異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第16話   瘴気の海を泳ぐ巨蟲

空中大陸の進行ルートに穢れた大地と呼ばれる広大な毒沼が広がっている地域がある。

そこは、沼地から湧き出る瘴気に当てられた変異した生物が生息しており、現地民も滅多にそこに近寄らないため、周辺国からも重要視されていない場所であった。

だが、大陸の地殻の海域に突如出現した謎の島国にとって、とても興味を引いた場所でもあった。

 

 

「異世界と言っても、見慣れた様な地形が広がっているだけと思っていたけど、こういう場所を見ると異世界って感じがするねぇ。」

「本当に見ているだけで息苦しくなってくるよ、禍々しい光景だ。」

 

現地調査のため訪れた、学者で構成された現地調査隊は穢れた大地の禍々しい光景に息をのんでいた。

 

「魔物だっけ?なんでも、魔鉱石に被曝して凶暴化した大型生物がわんさか生息しているらしいじゃないか」

「地球の常識では当てはまらない化け物ばっかりだからね、気を付けないと危険だよ。」

「一応、自衛隊の人が目を光らせてくれているから、幾らか安心できるけど、やっぱり不安だよね。」

「銃弾弾く虫が生息している時点で安心出来んよ、まぁそんなこと言っていても資源の調査は進まんから、さっさと始めてしまおう。」

 

 

地質調査、生物サンプル、気象観測、様々な用途の器材をトラックから降ろしていると、突如遠方で黒い水しぶきが上がり、調査隊の視線がそこに集まる。

 

「な・・・なんだ!?」

「でかいミミズ!?なんて大きさなんだ!?」

「警戒態勢!くそっ、調査を始めてそうそう化け物かよ!」

 

 

巨大なミミズの様な生物は、地中から突如現れ、コケを食べていた大トカゲを丸呑みにし、再び黒い水しぶきを上げ、地中へと潜っていった。

 

「こっちには気づいていないみたいだが、大丈夫なのか?地中にあんなのが生息しているなんて聞いてないぞ?」

「それにしても、少し掘っただけで黒い液体がにじみ出てくるが、本当に油田があるのかね?成分を調べてみないと何とも言えんが・・・。」

「現地民が試料として寄越してくれた黒い液体は炭化水素を含む混合液だ、ここで採集したものと同一のものと判明したのならば原油とみて間違いないだろう。」

「やや内陸になってしまうが、油田がもし確定したのならば、安泰とまでは行かないが、大分希望が見えてくるだろうさ、問題は先ほどの様な原生生物なんだが・・・。」

「石油プラントをここに建設したとしても、野生動物の襲撃で施設が破壊されることも起こりうるだろうな、何にしても一筋縄ではいかんという事か・・・。」

 

 

 

 

数日後・・・事態は起こった。

 

 

「はぁはぁーー・・・ああーー・・・うおー」

 

どす黒く染まった迷彩服と土色に顔を染めた自衛隊員が最寄りの駐屯地の医療施設に運び込まれ、意識混濁の重症を負っていた。

 

 

「大丈夫か?しっかりしろ!」

「くそっ、例の巨大生物か!?一体何をやられたんだ?」

「調査隊をかばって巨大生物が吐き出す液体を浴びたらしいのです、恐らく毒か何かかと・・・」

「毒の成分はわかっているのか?早く処置しなければ手遅れになる!」

「現在血液検査中です、そもそも初めて遭遇する生物の毒素なんてわかりやしませんよ!」

「畜生、何てことだ!とにかく、急がせろ!!」

 

突如、自衛隊員の容体が悪化し、天を仰ぐように体をくねらせ口から黒いあぶくを吹き出し始めた。

 

「あうおぉぉーー!うぐごげぇーーー!」

 

「おい!大丈夫か!しっかりしろ!」

 

「ぐ・・げっ・・・・げびっ!!!」

 

体をのけぞらせ口から黒い液体を吐き出すと、体中から黒く変色した体液を吹き出しながら、見る見るうちに黒く溶けた肉片となり、無菌テント内は大参事となっていた。

 

「う・・・うぅっ・・・・お・・おえぇぇ!」

「なんだこれは・・・一体何なんだ!!」

「ありえない・・・・こんな・・・こんなこと!」

 

 

遺体や血液中から見つかった物は、毒素などでは無かった、この世界特有の嫌気性の細菌で、あらゆる物質を分解し、黒く禍々しい汚泥へと変貌させてしまう危険生物であった。

 

「現時点で治療法は見つかっていない、しかし、なんて凶悪な菌なんだ。」

「あの化け物が吐き出す液体は、この菌の培養液、恐らく体内にこの菌を培養するための器官があるのでしょう」

「何にしても、この地の生物は危険すぎる、未開の地の調査は犠牲がつきものとは言え・・・こんなことは・・・。」

「原住民はかの生物のことを蝕怪虫と呼んでおります、彼らも時々この生物による被害が発生しているとか・・・。」

「今更そんな情報を・・・・しかし、このままでは調査どころではないぞ?あの化け物を何とかしなければ!」

 

 

自衛隊に犠牲者が出たことで、調査隊のベースキャンプは物々しい雰囲気に包まれていた。

 

 

「いくら周辺警備のためとは言え、戦車まで用意するなんて・・・。」

「まぁ、乾燥してヒビが割れている場所と、ぬかるんでドロドロになっている場所と極端な地形だからなぁ、キャタピラが無いと動きにくいんだろう」

「それにしても、74式とは・・・まぁ、本土防衛用に10式が動かせないのは分かるし、数が揃っているのは未だに74式だし、仕方ないのかもね。」

「61式が送られてくるよりはマシでしょう、何にしてもあんな化け物が生息している以上、慎重になるに越したことはありません。」

 

「61式をなめるなや・・・。」

「おい、押さえろ、学者連中につっかかっても意味がないぞ」

「チッ、わかっている、化け物め・・・見てろよ、今度襲いかかってきたら105mmライフル砲をぶち込んでやる」

 

 

 

 

明朝、ベースキャンプ近くの毒沼で揺れを観測し、地響きの起きた場所へ重装備の部隊を派遣した。

 

 

「状況を報告せよ」

「毒沼に変化なし、ごく少数、毒沼に生える草を食べる動物が確認できますが、例の巨虫は確認できず。」

「了解。」

 

「まったく、馬鹿でかいサソリは居るわ、生き物を溶かすミミズは居るわ、本当に異世界は物騒だわ。」

「ゴジラを相手にするよりはマシと思ったほうが良いでしょう、銃が効く相手なら何とかなります。」

「ははっ、そんなこと言っていると、その内、熱線やビームを撃ってくる化け物が出てくるぞ?」

「止めて下さいよ、本当に出てくるかもしれないじゃないですか、ましてや異世界ですし。」

 

 

グボオオオオオオオオオオォォォォォォ!!

 

突如黒い水しぶきとともに現れ、遠方で草を食んでいた山羊のような野生動物に蝕怪虫が食らいついた。

 

「なっ!?」

「や・・・奴が現れた!早く車内に戻れ!」

「いや、この距離には流石にいきなりやって来れないだろう、俺が監視する、砲撃の準備をしておけ!」

 

双眼鏡で確認すると、山羊のような野生動物は、蝕怪虫の口から逃れようと暫く暴れるが、その内、目や鼻・口などから黒い液体を吐き出し、溶けながら蝕怪虫に飲み込まれていった。

 

「なんてえげつない捕食の方法だ・・・照準を合わせろ、外すなよ」

「了解!」

 

再び、地中に潜ろうとする蝕怪虫、しかし、大気を裂く音と共に、側頭部が突如破裂する。

 

グボオオオオオオオオオオォォォォォォ!?

 

どす黒い血飛沫を上げて、その巨体を大地に横たわらせ、痙攣すると次第にどす黒いヘドロ状の物体に溶け始め、魔石と思われる鉱物器官のみを残して原型を失った。

 

 

後の調査で、元々この生物、蝕怪虫は食物連鎖の頂点にある生物で、個体数もそれほど多くないため、新たな個体が縄張りを作らない限り、襲撃は起こらないと判明した。

その他にも石油の海を泳ぐ生物は多数存在し、調査の障害になるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

ヘルマス・ウォルム 別名.蝕怪虫

 

和名:ジュウユオオナマコ

 

重油の海を泳ぐ巨大な軟体生物、地球でいうナマコに近い生物だが、隔離された環境で独自に進化した。

普段は地下を掘り進みながら地中の微生物をこしとって捕食しているが、大型動物も襲うことがあり、体内に共生した微生物を含む重油を吐きつけ、弱ったところ土ごと捕食する。

地底での生活が長いため視覚はなく、太陽光線を微妙に感じる細胞を残すのみで、振動や熱に反応して獲物を探す。

体内に特殊な微生物を培養させる器官があり、この微生物を浴びると体内から分解され、どろどろの黒ずんだ炭化水素の塊にされてしまう。

この生物の生息地は穴だらけであり、原油の底なし沼が点在している。


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