魔法少女リリカルなのは ~The creator of blades~   作:サバニア

13 / 26
予定していたより少し遅くなってしまいました。すみませんm(_ _)m
さて、今回はTV版で言う6話。それに加えた7話の頭の方になります。次回辺りからプレシアが再登場したり、管理局が介入してきますね。

では、どうぞ!


11話 揺れる思い

 ――――太陽が西に傾き、地平線に沈むように動いていく。空は茜色に染まり、人々を見守るような温かさを感じさせる。

 いつものように学校での勉学も終わり、帰宅した高町なのはは自室の机に向かっていた。だが、それは勉強をしている訳ではない。本人はぼんやりと考え事をしているような感じだ。

 物音が何一つしなく、沈黙が漂う中、ユーノ・スクライアが口を開いた。

 

「なのは……その……大丈夫?」

 

 心底心配している声色で、話し掛けるユーノ。

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 なのははゆっくりとユーノへ視線を合わせて、心配は要らないと応じる

 だが、彼女の表情には迷いや不安といった感情が滲み出てた。

 

「この前の温泉で戦った時から、どこか上の空になってるのはボクも感じてる。今日は友達と喧嘩しちゃったんだよね?」

 

「喧嘩じゃないよ。ただ、私がぼーっとしてたから、アリサちゃんに怒られただけ」

 

 今日の学校であったことをなのはは事実のまま、ユーノに伝えた。意見がぶつかりあったり、何かを取り合ったりの喧嘩をした訳ではない。ただ、朝から上の空だったなのはが、アリサの話を聞いていなかった。

 

「……なのはは、そこ子と仲良しなんだよね?」

 

「うん、入学してからずっとね」

 

 話が一旦区切れると、ユーノは俯いた。【魔法】に関わって、友達と些細ながらもすれ違ったことに、思い悩んでいた。

 彼が気を重くしたのを感じてか、なのはは話題を変える。

 

「ねえ、ユーノ君? あの子たちはどうして、ジュエルシードを集めてるのかな?」

 

「フェイトって名乗った子は使い魔を連れていたから、かなりの魔導師だと思う。けど、ジュエルシードを集める理由までは解らない。

 でも、アーチャーって人の目的は多分、ジュエルシードによる被害を防ぐことだと思う。本人もそう言っていたし、あれが嘘には思えない。あの人はボクに『君がジュエルシードを持ち込んだ本人かね?』って確認を取ってきた。それに、ジュエルシードの危険性も認識してるみたいだったし」

 

 顔を上げ、ユーノはなのはと『ジュエルシード』関連のことを話し合う。未だに心配している心情が見え隠れしているが、黙り込んでいては何も進展しない。

 

「やっぱり、アーチャーさんに協力を頼めないかな?」

 

「……それは、無理だと思う。アーチャーから見れば、ボクはジュエルシードを持ち込んだ張本人で、【魔法】と全く関係が無かったなのはを巻き込んだ厄介者でしかないと思う。

 でも……あの人の言う通りだよ。ジュエルシードが第97管理外世界(地球)にばら撒かれたからと言って、本来なら【魔法】と関わる筈がない女の子一人を巻き込んだもん……」

 

 ユーノは自身を責める。アーチャーの言っていることは正しい。『管理外世界』に『ロストロギア』が散らばってしまったこと彼自身の所為ではないし、不可抗力な事故であったであろう。

 しかし、【魔法】と無関係である筈のなのはを巻き込んだのは紛れもなくユーノだ。だから、アーチャーが憤りを懐いて、協力体制を作れないのはこちらに非があると彼は自覚していた。

 

「…………」

 

 なのはは黙って、その告白を聞いていた。彼女また、アーチャーの言うことは尤もだと解っている。本当は自分が【魔法】に関わる世界の人間でないことも、『ジュエルシード』を集める中で怪我をして、家族や友達に心配をさせてしまうことも。

 それでも、彼女は止まらない。『ジュエルシード』は彼らが集めてくれるとしても、自分がやめてしまったら、誰がユーノを助けるのか。心優しいなのはそう考えずにはいられなかった。

 そして何より、なのはは自分で決めたことを途中で放り出すような子供でもない。

 

「でも、アーチャーさんは私のことを心配してくれていたみたいだし、お話はこれからも出来ると思うんだ。フェイトちゃんは……解らないけど、お話が出来るまで声をかけ続けるよ」

 

「……なのは――――」

 

「これからも一緒に頑張ろう。今日は塾もないし、晩御飯までの時までゆっくりジュエルシード集めが出来るよ」

 

「……うん」

 

 

 

**********************

 

 

 

 海鳴市内にとあるマンションが屹立している。フェイト・テスタロッサとその使い魔であるアルフが『ジュエルシード』を集める際に、拠点として間借りした街中にあるマンションである。日本の価値観で見ると、高層マンションに入る類いで、豪勢な物件になるだろう。

 

 

 衛宮士郎はそのマンションにある一室――――フェイトとアルフが住まう部屋の玄関ドアの前に立っていた。

 士郎はズボンのポケットから以前に渡されていたスペアキーを取り出し、ドアを開けて、部屋に入って行く。彼はリビングにまで足を進め、自身の目に入ってきた光景に固まった。

 

「あ、シロウ、おかえり。あれ? ここはシロウの自宅じゃないから、この言い方はおかしいかい?」

 

 士郎はアルフに返事を言い出せなかった。彼の目に飛び込んできたのは、ソファーに腰掛けながらドックフードの箱を片手にしているアルフの姿。

 予想外のことは体験している彼であっても、戸惑うのも無理もなかった。別の意味で目の前のことは衝撃的だったからだ。

 

(素体が狼だからって、人の姿でドックフードを食べてるのは異様な光景だろ……)

 

 リビングに足を踏み入れた士郎は唖然と立ち尽くす。こんな光景を見たら、彼でなくとも、足を止めるだろう。

 暫し、停滞していた士郎だが、気を取り戻して、ドアから少し奥にあるテーブルへ歩き寄った。買い物袋をその上に置きながら、注意も兼ねてアルフへ話を掛ける

 

「アルフ……ドックフードをその姿で食うのはどうなんだ? せめて、狼形態になるとかさぁ……て、晩飯は食えるのか? かなり食べている様子に見てるんだけど」

 

 アルフの隣には既に食べ終えた缶詰めや箱がいくつか散乱していた。自分で散らかした物は自分で片付けるとは判っていても、気になる光景は気になる。

 

「日常生活をする時はこの姿が多いからねぇ。まぁ、気にしないでおくれよ。晩飯は全然食べれるよ、これはおやつみたいな感じさ」

 

 おやつってもう夕暮れなのですが……それに、それだけ食ってまだ食べれるのか。狼の胃袋恐れなし。いや、使い魔のか? と、士郎は割りとどうでもいいことに思考回し始める。が、それは間もなくして停止した。

 そう、居る筈のフェイトの姿が無い。士郎はリビングを見渡すが、やはり彼女の姿を見つけられなかった。

 

「あれ? フェイトは何処に行ったんだ? リビングに居ないみたいだけど」

 

「フェイトなら自分の部屋で休んでるよ。フェイトはちょっと根を詰めすぎだよ。まぁ、シロウにあまり負担をかけたくないって思うのは分かるんだけどさぁ……」

 

 フェイトの疲労を心配をしているがはっきり伝わる声でアルフは伝えた。フェイトが士郎へ負担を掛けたくないと思っていることは、アルフは把握していた。『ジュエルシード』を集めることは元々、彼女たちがプレシアから命じられたことだ。まして、本来それは『管理外世界(ここ)』に存在しない物。ここの住人である士郎のことを気にする彼女の気持ちは有難い。

 

 

 だが、だからと言って、フェイトだけが背負うことは無い。士郎にとっても、『ジュエルシード』の回収は重要なことだ。この前の温泉での一件で、あれを放置するのは危険だと士郎は自身の目で確認した。莫大な魔力放出。何より、空間の“歪み“とも取れるあの感覚が頭を離れない。

 『ジュエルシード』は持ち主の願望を叶える願望機と言える『ロストロギア』と士郎はフェイトから聞いている。

 

 

 しかし、あれを見て以降、士郎は“その先“に何かあるんじゃないかと感じ始めていた。願いを叶えるのに魔力を必要とすることはまだ納得が出来る。だが、願いを叶える過程で空間の“歪み“が発生するのが解らない。

 士郎は『ジュエルシード』のポテンシャルを把握しなければならないのだ。正体が掴めなければ、対処は困難になる。万が一に備えて、情報を収集しておくことは、何処でも、同じである。

 

「『ジュエルシード』を早く集めるのは俺も賛成だ。でも、それはフェイトに無理が祟らない範囲での話だ。

 それと、『俺に負担をかけることかも』って心配は要らないぞ。俺は自分の意思で協力してるんだからな」

 

「あたしが言ってもあまり効果が無さそうでねぇ……シロウも言ってやってよ」

 

「わかった。俺からもフェイトに話してみるか」

 

 話を終えてた士郎とアルフは、フェイトの部屋のドア前まで移動。

 アルフが士郎より一歩前に出でて、ドアをノックし、ドア越しにフェイトへ声を飛ばす。

 

「フェイト、シロウが来たけど、入っても大丈夫かい?」

 

「……え? ちょっと待って」

 

 ドア越しにだが、ゴソゴソと物音が二人の鼓膜を叩いた。

 恐らく、服装を整えているのだろう。

 

「お待たせ、いいよ」

 

 フェイトの声を聞いた二人はアルフが先に入室し、士郎がそれに続いて入室した。

 そこには黒いワンピースを着て、ベッドサイドに掛けているフェイトの姿が在った。

 

「おかえり、シロウ。……あれ? この言い方は間違っているかな?」

 

 使い魔と同様な言葉を口にし、自身の言葉の意味に思考を傾けるフェイト。

 やっぱり、二人は良い主従だな、と改めて感じながら士郎も口を開いた。

 

「『アルトセイム』じゃあ、練習で外から戻るときは『ただいま』だったけどな。まあ、フェイトの好きにすればいい」

 

「じゃあ、おかえり、シロウ」

 

「あぁ、ただいま、フェイト」

 

 挨拶を交わしてから、士郎はフェイトの体調を訊いた。

 

「アルフから聞いたけど、大丈夫なのか? あまり根を詰めすぎなよ。あと、俺のことは心配しなくていいからな」

 

「平気だよ。部屋に居るときは横になって休んでるから。それに、ジュエルシード集めは元々母さんに頼まれたことだから、シロウに頼り過ぎるのは――――」

 

「フェイトが気にする必要はない。俺も『ジュエルシード』を放置しておく訳にもいかないんだ。アルフも言っていたけど、フェイトはもっと誰かに頼るべきだぞ。少なくとも、パートナーのアルフか、年上の俺には頼るべきだ」

 

 口を挟んでの士郎の言葉だったが、アルフは「うんうん」と頭を上下させて、賛同を示している。

 対するフェイトは「でも――――」と申し訳無いと言った感じの雰囲気を漂わせる。

 彼はそんなフェイトに近付いて、彼女の頭の上にポンと右手を乗せる。

 

「お前はまだまだ子供なんだ。誰かに頼ることは間違いじゃない。むしろ、今がその時期だと俺は思うぞ?」

 

「……うん。じゃあ、ちょっと考えておくね」

 

(あくまでも、考えておく範囲か……フェイトはもっと誰かを頼ることを知るべきだな)

 

 心中でそう考えていた。だが、それは追々だなと引き出しに仕舞う。

 その直後に、不意のアルフから念話が士郎へ届く。

 

(シロウが言うとやっぱり効果があるね。あたしが言っても一応聞いてはくれるんだけど、あまり効果が無くてねぇ……)

 

(俺が言うのと、アルフが言うのとじゃあ、そんなに違うのか?)

 

(違うね。それにシロウの手がフェイトの頭に乗った時、少し嬉しそうだったし)

 

 士郎のフェイトとの付き合いはアルトセイムに居た約2年だ。あの頃はフェイトの世話と練習相手をしていた。最初の方こそ固かったが、日々を過ごしていくと、フェイトは徐々に士郎に対して甘えるようになっていった。フェイトにとって彼は初めて会った歳上の男であり、兄貴分とでも捉えていたのだろう。

 

 

 (そう言えば、フェイトは一時(いっとき)俺のことを――――)

 

 ふと昔の記憶が士郎の頭の中で呼び起こされた。あの静かな日々で、彼女が彼を呼んだ言葉は――――

 

「そろそろ行こう。魔力も少しは回復したし、早く集めて母さんの所に持って行きたいんだ」

 

「本当に大丈夫なのかいフェイト? 広域探索はかなりの魔力を使うし、もう少し休んでからでも」

 

 腰を上げたフェイトは『ジュエルシード』の捜索に出ることを告げる。

 フェイトは気丈としているが、アルフの懸念は晴れない。回復したといっても、彼女は全快ではない。更に言うと、フェイトの魔力は常にアルフへ送られている。だから、アルフはフェイトの体調に細心の注意を張り続けているのだ。

 

「次のジュエルシードの位置は大体掴めてるし、大丈夫だよ。それに私、強いから」

 

 そう言ってフェイトは黒色を基調としたいつもと同じバリアジャケットを身に纏い、その上から漆黒のマントを羽織る。

 

「さぁ、行こう。母さんが待ってるんだ」

 

 フェイトはドアに向かって歩いていく。アルフは「困ったお姫様だ」と、漏らしながらもその後を付いて行く。士郎も彼女たちの後を付いて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 太陽は地平の彼方に落ち、無数の星たちと一つの月が暗い空の中で輝いている。

 フェイト、アルフ、士郎の三人は、ビルの上から街を見下ろしていた。 建ち並んでいる店々には明かりが灯りや喧騒が人々を夜の賑わいへ誘っていた。車道もヘッドライトなどを灯した車が走っていて、光の川を連想させるような光景を作り出している。

 

 

 しかしながら、彼らはそれらをゆっくりと眺めている訳にはいかない。これから、『ジュエルシード』を回収・封印するのだから。

 士郎は以前と同じく赤い外套を纏い、顔に仮面を付けている。アルフは人間形態ではなく、狼形態だ。

 

「大体この辺りだと思うんだけど、大間かな位置しか分からないんだ」

 

「はぁ……確かにこう、ゴミゴミしてたら探すのも一苦労だね。一応訊くんだけど、シロウは何か感じるかい?」

 

「少し空間が揺れているような感じはするけど、こう人が多くて、広いとなるとなぁ……」

 

 覚醒前のジュエルシードは探知が困難だ。【魔法】でサーチしようとピンポイントの特定は出来ない。加えて、こうして人気の多くて広い場所となれば尚更だ。

 フェイトはデバイスフォームのバルディッシュを掲げて、この膠着を解こうと動く。

 

「ちょっと乱暴だけど、周辺に魔力流を流して、強制発動させるよ」

 

「あー待った。それ、あたしがやる」

 

「大丈夫? 結構疲れるよ?」

 

 アルフの提案を聞いたフェイトは、バルディッシュを下ろして、視線を彼女へ向ける。

 

「このあたしを誰の使い魔だと? フェイトは代わりに結界を張ってよ。そっちの方がまだ楽だろうし」

 

「じゃあ、お願い。でも、先ずは私からだね」

 

 誇らしげに語るアルフの声を聞いたフェイトは、頼もしいパートナーを信頼しているように柔和な声で頼む。

 その後に、杖を掲げて周囲を保護するために結界を展開する。結界が展開され、“世界“から一般人が取り払われていく。

 

「そんじゃあ――――」

 

 結界の展開が完了したことを確認したアルフから風が吹き出すように魔力が発せられ、彼女の足元から魔方陣が展開される。

 そして、そこから光の柱が天空を目指し、昇っていく。すると空はカーテンに覆われる窓の如く、雲に空全体を覆われ、星々と月は隠されてしまった。その雲からはいくつかの雷が迸っている。

 その際に、士郎は空間の歪みとこの辺り一体が世界から隔離される感覚を感じ取った。

 

「『ジュエルシード』が発動したな。結界も恙無く機能している。フェイト、早急に封印を頼む」

 

 即座に全員の警戒心を引き上げる。それに伴って士郎の口調も変化する。

 

「私も『ジュエルシード』の場所が判ったよ。あの子が来るかもしれないし、早く済ませないとね。

 バルディッシュ!」

 

「Sealing form.set up.」

 

 デバイスフォームのバルディッシュをシーリングフォームに変形させて、ジュエルシードの在る方角に杖先を向ける。

 フェイトの内側から発生した膨大な魔力が杖先に集約され、光の息吹きと化した魔力が発射されて、『ジュエルシード』の斜め上から疾駆した。

 

 

 そのほぼ同時に、『ジュエルシード』の反対側の真横から同出力の魔力が疾駆して来た。こんなことを出来る人物はフェイトの他には一人しかいない。そう、高町なのはである。

 互いの魔力がジュエルシードに衝突し、左右から魔力の激流が流れ込む。

 

「「ジュエルシード、シリアル19……封印!」」

 

 二人から同じ言葉が発せられ、『ジュエルシード』を膨大な魔力が包み込む。それを受けた『ジュエルシード』はその場に停滞している。

 ここまではまだ序の口に過ぎない。『ジュエルシード』がデバイスに収納されない限り、終わりは訪れないのだから。

 

 

 回収までには至らなかった『ジュエルシード』を中心にそれぞれが対極に移動して、位置している。

 片方がフェイト、アルフ、士郎。

 もう片方がなのは、ユーノだ。

 沈黙が続く中、それを破ったのはなのはだった。

 

「こないだは、自己紹介できなったかったけど……私はなのは……高町なのは。私立聖祥大付属小学三年生」

 

自己紹介し、これから話し合おうと提案をする意思を示すなのは。

 しかし、フェイトは――――

 

「Scythe form.set up.」

 

 バルディッシュをサイズフォームに変形させ、話すことは無いと、態度で表す。

 フェイトがなのはに飛び掛かろうとした時、士郎の耳に何かが空を切るような音が入った。まるで、ナイフが投擲されたような音だ。

 

「……高町なのは!」

 

「え?」

 

 警戒心が引き上げられていた士郎は、即座に動いた。

 なのはと彼女に向かって投擲された何かの間に疾走し、左腕に装着されている盾で払うようにして、ナイフらしい物を弾いた。

 

「アーチャー!?」

 

 突然の彼の動きに驚いたフェイトが声を上げるが、

 

「全員、警戒しろ!何かが居る!」

 

 士郎は答えず、警戒を厳にするのを促す。

 裂帛な彼の声が轟き、この場に居る全員に緊張が走る。その中で、士郎は視線をナイフが飛んで来た方角を向け続ける。

 そこには、暗闇を背に、靄のような黒い人影らしきものが居た。それは1体、2体ではなく、数十体は居るのが確認出来た。

 

「なんなの……あれ……」

 

 慄然としたなのはの声が漏れた。自身が知覚出来ていない所から刃物らしき物を投げつけられ、かつその実行者が得体の知れないものとなれば尚更だろう。

 

「まさか、『ジュエルシード』の思念体!? でも、『ジュエルシード』は――――まさか、2つの魔力の衝突のせいで封印仕切れていないのか!?」

 

 ユーノも今起こっている現状を把握仕切れていないの様子だ。

 だが、士郎はこの出来事にどこか合点がいっていた。

 

(やっぱり、『ジュエルシード』はただの願望機なんかじゃない! まだ、俺たちの知らない何かが――――)

 

 即座に発生した脅威を排除するべく、干将・莫耶を投影し、両手に握る。

 

「フェイト! 急いで『ジュエルシード』を完全に封印しろ!

 封印が完了した次第、即座に撤退だ。私に構う必要はない!」

 

「ア、アーチャー?」

 

 もはや、怒声とも聞こえるぐらいの声をフェイトに飛ばす。いつもと彼の様子と違っているのが感じ取れたのだろう。フェイトに少し戸惑いが表れている。

 

「いいな!」

 

 士郎は有無を言わせない勢いで言いは放った。想定外の現象に危険を感じ取り、フェイトやなのはたちには荷が重いと判断した。

 その右上がりの感情に答えるように、彼は速度を上げて敵地へ赴いて行った。

 

 

 

**********************

 

 

 

「は――――つ――――!」

 

 自身を叱咤する一声を上げ、大地を蹴って、闇の領域へ飛び込んだ。

 その俺を出迎えくれたのはユーノの言っていた思念体たち。黒い靄が人間の形を得たような感じで、存在感は稀薄だ。

 

「しっ――――!」

 

 両手に握っている双剣を振るう。人では無いモノに剣を向けるのは、また違う感覚を俺に味わわせる。思念体の一体を切り裂いたが、肉や鉄を切り裂くと言った重い手応えを感じない。まるで、霧を手で振り払っているような軽い感覚だ。

 空気に溶けるように霧散するのを見届け、他の個体へと狙いを移す。

 

 

 さっき、なのはへ投擲したナイフに似た得物を持った奴へ刃を打ち下ろす。今度は不思議なことに、俺の刃と火花を散らした。弾けた儚い光が闇の中で咲く。

 思念体の技量は高くない。つばぜり合いにならずに、俺は白亜の刀身を流れに乗せてフリーになっている胴体を一閃する。

 またしても軽い手応え。相手は苦痛の声も、絶叫の一つも上げないで消え去る。

 

「――――――」

 

 これじゃあ幽霊を斬っているみたいだ。

 物体が砕ける音も、倒れ込む物音も響き渡らない。まさに、虚無感に満ちた世界。

 黒い靄。それは、熱、負の感情すらも存在しない虚無の住人だった。

 引き続き数体の敵が襲い掛かって来る。可能な限り回避をして、以外の攻撃には刃を奔らせて防ぐ。その一瞬に作られた隙へ白と黒の翼を羽ばたかせて、闇の彼方へと、霧散させる。

 

(……先程からこの繰り返しだな。だが、手応えなくとも、数は確実に減らせている)

 

 既に数分が経過している。

 着々と数は減っているのに対して頭の中で鳴る警鐘は大きくなっていく。

 おかしい話だ。倒しても増加し続けていたならそれは分かるが俺は戦力を削いでいる。

 

 

 持久戦にも不安なんてない。魔力の残量だって余裕はあるし、一人で戦うことには慣れている。

 戦いにおいての頭数の差は戦局に直結する。だから、本当は敵数と同等以上の人数で戦闘に当たるべきだ。

 質で勝っていても、圧倒的な物量に押されて、一度(ひとたび)その暴力に呑まれれば致命傷になる。でも、それを防ぐだけの戦力はこの場には無い。

 

 

 質でならフェイトとアルフは抵抗出来ると思うが、二人にはこの元凶の『ジュエルシード』の封印をやってもらう必要があるため戦うことは出来ない。

 なのはも能力値だけなら可能性かもしれないけど、二人と比べて圧倒的に経験不足で戦いに慣れていないから危険度が増すだけだろう。

 

 

 いや……そもそもフェイトたちもなのはたちもこんなことを経験する必要はないか。

 彼女たちからすれば、この敵は不気味な“何か”でしかないし、危険に身を晒すことはない。

 だから、『ジュエルシード』の封印は出来なくても、戦闘経験が豊富で、戦い方を知っている俺が今居るメンバーの中では適任だ。

 

 

「はっ――――……!」

 

 

 思念体の右手に握られた金属バットのような黒い塊が上から降り下ろされる。俺はそれをステップで避け、首に漆黒の一閃を走らせる。

 今度は見届けることなく、視界の隅に映った群れへ体を向かわせる。

 

 

 刃のレンジに捉えるより先に『エア・スラッシュ』の先制攻撃で塊を崩す。“風の刃“は鋭く、目標を切断し、小分けにしてくれた。そうなってしまえば同じだ。肉薄した勢いを乗せた動作で体を回転させ、白亜と漆黒を踊らせる。

 

「――――――、え」

 

 止まることなく、闇を駆けていた俺の体が動きを鈍らせた。

 空気が凍てついた。

 元々冷たい闇夜ではだったけど、温度が更に下がった訳じゃない。

 空間そのものが静止したような錯覚さえした。

 

 

 続けて、今までに感じたこともない莫大な魔力放出に――――“世界”が悲鳴を上げて歪んでいく。

 

(な……に?)

 

 視線を『ジュエルシード』の在る方に向ける。

 そこには魔力を纏い、発光する『ジュエルシード』が見えた。

 

(あれはまずい。このままじゃあ、何が起こるか予想が出来ないッッ!)

 

 俺は考えるまでもなく、直感的に飛び出していた。

 その進路上に数体の思念体が立ち塞がる。

 構ってる暇はない。

 行く手を阻むモノたちに向けて、俺は両手に握っている双剣を投擲する。白と黒の翼ともいえる二刀が向こうに接触する瞬間に――――――

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 紡がれた言葉が爆破の引き金となり、その剣に宿っていた“魔力“が爆裂させた。

 生まれた熱と光は進路上に居た思念体たちを跡形も無く吹き飛ばす。

 爆発による煙が漂っているが、気にも止めず切り開かれた進路を疾走する。

 

 

 煙を抜けた先で俺は、フェイトが『ジュエルシード』に飛び掛かろうとしていたのを見た。

 

「止せ! フェイト!!」

 

 俺の声が届いたのか、フェイトは即座に動作を中断した。

 それを確認した俺はそのまま『ジュエルシード』へ向かう。

 

投影開始(トレース・オン)

 

 投影したのは深紅の長槍。ケルト神話、フィオナ騎士団の戦士、ディルムット・オディナが担っていた双槍の片割れ――――破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)だ。

 その効果を端的に言えば、刃が触れた対象の魔力を打ち消すこと。

 

 

 俺はしっかりと柄を握り、足元を力強く踏み込んだ。

 地面から反発してきた勢いに溜め込まれ力が解放されれ、紅の一閃と化した俺は一気に『ジュエルシード』との距離を詰めた。

 

「抉れ――――”破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)”ッ!」

 

 槍頭がジュエルシードの中心に接触する。深い紅色と青い輝きと拮抗する。その激突が産み出したのか、熱を帯びた風が吹き荒れる。

 その熱は高密度の魔力が発していた。

 放出された魔力が熱風のように俺を炙るが、堪える。

 

(この程度なら――――)

 

 熱に耐え切り、魔力が打ち払われた『ジュエルシード』を左手で掴む。

 そのまま左腕を振り払うようにして、フェイトに『ジュエルシード』を投げ渡す。

 

「フェイト、頼む!」

 

 俺の突発な挙動だったが、フェイトは反射的に右手を伸ばして『ジュエルシード』をキャッチした。

 そのことに彼女は迷うことなく『ジュエルシード』を両手で包み、胸の前で祈りを捧げるような仕草で魔力を込め始める。

 

「――! ジュエルシード、封印!」

 

 彼女の手に収められた『ジュエルシード』から漏れ出している青い輝きが小さくなっていく。

 凍てついていた空気は再び動き始めて、世界の悲鳴が収まる。

 それに伴って、発生していた歪みと思念体は徐々に消滅していった。

 

「大丈夫か?」

 

 俺はフェイトに歩き寄り、怪我をしていないか訊く。

 デバイスの補助が無い状況下での封印。予想外の出来事にフェイトは上手く対処してくれたけど、彼女が怪我をしたのかと思うと言葉を掛けずにいられなかった。

 

「うん、アーチャーが魔力を払ってくれたから――――って、私よりアーチャーは大丈夫なの!? あの魔力を浴びんだよ!」

 

 ジュエルシードの封印が成功し、一先ずの安堵に浸っていたフェイトだが、それは一転して俺を心配するものに変わった。

 それは、大切な人の安否を確かめるような不安に満ちた声だった。

 

「取り敢えずは、な」

 

 短く返して俺は視線をなのはたちに向ける。

 彼女たちは今の出来事に呆然として、その場で立ち止まっていた。

 

「今日はここで引き上げるぞ。向こうもこれ以上は戦う気ないだろう」

 

 俺は戦意を無いことを確認してから身を翻し、ビルの上に飛び上がって行く。

 フェイトとアルフもこの場を立ち去って、俺の後に続いてくる。

 

 

 何とか封印は成功したが今夜は芳しくなかった。

 『ジュエルシード』によって起こされたであろう今日の現象。僅かな事だったとしても、あの光景と感覚は脳裏に焼き付いている。

 

 

 そのことに奥歯を噛み締めながら、俺は闇夜の中を駆けていた。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 シロウが思念体の所へ向かって行った後、私と白い子は風を切って空を舞っていた。撃ち出される私の雷撃と向こう桜色の光束がビルとビルの間を駆け抜けていく。

 この前とは別人みたいだ。狙いの精度も威力も上がっている。気を抜いたら当たる。

 

「Blitz Action」

 

 撃ち合っていても、拮抗が続くだけだ。そう判断し、ビルを挟んで互いの姿が見えなくなった隙に『ブリッツアクション』を使って自分に瞬間加速を施して、近接による強襲を仕掛ける。

 相手の姿が見えた瞬間。私はその背後を取って、鎌を振るおうとしたけど――――

 

「Flash move.」

 

 私の攻撃は予測済みと示すように、繰り出す前に回避行動を取ってきた。その俊足な挙動に息を飲んだ時には、逆に私の背後が取られていた。

 迎撃しよう私は体を反転させて、バルディッシュを突き出す。

 

「Divine shooter.」

 

 桜色の球体が発射された。

 反撃は間に合わない。組み上げていた攻撃式を破棄して、新しく防御式を作り上げる。

 

「Defenser.」

 

 バルディッシュを前に構え、その上から防御魔法を展開する。展開された“盾”で直撃を防ぐ。でも、急速に組み上げた物だったから威力を殺しきれず、地上へ向けて押し出された。

 このまま地上へ墜落は出来ない。体にのし掛かった勢いを制動して体勢を立て直す。その際の体の流れを捌いて、迅速にデバイスを相手へ向けて突き上げる。

 

 

 補助系統魔法の制御も以前より上手くなっている。きっと、魔法の練習を頑張ってきたんだ。私に勝って、話をするために。

 でも、私は負けられない。『ジュエルシード』を集めは他でもない母さんからの頼み事だし、ここにある『ジュエルシード』の封印はシロウから頼まれたんだ。二人の期待を裏切るなんて出来るわけがない。

 

「フェイトちゃん!」

 

「ッ!?」

 

 突然自分の名前が呼ばれたことに驚いた。

 向こうはそのまま話を続けてくる。

 

「私はね――――このまま何もぶつかり合うのは嫌だ! だから教えて? どうして、『ジュエルシード』を集めているのか」

 

「…………」

 

「私が『ジュエルシード』を集めるのは……ユーノ君が探している物だから。『ジュエルシード』を発見したのはユーノ君で、ユーノ君はそれを元通りに集め直さないといけないから。私はそのお手伝いで……始まりは偶然だったけど、今は自分の意思で『ジュエルシード』を集めてる。自分の暮らしている街が……自分の回りの人たちに危険が降りかかったら嫌だから。それが、私の理由!!」

 

「私は――――」

 

「フェイト、答えなくていい!」

 

 何故か答えようと思った時に、地上でフェレットと戦っていたアルフから叱咤が飛んできた。

 

「ぬくぬくと甘ったれて暮らしているガキんちょになんか、何も教えなくていい! 私たちの最優先事項は『ジュエルシード』の捕獲だよ!アーチャーにだって言われたじゃないか!」

 

 その言葉を聞いて、私はハッと気を取り戻す。

 体の向きを『ジュエルシード』へ向けて、加速を掛けて真っ直ぐに飛んで向かう。

 向こうも私を追いかける形で飛んで行く。

 

 

 そして、私たちのデバイスが同時に『ジュエルシード』にぶつかった時に“それ“は起こった。

 莫大な魔力が『ジュエルシード』から放出されて、私たちのデバイスに亀裂が走る。

 

「「……え?」」

 

 唖然とした誰かの声が漏れた。その直後に、荒れ狂う魔力流に私たちは吹き飛ばされた。

 

「――きゃぁぁあ!!」

「―――――――ッ!」

 

 悲鳴を上げた向こうと目を細目ながらも『ジュエルシード』を見続けた私たちはそれぞれ反対方向へ流された。

 私は即座に体勢を整え、自分の愛機へ視線を向ける。バルディッシュには全体に亀裂が走っていて、これ以上の使用は無理だ。後は、私一人でやるしかない。

 

「戻って、バルディッシュ」

 

 私はバルディッシュをスタンバイフォームにして、右手の甲に納めた。

 正面に在る『ジュエルシード』を視界に捉えて、デバイス無しで封印をしようとしたところで――――

 

「止せ! フェイト!」

 

 シロウの声が聞こえて、私は踏み止まった。彼の方へ視線を動かす。

 彼の手にはいつも使っている白と黒の双剣じゃなくて、紅くて長い槍が握られていた。

 

「抉れ――――“破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)”ッ!」

 

 紅い流星みたいな一撃は、『ジュエルシード』と暫く競り合ったけど、槍が勝って纏っていた魔力を打ち払った。

 

 目の前の出来事に私は理解出来ないでいた。

 『ジュエルシード』から発生した魔力は【魔導師】が生成する魔力と比べ物にならないぐらいの高濃度で激しい。

 だから、普通の槍なら絶対にこんなことは出来ない。

 

(これが、シロウの切り札なの?)

 

 初めて見た彼の武器にそう思った。

 シロウの能力は自分の持ち物を取り出すこと。前から知っていたけど、彼が使っていた武器は剣と弓が中心だった。

 そのどれもは特殊な効力の無い至って普通な武器なのは見てきたから間違いない。

 けど、あの槍はそうじゃない。魔力を打ち払う武器が普通な訳がないよ。

 そのことからでも、今シロウが使った槍は彼の切り札なのかなと頭を過る

でも、それ以上に考えてる暇なんて無かった。

 

「フェイト、頼む!!」

 

 士郎の掛け声で気を取り直す。

 投げ渡されたジュエルシードを受け取って、胸の前で両手に納めて私は封印に集中する。

 

「――! ジュエルシード、封印!」

 

 両手に力を込める。

 実行するイメージと術式の封印と同じ。

 バルディッシュのサポートが無いから難航するかもと思ったけど、魔力が打ち払われていたお陰でいつもより楽に封印が出来た。

 

 

 

 封印を見届けたシロウはこっちに歩き寄って来る。

 

「大丈夫か?」

 

「うん、アーチャーが魔力を払ってくれたから。って、私よりアーチャーは大丈夫なの!? あの魔力を浴びたんだよ!」

 

 私は突然、冷水をかけられたように寒くなった。体温じゃなくて、心が。

 シロウに何があったと思うと不安で仕方がない。

 

「取り敢えずは、な

 今日は引き上げるぞ。向こうもこれ以上は戦う気は無いだろう」

 

 シロウは体勢を直した向こう側を一瞥してから身を翻して、ビルの上に飛び上がって行った。

 私とアルフはその後を付いていく。目に映るのはシロウの背中。高くて、大きくて、逞しい後ろ姿。

 でも、それを見て私は少し悲しくなった。今日の『ジュエルシード』の封印はシロウが居たから出来たこと。

 今日、私たちの中で一番戦果を出したのは間違いなくシロウだ。『ジュエルシード』によって産み出された思念体を一人で相手をしていたし、『ジュエルシード』の魔力を打ち払って、私が安全に封印が出来るようにまで手を回してくれた。

 

 

 シロウは自分を頼ってくれていいって言ったけど……今日のことで、私は沈痛な気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





ジュエルシードの思念体についてはTV版などでなのは初陣の際にユーノから言われてたことです。士郎にジュエルシードの危険性をより感じ取ってもらうために、このようにしました。
TV版で言ったから後半パートに突入したわけですが、年末中に無印編が終わればいいなーと思っています。(望み薄)
しかし、ここでFGOのイベントが……魔術王に、マーリン。まぁ、完全にはストップしないで少しずつ書いていきますが。
大間かなイベント情報は出てますが、詳細がまだ出ていないのでねぇ……
あぁ、世界からの修正力が発生しない固有時制御でもないかなぁ……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。