トレーナーカードが届いた翌日、そろそろ動こうと準備をして家を出るとご近所に暮らす二人の少女が待っていた。
「えっと、確か……セレナちゃんとサナちゃんだっけ? 何かご用?」
朝からレベルの高い美少女二人を見れてラッキーだなと思いながらも顔には出さず、鍵をかけながら二人に何か用があるのかと尋ねている。
「おはよう、ツカサさん」
「おはようツカサ! あのね、あたし達はあなたを呼びに来たの!」
金髪でポニーテールの背が少し高い少女と、茶髪で独特のツインテールのような髪型をした小さな少女が挨拶をしてきた。
既に小さな少女はフレンドリーに呼び捨てしてきて、ただそれだけでもツカサは好きになってしまいそうだった。
「ポケモン博士のプラターヌさんがアタシ達五人の子供……ツカサさんは大人ですけど、とにかくアタシ達五人にお願いがあるそうなんです。何でアサメに来たばかりのツカサさんの事を博士がご存知なのかは不思議ですけど」
本当に不思議そうにツカサの顔を見ている。
「とにかく一緒に隣町に行こ! そこでポケモンが貰えるんだって! ほら早く行こっ!」
そう言うとサナはツカサの腕を取り、待てないとばかりに走り始めた。
隣町までは少し距離があり、サナが走り疲れて歩き始めていつのまにか三人で並んで歩いていた。
両手に花だなと考えながらも久しぶりの旅に心が弾み、自然と笑みが浮かんでしまう。
「あの、ツカサさんはカントーのマサラタウンから引っ越して来たんですよね?」
「ん? ああ、そうだよ」
「さっきのプラターヌ博士の事なんですけど、オーキド博士から連絡をもらっていたんじゃないかって思うんです」
「それはあるかもしれない。餞別とか言ってオーキド博士が執筆してる著書を全部渡してきた時は嫌がらせかと思ったよ」
その本の詰まったダンボールの重さを思い出したのかイラッとしている。
ちなみに全部初版のサイン入りであり、コレクターやファンからしたら垂涎物。
有名になる前の物は発行部数がとても少なく入手困難であり、全部まとめてオークションに出せば七桁は軽いが、ツカサはそれを知らないので本棚にまとめて納められている。
「詳しくは本人に聞くしかないですね」
「だね。それと三つしか違わないし、セレナちゃんも別に敬語じゃなくていいよ。サナちゃんとか思いっきりタメ口だし、呼び捨てにしてるし」
少し疲れた様子で隣を歩くサナをチラッと見て、セレナも敬語はいらないと伝えていた。
「そう? それならそうさせてもらうわね」
「セレナちゃんはクールというかストイックというか」
今までの少女達と比べると落ち着きがあり、少々苦手な部類の存在だった。
「ちゃん付けはやめて。アタシもツカサって呼ぶから、貴方も私を呼ぶ時はセレナでいいわ」
「あたしもサナでいいからね」
「でも呼び捨てにして友達に噂されたら恥ずかしいし……」
まだ知り合って一週間程しか経っていない女の子の名前を呼び捨てにするのが恥ずかしいのか、男が言うべきではない台詞を吐いている。
「えっと……ツカサ、友達いるの?」
「え、うそ! 誰? 教えて!」
「しまった、噂してくれる友達がまだいない。セレナとサナ以外にはあの二人しか……」
そんな話をしながら三人でアサメの小道を抜け、無事に目的の隣町に到着していた。
メイスイタウンと書かれた看板を止まって見ていると、一緒に来ていた二人はいつのまにか居なくなっている。
「あ、いた」
少し歩くとオープンカフェに四人で座って何かを話している姿が見え、サナが手を振り来るように呼び掛けているのが聞こえてきた。
「今みんなでツカサの事を話してたの!」
「そうだったのか。……アイスコーヒーをお願いします」
セレナの隣に座るとウェイターが来たので注文していた。
「お支払の方はいかがいたしますか?」
「この子達のも俺がまとめて払うんで」
ここぞとばかりに年上の甲斐性を見せ、先に座っていた四人それぞれから礼を言われている。
「かしこまりました」
それからすぐにアイスコーヒーが届くとその場で皆の飲み物の代金とチップを渡し、和やかな空気になったところで改めてティエルノとトロバの話を聞く体勢になった。
「ねぇねぇ、早くみんなのパートナーになるポケモンに会わせて♪」
「だよねえ! ぼくとトロバっちがポケモンと出会った時の感動、サナ達も味わってねえ」
ふくよかでダンスが得意なティエルノはそう言うと、三つのモンスターボールが入ったケースをテーブルの上に乗せた。
「ツカサからどうぞ」
「サナ達は後でいいよ!」
「年下の女の子に譲られる俺は第三者から見たらどうなんだろうな。まぁ、お言葉に甘えて……この子にしよう」
少し悩んだが一つのモンスターボールを手に取った。
「じゃ、あたしのパートナーはフォッコちゃんね! あたし達のコンビ可愛すぎてどーしよー♪」
「自画自賛乙」
騒ぐサナにツカサは小声で呟いている。
「アタシはセレナ、よろしくねハリマロン。アナタのお陰でアタシもポケモントレーナーになれたわ」
セレナは微笑みながらハリマロンの入ったボールを愛おしそうに撫でていた。
「あのう……僕も預かってきた物があるんです」
そんな光景を見ていたトロバが鞄をごそごそしながら三人に話しかけている。
「マジか少年」
「はい。ポケモンを深く理解する為の大事な物です」
「こ、これは……!」
手渡された物はツカサが長年欲していた物……最新のポケモン図鑑がようやく自分の手元に来ていた。
「あっ、あのですね……今お渡ししたポケモン図鑑は出会ったポケモンを自動的に記録していくハイテクな道具なんです」
というトロバの真面目な説明も右から左へとすり抜けていくくらい嬉しいようで、セレナとサナはちゃんと聞いているのにツカサは全く話を聞いていなかった。
そして博士からの用事も終わったからポケモンを探しに行くとティエルノとトロバは席を立ち、改めて飲み物をご馳走になった事の礼を言って去っていった。
「カロスはね、選ばれた子供がポケモンとポケモン図鑑を持って旅をするのよ。ツカサはギリギリ子供って事ね」
「見た目は大人、心は子供って事を見破られているのか俺は。……一度帰って改めて旅立ちの準備をしなおしてくる」
コーヒーを飲み干すと席を立ち、アサメタウンのマイホームへ帰ろうとすると……
「待って! ツカっちゃん、デビュー戦の相手をお願いしちゃうんだから!!」
「しまった、あだ名を適当にツカっちゃんがいいとか言ったせいで変な気分になる。もっとかっこいい刹那とかハーレムが作れそうな一夏とかリトとかにすればよかったか……」
適当に決めたあだ名に後悔しているようで、ぶつぶつ呟いている。
「フォッコちゃんとあたしの初めての勝負! キュートに勝っちゃお!」
「見せてもらおうか、カロスのポケモントレーナー(新人)の実力とやらを!」
そう言うと互いにモンスターボールを投げた。
ツカサの投げたボールからはケロマツが、サナのボールからはフォッコが現れ、互いにどう動くか睨みあっている。
「フォッコちゃん! ひのこ!」
「ケロマツ、あわで反撃だ!」
ケロマツはフォッコのひのこをくらいながらもあわを吐き、そのあわを避けようとしたフォッコは足を取られて素早さを活かせなくなっている。
「えっと、しっぽをふる!」
「フォッコはあわで足を取られて素早さが下がってる、そのままあわで押し通すぞケロマツ!」
その場でしっぽをふるフォッコに更にあわを吐いてダメージを与え、フラフラしている姿を見て次がトドメになるなとツカサは確信していた。
「ケロマツ、反撃の隙を与えずあわで攻撃!」
そして周囲のあわで身動きが取れなくなったフォッコに最後の一撃を与えダウンさせている。
「あー! フォッコちゃん、もっともっと見てたかったのに! ……うー、はい賞金。でも凄いんだね、ツカっちゃん」
「ありがとう」
断るのも失礼だと思い五百円を受け取りながら礼を言っていた。
「それとツカっちゃんのポケモン元気にしてあげる♪」
「それはありがたいな。……ケロマツも元気になったし、俺は一度帰るよ」
「うん、わかった! それじゃ、またね!」
サナは手を振りながら元気に走って行き、ツカサはそのままマイホームに帰っていった。
………
……
…
部屋で以前の旅で学んだ日持ちする食料にタウンマップを鞄に詰め、旅に出る前の腹ごしらえに冷蔵庫の中の食料を総て使い早い昼食を作っている。
しばらくは帰ってこられないのが分かっているから総て使っており、ケロマツもボールから出してポケモン用に作ったご飯を皿に乗せて目の前に置いていた。
「ケロッ」
「俺の図鑑か……もっと早く手に入っていれば伝説や幻のポケモンが登録できたのにな」
ケロマツががっついているのを見ながら図鑑をいじっており、過去に出会った何体もの伝説・幻と言われるポケモンのデータを登録したかったと溜め息を吐いている。
「……お前は♀でわんぱく、ちょっぴり強情なのか。図鑑で確認できるって便利だなぁ」
気を取り直し図鑑を介して個体の情報を確認していた。
「ケロ」
そうだと言わんばかりに頷いている。
「さてと、食休みしたらそろそろ行こうか。どこかでモンスターボールを買うまでは俺とお前の二人旅だ」
いざと言う時の為に値段は張ったが、鞄に入る折り畳み式のテントも準備しており野宿になっても安心だった。
他のテントよりも桁が一つ違うだけあり鞄に簡単に入るが、広げると三人は入れるくらいの大きさになる。
ワンタッチで展開して、しまう時もワンタッチでコンパクトなサイズになる便利なテントだった。
進歩した科学の力は凄いのである。
食べ終わったケロマツがボールに入りたい的なジェスチャーをするのでボールに戻し、洗い物をして食後の缶コーヒーを口にしながらボーッとしていた。
「今回は誰に同行するわけでもない……ここからは、俺の物語かぁ」
その事が嬉しくて自然と笑みが浮かんでいる。
今までリーグに挑戦しなかったのは旅の同行者という立場から自重していたからであり、挑戦したい気持ちを押し殺していただけだった。
各地方で知り合った博士達はその事を察しており、今回カロスに引っ越すのを知って様々な博士が手回しをしてくれている。
オーキド博士の餞別は渡した本がダミーでこちらが本命だったりする。
「さて……そろそろ行こうかケロマツ」
腰に付けたモンスターボール用のボールホルダーにボールをセットし、コーヒーの缶を洗いリサイクルの袋に入れて家を出ていった。