異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第161話  呪いの残滓

日本との戦争で首都が本格的に日本の侵攻を受ける前に国民を狂戦士と化する大規模魔法を行使したカクーシャ帝国。

その自滅行為に等しい焦土化戦術で日本の地上部隊を迎え撃とうとしたが、その大規模魔法を行う施設を巡航ミサイルによって破壊された結果、ただでさえ狂っていた国民が魔力によって突然変異を起こし魔物へと変貌してしまった。

もはや制御不能の状態で共食いすら起こす惨状で、一部の地下施設に退避していた正気のカクーシャ国民もその被害に遭い多数の死者が発生していた。

混乱に乗じて王城まで乗り込んだ特殊部隊による皇帝及びその関係者の確保は失敗し、異形化した皇帝の自爆によってカクーシャ帝国の歴史は終焉を迎えた。

そして自衛隊は僅かに生き残ったまともな状態のカクーシャ国民を保護し、魔物の巣窟と化したカクーシャ帝国を後にした。

 

幸いな事に、保護したカクーシャ国民の中に逃亡した上級貴族や皇族の血筋を引く者が紛れており、確保できなかったカクーシャ皇帝の代わりに正式な手続きを行わせ、カクーシャ帝国との戦争は終結した。

 

各地に点在する中小規模の砦は抵抗を続けていたが、上空から崩壊したカクーシャ帝国帝都の様子と保護された国民などの写された写真を散布され戦意を喪失して自衛隊に投降するのであった。

中でも、血は薄いとは言え皇族が意気消沈した様子で敗戦手続きに署名する様子の写真が戦意を砕く決定打となっていた。

 

『連隊長!私は納得いきません!何故蛮族に降伏するのですか!!』

 

『カクーシャ帝国は滅びた。これもまた摂理か・・・・』

 

『まだ我々が居ます!各砦の残存部隊を集めてニポポ族を国土から叩き出すのです!』

 

『これを見ろ!帝都は崩壊し皇帝陛下は討たれたのだ!・・・これ以上、我らに戦闘を継続する意味は無いのだ』

 

『欺瞞情報です!奴らは姑息にも絵師に描かせて帝都が陥落したと見せかけているのです!』

 

『・・・・・先日伝令が帝都からここに訪れたのだ、彼は鉤爪で切り裂かれた様な切り口の傷を負っていてすぐに事切れたがな、帝都が魔物の巣窟と化したと言うのは事実だったのだ』

 

『そんな、そんな・・・・・』

 

『天災に等しい甲獣を征し、世界唯一万物を統べる権利を持つ民、それが我らであるはずであった。しかし、甲獣よりも強大な怪物が現れ滅ぼされた、そういう事なのだろう』

 

『我らは、カクーシャはどうなってしまうのでしょうか?』

 

『さぁな、所詮この世は弱肉強食。牙をもがれ、四肢を切り落とされ、対抗手段を全て失ってしまっては国として存続は出来まい、まるで家畜の様に扱われるのが関の山だろう』

 

『・・・・無念です』

 

『帝都を陥落させる相手だ、抵抗は無意味だろう、砦を放棄しニーポニスに投降する』

 

 

旧カクーシャ帝国の兵士たちは軍を一度解体され、新生カクーシャ共和国の自警団として編入されることになる。

日本としても、崩壊したカクーシャ帝国跡地の領土を掠め取ろうとする周辺諸国の牽制は自分で行って欲しい理由もあった。

大陸最大勢力を一方的に葬り去った日本の実力に驚き恐れをなした国々、特にカクーシャにすり寄りつつも虎視眈々と帝国の隙きを狙っていた日和見な国は魔力無しの虚無の民と蔑んでいた日本を今更になって調査し始めるのであった。

 

 

そんな混沌とした情勢の中、カクーシャ共和国として再建するために暫定首都に向かった民もいれば、皇族や上級貴族の一存で祖国が崩壊したことに嫌気が差してケーマニス王国などに移住する民も多かった。

元は流民の仮設住居として建設されたプレハブ住宅を利用し、カクーシャの民を収容した。

 

そして、その中には旧カクーシャ帝国帝都に潜み情報収集を行っていた自衛隊の協力者であるスラム街の孤児たちの姿もあった。

 

 

「・・・・意識は戻ったのか?」

 

「先日は一度だけ目を覚まして軽く会話は出来ました」

 

「・・・・そうか、あまり無理をさせるなよ」

 

仮設住居の内、傷病者の治療のために設置されたプレハブ住居にベッドが並べられ、点滴に繋がれたまま寝息を立てる孤児たち。

カクーシャ帝国に潜入捜査する自衛隊の協力者であったが、狂戦士化魔法の影響で暴れだし、魔光パルスグレネードで鎮圧された後、そのまま撤収する潜入捜査部隊に回収されケーマニス王国の駐屯地にある医療施設に連れ込まれ一命を取り止めるのであった。

 

「やはり、魔光パルスで神経に損傷が見受けられます。それと、鉱物器官が割れてしまっているのでこの先魔法を使うことは出来ないと思われます」

 

「ああ・・・・」

 

「あまり気に病む必要はありません。あの時はああするしか無かった」

 

「しかし、拘束するなりやりようはあった筈なんだ」

 

「体のリミッターが外れていたので手錠すら破壊していたでしょうし、その場合かえって今以上に体を傷つけ、下手をすれば絶命していたかも知れませんよ?」

 

「はぁ、どの道この子達から未来の一つの可能性を奪ってしまったんだ。そう簡単に割り切れる話ではない」

 

『ん・・・あ・・・』

 

ドクターとの会話で目を覚ましたのか、点滴がつながったままの腕で目をこすりながら上体を起こす少年。

 

「!!」

 

『イクウビトの兵士さま?』

 

『あぁ・・・体の方は?元気・・・ではないか』

 

『あまり動きたくないです』

 

『そうか、無理をするなよ?』

 

『あのね、あのね、お医者さまから聞いたです。帝国がもうなくなってしまったって』

 

『そうだな、君たちの故郷は・・・もうない』

 

『ぼく、魔法使いになってお城の偉い人につかえて、沢山の人を魔法でしあわせにするのが夢なんです』

 

『っ!・・・・あぁ、きっと夢はかなうさ、だから無理はするな』

 

目頭が熱くなるが、目をそらして俯き一呼吸すると、孤児の少年に向き合う自衛官

 

『君はあの危険な状態から戻ってきたんだ、だから君は誰かを幸せにするために命をつないだんだと、そう思う』

 

『イクウビトの兵士さま』

 

『俺も昔は医者を目指していたんだがな、子供の頃に大きな地震で埋められて大変な目にあったんだ、その時に自衛隊・・・まぁ、軍人さんに助けて貰ってこの職についたんだ』

 

『兵士様も?』

 

『そうだな、俺と似たような経緯で軍人さんになった人達は沢山いるけど、国民を助けるだけじゃなくて、こうして戦わなくてはならない場合もある。辛いことだがな』

 

『えと?』

 

『要するにだな、魔法使いになる夢もあるけど、人を幸せにする方法っていうのは無数に存在するって事だ。何かになりたくて壁にぶつかることになっても、きっと目的を果たすための道はあるんだ』

 

『はい、難しいお勉強もたくさんこなして立派な魔法使いになるです』

 

『そうだな、なれるといいな』

 

それから暫くして崩れ落ちるように再び眠りに落ちてしまった孤児の少年をベッドに寝かせ直すと、ドクターに一礼して自衛官は退室していった。

 

カクーシャ帝国の生き残りの何割かは、ほんの僅かだけ狂戦士化魔法と魔石柱のパルス爆発の影響を受けてしまい、魔力制御が不安定になる後遺症を持つ者がおり、魔術師の職に就くことを諦めなければならなかった。

特に、潜入調査部隊が保護した孤児たちの様に鉱物器官に亀裂が走ってしまっている者は一生涯魔法を使う事はできなくなってしまっていた。

 

地球人と似た身体構造のアルクス人であるが、根本的に別の生物なので設備が整っておらず輸血や臓器移植などが満足に行えないので彼ら向けの医療技術の開発が急がれた。

異世界転移によって現れた新たな隣人達、その生命を繋ぐのも彼らの定めた使命であった。

「地球人だけでなくアルクス人の医療技術も上げなければ」、その言葉を胸に彼らは異世界の大陸に散らばり、先進的な医療技術を広めるのであった。

 

それから時が経ち、孤児達は魔術師になるという夢は果たせなかったが、再建されたカクーシャ共和国の医務官に就いたり、各地を放浪し困窮した民を救うボランティア団体などになっていった。

 

『人を助ける為に私は、あの時生を繋いだんだ。魔法使いになると言う夢は果たせなかったけど、誰かの命を救うこの技術もきっと素敵な魔法の一つなんだと思う』

 

小さな医療鞄を下げた白衣の青年は、鎧虫の襲撃を受けた開拓村を駆け回る。

どこかの誰かの命をつなぐために、かつての大恩を返すために。

 


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