異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第163話  太郎乱舞

日本ゴルグ自治区の一角に、水族館と隣接した動物園が存在する。

元は異世界の病原生物が日本に上陸する前に、水際で食い止めるために旧・城塞都市ゴルグ外壁付近に建設された動植物研究所であり、大陸各地で集められた惑星アルクスの生物の研究が進められている。

 

初期の頃では純粋な動植物研究所として運営されていたが、現地人が恐れる魔物と区分される動物の入ったコンテナやクレートを目撃され、駆除するべきだと農具で武装した現地人が詰め寄り猛烈な抗議を受け、生物研究の重要さと意味を教えるために、取っ掛かりとして水族館が開かれた。

 

娯楽の少ない現地の民からすると水族館の概念は衝撃的で、シンプルで特に装飾も施されていないガラスの大型水槽に魅了され、まるで水中を歩いている様だとたちまち人気になった。

危険な生物を持ち込んでいる怪しげな連中と言う評判は反転して、珍しい生物を安全に観察できる場所として知られると、むしろ捕獲した魔物をなぜ見せてくれないのかと言う不満に変わった。

水族館という存在が現地人たちの知的欲求に繋がったのだ。

そして、陸生生物の研究が進み、その中で安全性が確認された生物に限り公開が許可され、異世界の大陸唯一の動物園が開園された。

 

現地人が恐れていた魔物の意外な側面、見たこともない魔物の姿、落ち着いている時の魔物の仕草、どれもこれも訪れる者たちの好奇心を刺激した。

普段は見かけたら恥も外聞もなく逃げなければならない危険生物、倒すべき人類の敵、そして克服せねばならない大自然の厳しさの象徴。

そんな存在が透明な板や檻を隔てたすぐそこで観察できる。

 

ゴルグ周辺でしか知られていなかったその噂は、大陸沿岸部に線路が敷かれてから瞬く間に広がり、大陸沿岸部の国々からこぞって知識層が集まり動植物研究所に問い合わせが殺到した。

その多くは、魔物の購入や貴重な素材の取引の持ちかけであったが、その中で次に多かったものは何故大掛かりな施設を作ってまで魔物を集めたのか?という疑問の問い合わせであった。

そして生物研究という新たな概念に触れ、感銘を受けた貴族や学士などの知識層は、何度も水族館や動物園に通い、観察し動植物の種類を手帳に書き記し、得られた膨大な情報を祖国に持ち帰った。

商人や傭兵などを雇い、見様見真似で設備を整え、魔物を捕獲し観察し、多くの失敗を経験しながら一部の魔物の家畜化に成功する国もあったが、その多くは失敗に終わった。

 

大陸の中でも生物研究の最先端である動植物研究所の地位は日本国内では兎も角、大陸沿岸部では圧倒的であり、祖国を捨ててまで弟子入りしようと志願してくる学士も訪れる。

日本としても日本人が大陸各地に散らばり、人手が不足してきているので、現地人の雇用も考えられてきているが、高度な技術や知識を広めるリスクに関して慎重になっていた。

そして動植物研究所は現地人の雇用として、元々家畜などの取り扱いをしていて動物に慣れた者を研修させることで、動物園の従業員として雇うことを審議していた。

 

 

・・・・・・・・その件や研究報告なども兼ねて動植物研究所の所長が一時帰国し、会議と束の間の休暇をして再びゴルグの動植物研究所に戻ってくるのであった。

 

「ふぅ、久しぶりの日本本土は賑やかだったな。高層ビルが懐かしい」

 

「ここも近くに大型のショッピングモールが有るからアクセスもそんなに悪くないし、生活するには何も困らないんだけどな」

 

「実家でゆっくり休んだことだし、久しぶりに動物園の奴らの様子でも見に行くか」

 

動植物研究所の門をくぐり、部下と挨拶をすると作業服に着替え、動物園の裏手に回って檻の並ぶ施設に入る。

 

ギャウン!ニ゛ャ!ニ゛ャ!ギャン!!(お姉ちゃん!!

 

「おおぅ、太郎か?元気にしていたか?」 

 

檻の奥からコンクリートを爪で弾きながら大きな獣が走り寄ってきて鼻先を檻の隙間に差し込むが、すぐに真顔になってその場に座り込む

 

ンギャ?グゥッ・・・・?(あれ?おじさん・・・しょちょーさん?おねえちゃんじゃない?

 

「おっ?どうした?」

 

クンクン・・・ンギャ?(ぇ・・・なんで?

 

・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・

 

!!!!!

 

ギャ・・・ギャン!(ぁっ!!いなかった! そーいえばいなかった!!

 

「うぉぉ・・・どうしたよ?」

 

 

ギャン!ギャン!ギャン!(しょちょーさんだ、しょちょーさんだ!しょちょーさんだぁぁぁ!!

 

 

とたとた

 

                         ぱたぱた

 

            チャッチャッ  

 

ギャン!ギャン!・・・グルルルルゥ!ギャン!ギャン!(しょちょーさんだ!しょちょーさんだ! しょちょ しょちょ しょちょ!

 

久しぶりに会った所長に歓喜した飛竜の太郎は大興奮し、檻の中を猛烈に走り回り奇行に走る。

壁を翼膜のついた前足で三角跳びし、藁山を撒き散らし、金属トレーを投げ飛ばし、その場でお尻を追いかけながら高速スピン、そして何をやっているのかわからなくなってお尻の上の空間を2噛み、そして我に返ると再び所長のいる場所に猛ダッシュ。

 

ギャン!ギャン!ギャウウウゥン!!!(しょちょおぉぉさんだぁぁぁぁ!!!

 

太郎の狂喜っぷりに思わずたじろぐ所長だが、通路の扉が開くと若い女性が姿を表す。

 

「あれ?所長、今帰ったのですか?」

 

「あ、あぁただいま・・・」

 

ギャン!ギャン!ウギャウゥゥン!!(あっ!おねえちゃんだあああぁぁ!!!

 

先程まで所長の再会に喜んでいた太郎の頭脳はすぐさま懐いている飼育員のお姉さんに会った喜びに上書きされ、綺麗さっぱり所長のことを忘れてしまった!!

 

「あっ・・太郎、今日も元気だねー!」

 

「・・・・・・・」

 

(こ、この野郎!!)

 

 

動植物研究所の所長は、その後他の檻の動物の様子を伺うも、同行した女性飼育員の方に動物たちがなついており、太郎と同じく他の動物たちに似たようなぞんざいな扱われ方をしたのですっかりブルーな気持ちになり、作業服からスーツに着替えると寂しく持ち帰った資料を作業机に載せてため息をつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

日本ゴルグ自治区、アミューズメント区画

 

大陸沿岸部に進出した日本企業職員の宿舎や大型マンションが立ち並ぶ居住区に隣接して建設された娯楽施設が立ち並ぶ区画で、大型ショッピングモールを始めとした水族館・動物園・植物園・自然公園が揃っている。

現地人だけでなく、日本企業職員とその家族たちも利用しており、活気に満ち溢れている。

魔力式発電の技術が最近の研究で進歩してきており、電力事情が改善傾向にあることから、近々大量に電力を消費する遊園地を誘致する予定である。




実はこれ、半分実話です。

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