異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第165話  頂点不在の生態系

惑星アルクスに日本列島が転移し大陸に上陸してから暫くして調査が開始された大森林。

そこは現地人すらもその全貌を把握しておらず、危険な捕食生物が無数に徘徊している危険地帯であり、過去に何度も開拓団が送られては壊滅を繰り返している魔境である。

禁足地として定め立ち入りを禁止した所で、時折縄張りを追い出された魔物が人間の集落を襲撃してくることもあり、逆に一定数間引かなければ危険と経験則で学んだ現地人が山狩りを行っている。

しかしあくまで大森林の玄関口に留められ、更に奥に進むことは半ば自殺行為に等しいと認識され、事実帰還者はほぼ皆無であった。

 

実際の所、トワビトと言う亜人種族が大規模な集落を大森林の中層に築いており、前人未到の地と言う訳でもないが、それでも危険地帯には変わりなくその全貌は解明されていない。

 

まず日本は、グローバルホークなどの無人機を飛ばして上空から大まかな地形を観測し、データとしてまとめ安全そうなルートを探すと、ヘビ型ロボットなどの遠隔操作で動く観測機を先行させ、危険生物が徘徊していないか確認してから調査隊を向かわせた。

 

「伝承ではこの大森林は戦場で、膨大な数の遺体が積み重なった土地だと聞くが、これだけ腐葉土が積もっていると面影すら判らんな」

 

「後退しながら大陸中央部へ人民を逃し、殿を務めた軍が人食い族と血みどろの戦いを繰り広げた古戦場か」

 

「周辺魔力を吸収し敵の血肉を食らうことで己が力にしてしまうトガビトの力を考えると、大陸中から失われた魔力がこの土地に凝縮されてしまったのも理屈として理解は出来るが……」

 

「それが数え切れないほどの突然変異体を生み出し、大陸有数の魔境となってしまったとは信じられんな」

 

「この森の植物群も元はトワビトが死体の山を処理するために生み出した植物なんだろう?彼らの協力でもう少し森の探索を楽にすることは出来ないのか?」

 

「植物の品種改良技術は森での生活を続けているうちに伝承途絶してしまったそうだ。その前にその植物の用途だって、放置した遺体の山が腐敗して土地が汚染されてしまうのを防ぐための処置だったそうだぞ」

 

「1000年以上も経っているならもういい加減土地の浄化も終わっていると思うんだがな、この森自体が魔力の循環を妨げているとなると本末転倒だぞ」

 

「生物学者からするとこの特異な環境の生態系は魅力的に映るだろうが、魔力が濃すぎる環境では生物として歪な突然変異体が発生する確率が跳ね上がる、カクーシャ帝都跡地が良い例だ」

 

「大陸中央部で自衛隊が遭遇した巨大な甲獣はまさにこの森が生み出した上位捕食者の一角だろう、あの規模の生物を2体も倒している時点で生態系に大きな影響が出ていると推測するが・・・」

 

「トワビトの村を襲った鋼蟷螂の群れと言い、嫌な予感がする」

 

 

今回調査隊が派遣された理由の一つに、この世界でも有数の巨体と戦闘力を誇る巨大生物を駆除した影響を調べる目的があった。

本来の生息地である大森林深層にある鉱山から追い回される様に鋼蟷螂の群れが中層に逃げてきた事があり、それなりの体格を持つ鋼蟷螂を群れごと捕食する古代重甲獣という強大な力を持つ捕食者が不在の状態では生態系に大きな変化が起きていてもおかしくなかった。

 

「元から大型昆虫やら大型爬虫類やらが生息する世界だから、虫が生態系の下位と決まっている訳ではないんだが、それにしても鎧虫を見かけるな」

 

「明らかに哺乳類の姿が減っている、火吹きトカゲなどの大型爬虫類も見かけない」

 

「鎧虫に偏食傾向のある古代重甲獣が不在だと鎧虫の旺盛な繁殖力を抑えられなくなるのかもしれないな」

 

「っ!?急に明るくなった?」

 

「いや、違う!木々の葉が・・・食い尽くされているんだ!」

 

「ここが丁度その境界線と言うことか?・・・いや、何か・・・何か居る!」

 

鬱蒼と生い茂っていた木々がある地点を超えた途端に消失し、調査隊の眼の前に部分的にはげ山と化した森が広がっていた。

よく見ると朽ちた木の下の地面が蠢いており、侵入者が縄張りに入り込んだのを察知したのか木をなぎ倒しながら何かが調査隊に向かって接近してきた。

 

「くそっ、無人機を先行させたルートから外れていたか」

 

「あー、丁度そのロボットも破壊されちまったみたいだ、撤収するぞ!」

 

「退避だ!退避しろ!急げ!!」

 

早期に発見できたために退避が間に合った調査隊が見たのは、カミキリムシの様な大顎を持った鎧虫が途中でもげたヘビ型ロボットを咥えている姿であった。

 

大森林の入り口で待機していたトラックに飛び込む様に乗り込んだ調査隊は急いでその場から脱出し、ざわめく森を後にした。

 

森の境界近くの集落を拠点としていた調査隊は、現在大森林が危険な状態にあることを報告し、暫く立ち入り禁止にするべきと進言した。

森の近くの集落の領地を持つ国はすぐさま了承し、程なくして正式に一般人が立ち入る事がないように閉鎖される事になるが、事態はそれで収まることはなかった。

 

森の近くにある集落群が鎧虫に襲撃される件数が目に見えて増加し始めたのだ。

特に種類が統一されているわけでもなく、縄張りを追い出されたはぐれ個体と思われる鎧虫が殆どであったが、その外殻に刻まれた傷の数々に壮絶な生存競争があの大森林で繰り広げられているのが示唆された。

 

そして、遂に森は決壊した。

群れる生態を持つ鋼蟷螂は元より、単独で生活をする種すらも大森林の境界線を超えて荒野まで溢れ出たのである。

たまたまドローンでの調査に切り替えていた調査隊によって早期に異常を察知する事が出来た集落は、外壁と門を固めて迎撃態勢を取ることが出来、鎧虫の群れと交戦し撃退することに成功する。

多少の犠牲は出たものの損害は軽微に抑えられたが、何度も襲撃に耐えられそうにもなかった。

 

そこで大森林の境界の国は、古代重甲獣の討伐実績のある日本国に鎧虫の群れの掃討を依頼した。

 

暫くして、農業用のドローンやヘリコプターで対鎧虫用に調合された殺虫剤が上空から散布されるが、以前自衛隊が鋼蟷螂と交戦した際に使用した殺虫剤から抗体を得てしまったのか弱らせる事が出来たものの死滅させるに至らなかった。

とは言え、弱い個体や幼体の駆除には成功したので、残存勢力掃討の為に対鎧虫戦に特化した陸上自衛隊の部隊が派遣されることになった。

 

「まさに死屍累々と言った所か」

 

「気をつけろよ?甲殻を剥ぎ取ろうと不用意に近づいた狩人が不意打ちされて犠牲になっているそうだ」

 

「あぁ、勿論さ」

 

「殺虫剤で弱っていると聞いているが結構な速度で動くもんだな」

 

「奴らが万全な状態ならもう目の前まで接近されて真っ二つにされているさ」

 

「おっかないもんだな、もう少し引きつけようと思ったが始めたほうが良さそうだな」

 

「奴らは金属に近い硬度を持つ外殻に覆われている、跳弾に注意しろ」

 

「よしっ、構え・・・・・ってえええぇぇ!!!」

 

鎧虫の群れの正面に展開した陸上自衛隊の対鎧虫チームは89式小銃を一斉に発砲した。

青銅剣を弾き、弓矢をものともしない強固な外殻は、科学と合理性の無慈悲な嵐によって、砕かれ身を引きちぎり土と混ぜ返させられる。

 

中には軽装甲車に近い強度の外殻を持つ種も居たが、カール・グスタフ等の火砲には無力で、M2重機関銃などが89式小銃やMINIMIでは貫けない大型種を請け負う事で効率的に鎧虫を駆除していった。

 

「殺虫剤でかなりの数を減らしているはずだが、きりがないな」

 

「トワビトと交流を結ぶときに倒しちまったデカい奴がこいつらを捕食して抑えてくれていたんだろうよ」

 

「倒してしまったのは間違いだったのか?」

 

「少なくとも放置していたらトワビトの連中の集落は犠牲になっていただろうよ、やつと交戦した部隊だって逃げる余裕もなかったしな」

 

「もう暫く山狩りを続けたほうが良さそうだな」

 

「むっ!MINIMIの弾を装填する。カバーしてくれ!」

 

「了解!」

 

生身の人間では命が幾つあっても足りない魔物である鎧虫を一方的に屠る自衛隊だが、それは戦闘というよりも作業に近かった。

大陸に上陸する際、遭遇戦となってしまったゴルグガニアや大陸中央部で戦争状態になってしまったカクーシャ帝国とは違って戦車も戦闘ヘリも使わない、どこまで行っても危険生物駆除と言う範囲から逸脱することはなかった。

 

観戦武官ではないが、普段大森林で山狩りを行っている自警団や狩人たちは、集落の防壁の上の監視塔から自衛隊の戦闘の様子を一部始終観測しており、その圧倒的な戦闘力と非現実的な破壊力に言葉を失い、日本と平和的に国交を結べたことに安堵するのであった。

 

一通り鎧虫を駆除した陸上自衛隊は、何度も慎重に調査をして森が落ち着きを取り戻したことを確認すると、後処理を生態系調査を行う研究機関に託して撤収していった。

対鎧虫チームが倒した鎧虫のサンプルを回収させると、ある種のフェロモンが種をまたいで鎧虫の生殖器官を活性化させている事が判明した。

なお、そのフェロモンは日本ゴルグ自治区で飼育している小型の甲獣を興奮させて食欲を激増させる効果が確認されており、古代重甲獣が活動を開始した時期とフェロモンが発生した時期とが一致していた。

 

後の調査で判明することであるが、100年周期で開花する大森林固有種の花がそのフェロモンの材料となっており、それを捕食した小型の鎧虫がフェロモンを大量合成して周囲に漂わせてメスを呼び込み、連鎖して森中の鎧虫の大発生に繋がったのだ。

 

本来ならば、鎧虫の大発生も強大な力を持つ捕食者に抑えられて浅い層まであぶれた個体を狩る程度で間に合っていたが、頂点不在の状態では大森林近くの集落はあっという間に飲み込まれて人類の生存圏は少しばかり狭まっていたかもしれなかった。

 

それから日本とその周辺国は、魔物とは言え大型の捕食者は無理に倒さずに人里から追い払う程度に止めようと慎重になるのであった。

 

 

 

 

 

樹海桜 通称:虫肥やし

 

和名:ムラサキオオマダラザクラ

 

100年周期で開花するとされている大森林固有種で、昔よりトワビトから確認されていた。

桜と同じく木に咲く小振りな花であるが、その色はどぎつい紫色をしており、根本は濃い紫で先端に近づくに連れてショッキングピンクになっていく。

視覚的にも派手な色をしており、木々に覆われて薄暗い大森林ではひときわ目立つ色合いをしている。

目立つことで小型の虫や鎧虫に受粉させる効果があり、繁殖力を増強する成分を含ませることでより虫を誘引させる事ができる。

花びらを捕食させ、鎧虫の唾液に反応して果実を結実させる生態を持ち、実の部分は鳥類の餌となり大森林中に拡散する。

 

 

 




なんとかギリギリ月1投稿に間に合いました。

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