異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第169話  白色化した廃墟

魔物化したカクーシャの民を駆除するために作られた大型魔光パルス爆弾は空中で炸裂し、広範囲に強烈な魔光パルスを放射し、効果範囲内の生物の体組織を細胞レベルでズタズタに引き裂いて容赦なく死滅させた。

 

元々防壁に備え付けられていた魔石の塔が崩壊する際に魔力汚染がされた土地だったが、追い打ちの様に魔光パルス爆弾が投下されことで更に深刻な汚染状態に陥っていた。

ただ、超高出力の魔力波パルスで一度焼き尽くされたことで以前は異形の突然変異生物が闊歩する場所だったそこは、死滅したサンゴ礁を思わせる白色化した世界と化していた。

生物が活動するには濃すぎる濃度の魔素、細胞は溶け崩れ骨組みだけが残され、元がなんの生物なのか判別できない白骨死体・白色化した樹木など、ただそこに死のみが残された。

制御不能の生物災害こそ封じられたが、この土地で活動できる存在は元々生命活動に魔素を一切使わず魔力の影響を受けない地球人か、高濃度の魔力環境に適応したトガビトを始めとした少数の亜人種のみである。

 

大型魔光パルス爆弾は大部分のエネルギーを魔力波として放出したので想定していたよりも追加の魔力汚染の規模が少なく済んだが、それでも活動できる種族がごく一部に限られる魔素濃度に上昇してしまったので、除染装置の開発が急がれていた。

なお、魔力波が高まる設計にした分、炸裂時の殺傷力は凄まじく動植物はおろか土壌や大気中の菌類すらも滅菌してしまったので完全に生態系が消滅し空白地帯が生まれる程であった。

 

『何と言う寒々しい光景だ。これでは伝承に聞く死者の連なる丘陵の方がまだマシに見えるだろうよ』

 

『雪が積もったと言うよりも、灰に覆われた世界と言った所か、大陸中を戦渦に巻き込み海の向こうからの来訪者にまで牙を剥いた者の末路がこれか』

 

青白く発光する角と笹のように細長い耳と浅黒い肌を持つ種族、トガビトの戦士たちが大型パルス爆弾で焼かれたカクーシャ帝国帝都跡地を訪れていた。

 

『はぁぁっ!!!』

 

『ゆくぞ!!』

 

彼らは故郷の集落から角の生え変わりの時期になった者達から抜け落ちた角を譲り受け、砕いて小分けにしてそれを核に魔石合成術で大気中の魔素を吸収し圧縮して魔石を作り出していた。

 

『はぁはぁはぁ、これほど連続して魔石を合成するなんて生まれて初めてだ』

 

『本来は狩りに使う魔石を確保したり魔力溜まりの偏りを正す目的で使う技術だ。土地の魔素を枯れ果てさせるため乱用は禁じられていた術だが、この様な使い方をする事になるとはな』

 

1000年前の大戦で人食い族があらゆる戦場で魔石合成術と捕食による魔素収奪を行い続けた結果、大陸中から魔素が失われ、大陸中央部と沿岸部を隔てる大森林に凝縮されたため大陸そのものの魔素バランスが大きく崩れ、異常な生態系になってしまった経緯がある。

それ故に、かつて乱用され世界を崩壊させた魔石合成術は禁術指定されており、特定の条件下のみしか行使が許可されていなかった。

それがまさかの、魔素除去での運用である。流石のトガビト達も驚愕を禁じえなかった。

 

『そもそも何だこの魔力濃度は、大森林の比ではないぞ?息苦しさすら感じる』

 

『ニーポニスがこの都市を攻撃した時に大量の魔石を使った設備を爆破した事で帝都が消し飛びこの惨状になったとの事だ』

 

『どれだけカクーシャは大陸中から魔石を集めていたのやら』

 

『どの道あんな奴らが魔石を使ったって碌な事にはならん。村長の孫娘も奴らの犠牲になったと聞く』

 

『そうか、お前は任務中で葬儀に参加しなかったのだな、ドーリスを始めとする戦士たちが奴らの凶刃に倒れたのだ』

 

『腹立たしい事だ、しかし制裁は我らが友が下してくれたのだ。他にも他の種族たちとの懸け橋となってくれるなどニーポニスには返しきれない恩義がある』

 

『世界を衰退させる事しか出来ない能力、そう思っていたのだがな、こんな所で役に立つ日が来るとは』

 

『あぁ、そろそろ・・・そろそろ我々も日の下を歩いても良いのだな?』

 

魔石合成にはトガビト自身の魔力制御が大きく関係しているので、角が折れたり抜け落ちていないかつ、体力気力ともに充実している者しか行使できない。

更に魔石を1つ合成するにも相当に体力を奪われるため、連続しての合成は難しく、何度も休憩をはさむ必要があった。

 

「相変わらず壮絶な顔で魔石を作ってますね。彼ら」

 

「凄い汗だくになっているし、体力消費も洒落になって無いんでしょ」

 

防塵マスクをつけた作業着の研究員たちが、観測機器を彼らに向けながら雑談をする。

 

「我々は流石に彼らみたいに生身で魔石を合成することは出来ないけど、何とか機械的にあれを再現する目途がついたって?」

 

「核となる魔石が高純度であればあるほど合成しやすくなるらしいね」

 

「でも彼らの角のサンプルって魔物って呼ばれている動物の魔石と魔素濃度あまり変わらないんじゃなかった?なんで合成できるんだろう?」

 

「あー、なんと言うか彼らの魔力制御する器官って角が重要な役割を果たすんだけど、折れた角でも角質化した神経組織の残りかすみたいなのに干渉できて、それを中心に力場を生み出すことが出来るんだって」

 

「ほー、その力場を利用して魔石を合成するというからくりか」

 

「力場が発生する時に特殊な磁場が発生しているみたいだから、それを観測し再現するために魔石合成の現場に立ち会っているってわけ」

 

「まぁぶっちゃけ魔石合成し放題な環境って限られるし、普段合成に使っている大森林も長居するには危険すぎるからねぇ」

 

「除染も出来て一石二鳥って訳よ、まぁ彼らも体力が無尽蔵にある訳じゃないから程々にして切り上げるつもりだけどね」

 

白色化して死滅したサンゴ礁を思わせる帝都跡地であるが、あらゆる生物が死に絶えているが故に大森林程危険ではなく、除染作業と磁場観測作業は平和なものだった。

 

『あ・・・で、ポ・・・で・・・ギ・ゴ・・・ガ・・・』

 

「げっ!遺跡漁りが魔物化してる!?」

 

「火事場泥棒だと!?立ち入り禁止区域だぞここは!」

 

・・・・・ごく一部の例外はあるものの基本的には平和であった。

 

「はぁ、結局トガビトの戦士達のお世話になってしまったか」

 

「ええと、彼・・って言っていいのかな?あれは、あの魔物はどういう扱いで?」

 

「身元が分からなければ一応生体資料行きかな、まぁ外套羽織っていたから何かしら身元を証明する物品が出てくるかもしれないけど」

 

「とにかく自衛隊の人に連絡入れなきゃ、色々と手続きが面倒くさいけど仕方ない」

 

それから暫くして、研究室レベルで再現が認められたので、急造品だが魔素除染装置が試作され、空輸された後にカクーシャ帝国帝都跡地に設置され試運転された。

 

磁場を与えた純魔石を高速スピンさせることで力場を発生させ、周辺の魔素を巻き込んで核となる純魔石をミョウバンのように成長させる仕組みであり、外部電源を必要とするが効率的に魔石の合成が出来ていた。

魔石をスピンさせるためのジャイロ装置が結晶化した魔石に浸食されて過負荷がかかり、部分的に欠損するトラブルもあったが、部品さえ交換すれば問題なく稼働したため、帝都跡地の除染は驚くほど速く進んでいった。

 

それから暫くして、防護服を着込んだリクビトならば活動可能な魔素濃度に低下した頃、カクーシャ帝国帝都跡地から少し離れた位置の荒野の生態系に変化が現れていた。

魔素汚染領域の影響圏から少し外れたその荒野は、休眠状態だった草木の種子が芽吹き、本来あまり活動的でなかった動物たちが活発化し、誕生と捕食と死のサイクルが盛んに行われていた。

 

あまりにも魔力が強すぎるとこの星の生物は異形化し、生物として破綻した者になり果ててしまうが、程よく濃度が濃いと良い影響を与える様であった。

 

そして、かつて伝承でのみその存在が確認されている現象が今まさに起きていた。

青白い魔力の粒子を発する、光る草花の草原。

 

青い青い、紺碧の世界、アルクスが再現されていた。

 

 

 

魔素収縮式浄化装置、通称:魔力クリーナーの改良型が次々と生み出され、現地に配備され、除染作業は順調に行われていた。

この星の生態系が本来の姿形を取り戻す日は近いのかもしれない。

 

 

 

白色化遺骸群

 

強力な魔光パルスを浴びる事によって、死滅した生態系の残骸であり、自然環境下では見られない。

大気中を漂う微生物すらも焼き尽くされ死滅し、外部から飛ばされてきた微生物すらもその過酷な環境下には耐えられず分解していく。

帝都跡地を徘徊していた狼人間モドキやゴリラモドキは魔光パルスを浴びた時点で筋肉や内臓などの組織は液化して溶け崩れ、体毛や骨格などを残して完全死滅した。

なお、魔光パルスを浴びた影響か高濃度の魔力に晒され続けたせいか、ごくわずかに残った体毛や遺骨は触れた途端に千切れたり砕けたりするほど強度が低下してしまっている。

植物も同様で、街路樹だったと思われる朽木は、まるで燃え尽きた木炭の様に白色化しており、人差し指を突き出せばそのまま抵抗なく刺さる程度に脆くなっている。

いずれも高濃度の魔力に晒され続けたせいで魔力を帯びており、何も対策をせずにリクビトが素手で触れるのは危険。

なお、後の時代に畑にまくと丁度良い魔素濃度になる事が判明し、高級肥料として盗掘が横行する事になる。

当然ながら採掘作業を行う者は常に自身の異形化のリスクを負うものとなるし、日本の監視もかいくぐらなければならないので割に合っていたかは疑問である。

何より、それから暫くして日本のベンチャー企業が組成がよく似た合成肥料を開発してしまったために、彼らの行為は徒労に終わってしまうのであった。

 

 

 


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