無数の層になった様な連峰に囲まれたルーザニアの城塞都市からニッパニア軍を討つ為に、騎士団が出撃する。
大型の投石器から弦を馬や走竜に引かせるバリスタなどの攻城兵器を武器庫から運び出し、ニッパニア軍を撃破の後、各拠点から部隊を合流させ、ゴルグガニアに逆侵攻する、これが彼らの任務である。
「壮観な光景ではありませぬか、ジーン殿下。」
街道を馬に乗って進んでいると、装飾のされた鎧を着た釣り目の美女が白馬に跨り近付いてくる。
「むっ?セイーヌか、やはり討族隊に参加していたのか、父君の敵討ちがしたいのか?」
「えぇ、父上だけではありません、セヤックお爺様が父上の訃報を耳にされたその日に、怒りと悲しみのあまりに狂死してしまったのです。」
「何だと!?」
「狂った様に自室を荒らした後、口から泡を吐き、心の臓が止まり、そのまま亡くなりました。私は決して蛮族ニッパニアを許しません、一匹残らず駆逐してやります!!」
名門カーマ家の娘であるカーマ・セイーヌは、ニッパニアによって父と祖父を一度に失い、その復讐の為に討族隊に参加していた。多くの蛮族を殺す為に・・・手段を択ばず残酷に殺戮し尽す為に・・・。
「そうか・・・カーマ家もお前で最後の一人、流行病と戦で多くの貴族が没落してしまったが、名門であるカーマ家には残って欲しい物だ。」
「ゴルグガニアを陥落させた後は、海の向こう、即ちニッパニア本国に向かい蛮族共の王の首を跳ね、そして、カーマ家の再興を果たします。」
「くくくっ・・・頼もしい限りだ、しかし、人間一人には出来る範囲と言う物がある、小娘一人が粋がった所で、事は動かせぬものよ。」
「弁えております、今は目の前の敵を切り伏せるだけです。」
進軍を続け、山をいくつか超えた後、ニッパニアの軍勢が通ると思われる峡谷が見えて来た。
ルーザニアしか知らない天然洞窟を通り、近道をした甲斐もあり、まだニッパニア軍は予測地点には到達していない様だった。
「伝令はそろそろ、山頂の砦にたどり着いている筈だ、幾らか早くこちらが動く事になるが、直ぐに砦の援軍が来るだろう、狼煙を見逃すなよ。」
「しかし、鎧虫ですか・・・今回ばかりはこちらも多少の被害は免れないでしょうね。」
「それは仕方がないだろう、何せ相手は走竜の2倍も速いのだ、狭い峡谷ではその機動力を活かせないだろうが、それでも鎧虫の体格で暴れられたらそれだけで脅威だ。」
「最初の奇襲で如何に数を減らせるかが肝心な所ですね・・・腕が鳴ります。」
ルーザニアの討族隊は、山の稜線に隠れ、ニッパニアの軍を待ち伏せしていた・・・・しかし・・・。
肉眼で捉えるのが困難な程の高空に、電子の目を持ってルーザニアの軍を捉える者が存在した。
RQ-4グローバルホークが大地を這いずる者達を監視しているのである。
「遅いな・・・走竜の2倍と言う機動力ならば、もう既に姿が見えてもおかしくないと言うのに・・・。」
「ニッパ族も慎重なのでしょう、奴らも峡谷が奇襲を受けやすい地形だと理解している筈です。」
「遅いと言えば山頂の砦からの増援はまだなのか?これだけ長く待たされると伝令が戻ってきてもおかしくない筈だが・・・。」
対岸の山の頂上に建設された砦の動きが見られない事に疑問を感じていると、どこか遠くから聞きなれない音が聞こえた気がした。
「む?何か聞こえなかったか?」
「はて、何でしょうか?」
その直後、後列に並んでいた兵士たちが轟音と共に吹き飛ばされ、次々と爆発が起こり被害が広がって行く。
「何事かぁぁぁぁぁっ!!!?」
「で・・・殿下!これは一体っ!?」
各陣は大混乱に陥っていた、風切り音が聞こえたと思うと、鼓膜を破裂させんばかりの轟音と爆風が発生し、臓物をまき散らしながら兵士達が千切れ飛んで行く。
「これは一体なんだ!?・・・っまさか、ニッパニアの攻撃魔法か!?」
「くそっ、何処にいる!?何時の間に接近を許したと言うのだ!?」
「何という威力の攻撃魔法だ・・・儀式級でもこれ程の威力は出せないぞ!!」
「撤退だ!洞窟まで一時撤退し・・っげぎぃ・・・きょっ」
再び爆発が発生すると、ジーン王子の少し前に居た兵士が爆風で飛ばされてきて、上半身のみ原型を留めた死体が転がる。
「ひぃっ!?」
白目を剥いて顔の穴と言う穴から血を吹き出した兵士の上半身を目にして情けない声を上げる。
「おのれっ卑怯な蛮族共め!姿を現さぬかっ!!」
「セイーヌ、被害は甚大だ、一時地下洞窟まで撤退するのだ、態勢を立て直そう。」
「ぐっ・・・致し方ありませぬ・・・撤っ。」
次の瞬間、近くで爆発が発生し、爆風に煽られてジーン王子は落馬してしまい、くぐもった悲鳴を上げる。
「ぐおっ・・・おのれぇ・・・・?・・・セイーヌ?」
「何・・何が・・なに・・・なにに・・にぃぃぇぇぇぇ・・。」
爆発で砕け散った戦斧や刀剣の破片が飛んできたのだろうか、カーマ・セイーヌの頭部を銀色に反射する金属片が通り過ぎた後、頭頂部がフリスビーの様に回転しながら跳ね飛び、目の焦点の合っていない彼女が転げ落ちる。
「あぃぅぇっ?・・・・うぃ・・・にゅぃぬぃ・・。」
落馬した衝撃で頭頂部を失った頭部の断面から脳の一部が溢れ出る、ついでに彼女の乗っていた白馬も首から先が無くなっていた。
「ひ・・ひぃいいいいいぃぃっ!!!」
それからジーン王子は死に物狂いで迫撃砲の雨から逃げ続けた、気が付けば一緒に逃げていた筈の兵士たちはその数を大きく減らし、地下洞窟にたどり着く頃には百人を下回っていた。
「あが・・・あががっ・・だずげ・・・だずげでぐ・・ぐぃっ」
地下洞窟に転がり込む様に逃げ込む事に成功したが、入り口に砲弾が直撃し、落石によって入り口が塞がれ、間に合わなかった兵士が岩に押しつぶされ暫くもがいた後に息絶える。
「あわ・・あわわ・・・ひぃぁぁっ・・・。」
洞窟に逃げ込んだ後も、爆発音が響き、悲鳴らしきものも聞こえてくる。しかも、度重なる砲撃によって両側の出入り口も落盤が発生し、洞窟を抜ける事が出来なくなってしまった。
「は・・・はひっ・・・はひひっ・・。」
ルーザニア方面に抜ける道は落盤によって塞がれてしまっている・・・先ほど逃げ来た入り口も塞がれているが、そちらに戻ると言う発想は浮かばない。
「逃げなければ、逃げなきゃ、殺される・・・殺される、皆殺しにされてしまう・・・。」
洞窟に閉じ込められた者達は、何かに憑りつかれた様に、落盤で塞がった通路の石や岩をどかし始めた、最初の内は斧や剣などを使って、岩をずらし、耐久限界を迎え折れてしまった後は素手で岩を運び・・・。
「逃げなきゃ・・・逃げないと・・・にげ・・ひぃぃっ」
幽鬼の如く、目をギラギラと輝かせ無心に岩をどかし続けた、既に爪は全て剥がれ落ち、手は見るも無残にズタズタに裂けてしまっている。
それでも、地位も階級も関係なく、閉じ込められた者達は岩をどかし続け、無限とも感じられる長い時間をかけて、辛うじて人が通り抜けられるほどの穴を開ける事が出来た。
気が付けば砲撃音は収まり、洞窟の外に出る頃には、星空が広がっていた・・・。
「はははっ・・・ひひひっ・・・駄目だ、外に出ても真っ暗だ・・・ひひひひっ・・・。」
爆ぜる雨を経験した者達は、命からがら祖国の在った地に帰る事が出来たが、まともに歩く事は出来ず、獣の様に這いずりながら戻った頃には既に祖国は存在しなかった。
彼らこそが、この世界で初のシェルショック患者であった。