異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第154話  けだもの共の都

大陸中央部の覇権国家カクーシャ帝国は、大森林の向こう側から訪れたという国、ニーポニスを打ち滅ぼすべく主要拠点に領地や属国の兵士を召集し、進軍開始を待っていた。

しかし、伝令兵によって主要拠点である各国境要塞がニーポニスによる同時攻撃を受けたと報告され、カクーシャ帝国王城は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 

『そんな、そんな馬鹿な!まさか兵力を集めている国境要塞に直接攻撃を仕掛けるとは!!』

 

『しかも、今度はまた別の巨鳥を繰り出してきたと言うではないか!一撃で城を破壊する火球だと!?どの様にして戦えば良いと言うのだ!?』

 

『ヒシャイン方面要塞の被害も甚大だ、こちらは巨大な槍が監視塔を貫いたとあるが、敵の攻撃の正体が不明過ぎる、どうすれば良い!?』

 

辛うじてニーポニスの攻撃を免れた生き残りの兵士は、隠し通路から相当数の兵士が逃れており、次々と国境要塞陥落の報が届いていた。

今まで一方的に狩る側であったカクーシャ帝国が追い詰められている、その事実がカクーシャ帝国上層部を恐怖と混乱に陥らせ、会議場は狂乱の渦に飲み込まれていた。

 

『静まれぃ!!』

 

ダン、と王笏の先が床に打ち付けられ、皇帝が一喝する。

 

『国境要塞が陥落した、それは真か?』

 

『は・・・ははっ、この目で要塞が崩落するのを確かに見ました、あの光景は忘れられませぬ。』

 

本来は、この様な場に出る事のない兵士が緊張しながら国境要塞が蛮族の手に落ちた事を証言する。

 

『ニーポニスの巨鳥は矢の様な速さで空を飛び、空から火の玉を吐き出し、その一撃で城壁が跡形もなく崩れ落ちる破壊力を持っております。』

 

『そ、そう言えば巨大鳥は、通り過ぎた後に羽音が聞こえていた様に思えます。』

 

会議場の貴族たちはその光景を想像して顔を青ざめさせる。

数を活かして傭兵国ごと押しつぶすつもりが、実は首筋に刃を突き付けられていたと実感し、更に恐怖を増幅させ椅子に崩れ落ちる者も出始めた。

 

『ふむ、音よりも速く飛ぶ、と言うのか?』

 

『い、いえ、ただ単に遠く離れていたので音の聞こえ方が違ったのかもしれませんが、途轍もなく速かったのです。』

 

『そうか、ここまでの道のり、大儀であった。』

 

『勿体なきお言葉!』

 

皇帝が伝令兵達を下がらせ、目を閉じて暫く俯くと、顔を上げ目を開き玉座から立ち上がる。

 

『奴らは思うよりも力を持つ蛮族だった様だな。』

 

『はっ、魔力無しと甘く見過ぎた様でございます。』

 

消えそうな声で軍事貴族の当主が答える。

 

『国境要塞全てが落ちたとなると、各砦から兵を集め首都防衛の兵力を集めても事実上、こちらの兵力は半減したと言えるな。』

 

『はっ・・・ははぁっ・・・・。』

 

軍事貴族の顔色は青から白色に変わりつつあり、声どころか呼吸さえままならない程に硬直していた。

 

『成程、やはりニーポニスは我らが倒すべき敵、なのだろう。』

 

『こ・・・皇帝陛下?』

 

『民を城の前に集めろ、ニーポニスが攻めてくる前にあれを使う。』

 

『っ!!ま・・まさか!!?』

 

『しかし、あれは、ですがしかし!!』

 

『国境要塞を同時に攻撃し、挙句跡形もなく崩壊させる敵を相手にするのだ、後が無いというには変わりあるまい。』

 

『・・・・くっ、承知致しました。』

 

『直ぐに準備にかかれ。』

 

皇帝が再び玉座につくと、軽く王笏を打ち鳴らし、解散を宣言する。

 

沈痛な面持ちで、会議場を後にする上級貴族達を尻目に、皇帝は顎髭をなぞりながら俯き自室に向かう。

 

(国境要塞の同時攻撃、そしてすべてを陥落させるだと?)

 

(キョーシャ傭兵国を落とした時点でそれなりの相手と思っていたが、これ程までとはな。)

 

かつかつと、通路に足音だけが響く。

皇帝は、俯いたまま肩を震わせると目を見開き勢いよく顔を上げる。

 

『くははははははっ!!!』

 

(面白い!面白いぞニーポニス!甲獣とは比べ物にならぬ獲物よ!!)

 

『いいぞ、いいぞ面白い面白い実に愉快、食うか食われるか、それが世の理ぞ。』

 

『さぁ、けだものよ、命のやり取りだ。我らは全てを狩りつくしてきた、貴様らはどうだ?くくく・・・食らうが良い、食らいつくが良い我が身に牙を突き立てよ。』

 

『認めよう、貴様らは我らの敵、いや、天敵か?ふはははっ!くははははははっ!!!』

 

狂気を帯びた皇帝の笑い声は、自室の扉が閉まると共に消え去り、松明で薄暗く照らされる通路に静寂が戻る。

 

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キョーシャ傭兵国自衛隊駐屯地にて・・・・。

 

「国境要塞同時攻撃は成功、ヒシャイン方面は若干遅れたものの、作戦は順調に進んでいますね。」

 

「懸念していたトガビトの魔石を使用した兵器も破壊できたし、敵の主力も壊滅した、残るはカクーシャ帝国首都だ。」

 

衛星写真を元に作られた地図に描かれている国境要塞に油性マジックでチェックを入れる。

 

「しかし、装甲車や戦車を小破させるとは魔導兵器とやらも侮れんな。」

 

「まだまだ未知の魔導兵器がカクーシャ帝国首都に配備されているかもしれん、やはり彼らの協力が必要なのか?」

 

「トガビトの戦士たち、か・・・・。」

 

「もし、要塞同時攻撃に彼らが参加していれば魔力を感知して敵の攻撃を予測できたかもしれません。」

 

「ふむ、トガビト救出作戦に参加したのは例外中の例外であったが、それも選択肢に入るか。」

 

「何せ敵は旧式とは言え戦車の主砲を斬り落とすトガビトの魔石を多数保持しているんだ、当たり所によっては90式戦車でも大破する可能性がある。」

 

「空間そのものに作用する程の出力を持つ魔石か、確かにそんな攻撃を食らったら装甲も意味をなさないだろうな。」

 

「対魔法兵装は一応搭載されているが、どれだけ効果があるのやら。」

 

「実験では既に効果は実証済みだ、アルクシアンにとって健康被害が懸念されているが、行く場所は敵地だ、問題ないだろう。」

 

とぼけたように手をヒラヒラと振る若い自衛官に年配の自衛官は顔をしかめるが、次の資料をめくり、カクーシャ帝国首都に潜入捜査を行っている部隊から送られてきた情報をまとめたページに蛍光ペンでチェックを入れる。

 

「当然ながらカクーシャ帝国首都には民間人も住んでいる、不用意に爆撃を行った場合、ほぼ確実に民間人に被害が出るだろう。」

 

地図を指でなぞりながらカクーシャ帝国首都の兵舎を指す。

 

「王城に直接乗り込んで皇帝を捕縛出来れば良いのですが・・・。」

 

「手動操作とは言え対空兵器が確認されているんだ、ヘリボーンは危険が伴う。」

 

荒野の国境要塞で確認されたバリスタ型のレーザー兵器の様な魔導兵器の残骸の写真がテーブルの上に置かれる。

 

「ちっ、いっその事、首都の住民全員が徴兵されちまえば後腐れも無く吹き飛ばせるのに。」

 

「滅多なことを言うな、敵は上層部と皇帝だ。」

 

「分かっている、国境要塞が落ちた今、敵首都は丸裸の状態だ。」

 

「次のゼロアワーが奴らの最期だ。」

 

年齢こそバラバラだが、天幕の自衛官たちはこれから挑む敵に闘争心を高めて行くのであった。

 

キョーシャ傭兵国の自衛隊駐屯地に次々と、トレーラーから物資が荷下ろしされて行く。

その中には、戦車や攻撃ヘリコプターもあり、着々とカクーシャ帝国首都攻撃の準備が進められていったのであった。

 

 

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カクーシャ帝国首都にて・・・・・。

 

『おいおい、皇帝陛下が直接演説するなんて年末くらいではないか?』

 

『火を噴く巨鳥が我が物顔で俺達の空を飛んでいったんだ、蛮族とは言え今回の敵は侮れないぞ?』

 

『そうなのか、俺は偶々地下の方に居たから見ていないんだが、それ程恐ろしい鳥だったんだな。』

 

『しかし、祭りの様な騒ぎだな、皇帝陛下直々に演説するんだ、広場に集まらない理由は無いし選択肢も元からないだろう。』

 

『おっ!?始まるみたいだぞ!』

 

カクーシャ帝国の住民が城門の上に姿を現した皇帝を見つけ、歓声を上げる。

 

『我らがカクーシャ帝国民よ、遂に本当の意味で敵と言える相手がこの世界に現れた!皆も聞いた事があるであろう?そう、ニーポニスだ!』

 

王城広場に集まったカクーシャ帝国の民がどよめく。

 

『我ら人類の敵は人食い族のみと考えて来た、それ以外は知恵も武力も劣る蛮族とも考えていた、しかし、どうやらそれも誤りであった様だ。』

 

皇帝が両手を広げると声を張り上げる。

 

『あ奴らは、ニーポニスは魔力無しの劣等民族であるが、人食い族と与し、そして奴らそのものも鎧虫や巨鳥を操る能力を持つ!』

 

どよめきに、僅かながら悲鳴じみた声が上がる。

 

『既に我が帝国が誇る国境要塞が同時に攻撃を受け、戦況は芳しくない、だが悲観する事は無い!何故ならば!我らがカクーシャの民は一人一人が屈強な戦士にしてこの世界を統べるにふさわしい血を引いているからだ!』

 

ダン!

 

王笏が打ち付けられる。

 

『立ち上がるのだ!』

 

再び王笏が打ち付けられ音が響き渡る。

 

『魔力無しの劣等民族を駆逐せよ!』

 

王笏が打ち付けられると同時に、カクーシャ帝国首都を覆う防壁の監視塔の頂上が崩れ始める。

 

『人類に仇なす人食い族を滅せよ!!』

 

皇帝が王笏を掲げると、監視塔一つ一つが青白い光を放ちながら、連鎖する様に他の監視塔と共に魔力の波を発生させる。

 

『血を吐いても、内臓をこぼそうとも挑むのだ!獲物の頭蓋骨を踏み砕くのだ!』

 

監視塔の上部隠されていた巨大な魔石の柱は、王笏に反応しながら複雑な魔力波をカクーシャ帝国首都中に放ち、帝国民の瞳が徐々に充血して行く。

 

『カクーシャ帝国は最強だ!そしてこれからも荒ぶる自然の象徴である甲獣を制した様に、魔力無しも人食い族も我らの前には骸となるのだ!!』

 

カクーシャ帝国民は老若男女問わず、目を血走らせ口から唾液を垂らしながら、手近にあった農具や掃除用具、或いは花瓶などを握りしめ獣の様な声を上げる。

 

『おォ・・・おおぉぉぉオオオオ・・・皇帝陛下万ザイ!!人食い族ぉ滅ぼす!』

 

『ニーポニス!ニーポニス!殺す!壊ス!!』

 

『あぁ、殺したい壊したい!あぁぁ、あーーっ!!あーーーーっ!!あああぁぁぁ!!!!』

 

ダン!!

 

王笏が再び打ち付けられると、糸が切れた様に王城広場に居た帝国民が俯く。

 

『良かろう、殲滅だ!敵の侵攻も近い、そしてその時は返り討ちにするだけだ。』

 

『武器を取れ、鎧を身に纏い、戦いに備えよ!』

 

皇帝の号令と共に、虚ろな瞳で住居へと戻って行く帝国民たち。

 

『くっくっく・・・くははははははっ!はーっはっはっは!!』

 

城門の上から眺めていた皇帝は従者と共に姿を消す。

冷たく薄暗い通路を従者と共に歩き、場内にある魔術研究所へと向かう。

 

『皇帝陛下、これで良かったのでしょうか?ニーポニスと人食い族を退けたとしても我が帝国は・・・・。』

 

『どの道、弱き者は死に強き者が生き残るだけだ、それは今も昔も変わらないだろう。』

 

『しかし、闘争心を引き出しすぎた兵は殆どの場合は廃人と化してしまいます!ましてや兵役があるとは言え、本職の軍人ではない帝国民を総動員するとなると!』

 

『わからんか?わからんのか?国境要塞が同時攻撃を受け、全てが陥落したのだ、出し惜しみする必要も無かろう?』

 

『それはっ!』

 

『くくく、心躍らんか?この様な獲物、甲獣如きとは比べ物にならぬ、人と獣の命を懸けた戦い程血肉沸き立つ事はあるまい?』

 

『・・・魔力無しと人食い族を駆逐したとしても、また紺碧の世界から離れてしまいました。』

 

『案ずるな、奴らの、そして我らの骸が紺碧の大地の糧となるだろう。』

 

鋼鉄で作られた魔術研究所の門を開くと、眩い魔光が照らす部屋へと入って行くのであった。

 

 

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カクーシャ帝国のスラム街にて・・・・。

 

『くそっ!落ち着け暴れるな!落ち着くんだ!』

 

『きぃぃえあぁぁっ!くおぁぁぁ!!』

 

猿を思わせる奇声を上げながら、潜入捜査部隊の潜む拠点を四つん這いになりながら暴れまわる孤児たち。

 

『どうしたと言うんだ!俺がわからないのか!?』

 

『あぁ・・・うぇ・・・イクウビトの・・・兵士?・・・さまぁ?』

 

『そうだ、君たちと協力しているニーポニスの兵士だよ。』

 

『イクウビト・・・イクウビト!イクウビト!イクウビトォォ!!』

 

「くっ!ちくしょおおぉぉ!!」

 

自衛官の一人が腰に差し込まれたガラス瓶の様な物からピンを外し、孤児に投げつけると、強烈な閃光を放ち粉々に砕け散ると光の粒子が拡散して僅かな金具を残してガラス状の物体は蒸発する様に消滅する。

 

『ああぁぁぁ・・・・。』

 

潜入捜査部隊と協力していたスラム街の孤児たちは、自衛官の投げた魔光パルスグレネードを浴びて意識を刈り取られて、糸が切れたように床に転がり落ちた。

 

『イク・イクイクイクゥ・・・びとぉ・・・。』

 

「なんだよこれ、一体何なんだよぉ!」

 

「大丈夫だ、死んではいない、しかしこれが催眠魔法とやらの効果か?こんなにえげつない物だとは・・・・。」

 

「無事なもんか、出力を調整しているとは言え高純度魔石を核に使用したパルスグレネードだぞ?神経が焼き切れている筈だ。」

 

「まだ体が出来上がっていない子供、それも慢性的な栄養不足による成長障害が起きている子だぞ?まともな医療設備もない此処では・・・・。」

 

「約束したのに!ケーマニスに連れて行ってやるって約束したのに!」

 

「報告するんだ、此処で起きた事を、もう二度と同じ事をさせないためにも!!」

 

「くっ、まさかカクーシャ帝国の住民が全て兵士と化すとは!」

 

「俺たちに、カクーシャ帝国を、それも一人残らず地図ごと消せと言うのか!?」

 

 

カクーシャ帝国のスラム街に潜む潜入捜査部隊は、ケーマニス駐屯地やキョーシャ駐屯地へとこの出来事を送信する。

カクーシャ帝国の総力戦、それが回避不能になった事に日本は少なからず動揺を覚えるのであった。

 

 

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その後・・・・・・・・。

 

海上自衛隊たかなみ型護衛艦1番艦たかなみ

 

「カクーシャ帝国首都の魔石柱の位置を確認。」

 

「ゼロアワーまでごく僅か、SSM1B発射準備よし。」

 

「まさか、カクーシャ帝国の住民全てを火の海に沈めなければならないとは・・・・。」

 

「女子供関係なく狂戦士や死兵です、残念ながらあの国の住民たちはもう・・・。」

 

「分かっている、分かっているさ、彼らを解放するにはもうこれくらいしか方法が無いという事も。」

 

「そうぎょく1号の目は相変わらず強力な魔力波を捕え続けている様です。あの魔石柱を破壊しなければ止まる事は恐らくありません。」

 

「魔石柱を破壊した時一体何が起こると見る?」

 

「はっ、高純度魔石である事が確認されている事から誘爆の可能性が高く、破壊時に放出する魔力波も致死量かと。」

 

不安定化若しくは活性化した高純度魔石は、破損時に強力な魔力波を放ち、周辺の動植物の細胞が壊死したり無秩序な突然変異を誘発する事が実験室で確認されていた。

 

カクーシャ帝国の民間人すらも死兵に作り替えてしまう余りにも非人道的な装置に報告を受けた自衛隊幹部は衝撃を受け、言葉を失ったほどであった。

 

「私も同感だ、あの装置はカクーシャ帝国に対抗しうる勢力、つまり人食い族と刺し違える為の設備だったのかもしれんな。」

 

「狂っている。」

 

「大陸中央部がカクーシャ帝国に飲み込まれる前に我々がこの地に訪れたのは運命だったのかもしれんな。」

 

ヒシャイン領を素通りし、カクーシャ領へと向かった護衛艦たかなみは、電子の目を以って、カクーシャ帝国の具現化した狂気に狙いをつけるのであった。




今回は此処まで、うーむ今年中に終わるかなぁ・・・・。

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