異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第71話   黄昏に向かう国

山脈に囲まれ、山の一部をくり抜き複雑な地下通路を持つ城塞都市・・それがルーザニアの首都である。

元々あった天然洞窟を繋げる事で、内部構造は更に複雑さを増しており、その全貌を知る物は数少ない。

 

多くの民は、山の麓の城下町で暮らしており、有事の際には王族や上級貴族の住む山頂付近の城塞都市の防壁として機能する。

民間人を犠牲にする事で、上流層の逃走の時間を稼ぐやり方に、不満を抱く民も多く、それが不安材料になりつつあるが、現時点でそれに気づく上流層は少ない。

 

 

「これより御前会議を開始します。」

 

 

定期的に行われるルーザニアの御前会議では、平時では税収や農作物の育ち具合など他愛もない内容で会議は終了してしまうが、今回はいつもとは大分異なる。

大陸に上陸し、瞬く間に友好国ゴルグガニアを占領してしまったかの国の対処が議題に挙げられている。

 

 

「ゴルグガニアを不法占拠する蛮族、ニッパ族の討伐の為に編成された部隊が全滅し、前線基地の地下砦も陥落したとの事です。」

 

それは日本にとって、もう既に古い情報であったが、情報伝達に時間がかかるこの世界の基準では非常に早い方である。

会議に参加している者達は顔を見合わせ、ざわざわと騒ぎ始める。

 

「馬鹿な、あれだけの兵団を率いて当たったのだぞ!?しかも、地下砦に逆侵攻されるだと!?」

 

「勢いだけが取り柄の蛮族かと思いきや、中々にやりおる!このままにはしておけぬぞ!」

 

「名門カーマ家も落ちたものよの・・・蛮族風情に打ち取られるとは・・・。」

 

「それよりも、ニッパニア側に与えた損害は!?どれだけ殺したのだ!?」

 

 

「静まれぃ!!」

 

玉座に座る国王の一喝により、ざわめきが収まる。

 

「蛮族共の動向はつかめているのか?」

 

「はっ、どうやらゴルグガニアに無数の鎧虫が終結している様です。恐らく蛮族共の操る鎧虫部隊かと思われます。」

 

「鎧虫を操るだと?・・・そんなことが・・・。」

 

大陸の国々は一部の動物を家畜化する事に成功しているが、狂暴な鎧虫を操る方法は未だに発見できていない。

馬や走竜などの騎兵は存在するが、もしニッパニアが鎧虫を操る技術を発見し、それを実用化しているとなると驚異的だ。

 

 

「ニッパ族の操る鎧虫とは一体どの様なものか?ツチバサミか?イワカブトか?」

 

「いえ、全く見た事も無い姿をしております。イワカブトの倍の大きさで、走竜の2倍は早い大型の鎧虫です。」

 

「走竜の2倍だと!?鎧虫の体格で突進されると防ぎようが無いぞ!?」

 

「更に悪い情報があります、走竜の2倍と言いましたが、その鎧虫はまだ余力を残している様なのです。もっと早く走れてもおかしくはありません。」

 

「ぐっ・・・・平地で戦うには分が悪いかもしれんな。」

 

「ならば山頂にある砦に連絡を寄こせ、峡谷を蛮族共が通る際に、上から岩を落とすのだ。流石の鎧虫も一たまりも無いだろう。」

 

「成程、確かに峡谷の街道ならば鎧虫の動きも大分制限されるはず・・・奴らをおびき寄せ、そこを突けば良いのか。」

 

「こちらからも兵を送ろう、山岳砦と対岸の山から挟撃するのだ、鎧虫に頼り切った貧弱な蛮族等、屈強な我が騎士団にかなうまい。」

 

 

突如、広間の扉が開くと装飾のされた鎧を着込んだ若い男が入って来る。

 

「父上、その役目は私に任せていただけませぬか!!」

 

「ジーンか、確かにお前なら適任だな、日々の鍛錬の成果・・・見せて貰おうぞ。」

 

ルーザニアの王子、ハイ・ジーン、小国群の小競り合いに積極的に参戦し、次々と拠点を落とし、20代の若さで騎士団の連隊長を任されている。

 

「勢いの乗った重槍の一撃ならば、鎧虫の甲殻も貫けるでしょう、くくくっ、蛮族共の慌てふためく姿が思い浮かびます。」

 

「うむ、だが決して抜かるでないぞ?」

 

「心得ております。」

 

 

「待ってください!!」

 

開かれていた扉の向こうから、ドレスを着た少女が息を切らせて走って来る。広間に居る者の視線が、少女に集まる。

 

「ニッパニアにはまだ未知の力を秘めています。ゴルグガニアに使節を送り交渉をして時間を稼ぐべきだと思います!!」

 

「何が言いたいスペッカ」

 

「父上、ニッパニアは鎧虫を操る技術を身に着けておりますが、それだけではありません。魔力を持たない兵士にも魔法を放てる魔道具を装備させている様なのです!」

 

ルーザニアの王女、ハイ・スペッカ、ジーン王子とは腹違いの妹で、彼女の母親はジーン王子の母親よりも位の低い貴族の出なので妾の娘という事も相まって発言力も影響力も低い

 

「魔道具だと?」

 

「原理は不明ですが、金属の礫を撃ちだす魔道具の様で、かなり遠くから放ったのにも関わらず分厚い青銅鎧を貫く威力がある様です。」

 

「成程、確かに厄介だがニッパ族は魔力を持たぬ脆弱な種族なのだろう?魔道具の魔力が尽きれば、唯の猿だ、何も恐れることは無い。」

 

「しかし!!」

 

「くどいぞスペッカ!それに、その魔道具もニッパ族から奪えばよい!落石で混乱している所を突き、鎧虫共々葬り去ってくれるわ!」

 

「父上の言う通りだ、スペッカ、それに何時から王に意見を言える身分になったというのだ?うん?」

 

「兄上・・・。」

 

「もういいスペッカ、お前はもう下がれ、ジーンよ、ニッパ族の討伐を任せるぞ。」

 

「はっ!この身命を賭してニッパ族の首を打ち取ってまいりましょう!!」

 

 

その夜、ハイ・スペッカ王女は自室のベッドで蹲っていた。

 

(ニッパニアとぶつかっては我々が滅ぼされてしまう・・・。)

 

首に下げられたスターサファイアのネックレスを握りしめる。

 

(ニッパニアは人の手でこの様な宝石すら作れてしまう人知を超えた技術力を保持しているのだ・・・先端技術が集まる軍事の分野ともなると想像もつかない。)

 

(商人を通じてニッパニアの情報を得なければ私も特に反対はしていなかっただろう・・・しかし、ニッパニア・・・魔力を持たぬ蛮族?冗談では無い。)

 

「敵対するにしてもまず先に情報を集めるべきでしょう、父上・・・・初代ルーザニア王ハイ・クオリアならばそうしていた筈・・・。」

 

ルーザニアの未来を憂いつつ、建国の英雄にして初代国王の英雄譚を思い出していた。

人食い族の侵攻を多くの犠牲を払いながら振り切り、険しい山を新たな故郷とし、岩壁を削り街を造り、人々を導いた賢君ハイ・クオリアの建国記を・・・。

 

「賢王ハイ・クオリアならば、ニッパニアと友好的な関係を築いていただろうに・・・。」

 

(しかし、この くれさんべーる と言う宝石は美しいな・・・。)


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