大陸沿岸部と山脈や森林で隔てられた大陸中央部は、カクーシャ帝国と言う大国が滅びた事で、混沌とした情勢になっていた。
しかし、次々と港から物資が供給され続けるケーマニス王国は日本が来訪する前とは比べ物にならないほど発展しており、元々日本企業の職員が住まう住居として建築されていたプレハブ住宅に隣接するようにして大型の商業施設の建設が進められていた。
貿易で得られた資源を加工するための大規模な工場、物流を底から支える道路交通網、要所要所に設けられた燃料補給施設、日本が大陸中央部に進出する前から綿密に練られていた構想は、カクーシャ帝国との戦争中も大した問題も無く進められており、大陸中央部中にその威光を示していた。
情報工作により、日本とトガビトの交流があるとの情報をカクーシャ・ヒシャイン勢力圏の国々に広められていたが、カクーシャ帝国の国境要塞を複数同時に破壊した段階で日本国がそれを認める声明を出し、大陸中央部中に驚愕と衝撃が走った。
抗議の為に日本の交渉窓口があるケーマニス王国の日本大使館に使節が殺到するが、その過程で嫌でも日本の巨大な建築物が視界に入り、使節団はその国力の高さから委縮し国を発った頃の勢いは無くなってしまった。
『世界を崩壊寸前に追い込んだ人食い族と誼を結ぶなど言語道断』
『人食い族の力か魔石を使ってこの国を発展させたのではないか?』
『できれば人食い族の魔石の入手先を教えてくれいないか』
委縮しつつも使節団は何とか喉から言葉を絞り出すが、その回答は人食い族とは全く関係なく日本国だけの力で成し遂げたものであり、そもそも魔法の力自体殆ど使っていないという衝撃的な事であった。
半信半疑ながら、使節団は日本大使館の案内の下ケーマニス王国の租借地に設けられた工業施設や施設の建築風景を見学する事になり、高度に効率化された加工技術に驚嘆しその設備や鎧蟲から何も魔力を感じる事が無い事に混乱する事になった。
3DCGアニメーションで重機の簡単な内部構造の映像資料がスクリーンに映され、日本の技術力の根幹が世界を成り立たせる物理法則を知ることにあると学ばされ、魔法や奇跡・神通力の類でない事を理解する。
周辺諸国は使節団が帰国すると大いに動揺し、当初の目的だった人食い族の魔石の事よりも日本国から技術を学ぶのが先決ではないかと議論が白熱し、魔力至上主義の価値観に疑問を呈する者が現れ始めた。
一度帰国してから再びケーマニス王国の日本大使館に訪れた周辺諸国の使節団は、国の技術者を招集して日本国に科学技術の基礎を学ばせるための交渉に訪れるが、その過程で日本からの提案で人食い族、つまりトガビトの大使館に行かないかと提案され度肝を抜かれる事になる。
厳重な監視下の中で使節団は緊張した面立ちで人食い族の大使館の扉を潜るが、そこに居たのは思ったよりも人間に近い姿をした大使であった。
青白く明滅する角と浅黒い肌、そして木の葉の様に細長い耳、自分たちとは異なる部分もあるものの整った顔立ちに面を食らうが、気を取り直して簡単な挨拶と自己紹介、自分たちの国はどういう国なのかと言う当たり障りのない話題から始まった。
そして、各国の歴史の話題に移った所で互いの表情が引き締まる。
1000年前に大災害を引き起こし、世界中から魔力を失わせた事の真偽、本当に今を生きる人食い族は世界征服を狙っていないのかと言う疑惑、知りたいことは幾らでもあった。
だが、彼らは自分たちの祖先が大災害を引き起こした罪を認めつつも、何故自分たちが人食い族と言う種族に変貌してしまったのかを彼らの視点での歴史を伝え、人食い族と世界を救った英雄双方の血を受け継ぐ種族だと大陸中央部各国から来訪した使節団に語るのであった。
驚愕・嫌悪・衝撃・理解・同情・困惑、あらゆる感情がその場にいた者たちの中で駆け巡った。
今までの常識を根底から引っくり返す事実、中には許されるのならば武力を持って不都合な真実を人食い族と日本国ごと叩き潰してしまいたい衝動に駆られる者も居たが相手が悪すぎる。
圧倒的な軍事力と情報処理能力を持ちカクーシャ帝国なんぞ足下に及ばない程の国力を持つ日本国相手では、彼らの発信する[真実の情報]の発信を止める手段は無いのだ。
苦虫を噛み潰したような表情でトガビトと名乗る人食い族の大使の語りを拝聴する間に、その脳内では自分たちに圧倒的な不利でどうしようもない状況の中で如何にして比較的マシな状況に持って行くのか高速で計算されていた。
実に不愉快で、実に認めがたい事であるが、日本国が人食い族を認め存在を許す状況下で彼らに不評を買わないように立ち回るしか手段が残されていない。
ならば彼らにひれ伏し腹を見せて服従するのか?日本国(ニーポニス)と言う大怪獣は自分たちに何を望むのか?絶望感の広がる使節団は日本の大使の顔を窺う。
勝ち誇る訳でもなく、見下す事も無い穏やかな顔つき、まるでこちらの心の内を見透かすような目線で笑みを浮かべる初老の男。
顔を歪める者も居れば困惑する者も居る、だがその中で(あぁ、真の大国の立ち振る舞いとはこう言う姿なんだ)と納得する者も多くいた。
これはあくまで日本国側からの提案であるため、彼らの顔を潰さないために交流会は表面上穏やかに終わった。
勿論言いたい事も有った。自国の立場を主張する機会でもあった。
だが、今は情報を整理してまとめて祖国に持ち帰らなければならなかった。
当初の目的通り学士たちが技術を学ぶために留学する事を約束し、祖国に戻った使節団はケーマニス王国で起こった人食い族との交流会という歴史的な出来事を語るが、それはカクーシャ帝国崩壊に比べれば小規模ながら混乱を生み出した。
中には憤慨した国王によって役立たずの烙印を押され処刑された者も居た。無謀にも日本に軍事侵攻するために各地から兵士を招集する者も居たが、暗殺されたり内乱に突入する国もあった。
その混乱期に何度かケーマニス王国の国境付近で小規模な衝突はあったものの、大事には至らず粛々と処理され、日本勢力圏は安定を見せていた。
それから暫くして、大陸沿岸部から大陸中央部に訪れる異国人がケーマニス王国の港に現れ始める。
山脈と大森林に隔てられる前に分かれた民、自分たちと姿かたちが近い正真正銘のリクビト。
今までも難破した船が座礁して大陸沿岸部や大陸中央部の民が双方に少人数訪れる事も有ったが、帰る当てもなくその地に帰化したり人間狩りに遭い奴隷落ちする事も有った。
だが、日本国(ニーポニス)の力を借りて行き来が出来るようになったのである。
今まで閉じた世界だったそれは、異世界から訪れた民によって繋がれて開かれた。
大陸沿岸部での過ち、ゴルグガニアの教訓を生かしての交渉。
沿岸部で学んだ上陸から開発までの流れ、そして築き上げられた大陸中央部での基盤。
今まで暗闇に支配されていた大陸中央部の夜は、まるで空の星々が地に落ちてきたかのような眩い光を放っていた。
国と企業の威信をかけて総力を挙げて作り上げたケーマニス初のショッピングモールの開業セレモニー、透き通ったグラスを掲げ笑顔で楽しむ貴族と庶民たち、開かれた外の世界へ飛び出す若者たち、この世界は若き力に満ち溢れていた。
過ちは沢山経験してきた、これからも沢山間違い続けるだろう。
だが、その先で何も学ばないのか?何も得られないというのだろうか?
それは否、この世界に生きる人々は世代を繋ぎ意思や思い・知識を伝え進歩を続けるだろう。
異界から訪れし民も、この星の原住民も手を取り合って歩みを進めて行くのだ。
入り江に浮かぶ小舟から打ち上げられる花火は、無数の民族が笑顔で楽しむ小さな奇跡を優しく照らすのであった。
トガビト大使館
ケーマニス王国の未開拓の土地を整備して作られたトガビトの交渉窓口である大使館であり、日本国とケーマニス王国の協力の下建設された。
当初はケーマニス王国は渋っていたが、双方の有力者を立ち会わせ交流を続けるうちに互いの立場を理解し、日本からの勧め(と言う名の圧力)もあって設置が認められた。
大陸の歴史もあってテロの危険性があるため、自衛隊が警備を担当している。
ケーマニス王国という足場を得たトガビト達は、正式な立場を得て大陸中央部中で活動し、少しずつ大森林やカクーシャ帝国跡地から吸収した魔力を魔石にして魔力の薄い場所に拡散する大地再生計画を進めている。
日本国以外にリクビトの国家に認められる事も有り、その経験から閉じていた心が開き始め、前向きに他民族と交流するようになる心境の変化が起こり始めた。
その過程で自分たちのせいで日本国が偏見の目で見られている事に負い目を感じたり義憤に燃える事もあったが、それによって益々友好関係を結ぶ他民族の絆が深まった。
ケーマニス・シーサイドモール
日本の大手企業がその威信をかけて総力を挙げて建造した大型ショッピングモール。
近くにある工業地帯から直接製品が下ろされているので、それを目当てにこの港町を目指す者は多い。
日本の技術力を大陸中央部中に広める場でもあるため、取り扱う商品は多様にわたる。
大陸沿岸部にもこの手のショッピングモールは建設されているが、大陸沿岸部よりも資源が多いであろう大陸中央部ではよりその名を知らしめる価値があり、沿岸部のものよりも一回り大きな造りである。
船旅を終えた自衛官や日本企業職員を休める慰安所としての目的もあり、日本人にはなじみ深いクライムブロックの公園やテニスコートなどの運動施設も備えられている。
大陸沿岸部での教訓からトラブルを避けるために持ち物検査や簡単な思想テストを行い、ゲートを潜れたものだけが訪れる事が出来るようになっているが、比較的基準は緩い。
このモールでの経験から祖国に帰国した者たちは興奮が冷めずにその思い出を語り、また新たな客を引き連れてケーマニス王国を目指す。
ちなみに、一番の売れ行きは高純度魔石生成の際に出た残りかすのクズ石を砕いた粉末を人工オパールに練り込んだペンダントであり、微弱に放出される魔力が安心感をもたらす。