは想像が出来ないと同時に、納得が出来ないことだ。
「フェイト、お仕置きって言うのは鞭で打たれることだよな? 服を脱げ、具合を見る」
「えっ? だ、大丈夫だよ。痛くないし……」
「フェイト」
顔が赤くなりながら傷を見られることを避けようとする。異性にそのようなことを言われては戸惑いもするだろう。
しかし、傷の確認の方が優先だ。だから、士郎は真っ直ぐとフェイトの目を見て、口にした。
「……後ろ向いてて」
「あ、あぁ……」
士郎は言われた通り、フェイトの方に背を向ける。
流石に服を脱ぐところを見る訳にはいかない。あくまでも傷の確認だ。
「いいよ。その……背中の傷で分かると思う」
そう言われた彼は再び体をフェイトの方へ向ける。
そして、目に映ったのは――――傷だらけの背中だ。獣の爪に引っ掛かれたような裂傷が刻まれていた。予想が出来ていたことだが、あまりにも酷い仕打ちだ。
「アルフ、治療は?」
「薬とかは使ってるよ。魔法で治療が出来ればよかったんだけど、あたしたちは治療系統の魔法はあまりねぇ……」
残念ながら、士郎には治療出来るような術を持っていない。回復魔法は皆無だし、彼に投影が出来る物にはそんな便利な物は無い。
士郎は服を着てくれと伝え、再びフェイトに背を向ける。
フェイトが衣服を整え終えたところで、会話が再会する。
「傷の具合は分かった。ごめんな、いきなり服を脱げだなんて言って」
「シロウは心配してくれてただけだから……気にしないで大丈夫だよ」
フェイトは士郎の方へ向き直して答えた。
彼の声色がいつものように優しくなったのを感じて、普段と同じように言葉を交わす。
「……次のジュエルシードの回収へ出掛ける時に呼んでくれ。俺は昨日借りた部屋に居るから」
そう言い残して、士郎は部屋に向かって足を進める。足取りは気丈であるが、背中は心憂くしていた。
彼はリビングを出て、部屋に入る。一人になり、ドアに寄りかかったところで、パートナーから声を掛けられた。
「主、大丈夫ですか? 体もですが……精神面でも……」
「大丈夫だ」
重んじた声に、士郎は短く返した。
それを聞いた彼のパートナーに不安が過る。自身の主は人一倍――――いや、誰よりも他者の苦しみに心を揺らし、助けようとせずにはいられない少年であることを理解していた。それは、人ではない感受性に由来することであったかもしれない。士郎を知っている人であっても、その一面を目にしたら、言葉すら掛けられないでいたかもしれない。
そのことを気に留めない士郎は、どうするべきかを考える。
(フェイトの身を案じるなら、今のプレシアの側に居させるのは良くない。この先エスカレートするかもと考えると尚更だ。でも、それを考えると母娘を引き離すことになる。そんなことはフェイトが望む訳が無いし、プレシアは二人目の娘を失うことになる。
それにプレシアの変わりようだ。冷静に考えると彼女も何かに苦しんでいるように感じる。『アルトセイム』でもひたすら研究に没頭していて会話だって満足に出来なかった。あれが苦しみから脱するために何かを追い求めているものなら、俺のやるべきことは――――)
迷いが渦巻く。フェイトの身の安全を確保するならば、プレシアから引き離すのが確実だ。
しかし、それは出来ないと否定する。母親から娘を引き離す手段を取る訳にはいかない。だからと言って、このままでは
なら、プレシアを排除するのか。元凶である人物を除けば改善はするだろう。だが、それは
これらに加えて、『ジュエルシード』の問題も士郎は抱えている。結局、プレシアから訊きたいことの回答が得られなかった以上、これまでより慎重にことを進める他にない。
『ジュエルシード』の一件の中で多くの疑義、迷いを抱えて彼は進む。
どちらも救う――――それは天秤の傾きを無視してことを成す計り手のようなことだ。そのままではいつか瓦解することは誰もが理解できることだろう。違う皿に乗っている物とは、そう言う物なのだから――――――
士郎が居なくなったリビングには重苦しい空気に占められていた。理由は言うまでもなく、フェイトたちが隠していたことが彼に知られてしまったからだ。
(シロウに知られちゃった……私たちがシロウに隠していたことを。シロウが知ってしまったら、ああなっちゃうって分かってたのに……)
フェイトは士郎と母親であるプレシアが争うところを見たくなかった。だからこそ、彼女は黙り続けた。自分に打たれる痛みなら我慢をすればいい。そうすれば、少なくとも二人が争うことはないと。しかし、フェイトが黙っていてもそれは起こってしまった。
プレシアが士郎に雷撃を放ったことに気付いたとき、フェイトの頭の中は真っ白になった。一番見たくなかったことが現実になってしまった。一瞬の出来事であったが、彼女に与えた衝撃はまだ残っている。
けれども、一番に彼女を占めているのは自責の念である。自分の大好きな母親と自分に優しくしてくれる彼がいがみ合うのを止めようと体を動かしたが、士郎の鋭い声を聞いたフェイトは動けなかった。
――――“ジュエルシード集めも満足に出来ず、母さんを失望させてしまった自分を責めた”。
――――“シロウに頼りすぎている自分に責めた”。
――――“何より、あの場所で何も出来なかった情けない自分を責めた”。
フェイトに影が刺しているのを察したアルフが、重々しい口調でありながらも声を掛ける。
「フェイト、大丈夫かい?」
「……うん、私はね。でもシロウが――――」
相棒の声を聞いたフェイトは一度、意識を外へ向ける。
彼女は今日のお仕置きを受けなかった代わりに、士郎とプレシアがぶつかったことを伝えた。
「あたしはフェイトが無事ならいいんだ。それにしても、シロウがあの女のお仕置きを止めさせるなんてね。誰の言葉にも聞く耳を持たないと思っていたんだけど……シロウのことは少しは聞くのか……」
腕を組んで唸るアルフ。
そして、不振がるように言葉を続ける。
「シロウには悪いと思った上で言うよ。あたしは今、シロウが怖い。普段と一変した雰囲気に、あの女を止めることが出来ること――――昨日の『ジュエルシード』を封印する時に使った紅い槍の力。分からなくなったんだ……シロウのことが」
「シロウはシロウだよ。優しくて、私たちを心配してくれる。いつもと雰囲気が変わったのも、私のことを思って怒ったからだし。
紅い槍はシロウの転送で手にしたものだから。『ジュエルシード』の魔力を打ち払ったのは私も驚いたけど、きっとそう言った武器もシロウは持ってるんだよ」
(アルフの気持ちも分かる。いつも違うシロウを見て私も少し怖かった。でも、それは私のことを心配してくれたから。母さんのやり方に怒ったからだと分かってる。
それに、シロウの能力はレアスキルが主体で、いつも使っている武器もそれで取り出している。どんな物を持っているかまでは知らないけど関係無い。シロウは私たちを守るために武器を振るってくれたんだから)
「まぁ、シロウがフェイトの味方をしてくれているならいいんだけど……」
「そろそろ行こうか。『ジュエルシード』を早く集めれば、母さんとシロウがちゃんと話が出来るかもしれないし」
まだ不安が残っている声色でアルフは呟いた。
それを耳にしたフェイトはバリアジャケットを纏う。“明るさ”を取り戻すためにも、捜索へ出発することをアルフヘ伝える。
「シロウを呼んでくるね。アルフは先に玄関で待ってて」
フェイトは士郎を呼ぶために彼の居る部屋に向かった。一人リビングに残されたアルフは――――
「シロウ――――アンタは最後まで、フェイトの味方でいてくれるんだよね?」
漏れた呟きは懇願だった。
使い魔として、自分の主であるフェイトを護ることは彼女の中では何より大切なことだ。
それが分かっていても、たった今の出来事は、彼女の心を揺さぶった。
**********************
士郎とフェイトが立ち去った“玉座の間“に在る玉座に腰掛けていたプレシアは、先のことを思い返していた。
(シロウ……なぜ貴方は……)
彼女の中で様々な感情が錯綜する。
彼が『ジュエルシード』に関わったことは偶然でしかない。プレシアは士郎の故郷が地球だとは知っていたが、まさかこの時期に戻っていたとは一欠片も考えていなかった。そのことが彼女の心を痛め付ける。また彼は厄介事に巻き込まれたのだ。しかも今回は他でもない彼女自身のことに。
(貴方には穏やかな日々を過ごして欲しいのよ……それに私はあの“幸せ“を取り戻したい。そのために今までをやって来たの……)
理不尽に奪われた“幸せ“を取り戻すのがプレシアの夢。そのためには自身の心を凍てつかせ、麻痺させて、己の全てを賭けて今日までやってきた。そうでもしなければ、絶望の淵に沈んでしまうから。
しかし、士郎との再会がまたしてもプレシアの心を揺らす。もしこの夢を知ったら彼は喜ぶのか? いや、喜ぶに決まっていると自分に言い聞かせる。
「そうよ……そうでないといけないのよ……」
そして今度は憎悪。プレシアには士郎へ憎悪を向ける理由はどこにもない。にも関わらず、ある一点がそれを向けさせた。彼女が士郎へ向けて雷撃を放ったのはそのため。
(シロウ……なぜ貴方はあの忌まわしい子の側に居るの? 貴方はアリシアのお兄ちゃんでしょ?)
プレシアは士郎が“あんな子“に掛ける感情を認める訳にはいかなかった。優しいあの暖かさは決して“あんな子“に向けられていいものではない。あれはアリシアに向けられてべきもの。
胸で憎悪が黒く煮え立たせていたプレシアは咳き込こみ、手で口を押さえる。手を遠ざけ、視界に手の平を収める。そこに付いていたのは赤い液体――――血。
(F.A.T.Eプロジェクトで扱った薬品が私の呼吸器を冒している。苦しい……私の命はもって後2年……もう時間が無い……)
プレシアが焦る理由――――それは残された短い時間。自身の体力と魔力が日に日に失われていく恐怖が、夢への道が閉ざされるかもという不安と絶望が彼女を蝕む。普通でいたら、これらに加えて
何と引き替えにしても取り戻したいものがある。そのために今は――――――
「いつも辛い思いをさせてしまって……こんなお母さんを許してね……アリシア」
――――愛娘の姿を思い浮かべ「あと少し待ってね」と、慈しみに満ちた声を出すプレシア。
彼女は止まらない。いや、止まれないのだ。ここで止まってしまったら、ここまで賭けてきた物全てが無駄になってしまう。20年以上も待たせている娘。自身の全て。
そして、真っ直ぐな眼をした少年に自身の裡を告げないことの後ろめたさを感じて過ごす毎日。これまでやってきたことを無にすることはあってはならないと。
失われた“幸せ“を渇望する彼女は未だに突き進み続ける――――――
フェイトたちの生活が原作より改善されているのは士郎のお陰です。彼が居たら生活関係は安泰ですからね。Fateの方でも切嗣が家事出来ない中、一人で全部やってた訳ですしねぇ……あ、そこに虎の世話も追加で。
フェイトのお仕置きは今回は無しです。士郎が居たらそんなことさせる訳がありませんし。
プレシアはリニスが居たころに「今ならまだ引き返せます」と言われた際も、それを必死に否定していましたね。この辺りは漫画版The1stでも詳しい描かれていました。
やっぱり、漫画版The1stは細かいところまで描かれていてよかったですね。A’S編もやってくれないかなと未だに思ってます…………