異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第82話   重火器と甲獣

ゴルグより遠く離れた国、トーラピリア王国、温暖な気候で植生も亜熱帯に傾いており、荒野の広がる大陸の中で数少ない緑の多い国である。

最近になって、トーラピリア王国側からの接触で、日本と国交を持つようになり、交易品や、農業指導、インフラ整備などを行い、交友を深めている。

 

 

「暇ですね。」

 

「何事も無くて良いじゃないか、ここ数日、野獣の襲撃は起きていないし、平和なもんだ。」

 

 

96式装輪装甲車の上で、双眼鏡をのぞきながら呟く自衛官。

 

 

「民間企業が大陸に進出してきて、彼方此方開発が進んでいるのは良い事だろうけど、こうも広範囲に散らばられると護衛が大変だ。」

 

「その癖に、退屈な仕事ばかりで、遠回りな嫌がらせとも感じてしまうよ。」

 

「いや、初期のころは割と盗賊やら野獣やらの襲撃が酷かったじゃないか?」

 

「盗賊連中も俺達を襲ったらアジトごと潰される事を学んで襲ってこなくなったし、野獣も大音量で音楽鳴らしていると近寄らなくなったろよ。」

 

「それでも襲ってくる奴は襲ってくるし、油断ならんのよ、まぁ外付けスピーカーのお蔭で大分平和になったもんだが・・・。」

 

 

現在進行形で、CDプレイヤーから大音量で音楽が流されており、近くで農作業をしている現地人達も興味をひかれているのか、手を動かしつつ目線だけ96式装輪装甲車に向けている。

 

重厚な曲が終わると、軽快な曲調の音楽に変わり雰囲気が一変する

 

「・・・・・って、おい!誰だこんな曲を入れた奴は!!」

 

「古い曲ですね、確かえっちなゲームの音楽だったような・・・。」

 

「元ネタ知らなかったがエロゲーの曲だったのかコレ・・・。」

 

「暫く怪獣王とか空飛ぶ亀の曲ばかり続いて油断している所に、これか・・・あぁ、農作業している人、曲調が変わったから変な顔しているよ。」

 

「一度止めろ、CDを取り出せ・・・・っち、柏木の奴か・・・。」

 

「柏木さん、あぁ、あの悪戯好きな・・・。」

 

「ゴルグに戻ったらとっちめてやる、道理で意味有りげな にやけ顔で手を振っていたわけだ・・・。」

 

別のCDに取り換え、再び音楽を流すと、今度はあるロボットゲームのサウンドトラックが大音量で流され始める。

 

「柏木ぃぃぃーーーーーーーーー!!!!」

 

「・・・・もうあの人狙ってやっているとしか思えない・・・。」

 

 

 

一方、日本人農業指導者を守る自衛隊とは反対方向に位置する場所で、異常が発生していた。

トーラピリア王国の警備隊が定期的に街道を巡回しており、首都と隣接した村を結ぶ道で、木っ端みじんに破壊された荷馬車が発見された。

 

 

『見ろ、また荷馬車の残骸だ・・・ここ最近増えてきているな・・・。』

 

『この破壊痕・・・・人間では無いな、魔獣か?』

 

『この荷馬車の持ち主と、馬はもう既に犠牲になっているかもしれんな・・・』

 

『しかし、荷車の積み荷は、鉱石類だったのだろう?食糧なら兎も角、何故鉱石が盗まれているのだろうか?。』

 

『魔獣が鉱石を盗む訳が無かろう、どさくさに紛れて盗んだ者がおるのだろう、足のつきやすい工芸品でもない唯の鉱物だ、これを盗品だと立証するのは難しい筈であるしな。』

 

『ふむ・・・しかし、重量のある物でもある、これと同じ大きさの荷馬車が必要になる筈だが・・・そのような物を用意する盗人がいるのだろうか?』

 

『むぅ、確かに・・・何にせよ不自然だな・・・・・・ん?何だこの揺れは・・・?』

 

 

警備隊が現場検証をしていると、地響きと共に、少し離れた林から土煙が上がり、刺々しい影が木々を薙ぎ倒しながら、街の方向へと向かっていた。

 

 

『何だあれは!?』

 

『まさか・・・・甲獣!?』

 

 

 

警備隊が、慌ててトーラピリアの首都に戻り、甲獣出現の報告をした頃には、農家が数件犠牲になっていた。

重武装をした騎士団が、次々と城門から吐き出され、少しずつ集落に近づく甲獣に向かって行く。

 

 

「何だって!?甲獣が近くに現れただと!?」

 

「はっ、もう既にトーラピリア軍は、甲獣と交戦に入っているそうです。」

 

「甲獣と言ったら、大森林調査隊が遭遇したと言うデカブツじゃないか、刀剣で挑むには無謀だぞ?」

 

「大森林の奴は、特別大きな種類の甲獣だ、一般に目撃される奴は、まだ常識の範囲内のサイズだぞ?」

 

「平均で、バスか大型トラックくらいのサイズの野獣が常識の範囲内ねぇ・・・。」

 

「その化け物が、トーラピリアの首都に接近中とのことだ、街には日本人も多くいる・・・不味いぞ。」

 

「奴がいる場所は・・・・街を挟んで正反対の位置か、遠いな。」

 

「出来れば、騎士団が壊滅する前に間に合えばよいのだが・・・・そう都合よくは行かなそうだな。」

 

「そりゃそうだろうよ、大型車両に刀剣で挑むようなものだ、勝敗なぞ最初からわかりきっている事だ。」

 

「急ぎましょう!!」

 

 

もう既に、甲獣と交戦中のトーラピリア騎士団は、苦境に立たされていた。

青銅鎧をも貫く鎧虫の角を加工した投げ槍も、狂暴な鎧虫の牙や爪を数回は耐えられる分厚い盾も、甲獣には全くの無意味であった。

 

『爪が来るぞ!盾は捨てろ、どの道防げん!避けるんだ!!』

 

不気味な風切り音と共に、肉厚な甲獣の爪が横薙ぎにされるが、判断を誤って防御態勢に入った騎士が数名、盾と鎧ごと断罪される。

 

『・・・・馬鹿者どもが・・・。』

 

血の海に沈んだ仲間を視界の端に捕えつつも、眼前に迫る爪の暴風に意識を向け、回避を続ける騎士団隊長。

とてつもない質量の肉厚かつ鋭い爪、生半可な攻撃ではこちらが負傷しかねない鋭角な外殻。

絶望を体現したかのような、存在に騎士団は次第に数を減らし、半数近くが死傷もしくは負傷、生きている者も戦闘を続けられる状態では無かった。

 

『!!舌を振り回してくるぞ!絡めとられたら一巻の終わりだぞ!』

 

 

くわああああぁぁぁぁぁっ!!!

 

 

まるで、アリクイの様に長い舌を伸ばし、鋭い爪の直撃を受けて死亡した騎士の死体を巻き取って、鎧ごと咀嚼する甲獣。

骨や金属が砕かれる嫌な音が響き渡り、次々と地面に転がっている死体が消えてゆく光景に、生き残った者達は顔を蒼白させた。

 

『お・・・お・の・・れぇぇぇ!!よくも仲間を!!』

 

激昂する隊長の横に赤い線が伸び、隣に居た負傷兵が甲獣の舌に絡めとられる。

 

『ひぃっ!?足に舌がっ!?・・・やめ・・・・やめろおおおおぉぉぉ!!!』

 

『おいっ!!誰かアイツを助けろぉぉぉ!! ぐわあああぁぁぁっ!』

 

 

舌と爪を振り回しつつ、周辺の物を薙ぎ倒しながら行進する甲獣、筋骨隆々とした腕に弾き飛ばされた物体は、殺傷力を持った塊となり、騎士団を追い詰めて行く。

 

 

ぐぎゃおおおおおおぉぉぉん!?

 

 

負傷兵を捕食しようとしていた甲獣の頭部が突然火花を散らし、投げ槍でも貫けなかった外殻から血が噴き出る。

 

『うぐぅっ!?』

 

『おいっ、大丈夫か!?』

 

甲獣の舌から解放された、仲間を引きずりながら、後退し、甲獣の方向を向く。

 

『甲獣が・・・・傷ついている!?』

 

『一体何が起こっているんだ!?』

 

『いや・・・まて、何か聞こえる・・・音楽?』

 

 

何処か遠くから勇ましい音楽が流れてくる、そして何かが破裂する様な音を連続で発しながら、斑模様の鎧虫が高速で接近してきた。

 

 

『あれは・・・ニーポニアの鎧虫!?』

 

『加勢してくれると言うのか!有り難い!!』

 

まるで戦士たちを鼓舞させるために作られたような激しくも胸が熱くなる音楽が鳴り響く

 

 

「畜生!途中まで殺獣光線戦車の曲だったのに!!」

 

「次も怪獣王の曲かと思ったら、これだよっ!アイツ曲をごちゃ混ぜにいれやがって!!」

 

「このまま突っ込むぞ!射程距離に入ったら、ぶっといの叩き込んでやれ!!」

 

 

「うぉらああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

既に騎士や甲獣に、踏み荒らされてボロボロになった穀物畑の上を高速で走行する96式装輪装甲車、その上部からM2重機関銃を撃ちながら、自衛官が雄叫びを上げる。

 

ぐぎゃおおおおぉぉぉ・・・・グルルルルルッ!!!!

 

 

銃撃により釘づけにされた甲獣と、撤退を続ける騎士団との間に距離が広がっていた。その間に96式装輪装甲車が滑り込み、甲獣と対峙する。

 

「おー、おー、随分とご立腹の様だな。」

 

全身を覆う自慢の外殻を傷つけられ、目の前の斑模様の生き物を自分を害しえる敵として判断した甲獣は、殺意を持った眼で96式装輪装甲車と自衛隊を睨みつける。

 

くわああああぁぁぁぁぁっ!!!

 

甲獣は、近くにあった手頃な大きさの岩を器用に手でつかむと、96式装輪装甲車に向かって投げつけた。

咄嗟に回避行動を取るが、間に合わず被弾してしまう。

 

「っぐふ、大丈夫か!?」

 

「額から血が出ただけです!問題ありません!」

 

余りの衝撃に、車体が大きく揺さぶられて、壁に打ち付けられる者も居たが、高まった闘争心の影響か、あまり痛みを感じていない様子であった。

 

『何という頑丈な外殻だ、あの鎧虫ならば甲獣に対抗できるかもしれん。』

 

投げつけられた岩礫は、凄まじい運動エネルギーを保有していたが、96式装輪装甲車の頑強な装甲が岩礫の直撃に耐えたのだった。

 

『あの速度で走ることが出来るんだ・・・・あの鎧虫が甲獣の横腹に体当たりを食らわせれば勝機があるな・・・。』

 

『いや、待て・・・あの鎧虫、魔法を奴に浴びせながら距離を取ったぞ!?』

 

『引き付けるつもりか!?・・・まさか、我々の為に?』

 

『だが、大きな一撃を浴びせなければ、じきに魔力切れを起こすぞ?このままではジリジリと追い詰められるだけだ!』

 

 

くわああああぁぁぁぁぁぁ!!!

 

鋭い爪を地面に食い込ませながら、その巨体と似合わぬ速度で突進を開始する甲獣、96式装輪装甲車よりは遅い物の、その威圧感は凄まじく、暴走トラックを彷彿させる。

 

 

「よーし・・・いい子だ、こっちに来な・・・・。」

 

「騎士団との距離が開いたぞ、そろそろだ、上手くやれ!」

 

96式装輪装甲車が突如、反転しながら急停車すると、無反動砲を担いだ自衛官が後ろの扉から次々と降りてきて、甲獣に照準を向けた。

 

「距離はまだある、落ち着いて狙え。」

 

「後方の安全確認良し!!」

 

「くらえっ!!」

 

 

甲獣の高い防御力に対抗するには、カールグスタフでは火力不足と判断した自衛隊は、カールグスタフよりも更に強力なパンツァーファウスト3が各部隊に回されていた。

信管を引き延ばされた対戦車榴弾が発射され、安定尾翼が開き、ロケットモーターに点火され加速しながら甲獣に向かって直進する。

 

 

!!!!?

 

甲獣の眉間に吸い込まれるように飛び込んだ対戦車榴弾は、その内部から紅蓮の破壊を解放し、頑丈な甲獣の頭部を跡形も無く粉砕した。

 

悲鳴を上げる遑すらなく上半身を吹き飛ばされた甲獣は、そのまま宙を浮き、何度も地面を跳ね、転がり、やがて停止した。

 

 

『な・・・・・・。』

 

『今のは一体・・・?』

 

トーラピリア騎士団は、目の前で行われた戦闘を信じられないという驚愕の表情を張り付けながら見続けた。

たった一匹で騎士団を壊滅状態に追い込んだ怪物が、たった一撃で原型を失うほどに損壊しつつ絶命したのだ。

 

『何という魔道・・・斑模様の鎧虫では無く、たった数名の兵士が放った魔法で倒してしまうとは・・・。』

 

『これが・・・ニーポニアの力・・・。』

 

 

ニーポニアの兵士が放った破壊の魔法、常識はずれの防御力を誇る異形の鎧虫、そして一糸乱れぬ連携を見せる練度の高さ。

トーラピリア騎士団は、ゴルグガニアを一夜のうちに滅ぼしたと言う異世界の軍勢の力を、決して誇張などでは無いのだと確信し、戦慄するのであった。

 

「ふぃぃ・・・・これで終いだな、曲も丁度良いタイミングで終わったぜ。」

 

「冷静に考えれば音楽消しといた方が良かったんじゃ・・・。」

 

「良いんだよ、気分が高揚していた方が戦えるしな。」

 

 

キリが良く曲が終わったが、自動的に次の曲が再生され、軽快なピアノの音楽が流れ始める・・・。

 

「猫ふん◎ゃった・・・・アイツ、何も考えず詰め込んだな?」

 

「曲・・・・止めておきますね・・・・。」

 

「しまらねぇなぁ・・・・。」

 

 

戦いを終えた自衛隊は、報告の為に最寄りの駐屯地と通信をし、トーラピリア王国と協力して甲獣騒動の後処理を行うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

スティラードグリプス    通称:白鉄重甲獣

 

 

和名:シロガネヨロヒムシクイ

 

 

大陸中広範囲に生息する中型の甲獣。

主に山岳部や洞窟などに好んで住み込み、金属質の外殻を持つ鎧虫を求めて徘徊する。

長い舌で絡め取り、頑強な牙で主食の鎧虫の外殻を易々と噛み砕く。

縄張り争いに負け、縄張りを追い出された個体や、縄張りを新たに作る個体が、時折人里に現れて大被害をもたらす。

毛が変化した白銀に輝く外殻は、とても丈夫で、成熟しきって通常個体よりも力を持つ老齢な個体の外殻は軽装甲車に匹敵する硬度を持つ。

銃火器なしでの駆除は難しく、剣や槍などで本種を狩猟する事は無謀に等しい。

しかし、試験運用していた投石器の偶発的な命中により討伐される事もあり、異世界の大陸では倒せない事も無いが大被害が出る魔物として認識されている。

ただし、投石器が有効なのは若い個体までである。


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