帰ってくるのに結局二週間ほどかかっていた。
最後は三人のメイドの誘惑に耐えてアリアを宥めかし、また来るからと告げて颯爽と帰宅していた。
「リオルガール役は当日まで伏せるとか困る……あれ? ドーナツこんな食べたっけ」
久々に山盛りに作ったドーナツを食べながら台本を読んでいて、ふと器を見たら山のようにあったはずのドーナツが残り少なくなっていて驚いている。
「……ん?」
「シシシッ」
「まーた見た事のないポケモンが……」
観察していると謎のリングが現れ、謎のポケモンがニュッと顔を出していた。
そのポケモンは気づかれていないと思っているのか、テーブルのドーナツを掴むと再びリングに戻り消えて行った。
それが二、三回繰り返されてようやくツカサが見ている事に気がつきジーッと見つめ合う事になっている。
「こんにちは。君の名前は?」
「フーパ! フーパ、これ気に入った!」
「おー、嬉しい事を言ってくれるじゃない」
ツカサに敵意がないのを察して完全にリングから出て来て、お手製ドーナツをモグモグ食べながら気に入ったとニコニコしている。
「フーパ、これもっと食べたい」
「なら作ろうか。プレーンシュガー以外にも今なら色々作れるし」
「フーパもやりたい!」
「人懐っこいなー。よし、ならまずは準備をしてから手を洗って……」
………
……
…
「ツカサ、よろしく!」
「ああ、よろしく。森に居てもいいし、家に居てもいい。旅に出ても他の人には捕まらないから安心していいぞ」
すっかり意気投合してツカサのポケモンになり、森に住みやすい場所を探しに行くつもりらしくドーナツを食べながらリングを通って行ってしまった。
『これがドーナツなのですね』
「ディアンシーは当たり前のように来るよなぁ……」
『ミュウとお友達になってからツカサが何か作る時は連絡が来るのです』
「マジかよ」
『ツカサの家族だからと』
「まぁ、捕まえたり仲間になったポケモンは家族だな。……最近捨てられてた卵を八個拾ってジュンサーさんに届けたら、流石に預かれないのでチャンピオン引き取れませんかって言われて引き取ったのを思い出したわ」
『生まれた子達がツカサを親だと思っている姿は可愛らしかったですね』
「まさか全部イーブイの卵だとは思わなかったよ」
『いつかは里親を探すのですか?』
「行きたい子がいればね。森で暮らしてもいいし、家に居てもいいし……あ、そうだ。ディアンシー、お前さんに会って話がしたいって大ファンが居るんだけど」
『お断りします。私、そんなに暇ではないのです』
「そっか。ケーキとかシュークリームとか沢山用意してくれるって話だったけど」
『行きます!』
「食いしん坊すぎるだろ……」
それから数日が経ち久々のカフェに入ると、いつものテラスの隅っこのテーブルが予約席扱いになっていた。
違う席に座ろうと移動しようとしたらセレナママが来て、予約席に座るよう言われている。
「ここはツカサ君の予約席って事にしてあるのよ」
「でもそれってご迷惑じゃ……」
「全然! 座って写真を撮りたいってお客さんが多くて、それを目当てに来てくれるから逆に嬉しいのよ!」
そして美味しいパンケーキとコーヒーを気に入りリピーターになる者が多く、隠れた名店として雑誌の取材が来たりもしている。
「そ、そうなんですか?」
「だからここはツカサ君の予約席でいいのよ」
「えっと、ありがとうございます」
若々しいセレナママに手を握られてドキドキしながら礼を言い、いつものメニューを注文しようとしたが指を唇に当ててきてニコニコしたまま戻って行った。
「うーん、若々しい。母さんもだけど、不思議」
セレナも将来ああなるのかなと思いながら、ぼんやりと街行く人々を眺め始めた。
「わん」
「ポケモン……なのかなぁ。森で見つけて餌付けしてから裏庭に住み着いたけど」
真っ白な毛並みの犬でポケモンではないがかなり賢く、ツカサに懐いて出掛ける時は大体付いてきている。
「……俺にしかこいつの隈取りと背中の上で回ってる銅鏡?が見えてないのもおかしい。たまに剣だったり、勾玉だったりする時もあるし」
「?」
「……まぁ、みんなも受け入れてるしいいか。シラヌイが背中にわたわた言ってるアイツを乗せて走り回ってた時は衝撃的だったけど」
「わん!」
シラヌイとツカサが付けた名前を聞いて嬉しそうに尾を振って答えている。
あちらはタンスからまだ結構な頻度で来ているらしく、森の奥に大きく育ちすぎる木の苗をこっそり植えたりとやりたい放題している。
「シラヌイ用のおやつは帰ったら用意するからね。……しかし公式開発のスマホ用ゲームアプリか。ポケモンは違いはあれど無償で捕まえられるみたいだけど、代わりにトレーナーキャラのガチャとかなー。俺も出したいからって担当の人が来てたし」
最高レア扱いで何種類か出せると興奮しながら言われご自由にと伝えると喜び、アカウントを作って楽しみにしていて欲しいと言われ適当に作っていた。
トレーナーナンバーやらを登録するからか連絡先を交換している知り合い達がフレンドになっており、カロスチャンピオンになった時の手持ちのポケモンの進化前が皆からのプレゼント扱いで既に揃っている。
「俺だけやってなかったんだよなぁ、セレナも驚いてたし。……一番怖いのが登録して一分経たずにエリカさんから自分のトレーナーキャラのコモンから最高レア、イベント限定やらのを纏めて贈って来た事だけど」
「わん!」
「怖すぎてお前に抱きついたっけ」
それ以降ログインするのも怖くなり完全に放置している。
………
……
…
「伝説って何だっけ? 美味しいの?」
「現実逃避をするな。お前のあだ名は歩くポケモンホイホイで決定だ」
「サンダー、フリーザー、そして何故か俺を睨みつけているファイヤー。特定の伝説のポケモンは複数体いるって聞いてたけど、一気に来るとかおかしいだろ……」
「今更だ」
「まぁ、ルギアとかホウオウがいるよりはマシかな……寧ろその二体がいたら気絶してたし」
「やめろ、お前が言うと洒落にならん」
「だよなぁ……綺麗な自然の森だからセレビィいるんじゃない?って言ったら、いきなり目の前に現れた時は乾いた笑いしか出なかったし」
「あのエナジーぼんぼんの付いた不可思議生物とシラヌイと仲が良いのか、森でよく一緒に遊んでいるな」
「俺なんて綺麗な金髪のお姉さんがニュッと出てくるのを見たし。目と目が合って、どうしようもないから笑顔を向けたら凄い速さで消えたけど」
「ツカサ、疲れているのか……」
「でもそれから妙に視線を感じるから、あれは幽霊的なサムシングだったんじゃないかって」
「ツカサのゲンガーではないか? 心配だからとよく影に潜んで警護しているようだぞ」
「あぁ、だから夏場なのに寒気がしたりするのか。暑いはずの室内が快適な温度になったりしたんだ」
今も潜んでいるようで影に顔が浮かび上がり、チラリと視線を向けたAZを見て笑っていた。
「少し羨ましいと思えたな」
「でも風呂場でも視線を感じるんだよな……ゲンガーだって流石に風呂場までは居ないだろうし」
「さっき言っていた幽霊的なサムシングではないか?」
「マジか……メジェド様、どう思いますか?」
「……」
最近森に入るといつの間にか傍に居る、裸足で白い布を被って目だけが見えているそんな存在に尋ねていた。
「分かりました。お昼はカレーうどん、おやつはドーナツにします」
「混沌とした森になってきて、何千年と生きて来た私でも困惑する」
「割り切らないとダメだぞ」
もう何でもありの楽しい森、楽しい仲間達がいると割り切っていた。
結局ツカサが三鳥と会話をした結果、家族になるかは保留でしばらく森にいるとの事。
「ナチュラルに会話したけど、これ知らない人が見たら頭がおかしい人に見えるんじゃ……」
「手遅れ」
「辛辣な一言すぎる。めっちゃ便利なんじゃが?」
「それは分かるが、ポケモンの鳴き声に分かる分かるとか言って親しげに話す人間は手遅れだろう?」
「ポケモンの言葉が分かる医者の映画に主演でオファーが来そう。タイトルはドクターツカサとか」
「本名で出るのか……」
「AZが知らない間に起きた俺の異世界召喚物でもいいけど。パジャマでシラヌイしか居なくて死ぬかと思ったんだよなぁ」
ガチなのか冗談なのか分からない事を呟き、困惑していた長生きAZを更に事をさせていた。
「ガチなのか冗談なのか」
「冗談に決まってるだろ。そんな世界に行ってたら死ぬわ」
「いや、お前なら魔物を全て味方に付けて魔王を蹴落として君臨するくらいやりかねん。そうなっていた場合、私はどんな顔をすればいい?」
「あいつ、やったんだな……って優しく微笑みを浮かべるといいよ」
「大魔王になるわけだな」
「それ勇者に殺されちゃうじゃないですかやだー!」
「だがそれまではハーレム……いや、ツカサの場合はもふもふした魔物を集めて戯れるくらいが限界だろうな」
「ハーレムとかギスギスしそうだし。仲良しハーレムとか知らない間に作られてたら中心の男が詰むよね」
現在それに極めて近い状態の男がヘラヘラ笑いながら呟いている。
………
……
…
「いらっしゃいませー」
「おはよう、マスター……じゃない!?」
風邪で倒れたセレナパパの代理として眼鏡装備のツカサが立っており、皆が同じような反応をしてはビクビクしながら席に着いている。
看病の為にセレナママも居らず、セレナが注文を聞いて回っていた。
コーヒーの淹れ方は習った通りで完璧にこなし、紅茶に関してはアリアの家に滞在中に仕込まれたからかセレナパパよりも上手かった。
料理も意地の悪い客の無茶振りに応えたり、ケーキやクッキーがいつもより美味しかったりと常連達も驚いている。
特にパンケーキは昨日まで使われていたのが旧ツカサのレシピであり、日々改良している今のレシピで作られた物は香りやふわふわ具合が違っていた。
人が増えてくるといつの間にかツカサのサーナイト、ドレディア、カイリキー♀がセレナを助けに来ていた。
「マスター代理、何で俺等のとこはカイリキーなんだよー!」
「可愛いだルルォ!」
ちなみにこのカイリキー♀はアローラでサオリと言う名の霊長類最強っぽい女性から託されたポケモンである。
どうしてもツカサの所に行きたいとアピールしたからと六体のカイリキーのうちの一体をボールごと渡され、今はサーナイト達に混ざって家事を習っている。
「マスター代理、精神状態おかしいよ……」
「おう、それがデフォだ」
「メニューにない無茶振りした料理も普通に出してくるし、それもやたら美味いし……」
無茶振りメニューは一律二千円からと張り出してからは頼まれなくなり、稀に余裕のある者が頼んで来たりしていた。
「……俺、カイリキー可愛く見えて来た」
「俺も……」
「お前達まで何言ってんの!?」
「あの腹筋がセクシー、エロい!」
「流石に引くわ」
だんだんカイリキーの魅力に取り憑かれていく面々を見て、洗脳していたはずのツカサが普通に引いていた。
午後になると奥様方ばかりになり、今なら一人でもどうにかなると判断してセレナ達を休ませている。
「ゲホッ! ゴホッ! 来ちゃった……」
「来ちゃった♪」
「失礼を承知で……おう、さっさと帰って寝ろ。ママさんも連れてきちゃダメでしょうが」
セレナパパとママが暑いのに仲良くマスクをして来てカウンター席に座り、ツカサは頭を抱えてストレートに言いたい事をぶつけていた。
「暑いのに寒いぃぃ」
「どうしても見に行くんだって聞かなくて……でもエプロン似合ってるわねー」
「あぁ、もう……この一家に振り回されてないか俺」
セレナパパに持参していた茶葉で作った暖かい緑茶を出し、元気なセレナママには紅茶を出している。
他にも食事をしていないと聞いて消化にいいお粥を作り、母から送られてきた海苔の佃煮や鰹節を入れた小皿と共に出していた。
「はい、あーん」
「あーん……」
「このセレナが見たら発狂しそうなイチャつきぶり」
「ツカサ、そろそ……い、いやぁぁぁっ!? 二人共いい歳してやめてよ!」
「この狙ったかのようなタイミングよ」
「ツカサも二人を止めてよ!」
「いや、無理かなって。あ、ちゅーしようとしてるぞ。風邪うつるのに」
セレナが店内に聞こえる声でツカサの名前を出したせいで奥様方がぐるりと向き、代理マスターをジロジロ見始めていた。
「いやぁぁぁっ!」
「俺も自分の両親がやってたらそうなるだろうなぁ」
セレナの悲劇から数日、セレナパパが完治して御役御免になり自宅でポケモン達とのんびりしていた。
「……シラカワ ツカサ、と」
「シラカワ……」
「こっちだとあっちの苗字は珍しいかもね」
封筒にフルネームを書いているのをセレナが見て、シラカワという聞き慣れない言葉を口にしていた。
そんな二人の側ではピカチュウ♂♀が睨み合い、カイリキーがそれを見てオロオロし、サーナイトが溜息を吐きながらピカチュウ達をサイコキネシスで引き離していた。
「じゃあ、あのリオ君の苗字のカワシロって」
「ひっくり返してシラをシロにしたんだろうね」
「ピッカァ!」
「ピカァ」
「ツカサが新しく捕まえてきたピカチュウ、何でいつも私とツカサの間に無理矢理入ってくるの? しかも威嚇してくる……」
シャー!とツカサに近づけまいとセレナを威嚇していて、意外と鋭い牙を見せている。
「やめなさい」
「ツカサに掴まれたらデレーってなるのよね」
「他人に撫でさせたりはするけど、俺以外には全く懐かないんだよなぁ……ピカチュウ以外のポケモン達とはもう馴染んでるんだけども。ピカチュウ♀……じゃなくてピカ子は独占欲が強いんだろうけど」
「ツカサってネーミングセンスだけはないよね」
「グサッと来た。でもピカ子は喜んでるからセーフ」
唯一ニックネームが付いている個体であり、誰よりも特別扱いだとツカサ命名のピカ子は喜んでいた。
他にも探せば森の中に色んなのがいる。
ひぐらし絆のDL版配信再開は嬉しいなぁ。