私は国の命を受け首都から少し離れた村を荒らす魔物の討伐作戦に参加していた。
この村は、水源に恵まれており他の村に比べてかなり広範囲を開拓して畑を広げているので、我が国にとって重要な穀倉地帯である。
ここ最近になって何処からか迷い込んだのか、草食性の大角猪の群れが村の裏山に住み着き、厄介な事に大角猪を狙って巨大な人食いトカゲが現れたと言う。
「しかし、人食いトカゲか・・・それもかなりの巨体を持つ個体だとか」
「それ程の巨体を持つ個体が単体でうろついていると言うのは妙な物だな、群れの長が新しい長に敗北して群れを追い出される事があるらしいが、もしやそれか?」
「あり得る話だな、何にせよ大角猪も人食いトカゲも我々にとって害獣に過ぎん、かなりの強敵だがなに、その為に入念な準備をしているんだ。」
「油断さえしなければ対処可能だろう。」
大角猪は視界に何かが横切ると、それが外敵であろうが無かろうが、取りあえず突進をしかける程の知能しか持ち合わせていないので我々の敵ではない。
問題は、その爪と牙に強力な出血毒を持つ人食いトカゲだ。
柔らかい腹部を、棘を仕込んだ落とし穴で貫けば討伐は簡単なのだが、群れを追い出された元長の巨大な個体ともなると、そうもいかない。腹部の皮が若い個体に比べて分厚くなっており、棘付き落とし穴に落としても大した傷を負わせることが出来ない可能性がある。
だからこそ少数精鋭の我々討伐隊が対処に当たるのだ。
当たり前のように攻撃魔法が扱え、その制御力に長けたものしか人食いトカゲの第二の弱点口腔に魔法を撃ち込む事は出来ないだろう。
今回は村の協力で、大角猪用の罠を既に設置して貰っている。
人食いトカゲの対処は専門家である我ら討伐隊が勤め、人食いトカゲ用の罠も我々が設置する。
最も、罠が足止め程度の効果しかないと言うのも予測済みである。
「ほぉ、既に大角猪が罠にかかっている様だ。」
「これで奴をおびき寄せる材料は確保できましたね。」
「止めを刺せ、急所を一突きしろ、こいつらの皮は使える。」
罠にかかって足を木に縛り付けられていた大角猪の首筋に青銅槍が撃ち込まれ、どくどくと赤黒い血が勢いよく流れだし、そのまま息絶える。
大角猪は、皮と牙と角に需要があるので、はぐれ個体を村人が狩って貴重な収入減としている。肉は癖が強く、血抜きが甘かった場合臭みが非常に強くなってしまうので、それ程流通している訳ではない。
だが、肉食の魔物はこの強い臭いを好む為、罠用の肉として使われる事もある。
手際よく大角猪を解体し、その肉を罠に使用し、一部は我々の昼食となった。
「ふむ、臭みが強いと聞いていたが処理がしっかりしていれば中々奥が深い味わいではないか。」
「そうだな、最近になって流通し始めたニーポニア製の香辛料のお蔭で生臭さも打ち消すことが出来るので、この肉にも価値が出るだろう。」
「腹ごしらえも済んだことだ、そろそろ罠の様子を見に行こう。」
「そろそろ奴の活動時間だ、気を引き締めてかかれよ。」
日が傾き始め、村から得た情報をもとに目撃のある場所に設置した罠を確認する為、我々は慎重に複数個所の罠の設置場所を回った。
その殆どが罠肉を小動物に盗まれ機能しなくなっていたが、最後に回った罠に人食いトカゲがかかった痕跡があり、血痕が森の奥に続いていた。
「見ろ、落とし穴を抜ける時に付いた独特の爪痕と毒のしみ込んだ黒ずんだ地面、間違いなく人食いトカゲのものだ。」
「やはり、仕留めきれなかったか、ふむ、脱出した際に落ちた鱗の大きさからすると相当な巨体なんだろう。」
「厄介だな、周囲に警戒しつつ捜索に当たれ」
手傷を負った人食いトカゲのものと思われる血痕を辿ってゆくと、傷が塞がったのか途中で血痕が無くなっていたが、気が立っているのか随所に破壊痕があり木々がなぎ倒されている。
我々は、痕跡を辿っているとついに、村を脅かしている巨大な人食いトカゲを発見した。奴は、傷を癒すために岩穴に身を潜め、行きずりに仕留めたと思われる大角猪を無心に食らっていた。
「霧よ、集まれ、そして怨敵を貫く凶刃となれ!」
隊員が氷槍の魔法を唱えると、勢いよく射出された氷の槍が人食いトカゲの眼球を貫く。
直撃寸前に、こちらの攻撃に気付いた為に、首をひねり氷の槍が脳まで届かなかった。
一撃で仕留めることは出来なかったが、奴の視力を奪えたので、こちらが有利であるのには変わらない。
我々は、人食いトカゲの出血毒を警戒しながら、つかず離れず腹部を槍や魔法で攻撃し、少しずつ人食いトカゲの体力を削りにかかった。
時々踏み込み過ぎた隊員が、毒の爪に弾き飛ばされ解毒薬を傷口に振りかける為、戦線を離脱する事があったが、それでも堅実に固めた重戦士の壁には人食いトカゲも攻めあぐねている様子であった。
しびれを切らした人食いトカゲが大口を開けて、重戦士の一人に噛みつこうとしたところに無数の氷刃が飛来し、内部から破壊されて巨大な人食いトカゲは沈黙した。
これで、大角猪の群れとはぐれ巨大人食いトカゲの討伐が終わった。
そう安堵した所で、最悪の事態が起こる。
ゴルルルルルルル!!
巨大な人食いトカゲを群れから追い出したと思われる、もう一匹の巨大な人食いトカゲが群れごと現れたのである。
「な・・何ぃ!?」
「馬鹿な!群れを追い出された個体の近くには寄り付かない筈なのに!!」
「そ・・・想定外だっ!」
既に巨大な人食いトカゲの猛攻に体力を削られているのである、大盾は既にボロボロになり、その身を毒から守る青銅鎧も軋みを上げていた。
罠の設置場所まで後退するにも、装備の重量が災いして罠の場所まで誘導しきれるか微妙な所である。
「俺達が足止めする、お前は装備を捨てて王都まで走ってくれ!」
私に重戦士の隊員が話してくる。
だが、彼はつい最近第二子を設けたばかりだ、この様な危険な役目をさせる訳には行かない。
「どの道、鎧を脱いだとしても俺じゃお前ほど早くは走れん、お前しかいないんだ。」
私はどのような表情をしているのだろうか、どの道まともな顔はしていないであろう、私は杖を血が滲むほど握りしめていた。
「・・・分かった、少しでも可能性があるのならばそれに賭けるしかない、だが、死ぬなよ?」
「ふん、お前が戻って来るまでに片付けるつもりで挑むさ、伊達に討伐隊に選ばれていないんでね。」
我々は、覚悟を決めると、それぞれの役割を果たすべく人食いトカゲの群れに立ち向かった・・・いや、立ち向かおうとしたと言うのだろうか・・・。
「?なんだ、この音は・・・。」
『フ セ ロ !!』
空から耳をつんざく様な轟音を響かせながら、光の束が人食いトカゲの群れに降り注ぎ、ほんの数秒で頑丈な鱗で覆われている筈の人食いトカゲが肉塊になった。
余りの光景に我々は言葉を失っていたが、ふと空を見ると骨の様な姿の羽虫が我々の上空を旋回していた。
「アーアー・・・我々ハ・ニーポニアの・・・兵隊・軍隊だ・・・ソチラ、無事か?」
異形の羽虫から片言で非常に訛りのある声が聞こえてくる。
よく見ると、異形の羽虫の頭部に奇妙な兜を被った兵士らしきものが乗っている。
「なんだあの化け物は・・・。」
「噂に聞いた事がある、ルーザニアの山岳城塞を一瞬で焼き尽くしたニーポニアの羽虫が存在すると言う・・・。」
「間違いない、断片的でしか無かった情報だが、かの羽虫と対峙したものからの証言と一致する。」
「アレが・・・飛毒蟲コルベラ・・・。」
複数飛んでいた羽虫の内、どこかのっぺりとした形状の羽虫の腹部から、紐のようなものを伝って、兵士らしきものが降りてくる。
「アー・・・任務、途中・・貴方達襲われてイタ。無事でスか?」
『ソレジャ・・ツタワ・・ナイ・・ダロー?オレガ、カワリニ・ヤル』
「あー・・・コホン、我々はニーポニアの兵士です。偶々貴方達が魔獣に襲われている所を目撃し、加勢しましたが・・・無事でしょうか?」
討伐隊の面々は、呆気に取られていたが人食いトカゲの死骸の山を見ると、はっと正気に戻り、窮地を救ってくれたニーポニアの兵士に敬礼をする。
「このたびは窮地を救ってくれて感謝する。」
「我々は、この国の魔物の討伐に特化した討伐隊だ、これ程の事態に遭遇するとは予想していなかったが、そなた達のお蔭で助かった。」
「いえいえ、人里を荒らす危険生物の駆除は我が国にとっても重要な課題ですから、ましてや人が襲われているとなれば放っておけません。」
「この恩は忘れない、首都に戻れば相応の礼はさせて貰う。」
「見た所、怪我人がいるようですが?」
「あぁ、一応解毒薬で応急処置をしているが、あまり動かすべきではないだろうな。」
「それでは、怪我人からヘリに乗せませんか?王都には我が国から派遣された医師が居る筈です。」
「こ・・・これに乗ると言うのか!?」
その後、討伐隊は怪我を負った者とその付き添いをイロコイに乗せてもらい、残った者は人食いトカゲの死骸の処理を行った。
村の危機を救った討伐隊は、王都に戻ると歓待を受け、治療を終えた仲間と再会をし宴会を開いた。
その席には、討伐隊を絶体絶命の危機から救った自衛隊員の姿もあったと言う。
元々、ニーポニアの軍事力を恐れ、衝突を避けるために国交を結んだ間柄であったが、この国はこの件のお蔭で急速に親密化が進んだのであった。
ホーレンボルファ 通称.大角猪
和名.イッカクイボイノシシ
眉間から伸びた鋭い角と発達した牙が特徴の猪の様な動物。
蹄の形状が三又で、地球の猪とは違う形状をしており、急な斜面も走破する事が出来る。
鋭い角と牙を使い、外敵に対して強烈な突進を繰り出すが、血の気が多いため、無害な生物にも襲い掛かる危険な性質を持つ。
知能はそれ程高くないので、簡単な罠に引っかかり、駆除も比較的楽なので、ばったり遭遇しない限りはそれ程危険ではない。
基本的に草食性に傾いた雑食性であり、食糧難の時はアリの巣を掘り起こしたり、小動物を捕食する事もある。
皮や角・牙に需要があり、各地でそれなりの価格で取引されているが、肉は癖が強いのかあまり流通していない。
日本は、これを加工品にして新たな食糧源とする為に調理法を研究中である。