異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

58 / 169
第58話   旅人 ジェイク・マイヤーの手記2

いつ終わるのかも分からない当ても無い旅を続け、私は今、大陸沿岸部に近いトーラピリア王国の酒場でひと時の休息をしている。

 

「見てくれよ、この作物を!ニーポニアで作られている甘い粉の材料なんだ!」

 

「甘い粉?甘い食べ物だったら果物の方が食べごたえあるだろう?」

 

「いいや、この白い根っこ・・・テンサイと言う作物から作られるサトウと言う調味料は、果物の搾り汁なんかよりもずっと使い勝手が良く、料理の幅も広がるんだ!」

 

「ふーん?まぁ、別にどうでも良いけどね、この国は果物の栽培も行われているし、甘い食べ物にはそれ程困らないんだ。ニーポニアの商人に妙な物つかまされたんじゃないか?」

 

「ハッ、サトウの生産が軌道に乗れば、そんな事も言っていられなくなるぞ?俺は、この国で甘味の王者になる!!」

 

行く先々で、ニホンの噂を耳にする・・・・正直、復興したゴルグガニアの姿を見た私は、あの国が噂になるのも仕方がないと思う。

国によって、ニーポニア.ニッパニア.ニパン.ジャー・ポニス等、呼び名は違うが、いずれにせよこの大陸・・・いや、この世界の中でも規格外の存在というのが共通認識だ。

 

「ニーポニアと言えばさ、最近ゴルグガニアの新しい防壁が完成したらしいじゃないか?」

 

「新しい防壁?ゴルグガニアの防壁はニーポニアの攻撃で瓦礫の山になったんじゃなかったか?この短期間で防壁なんて作れないだろう?」

 

「それがよぉ、ニーポニアの使役する鎧虫が、その怪力をもって、あっという間に防壁を完成させちまったんだ!」

 

「あぁ、例の虫使いか、あの異形の鎧虫を使えば、確かに重い資材も楽に運べるだろうな・・・それにしても異常な速さだが」

 

 

ニホンは、巨大な鎧虫を使役する技術を持っている様だが、鎧虫の怪力だけで巨大な防壁を完成させる事は出来ない、そして私は防壁を完成させた魔法の正体を知っている・・・。

 

 

「おい、俺はこの前ゴルグガニアに居たんだが、どういう風に作ったのか分からないが、新しい防壁はのっぺりとした材質で作られていて、継ぎ目らしきものが見当たらないんだ。」

 

「継ぎ目が無い? え・・・でも、街を守る防壁と言ったら、石を積み上げて粘土を繋ぎにするもんだろ?何の石材を使っているんだ?」

 

あの防壁の材料は鎧虫の泥だ、巨大な壺の様な腹を持つ異形の鎧虫の肛門からひり出される、灰色の泥が、青銅の骨組みに流し込まれ、石のように固まる、これが継ぎ目のない防壁の正体だ。

 

「そう言えば、最近、ニーポニアの虫使い達が、旧ゴルグガニア領の鉱山で大量の石灰を削り出して、ゴルグガニアに運び込んでいるらしいぞ?もしかしたら石灰が材料なのかもな?」

 

それも知っている、あの鎧虫に石灰を食わせて、腹の中で固まる泥を作らせているのだろう、どこであの鎧虫を捕獲したのかは分からないが、その生態に興味がそそられる。

 

「石灰なんて虫よけにしか使わない物だったが、それで防壁が作れれば、価値が見直されて一気に値段が高騰するだろうな、最も、作れるのはニーポニア位なんだが・・。」

 

「正直、あれだけ計り知れない力を持っている国なのに、ニーポニアにちょっかいを出す国が未だに存在すると言うのが信じられないよ。」

 

「あぁ、ルーザニアの事か、他にも何ヵ国か妙な動きしている国もあるが、身の程知らずにも程があるってもんだ。」

 

「ルーザニアの軍が、ゴルグガニアを襲撃して返り討ちに遭った話だが、数千もの兵士をほんの十数分で失ったらしいな、まったく馬鹿げた魔力投射量だよ。」

 

酒場の酔っ払いはニホンの話題を酒の肴にしているが、私はそれに混じらず、酒代を酒場の主に渡して、旅支度を始める。

 

偶々ゴルグガニア行きの荷馬車に乗る事が出来たので、前よりは楽だったが、道中、土鋏に襲われたり、砂利道で揺れが激しくなり体調を崩したりもした。

自分の足でこの道を歩く事を考えると、気が遠くなる、荷馬車に乗れたのは本当に運が良い。

 

数十日かけて、ゴルグガニアに到着した私は、荷馬車の主である商人と共に、ニホンに荷物検査を受け、厳重に守られた門の通行を許可され、何とか城塞都市に入ることが出来た。

商人に運賃を支払うと、その場で解散して、久しぶりに訪れるゴルグガニアを満喫した。

 

「聞いたか?この前の戦いで敗北したルーザニアがニッパニアに対して、徹底抗戦の構えで挑むらしいぜ?」

 

「ルーザニアが?確か、ニッパニアが来る前のゴルグガニアと同じくらいの力を持った国だったよな?」

 

「馬鹿だよなー!あれだけ一方的にやられたと言うのに、勝つ気でいるんだ、あの国は」

 

「いやいやいや、同格だったゴルグガニアが一晩で陥落したのに、どうやってニッパニアに勝とうと言うんだよ?」

 

「ルーザニアの国王はよっぽどの暗君らしいな、このまま行けば、間違いなくゴルグガニアの二の舞だよ。」

 

ニホンに訪れた商人や、ゴルグガニアの住人が中央広場で雑談をしている、やはり最近の話題は、無謀にもニホンに挑んだ愚かな国の事だろう。

中央広場には、ゴルグガニアの住人の他にちらほら、ニホン人の姿が見える、顔立ちが荒野の民とは違い、肌の色も白色では無く、象牙色なので良く分かる。

 

ニホンに編入された影響か、次々と海の向こうからニホン人が、上陸してきており、沿岸部に近いこの街に訪れている様だ。

元々ゴルグガニアに住んでいた住人たちはニホンによって区分けされた地区に移され、ニホンは、その隣の地区に暮らしている様だ。

しかし、不可解なのが、損壊の少ない地区に元の住人を移し、戦いに勝利したニホン人は建物が破壊された地区を態々建て直してから使っているらしい。

一体どういう意図があるのだろうか?何にしても、ニホン様式の建物は、巨大で箱の様な形状をしており、用途不明の蔦を絡ませた奇妙なものなだが、彼らにとってその方が過ごしやすいのだろう。

 

『ニホン・ホード・カラー・ソナー・ニ・ハラレテ・イナー・バショー・ケド・コーイウ・コーケー・ミテルト・ヤッパリ・ガイコク・ナンダー・ット・オモー・ヨナ』

 

『イチオー・ココハ、ニホン・ケドナ・タイリック・キョーツーゴ・ワカラ・ト・フベン・バショー・デアルガ』

 

『イクイク・オーキナ・コージョー・テテ・ゲンジュー・ミン・ヤットテ・タイリック・ガンブ・カイハツ・スス・シマオー・イッタトコロ・ダガー』

 

『ソーモー・ウマーク・イク・ナイー・ダヨナー』

 

何処か汚れた色合いの服を着た、ニホン人が雑談をしながら、ニホンの居住区へと歩いて行くのが見える。

一見浮浪者の様なみすぼらしい姿だが、布自体はしっかりしており、丈夫そうに見える。恐らく元から汚れても良い恰好なのだろう。

命の危険のある長い船旅の後に、ゴルグガニアの開発を始めなければならない事を考えると彼らも相当苦労しているのだろう。

 

 

何時か私も海の向こうにある、異国の地へと行ってみたいものだ・・・ニホン本土は一体どの様な場所なのだろうか、私はまだ見ぬニホン首都を思い描きながら今日泊る宿を探すのであった。

 

 

 

ディプス・クネラ  通称 土鋏

 

和名:イセカイオニハサミムシ

 

 

乾燥した地に生息する、巨大なハサミムシの様な鎧虫。

分厚く発達したキチン質の外殻と、人間の胴体など簡単に両断してしまうほどの大きさの鋏を腹部に持つ。

動きは鈍重だが、振り下ろされる巨大な鋏は、容易く地面を抉り、鈍器としても十分な破壊力を持つ。

若い個体は餌を求めて当ても無く徘徊をするが、繁殖に適した齢まで育つと、自分の巣を作り、繁殖のために食糧を巣に集める。

大戦前は、緑に包まれていた大陸だが、1000年前から荒野と化したため、乾燥地帯が増え、土鋏の生息地が広がり、街道にも出没する様になった。

唾液腺とは別に、ゲル状の物質を分泌する器官を口腔の中に持ち、集めた食糧をゲルに包み込み保存食に加工する。

吐き出されるゲルは、殺菌効果に加え、浸透圧で菌類から水分を奪い、活動を阻害する効果がある。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。