魔法少女リリカルなのは ~The creator of blades~   作:サバニア

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初投稿となります。
前々からFateの衛宮士郎を入れたクロスオーバーを書いてみたいなと思っておりました。
初心者ですが、頑張って行きたいと思います
m(_ _)m


前章
0話 プロローグ


 暗闇が広がっている筈の町中は辺りが良く見えるぐらいに明るかった。しかし、その明るさは街灯に()るものではない。鮮やかな月明かりでも、星々の光でもない。

 辺りを照らしているのは家々を焼き、赤い光を発している炎。それは、その場にある生命を燃やすと共に勢いを増し、オレンジ色の壁も高めていく。

 

 

 何故、見慣れた景色が燃え盛っているのか。

 何処かの家庭で火の不始末があったのだろうか。誰かが火を放ったのだろうか。

 住民たちには原因は分からない。分かることはただ一つ。眠りについた頃は整然としていた町並みが紅蓮に飲み込まれているということだけだ。

 

「……っ」

 

 建物が燃え崩れる音、闇夜を切り裂く無数の炎が強くなり続ける中に、一人の少年と男性の姿が在った。

 男性が少年の手を引きながら、瓦礫が散らばっていく赤い世界から出ようと前へ進んでいる。男性の一歩一歩は重い。呼吸は難しく、前に進む度に心臓は早鐘を打つ。

 だが、足を止める訳にはいかない。それをしてしまったら、次に焼かれるのは自分たちだと、彼は火の手から逃れるために歩き続けている。

 

「――――――ッ!」

 

 空いている方の手で額を伝ってくる汗を拭った際、男性は止めてはいけない足を止めた。視界に隅に、炎に焼かれ、家の瓦礫の下敷きになった女性の姿が入ってしまった。

 ソレが男性の頭に過らせてしまったのだ。寝ていた少年を起こし、自分に連れて逃げてと叫んだあの顔を――――――

 

「……士郎、先に逃げるんだ……」

 

 そう言うと男性は歩いてきた道を戻り始めた。逃げ遅れた女性を助けるために。

 男性が目指す先は誰よりも少年に優しかった女性。彼には浮かべられない微笑みを少年へ向けられる彼女。

 自分の取っているこの行動が女性の願いに反することだろう、と男性は戻りながら思う。が、一度思い出してしまった彼は向かうことをやめない。やはり、彼女は少年に必要だと。まだ小さなあの手を、あの柔らかな手が包み込める日々が無ければならないと、一歩一歩その居場所へと歩み寄って行く。

 

 

 男性が踏む道はもう道とは言えなかった。路面には亀裂が生じていて、撒き散っている瓦礫共々に彼の行く手を阻む。

 動く足がもつれたらそこで終わり。

 止まれば女性の居る所に辿り着くことさえ出来ない。

 辿り着かなければ二度と少年が女性に笑いかける日もない。

 それらの不安で足の動きが鈍りそうになるが、男性は前方に足裏を叩き付けて乗り越えていった。

 

 

 だが、それが男性の最後の姿になった。

 燃える柱が大地に倒れ、舞い上がった粉塵と広がっていく赤い壁が彼の姿を隠した。

 その時、周囲に走ったのは地響きだけだった。

 

 

 

 

 ――――――気が付けば、辺り一面は焼け野原になっていた。

 三人一組だった彼らの中で残っているのは少年だだ一人。

 残った少年の他に動き回る人影は無い。他に在るのは建物が焼け落ちて出来た残骸。黒焦げになって縮んだ人型(ひとがた)のモノが転がっているぐらいだ。

 人型(ひとがた)の中には黒焦げになっていないモノも在る。けれど、ソレらは額や左胸から赤い液体を流して横たわっている。

 

 

 この惨状を一言で表すなら――――“地獄”だった。

 だと言うのに自分だけは原型を保ち、赤い液体を流していないのは不思議な気分だと少年は感じていた。

 

「――、――――、――――――っ」

 

 嗚咽が漏れた。声を詰まらせたとしても、少年の目からは雫が零れ落ちていく。

 その度に、少年は乱暴に目を拭った。視界が滲んでしまったら前が見えなくなってしまう。目の前の惨状どころか、歩いて行く先の把握すら出来なくなる。

 込み上げるそれを力にしたのか、少年はより前へと足を出す。

 

「……はあっ、はあっ、はあっ…………!」

 

 少年が呼吸を繰り返すごとにその肩が上下する幅が大きくなる。今までにしたことの無い呼吸の動作だった。重い足取りだというのに、走っている時と比べ物にならない程の強さで、感じたことも無い痛みが肺に押しかかる。

 体表に当たる熱風も生活の中で触れてきたものからは想像も出来ない程に熱く、季節による極暑が涼しいとさえ思ってしまう。

 

 

 ……どうして、こんなことになってしまったんだろう? 朦朧とする頭で少年はそう思った。

 今日も少年はいつもと同じように過ごしていた。窓の外が明るくなった頃に起きて、家族と朝食をとった。それから外に出て日が暮れるまで友達と遊んで、夜は自宅で団欒に浸っていた。

 明日も、明後日も、来週も――――この先ずっと平穏な日々が続いていくと思っていた。

 だが、そんな世界は壊された。

 少年に広がっているのは火の海。何もかもが燃え去っていく世界。

 生き延びる術を思索するのが普通な筈の状況にも関わらず、少年の脳裏には平穏な日々が去来していた。

 だとしても、少年は歩くことをやめない。

 体の素直で、この地獄から出ようと死に物狂いで抗っていた。

 

 

 そうやって歩いて行く最中、少年の鼓膜を叩く音が在る。

 それは一つではない。聞き取れないのを含めたら切りが無い人の声だ。

 

「……助けて…………」

 

「暑いよ……苦しいよ…………」

 

「せめて、この子だけでも…………」

 

 苦痛に――――――

 恐怖に――――――

 懇願に――――――

 負の感情に満ち溢れながらも、助けを求める人々の声だった

 

 

 けれど、少年は耳を塞ぎ、歩き続けた。

 自分では他の誰かを助けることは出来ない。今止まってしまえば、そこで自分は死ぬと少年の本能が理解していた。

 だがそれは、ここで止まる(死ぬ)ことに恐怖した訳ではなかった。そんなものはもう停止している。

 ただ……生きているなら、少しでも長く生きなければならない――――そう思って歩き続けていたにすぎない。

 

「…………」

 

 やがて、少年の耳に声が届かなくなった。

 それは、声が届かない程に距離が開いたのか、声自体が途絶えたのか判らない。

 

「……………………」

 

 とにかく、少年は足を動かして前に進む。と言っても、向かう当てなんて特に無い。頼りになる人も居なければ、助けてくれる相手も居ない。

 それでもなお、朦朧とする体に鞭打って炎が少ない場所を目指し続けていた。

 

「……?」

 

 休息の無い歩みの限界が足に達しようとした先で、少年の耳に声が聞こえてきた。

 

「おい、宝は在ったのか?」

 

 それは男の声。

 ここまでに少年が聞いてきた助けを求める声とは違い、何か探しているような声色だった。

 

「いや、ねぇな。

 そもそも、こんな『管理外世界(辺境の星)』にお宝なんて本当に在るのかよ?」

 

 今度は訝しい声を上げて聞き返す別の声が聞こえた。

 何かを探しているのだろう。声に並んで瓦礫をどかす作業の音が響いてくる。

 それらは留まることなく、少年の鼓膜が震えるのを保つ。

 

「さぁな、この情報の出所不明のものだしな」

 

「ハァァア!?」 

 

 予想外の返答に、質問をした男は明確に苛立ちを込めた声で荒げた。

 その高まった感情を声に乗せて、話し相手である金髪の男に近寄ってから不満を投げ付ける。

 

「じゃあ何か? 俺たちは本当に在るか判らない物を未確定な情報で探しに来たってのか? 何もなかったら無駄足じゃねーかよ!」

 

「無駄足ではないだろう。

 確かにまだ見つかってはいないが……仮になかったとしても、久々に暴れられただろう?」

 

「そうだけどよぉ……こんなんじゃ暴れた気にならねぇよ。【魔導師】が相手でもねぇから面白くねえしよぉ……」

 

 食い掛かっていた男性だったが、金髪の男性の言い分が事実であることを認識すると尻すぼみになった。

 その反応に、今度は金髪の男の方が踏み込んだ。

 

「そうは言うが、一番住民を殺っていたのはお前だろう。この辺りを燃やしたのもお前だし」

 

「それも……そうだろうけどよぉ……」

 

(町を燃やした……殺した……?

 この町をこんなにしたのは、コイツらなのか……?)

 

 二つの声を聞いて、廃棄されかけていた少年の思考が回転を始める。

 そして、耳にしたことは事実なんだろうと推し計った。そうでなければ、誰が好き好んで廃墟同然と化した場所で宝探しをするのか。

 そう思った途端、炎の熱に曝されて熱くなった少年の体とは別に――――頭の芯が熱くなっていく。

 

「まあ、まだ始まったばかりだ。そう急ぐ必要は無い。別行動中のアイツらの方で見つかるかもしれないしな。

 それに、お前も興味があるだろう? 古代ベルカの【聖剣】の聖遺物ともなればよ?」

 

「そりゃあるぜ。【聖王】、【覇王】、【冥王】と同じ時代を生きたあの【聖剣】だろ?

 つか、なんでコイツだけ【聖剣】なんだ?」

 

 先ほどまで食って掛かっていた男性は作業の手を一旦止めた。

 そのまま腕を組み、首を傾けて唸り声を上げ始める。

 しかし、金髪の男の方は手を動かしながら話を続けた。

 

「何故だろうな。一国を納めていたらしいから【王】であるのは間違いないが……【聖王】と被るからとか言われたりもしてたな」

 

「そんな安直な……」

 

「もちろん、俺はそんなこと思っていない。

 【聖剣】は剣を携えて戦場を駆けていたらしいからな。由来はそこだろう」

 

 【聖王】、【覇王】、【冥王】――――そして、【聖剣】

  解らない言葉が飛び交う中、少年はそこから動けなかった。

  二人の間で交わされているその話が、頭から離れなかったからだ。

 

「でもよ、【聖剣】の治めていた国は滅んで、今まで何も見つかってねぇんだよな? なんでこんな所にあるかも、っうことに繋がるんだ?」

 

「過去の大戦で国は滅んで、国民の大半が死んだのは間違いない。

 たが、生き残りが遠い地に逃げ延びた、って説自体は今まで言われてこなかった訳じゃない。まあ、手掛かりになりそうな物は発見されたことはないがな。

 だから、こんな所にあるかも、ってなったんだろうよ」

 

「なんつうか、ガキの夢みたいだな」

 

「そうかもな」

 

 相槌を打って金髪の男は頷く。

 

「まあ、ここで聖遺物が出てきたら俺たちは世紀の発見者だ。在ることを願って探すぞ」

 

「へーい」

 

 話を終えた男二人は再び捜索を始める。

 この時、少年の意識が話に釘付けになってしまっていたのは失敗だっただろう。

 注意を一か所に向けていたために、彼は自身の背後に近づいて来た人影に気が付かなかったのだ。

 

「何をしているんだい、坊や?」

 

 悪意に満ちた声が響く。

 少年はすぐさま後ろに振り向いたが、その瞬間に殴り飛ばされて小柄な影が宙に舞った。

 感じたことの無い浮遊感に包まれながら、少年は背中から話し合っていた男二人の所へ落ちる。

 

「がは……あっ……!」

 

 地面に打ち付けられた痛みが背中から全身を走って、肺から空気が押し出される。

 呼吸が乱され、体の至る所が悲鳴を上げた。

 それでも、少年は負けじと目を持ち上げて、視界の端で自分を蹴り飛ばした男の姿を捉えていた。

 

「あ? まだ生き残りが居たのか。

 ガキにしちゃあ、よくこの火災の中生きていられたな」

 

 金髪と話をしていた男が少年へ歩き寄って行った。

 距離が詰まる度に瓦礫の破片を踏み砕くが鮮明に少年の鼓膜を叩く。

 

「――――!」

 

 突然、少年の視界の真ん中へ男が映り映り込んで来た。

 ソレは嗤っていた。日常では見ることのないであろう不気味な表情。冷酷で鋭利な貌が少年を見据えている。

 その貌を崩さず、見下すような眼を少年に落としたまま、男は懐から”拳銃”らしき物を取り出した。

 

「ま、よくここまで頑張ったな。お前に恨みはねぇが――――死んでくれや」

 

 躊躇することなく“拳銃”を少年へ向けた。その慣れ切った動作から、この男は日頃から人を殺めていることが伺える。

 加えて、少年へ向けている目付きは、人を殺すことに何一つ抵抗を持っていないと告げていた。

 

「――――っ!」

 

 少年は一目で現状を理解して逃げようと周囲を見渡したが、四方を囲まれていて逃げる道は残ってなかった。どうやら、少年を殴り飛ばした奴にはもう一人仲間が付いていたようだ。

 

(――――――――)

 

 もう、少年に抗う術は無かった。立ち上がることは”拳銃”を向けている男が許さず、立ち上がったとして何も持たない少年には四人と戦うことが出来ない。

 屈することのなかった膝も立てなければもう意味がなかった。大地を足が踏みしめられなければ、少年に出来ることはない。その先に構えているのは、ただ燃え尽きるという末路だけ。

 

 

 赤い世界を生き延びた少年の体も、こうして失われようとしている。

 だが、そんなことなど少年はとっくに分かっていた。動かなくなってしまえば自分も転がっていた人たちのようになると、この赤い世界から出ることは不可能と……。

 再び大地を踏めないことへの最後の確認を終えると、少年は空を見据えた。

 けれど、視線の先に在るのは黒煙のような雲のカーテンで、見慣れた星空は見えない。

 そうして、少年は気付く。息苦しいと思える力も……手を延ばしたいと思える(ひかり)も……何一つ、残って無かった。

 

「じゃあな、坊主。恨むなら、こんなとこに生まれた自分を恨みな」

 

 そして、少年の額に向けられた”拳銃”の引き金が引かれ――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い世界に、銃の咆哮が響き渡った。それは、一般の物では作り出せない轟音で、音だけで相手に畏怖を刻み込む程のものだった。

 しかし、撃ち抜かれたのは少年ではなかった。

 

 

 撃ち抜かれたのは――――――今まさに少年へ向けた“拳銃”の引き金を引くところだった男の額だった。

 額を撃たれた男はそのまま衝撃に身を委ねて、背中から地面に倒れた。

 

「狙撃!?」

 

 男たちに緊張が走る。

 殺そうしていた男が逆に殺されたのだから、緊張感に染まるのは当たり前の反応だろう。

 

「索敵をかけろ! 場所を割り出せ!!」

 

「ああっ!」

 

 金髪の男に言われるままに懐から端末らしき物を取り出した男だったが、その男の額にも銃弾が着弾した。

 早くも四人中二人が倒れ、残った二人に焦りが生じる。

 だが、二人の犠牲から逆算して残った二人は“狙撃者”が陣取っているであろうポイントの把握が出来た。

 反撃への気合いを込めるためか、男が声を上げる。

 

「向こうか!」

 

 少年を殴り飛ばした男が体の向きを銃弾の来た方向に向け、ナイフを取り出す。それの切っ先を銃弾が向かって来た方へ合わせて、狙いを定める。

 続けて、小さく口を動かす。すると、手にしているナイフを中心に5つの火炎玉が発生し、切っ先を向けた方へ飛んで行った。

 

 

 飛んで行った先で爆発が起こる。

 それによって発生した爆風と光はここにまで届き、強烈な威力であることを伝えてきた。

 

「やったか?」

 

 放った本人から警戒心を含ませた声が漏れる。

 視線を着弾して火柱が立っている場所から離さず、“狙撃者”を仕留めたのか確認を取ろうとしていた。

 

 

 しかしながら、数秒後に男の視線に映ったのは――――火柱を突き抜けて、こっちに直進して来る“黒いコート”が揺れている光景だった。

 

「ッチ」

 

 苛立って舌打ちを漏らす。

 それから再びナイフを構えるが――――

 

Time alter(固有時制御)――double accel(二倍速)!」

 

 黒いコートを纏った何者かは、呪文を唱えるよう言葉を紡いだ。

 その直後に黒いコートの動きが倍速で再生された映像のように加速し、一気に距離を詰める。

 

「なっ!!」

 

 再び攻撃をしようとしていた男は驚きを露にする。

 相手が驚きを露にしている隙に、懐へ飛び込んだ黒いコートを纏った者は左手を懐に入れた。

 再度、素早く引き抜かれた左手には銀色の刃が輝くサバイバルナイフが握られていた。黒いコートはそれを横に振るって、銀の一閃を男の首元へ走らせる。

 その銀線を追うように、黒い影が宙を舞い、鈍い音を立てて地面に落ちた。

 

「このっ……!」

 

 金髪の男はその光景を見て、慌てながらポケットから何かを取り出そうとする。

 だがそんな時間は与えない、と黒いコートを纏った誰かは右手に握っている大型の銃を金髪の男の額に突き付ける。

 それで金髪の男は動きを止めた。下手な行動をすればどうなるかは判っていたのだ。

 

「何が目的だ?」

 

 鋭い声で、余計な単語を省いた問が金髪の男へ投げられた。その声は嘘偽りを許さない程の剣幕だった。

 それに合わせて、近付いて来た黒いコートを纏った人物は20歳前後の青年だということに少年は気付いた。

 

「お、お前……何者だ?」

 

 突然の出来事への戸惑いと恐怖に震えた声で金髪の男は問い返す。

 

「質問しているのはこっちだ。

 もう一度訊く、何が目的だ?」

 

 青年のより力が込められた声に、男は怯えながら答える。

 

「た、宝探しだ」

 

「宝探し?」

 

「あ、あぁ、『ここにはある人物の聖遺物が在るかも』と、聞いてな」

 

「宝探しにしては随分なことをしているじゃないか? 本当にそれだけか?」

 

 青年は刃のように鋭く、冷たい視線で睨み付けて、更に問を投げる。

 

「……いや、狩りも兼ねてだ」

 

「ッ!!」

 

 青年から怒りが漏れる。その中には悲しみも混在していた。同時に悔やむように表情を歪める。

 湧き出る感情の果てに、青年は悲憤に満ちた声で「そうか」と、言って引き金に指を掛けた。

 

「ま、待ってく――――――」

 

 男が言い終わる前に青年は引き金を引き、銃から弾丸が撃ち放たれた。

 その一撃で、一人残った男も背中から地面に倒れる。

 青年の最後の銃声は、終わりを告げる鐘のように周囲へ響き渡った。

 

 

 

 

 その鐘の音は少年の耳にも届いていた。

 だけど、それで少年に安堵が訪れることはなかった。

 ただ、少年に訪れたのは――――自分を殺そうとしていた人たちが、目の前の青年によって倒されたという現実の認識だけだ。

 

 

 少年がそんなことを思っていると、青年は銃とサバイバルナイフを納める。

 徒手空拳になると、少年の方へ近付いて行って――――

 

「……よかった。君だけでも助けられて…………」

 

 震える声を漏らしながら、少年の手を握る。

 

「……ああ、生きてる……! 生きてる……! 本当によかった……。君を助けられて――――」

 

 青年は両目に涙を溜めながら、自分の言葉を噛み締めるように――――感謝をするように小さな手を握り続けた。

 

(――――――――、ぁ)

 

 その青年の姿は少年が憧れを抱くほど印象的だった。

 目に涙を溜めながらも、心の底から喜んでいるように見えたから――――あまりにも嬉しそうだったから。

 だからなのか……何もかも燃え尽きて空っぽとなった少年の心に、宿るモノがあった。

 

「切嗣」

 

 その唯一に少年の一雫が目尻から頬を伝ったとき、名前を呼ぶ女性の声が響き渡った。

 おそらく、それが青年の名前なのだろう。

 自身の名前を呼ばれて、切嗣は女性の方へ視線を移動させる。

 

「ナタリア……そっちは?」

 

「もう、誰一人生きちゃいない。

 見回りをしてみたが、何処も酷い有り様だよ」

 

「………………」

 

 言われなくても解っていた事だったが、切嗣は唇を噛んだ。

 その様子を見た女性――――ナタリアは淡々とした声色で言葉を続ける。

 

「切嗣、その子を連れてここを離れるよ。

 その子もここに居るままだと、暑苦しいだろう」

 

「……ああ……そうだね」

 

 そうナタリアに促された切嗣は、辛うじて意識を保っていた少年を抱き抱えて歩き始めた。

 ナタリアもその隣を歩き出す。

 抱き抱えられたことに安心したのか、自分を脅かす状況が終わったことを察したのか、そこで少年は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 

「――――――」

 

 気が付くと、見覚えの無い簡素な部屋に俺は居た。

 目に映った天井は白く、背中をベッドに預けていた。左腕に点滴がされていることも考えると、ここは病院なんだろうって思った。

 正直驚いた。俺は間違いなく……”あの夜”を彷徨っていた。

 そこからの突然な変化だったけど、空気も温度も至って普通で、自然と安心が出来ていった。

 

「……っ」

 

 包帯を巻かれて動き辛い体をゆっくり起こして、ぼんやりと周りを見渡す。

 部屋には他にも幾つかのベッドが並んでいて、どのベッドにも人がいた。多分、俺が居た町の外縁辺りに住んでいる人たちで飛び火から逃げて来たんだろう。怪我をしているみたいだけど、看護師と会話をしているから助かった人たちだと思う。

 ホッとして視線を巡らせると周りの子供を看ていた看護師と目が合った。それで俺が目を覚ましたことに気付くと、声を掛けながらこっちに来る。

 

「よかった、気が付いたのね。

 今、先生を呼んでくるから少し待っててね」

 

 そう言って病室から出ていった。

 その看護師の後ろ姿が見えなくなった俺は出入口の反対側に在る窓の方へ振り向く。

 窓の外には青空が広がっていた。それは、これ以上にない綺麗な空だった。

 

 

 数分後、看護師は医者を連れて戻って来た。

 医者は俺に、痛むところはないか? おかしいなところはないか? などと、一通り聞いてきた。

 俺がそれらは大丈夫だと答えて、特に異常がないと医者は解ると、安堵の表情を浮かべてこう切り出した。『俺を病院に連れて来た二人が、俺に会いたいと望んでいる』――と。

 その話に俺は会いたいと答えた。

 医者はそれに頷くとその二人に連絡を取るために部屋を出て行った。

 

 

 

 

 ――――で、暫く待っていると……病室のドアが開き、男女のペアが部屋に入ってきた。

 背広姿でボサボサの頭をしている男。

 漆黒のレインコートを着ていて、青白い(かお)で無表情な女。

 

 

 二人は無言のまま俺が居るベッドまで足を進めた。

 ベッドの側に在る椅子へ男の方が腰を腰を下ろす。それから俺と目線を交差させて、口を開いた。

 

「こんにちは。士郎くん……で合ってるかな?」

 

 俺はコクリと頷く。

 そんな俺の反応を見た男は、優しい声で一つの提案をしてきた。

 

「それじゃあ、士郎くん。会ったばかりの僕たちに引き取られるのと、施設に預けられるの、君はどっちがいいかな?」

 

 目の前の背広姿の男は、自分たちと一緒に来るかと言ってきた。

 その言葉に、俺は迷うことなく男の手を取ると――――――

 

「よかった」

 

 笑み浮かべて安心したみたいだった。

 

「早速だけど、身支度を済ませよう。

 新しい生活にも慣れないといけないからね」

 

 そう言った側から、男は慌ただしくベッドの下に在るボックスから衣類やら日用品を持っていたバックに詰めて込んでいく。

 片っ端から荷物が押し込まれていくその手際に、苛立ったのか無表情でいた女の人が動いた。

 

「おい、その入れ方は雑すぎるだろう。私がやる」

 

 後ろに立っていた女が横からバックを奪い取り、整理していく。

 やることを取られた男は俺を見て、ふと些細なことを思い出したかのように言った。

 

「おっと、大切なことを言うのを忘れてた。

 僕たちはね――――【魔法使い】なんだ」

 

 その台詞を聞いた俺は、感じたことをそのまま言葉に出した。

 

「うわ、凄いんだな二人は。えっと――――」

 

「ああ、すまない。まだ名前を言っていなかったね、僕は衛宮切嗣。

 で、彼女は――――」

 

「切嗣の師の、ナタリア・カミンスキーだ」

 

「これからよろしく、士郎」

 

 

 

 ――――これが、俺と切嗣たちとの出会い。

 そして……俺は、この日『衛宮士郎』になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




現時点で士郎5歳、切嗣20歳です。Fateの方より出会う年齢などが引き下がっております。

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