異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第158話  新たな時代と新たな咎

カクーシャ帝国は崩壊した。

かつて大陸中央部の文明の中心とされていたその地は元人間だった者たち・・・・魔物の巣窟となっていた。

 

カクーシャ帝国の生き残りの中に居た要人達に戦争責任を追及し、今回の戦争の戦費を少しでも回収する目的もあり、賠償として魔力汚染されていない領土の資源地帯を日本とその勢力圏の国々に引き渡すことになった。

 

『こんな天文学的な賠償は大陸中の金鉱脈を潰しても用意できんぞ!?』

 

『ニーポニスに損害賠償を支払うにも帝都が崩壊しては払うにも払いようがない!』

 

『戦禍を逃れた都市はある、しかし国境要塞は軒並み瓦礫の山と化してしまった。今現在も腐肉食らいの蛮族共が属領を襲撃してきているのだ。こんな状況では賠償どころではない』

 

『えぇぃ!忌々しい!鉱山だけは何としても死守せよ!ニーポニスへの賠償に充てるのだ!』

 

『こんな、こんな筈では・・・・』

 

日本としても首都を潰されたカクーシャ帝国に賠償金を支払う力は残されていないのは承知の上であった。

なので、カクーシャ帝国の領土に多く点在する鉱山を譲渡する事を要求したのである。

その中ではカクーシャ帝国の技術力では採掘できない鉱山も含まれており、後に貨物列車の線路が敷かれ大陸中央部に進出した日本の鉄工業の動力源となるのであった。

 

カクーシャ戦争後、カクーシャ帝国から離反した属国たちは戦勝国である日本国に対して少しでも良い扱いをされる為に、ケーマニスやフーヒョニスにある日本大使館に押し寄せては感情的・打算的に訴えかけ、カクーシャ帝国の言いなりになっていた事は不本意であったと伝えた。

しかし、日本側の対応は冷たいものであった。いや、正確に言えばカクーシャ帝国崩壊と言う巨獣の死によって引き起こされたその余波の混乱で、大陸中央部の情勢は混沌と化しており、それに関わっている暇がなかったと言えた。

 

今現在、崩壊したカクーシャ帝国跡地を廻って周辺諸国が騒いでおり、その空白地帯を虎視眈々と狙っていた。要するに日本のお零れをもらうために群がったのだ。

 

そこに、ヒシャイン公国が名乗りを上げたのである。

 

ヒシャイン公国は、カクーシャ皇族の血を引く者達によって建国された国であり、カクーシャ帝国に居た皇族は日本との戦争で多くが死亡し、運が悪く魔物化して理性を失った住民たちに生きたまま貪り食われ者もおり、カクーシャ皇帝の直系の血筋の者は全員死亡が確認されている。

なので、カクーシャ皇族の血が現時点で一番濃い大公が魔物に占拠されたカクーシャ帝国帝都の奪還と再建をする役目を請け負うと日本との交渉の打診をしたのである。

血筋の薄い皇族の保護と、カクーシャ戦争の賠償の一部をヒシャイン公国が受け持つ代わりに、帝都跡地を再建し市場経済を復活させ今回の戦役で発生した費用を返済するというのだ。

これは、ケーマニス王国に密偵を送り少なくない日本人に危害を加えてしまった事に対する贖罪の意図もあるのだが、日本はヒシャイン公国にもあまり良い印象を持っていないため警戒を解くことは無かった。

 

日本はカクーシャ帝国の有力貴族の生存者とヒシャイン公国の協議によって、旧カクーシャ帝国首都の再建と、日本・ヒシャイン公国の保護と監視下のもとカクーシャ共和国の建国をする事を了承した。

 

カクーシャ帝国に苦しめられてきた周辺諸国は大いに反発したが、カクーシャ帝国を赤子の手をひねるが如く壊滅させた日本の軍事力とカクーシャ帝国と双璧をなすヒシャイン公国の威光には逆らえず、その声を潜めた。

特にヒシャイン公国はこの戦役で何一つ損害を被っていないのだ、訳の分からない日本(ニーポニス)よりもヒシャイン公国の分かりやすい威圧感の方が周辺諸国に脅威に映り、正確な情報が行き届くまではヒシャイン公国の助力があってカクーシャ帝国に勝利したのだとまことしやかに噂された事もあった。

 

それから暫く情勢は混沌としていたが、ヒシャイン公国によって魔物退治の組織が結成され失地回復の為にカクーシャ帝都跡地の掃除が行われた。

ヒシャイン公国軍の魔物専門部隊と民間部門の傭兵ギルド合同で行われた魔物退治は、初期の段階でいきなり躓く事になる。

カクーシャ帝国帝都の爆散した魔石柱の粒子が未だに広範囲に漂っており、高濃度の魔力に暴露される事により、討伐隊が魔力中毒に陥り、重症の者は体の一部が異形化する事もあった。

しかも、元住民は魔物化してもある程度の知能を残しており、理性を失ってもなお戦闘技術をある程度維持し、高濃度魔力汚染の環境下で複雑で技術を要する戦闘をしなければならなかったのだ。

当初は上手くいかなかった帝都奪還も暫くすると高濃度魔力汚染の解決策が見つかり、魔力の除染と魔物の駆除を兼ねた戦法が確立された。

高濃度魔力汚染の解決策、それは皮肉にもトガビトの戦士による魔石合成技術であった。

日本国(ニーポニス)が人食い族(トガビト)と秘密の同盟を結んでいたことは、カクーシャ帝国により大陸中央部中に暴露されており、もはやトガビト達は身を隠す訳にも行かなくなっていたのだ。

当然トガビトの本拠地である大森林近くの集落は隠されているが、日本国の助力の下に窓口となる集落がケーマニス王国の未開拓だった土地に作られ、大使館がおかれている。

 

1000年前に引き起こした大戦の贖罪と、不毛の大地の再生の為にカクーシャ帝国帝都跡地の魔力除染と魔物討伐、それは因果にもかつてリクビトから人食いの魔族に変貌する切っ掛けとなった部族の末裔のなれの果てと決着をつける場となったのだ。

 

トガビトとヒシャイン公国の混成部隊による、カクーシャ帝国帝都跡地の魔物掃討は早くも成果を上げ始めていた。

伝説に載る人食いの魔族の中でも選りすぐりの戦士達、過酷な環境下で鍛え上げられた油断のない物腰にヒシャイン公国から派遣された戦士は大いに警戒していたが、高濃度魔力汚染下にも関わらず通常通りのポテンシャルで活動でき、重火器並みの威力を持つ魔法を連発する戦闘力に当てられ、負けてなる物かと闘争心を高ぶらせヒシャインの討伐隊も異形の魔物を次々と撃破していった。

そうして、ヒシャインから派遣された戦士たちは気づく、彼らトガビトが戦い暴れれば暴れるほど自分たちの魔力中毒症状が緩和され、周辺魔力の低下が感じられるのだと。

その過程で、トガビトの戦士達との情報交換が行われ、彼らの視点での歴史がヒシャインの人間に伝わった。

1000年前の悲劇を引き起こしたのにも関わらず被害者として立ち振る舞う事に対する憤り、追い詰められなりたくもない人食いの魔族に変貌してしまった境遇への同情、実力に裏打ちされた戦士としての誇りと敬意、それはヒシャインの人間たちの心に残り次第に他の国々にも伝播していった。

トガビトの頭部から自然と抜け落ち生え変わる角を核とする魔石合成技術は、帝都跡地の魔力除染とヒシャインの戦士たちの火力増強に貢献し、魔物の個体数を大きく減らすことに成功するのであった。

 

ヒシャイン公国とトガビトによって帝都跡地奪還が行われている間、日本国は戦後の混乱を収めるために各地を奔走していた。

折角カクーシャ帝国が倒れたのに今度はヒシャインと日本国による圧力が加わるのだ。力を持たない国々にとって一たまりも無い事であった。

人食いの魔族と同盟を組む魔力無しの国、日本国(ニーポニス)、その異様で奇妙な組み合わせに恐怖心を抱く国は多かった。

大陸中央部の情勢を引っ掻き回した挙句、曲がりなりにもある種の秩序を保っていたカクーシャ帝国を滅ぼし混沌とした情勢にしてしまった事に対するクレームと責任追及、人食い族と同盟を組んでいる事への真偽など問い合わせが殺到しているのだ。

 

魔力の影響を受けない自衛隊による帝都跡地の掃除は日本国が適任であったが、それをヒシャインがやってくれるのだ。

その申し出自体はとても有り難く、周辺諸国のクレームの対応の時間が稼げたのは大きく助かったのだ。

 

得られたその時間を使って、カクーシャ帝国の商業都市に遷都しカクーシャ共和国の暫定的首都として機能するべく助力を加え、急ピッチで都市の機械化が進められた。

 

散々苦しめられたカクーシャの民が再建される事に不満を持つ国は多かったが、当初日本国に支配されると警戒していた国々も、交流を続けるうちにカクーシャよりはマシという印象となりビジネスライクの冷めた関係へと安定する。

何よりも、人食い族と同盟を結んでいる事を隠しもしない態度に不快感を覚える者が多いのだ。

 

戦後の日本の評価は、[人類の敵を滅ぼした未知の脅威、人食い族と交流を持つという噂もある油断のならない化け物、その身に魔力を宿していないので魂を持っていない実は生物ではない悪魔かも知れない。]そのような物であった。

 

1000年前の大災害、世界から魔力を枯渇させた人食いの魔族、そして大陸中央部の情勢を混沌に堕した事、その爪痕と共に日本国はその時代を歩んでゆく。

それでも、全ての民族が共に手を取り合って未来へ進んでゆく萌芽は混沌の発端の地で芽吹きつつあった。

 

何度も何度も過ちを繰り返し、これから続く歴史にも新たな傷跡が刻まれるかもしれない、それでも異界から訪れし民は歩みを止めない。

異空人/イクウビトは、混沌と変化・秩序と安定の相反する要素を同時に異界の天体、惑星アルクスに齎した。

一つの時代の大きな流れ、それは日本国転移からの短期間に目まぐるしい速度で大陸を変えたのだった。


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