異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第164話  足踏み式ミシン

惑星アルクス側で発生した地殻変動に巻き込まれる形でこの世界に転移してしまった日本は、様々な事件を経てこの惑星での立場を確固たるものにしていた。

時空災害という未曾有の災厄を経験しつつも着実に発展する日本は、その近隣諸国にも強い影響を与え、その勢力図を大きく塗り替えていた。

 

日本からもたらされる物品は、様々な革命を生み、生活の利便性や物の生産性が大きく向上し、日本に親しい国ほどその恩恵を得られていた。

それが妬みを生み、新たな争いを生み出すこともあったが、一度日本の助力を経て勢いの付いた国は、有象無象の勢力からの妨害や襲撃をいとも容易く跳ね除けた。

 

それらには幾つか要因があったが、その中には電力を必要としない工作機械が大きく関わっていた。

 

『ふんふんふーん、ふんふんふーん』

 

体を揺らしリズムを取りながら足踏みペダルを漕ぎ、アンティークなミシンを操作する女性、彼女の部屋には完成品の服が壁にかけられており、細かく行き届いた仕事ぶりが見て取れた。

 

『いやぁ、ミシン様々だわね。今まで何日も時間がかかっていた作業があっという間に終わるわぁ』

 

不意に、木がこすれる音と共に彼女のアトリエの扉が開かれ、無精髭の中年男性が入ってくる。

 

『おう、またお城からの依頼持ってきたぞ』

 

『あらあら、ご苦労さま。それで一体何がご入用なのかしら?』

 

『革鎧を5着とその上に着込む外套を5着ほど欲しいとのことだ』

 

『んー、大仕事ね。でも外套の方は3着分あるからそれだけ先に持っていっちゃって』

 

『おうよ、助かる』

 

(・・・・そうは言っても、革鎧の方は時間がかかりそうね。このミシンとか言う機材が無かったら何日かかっていたのかしら?)

 

 

時は遡り、トナーリア商業国の鉄道が開通してから暫く経った頃。

 

建設途中であるショッピングモールに出店する予定の店が集まり、デモンストレーションとして無数の工業品を展示販売していた。

見たこともないほど鮮明に映し出す鏡や、その鏡にも負けないくらいに磨き抜かれた美しい刃紋の片刃剣、どの様に作り出したのか想像もつかない工芸品の数々に日本ゴルグ自治区に訪れた商人たちは目が奪われていた。

 

トルマリンの置物や、トンボ玉などの分かりやすい物は元より、日本刀などの武器も競うように商人たちが群がり買い求めていたが、もっと目先が利く商人は別なものに注目をしていた。

 

『さぁさぁ、見てください。今まで手作業でチクチク縫っていた織物もこの通りあっという間に縫うことが出来る機械です!』

 

モーター音を響かせながら、凄まじい勢いで布を縫い、簡単な衣服をあっという間に完成させてしまう企業職員。

そのあまりの素早さに、商人たちはその装置の操作方法や製法を聞き出そうとした。

製法は企業秘密な上に現地の技術力では再現が不能ということを伝えると落ち込んだ様子を見せるが、ミシンの操作方法を実際に触らせることで教えると聞くとすぐに立ち直って目を輝かせて詰め寄った。

そして、身をもってミシンの便利さを知ると競うように購入されていった。

 

だが、暫くすると小型の発電機が無いと起動することすら出来ないのに不便さを感じて、発電機がない所でも使えるミシンはないのかと言う問い合わせが来るようになった。

一部の企業はセット販売されている発電機を小型化することで解決を測ったが、大手の老舗企業は、地球にいた頃に安定的な電力の確保が課題となっていた発展途上国で足踏み式のミシンが業務用としての価値が見出され、現役で使われていることを思い出していた。

 

現地での工業力でも修理が可能な様に構造を簡略化しつつも、修理用の部品を大量に生産し、惑星アルクスの国々に最適化した新規モデルの足踏み式ミシンを開発し、トナーリア商業国の力を借りて試供品を交流を結んだ大陸沿岸部の国々に配っていった。

 

国のお抱えの工房に持ち込まれた足踏み式ミシンの便利さに大陸沿岸部の国々は驚き、一部の国はすでに手元に電動式ミシンがあっても足踏み式ミシンを買い求めた。

若手の企業は、老舗企業の着眼点の広さと老練さに息を呑むが、負けてられないと彼らも独自の足踏みミシンを開発することになる。

 

しかし、足踏み式ミシンは大陸沿岸部の国々に衣服だけではない物も齎し始めていた。

そう、それは革鎧を始めとする武具の数々である。

 

衣服を作る技術が向上したとなると、次に向けられるのは武具の作成であった。

鎧の下に着込むインナーは元より、太い針がなめし革を容易く貫き高速で縫い付けることで革鎧の部品があっという間に完成し、人の手で縫わなければならない部位を除き、大抵の作業はミシンで行えるようになったのだ。

 

足踏み式ミシンを輸入した国々はこぞって、大量の革鎧を生産し軍隊の装備を整え、ミシンのあるなしで軍事力に差が出たりと大陸沿岸部の勢力図にも大きな影響を与えていた。

事実、装備の数の差によって小競り合いの勝敗が決まることもあったのだ。

 

人々の生活を便利にするはずのミシンが人殺しの道具に使われてしまうことに日本企業は頭を悩ませることになるが、それでも確実に凍死や虫刺されなどを防ぎ、現地住民たちの生存性を高めていた。

 

今や、大陸沿岸部の国々には足踏み式のミシンは欠かせないものとなっていた。

 

中には、日本のショッピングモールに売られているサバイバルゲーム用の防弾チョッキを購入して、それを模造することによって先進的な革鎧を生み出す工房もあった。

大陸沿岸部に上陸してから幾多の国々を葬り去っていった無敵の国の兵士が身につけている鎧、注目されないはずもなかった。

 

流石に自衛隊のもの程高性能なものではなかったが、防刃性は高く、現地の革鎧よりも遥かに丈夫だったために、異世界の国々はその性能に納得し、なんとしても再現できないか研究が進められたのだ。

その結果、どうしても再現できない防刃繊維は諦め、入手可能な素材で可能な限り再現することに努め、従来の革鎧を上回る軽量さと防御性能を実現することに成功する。

その代わり、構造が複雑化したことにより1着あたりの費用が嵩み、財力のある軍事貴族かその縁のある者にしか購入されなかった。

そして何よりも、もっと高性能なサバイバル用チョッキを日本から直接購入してしまうのが手っ取り早かったのだ。

 

『はぁ、疲れたわ。でもなんとか期日には間に合ったわね』

 

『それにしても、ボーダンチョッキだっけ?こんな変わった鎧を作ってしまうニーポニアは本当にすごい技術力を持っている国なのね』

 

『でもこれのお陰で新しい革鎧も作れたし、もっとあの国のことを勉強しないとね』

 

『兵隊さんの装備が整えばこの周辺も安全になり、更に丈夫な革が取れる魔物が倒される。理想的な好循環だわ』

 

『さて、最後の仕上げが待っているわ、もうひと踏ん張りと行こうじゃない!』

 

防弾チョッキを参考に開発された革鎧は、日本製の防具には劣るが自前の素材で製造と修理が可能なので、沢山売れる訳では無いが新たに生み出された高級防具としての地位を確立し、多くの戦士たちに憧れの品として注目されるのであった。

 

異世界の工房でトレンドになった足踏み式ミシンは、旋盤と共にロングセラーとして大陸沿岸部の国々の工房で愛用されるのであった。

 

 

 

 

 

 

ボディ・アーマもしくはボーダンチョッキ

 

 

ニーポニアの兵士が身につけている鎧の模造品とのことだが、その防御性能は従来の革鎧を軽く上回り、青銅剣で切りつけても切断が非常に困難で、魔物の牙すらも弾く。

その優れた防刃性能に注目した大陸沿岸部の国々は、模造品の模造品を作ろうと真剣に研究に取り組み、革鎧ベースに再現することに成功する。

ニーポニアの作る特殊な繊維の再現は叶わなかったが、特別丈夫で分厚い魔物の革に金属片を内側に縫い込むことで防御性能を高める事が出来た。

模造品の鎧を研究すればするほど革新技術が盛り込まれていることに戦慄し、より高性能であろう本物のニーポニアの兵士が身につけている鎧がどれほどのものなのか注目が集まることになる。

なお、ニーポニアの軍事メーカーから本物の軍服を購入することは出来なかった。

国外への販売は交渉を禁止されていたのである。


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