異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第140話  奴隷たる劣等民

大陸中央部へ進出した日本は、最初に国交を結んだケーマニス王国を始めとして、徐々にその影響力を強めて行き、今では国交を結ぶためにケーマニス王国の日本大使館へ多くの国の使者が訪ねている。

 

しかし、日本人が魔力のない種族と判るとその国力と種族としての魔力の無さに戸惑い、一部あからさまに蔑視する使者も居る。

 

その筆頭が大陸中央部でも強大な国力を持つヒシャイン公国とカクーシャ帝国である。

 

魔力の強さで優劣が決まる彼らの価値観では、日本人はずる賢く手先が器用で魔道具に頼り切った正しい力を持たない姑息な種族に見えており、日本から技術を取り上げれば何もできない軟弱な生き物と言うのが彼らの認識である。

 

魔力を持たない虚無の民の分際でヒシャイン公国やカクーシャ帝国が研究の末に作り出した鋼材を遥かに上回る丈夫で柔軟な鋼材を大量に作り、驚異的な精度で規格を統一した加工品を安価で供給する恐るべき技術力を持つという認めがたい現実に魔力主義国家は憎悪さえ覚えた。

 

 

 

 

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魔力無しの蛮族は、高等民族なる我らに従わなければならない、何故ならば魔力を持たない奴らは生まれながらの奴隷であり無条件で我らに従わなければならないのだ。

 

それ故に、奴らの持つものは本来ならば全て我らに差し出さなければならない義務がある。・・・・というのに、分不相応に奴らは富と技術を独占しているのだ。

 

そして、軟弱ながらも魔力を持つ我らの近縁種たる蛮族共もその魔力無しの毛無し猿の持つ技術や富に釣られて自ら毛無し猿と同じ位置に落ちぶれて行く、なんと嘆かわしい事か。

 

人外めいた魔力を誇る人食い族は倒すべき敵ではあるが、魔力無しの毛無し猿は敵足りえない劣等種だ。もはや人の形をした獣であり、家畜なのである。

 

荒れ狂う大海原を超えるという巨船とやらと、それを作り出す造船技術を手に入れれば、我らの威光を大陸全てに行き渡らせ、紺碧の大地を取り戻すことが出来る。

 

大地から魔力をすべて食らい尽くしてしまった人食い族共を根絶やしにし、その骸を大地に還せば果てしなく続くひび割れた大地は再び紺碧を取り戻すだろう、それ故に大陸の隅々まで奴らの隠れ場所を洗い出す必要がある。

 

大戦の時代、人食い族を大きく減らした英雄たちは姿をくらませたが、今更彼らの居場所は存在しない、あの混乱の時代に血を流すことなく立ち去り、その力で大陸を平定する事の無かった者達に誰が従うのか?英雄たる証を立てたければ紺碧の大地の礎となるべきだろう。

 

大陸の情勢は大きく動く、元より大陸制覇に必要な事なのだ。

この世界に栄光をもたらすためには愚かな我らの近縁種と言葉を理解するだけの獣の骸が紺碧の大地を復活させるための礎とならなければならないのだ。

 

 

 

 

 

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大陸中央部は、日本と国交を持つ国が増えてきたが戦乱の世であるが故に、国交を持つ前に他国に飲み込まれてしまう事も珍しくなく、再び交渉をはじめからやり直さなければならないのはまだマシな方で、恫喝まがいの要求をしてくる侵略国もある。

 

大抵は、警告射撃で大人しくなるが、彼らは決して野心を捨てずに日本が隙を見せないか機をうかがっている。

 

しかし、今回は何かが違っていた。

日本と交流を持とうと試みた国や集落を狙って国力に関係なく無差別に襲う集団が現れたのだ。

 

 

略奪は勿論の事、住民の奴隷化や殺戮、そして何よりも破壊活動に特化した軍勢が日本の影響圏の国々に襲い掛かり、日本の警告射撃にも怯まず半ば死兵の様に無謀に突撃を繰り返すのだ。

 

 

かの国の名はキョーシャ傭兵国。

カクーシャ帝国が内乱で荒れたときに、ヒシャイン公国と同時期に独立した軍事国家である。

カクーシャ帝国譲りの高品質な装備と優れた練度を持つが、痩せた土地と僅かな水源で食いつないでいるために、産業に乏しく、外貨を得るために傭兵業を営まなければならず、好戦的な国々から便利屋扱いされている。

 

常に戦いを続けているために、兵の練度は高く、対人戦はもとより鎧虫や魔獣の討伐も得意で、国力はなくとも侮りがたい実力を持つ。

 

 

そんなキョーシャ傭兵国が日本勢力圏にかなり本格的な侵攻を行っているのである。

 

 

「もう既に都市国家群が複数キョーシャに滅ぼされています。沿岸地域の国々は自衛隊が守っておりますが、内陸部ともなると十分な支援ができません。」

 

「わかっている、幾ら空輸が可能となったからと言って、大陸中央部全体に部隊を展開できるほどの余裕はないのだ。」

 

「しかし、一体何故このタイミングで襲撃が?好戦的な連中の殆どは、警告で引き下がった筈なのに・・・。」

 

「大陸中央部各地で暴れまわっているキョーシャ傭兵国だが、どうにも裏で手を引いている奴がいるらしい・・・衛星からの監視で大体絞り込めたが、実際に証拠を掴むのに自衛隊を派遣しなければならないだろうな。」

 

「大陸沿岸部で何度も経験したパターンだな、だがキョーシャ傭兵国はそこらのゴロツキとは規模も練度も違うぞ?物資も大陸沿岸部の基地ほど余裕がある訳でも無いし、どの道短期決戦で決めなければ物資的な余裕はなくなってくるだろう。」

 

 

「キョーシャ傭兵国はその名の通り傭兵業を売りにしているんだろう?財力で言うなら帝国や公国よりも我々の方が多いはずだが、交渉は出来ないのか?」

 

「駄目だな、連中は魔力を持たない我々を根本的に人間として見ていない。それどころか家畜か何かだと思っている、とてもではないが交渉に応じるような頭は持っていない様だ。」

 

「厄介な・・・。」

 

「奴らの後ろにいる連中が気になるが、まずはキョーシャ傭兵国そのものを叩くべきだろう、散々警告も行った。現時点で日本人の犠牲者は出ていないが、奴らは各国へ派遣されている日本人を探している様な節があるらしい・・・放置は出来ん。」

 

 

 

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とある大陸中央部の都市国家。

 

『キョーシャ傭兵国の連中がこの街を目指して進軍中だと!?』

 

『くっ・・・ケーマニスに近い我が国にもついに迫ってきたか!』

 

『ニーポニスの援軍はまだなのか!?』

 

『先ほどケーマニスの駐屯地を立ったとのことです。』

 

『そ・・・それではキョーシャとの戦闘に間に合わないではないか!!どうすればっ!』

 

『い・・・いえ、それがキョーシャの軍勢が到達する1日前の昼頃には到着するそうです。』

 

『何だと!?・・・な・・・何という速度だ・・・。しかし、これで希望が持てる。』

 

 

そして、キョーシャ傭兵国が迫る中、自衛隊の機械化連隊が到着し、軽装甲機動車や96式装輪装甲車を始めとした車両が都市国家を守るように展開し、キョーシャの襲撃に備えた。

 

 

・・・キョーシャ傭兵国、討族隊

 

『ニポポ族は見つかったか?』

 

『いいえ、つい数日前まで此処に滞在していた様ですが、我らの進軍を察知してケーマニスへ逃げ去ったとか・・・。』

 

『ふん、やはり魔力無しの猿だな、しかし、察知されない様に森や洞窟を通った筈なのだが、どのようにして我が軍の進軍を察知したのだろうか?』

 

『殿を務めた村の生き残りによると、ニポポ族は離れた仲間たちと情報を共有する能力を持つらしいです。多くの住民はニポポ族達に連れられてケーマニスへ逃げ去った様です。』

 

『ただの魔力無しという訳でも無いというのか、なるほど面白い、幾つか飼育してやるのも悪くないか。』

 

『ケーマニスへ逃げ去った蛮族共は救済しますか?』

 

『そうだな、成るべく丁寧に解体して冥土でのやすらぎを与えてやるべきだろう、仮にも魔力を持つ者達なのだ。』

 

村の防衛隊の腕の取れた遺体に目を向け、手に持っていた鎧虫の鋏を加工した斧を振り下ろし、四肢を切断し、頭部や胴体も原形が付かなくなるまで解体し続ける。

 

『見事に戦い抜き、戦死した者は全てがあの世でやすらぎと戦いが与えられる。そしてそれは敵も味方も関係ない。』

 

『それには、肉体と言う檻から解放されなければならない、それ故に、凄惨な死を迎えし戦士こそ、やすらぎと戦いの地への道が開かれるというものだ。』

 

『キョーシャ傭兵国に栄光あれ!!蛮族共に救済を!!』

 

 

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都市国家に進軍したキョーシャ傭兵国の軍勢は、奇妙な物体を目にして首をかしげていた。

荒れた海を越え、大陸中央部へと進出したと言うからには、それなり以上の国力を持つ相手だと思っていたが、鎧虫と思われるモノと黒い糸の様で編まれた柵、そして人が身を隠すことが出来る程度の溝が掘られており、ニポポ族の兵と思われる緑色の服装の者が少数確認できる程度である。

 

『何だあれは?奴らは戦う気があるのか?』

 

『ふん、所詮は噂に過ぎないか、兵の少なさを補うために小細工しか出来ぬ様だ。』

 

『いえ、目の良い弓兵によると、あの柵は茨の様に鋭い棘が確認できる様です。走竜や馬での突撃は阻まれる可能性があります。』

 

『なるほど、開けた場所で身動きが取れず矢で射られるという事か、なかなか面白い事を考える。』

 

『あの柵は炸裂魔石で爆破してしまおう、見た目に騙されて侮ってはいけない、恐らくあの溝に弓兵を隠している可能性が高い、炸裂魔石は鎧虫に使いたかったが致し方あるまい。』

 

『くはははっ、冥土に旅立つ準備は出来たか貴様ら!突撃だああああ!!!』

 

『うおおおおおおおお!!!!』

 

キョーシャ傭兵国軍は、盾に剣や槍を打ち付け雄たけびを上げる。

兵士たちの雄たけびが重なり合い、空気が震える。

 

まるで一つの生物の様にキョーシャ傭兵国の軍勢は動き、都市国家へと突撃を開始する。

鉄条網付近までキョーシャ傭兵国軍が到達しようとしたとき、後列がいきなり爆発し、土と人間だったものが宙を舞った。

 

ドォン!ドォン!!パラパラ・・・。

 

『な・・・何だこれは!?一体何が起きているというのだ!?』

 

『隊長!あ・・・あれを!』

 

『火を噴く特大級の杖!?いや、他にも鎧虫の背中から熱線が放たれている・・・こちらの矢の射程距離よりも遥かに離れた場所からあの威力!!』

 

『あ・・・あぁ、我が軍がまるで蟻の群れを踏み潰すがごとくなぎ倒されて行く・・・。』

 

『ぐ・・・何とかあの溝まで突き進め!一人でもニポポ族を打ち取るのだ!!』

 

風切り音と共に天空から飛来する迫撃砲弾、96式装輪装甲車から放たれる重機関銃や投擲銃の雨、普通科自衛官のMINIMIや89式小銃の十字砲火にキョーシャ傭兵国軍は砂糖菓子の様に溶け崩れて行く。

 

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 

ドォン!ボォン!!

 

ヒュオオオオォォォ・・・・ドゴーン!!!

 

 

『あ・・・あぁ・・・仲間が・・・友が・・・兄弟たちが・・・大地へと還って行く・・・。』

 

『こんな・・・こんな事が・・・。』

 

『く・・くはは・・ふははははは・・・。』

 

『あははは・・・あはははは!!』

 

数千に及ぶキョーシャ傭兵国の軍勢は、数百程度に数を減らし、もはや壊滅状態に陥っていた。鉄条網に阻まれ身動きが取れなくなった兵士たちが狂ったように笑い始めた。

 

『素晴らしい!!!これぞ・・・これこそが我らが求めていた物!!』

 

『あははは・・・あは・・あぁ、何と言う美しい炎!何たる凄惨な死!!』

 

『魔力無しだと?前言撤回だニポポ族よ!!戦争だ!これこそが戦争なのだ!!』

 

『ニポポ族よ!貴様らに凄惨な死を!救済を!!!』

 

『お供します、隊長!!行くぞニポポ族!!』

 

もはや物陰に身を隠す事などせず、身を捨てて塹壕や蛸壺壕に潜む自衛隊目指して奇声を上げながら突撃するキョーシャ傭兵国軍。

 

「な・・・何だこいつらは!?死を恐れていないというのか?」

 

「撃ちまくれ!落ち着いて対処すれば此処まで届くことは無い!」

 

「ただの傭兵が死兵になるのか?くそ・・・厄介な!」

 

死兵と化しキョーシャ傭兵国軍の、その何としてでも相手を道ずれにしようとする信念に、相対する自衛官は薄っすらと恐怖を感じたという。

 

文字通り最後の一人を射殺すると、静寂が訪れ、キョーシャ傭兵国軍は土と混ざり折り重なり、大地を赤く染め上げていた。

そのあまりにも凄惨な光景に、若い自衛官は精神をやられて体調を崩す者まで出始めていた。

 

「キョーシャ傭兵国・・・一体何が彼らを此処まで駆り立てたのか?」

 

「金が目的ではなかったのか?分からない、理解できない・・・。」

 

現場を検証するために、戦場だった場所を歩き、キョーシャ傭兵国軍の遺体を調べる自衛官たち、そこへ都市国家の有力者である上級貴族が鎧をまとって訪れる。

 

『何と言うお力・・・これが噂に聞くニーポニスの魔導なのですね・・・。』

 

『あー・・・何とかキョーシャ傭兵国を撃破しましたが、彼らは一体何が目的で捨て身の攻撃をしたのでしょうか?』

 

『ああ、かの国は、激しい戦いで死ぬと・・特に身の欠損をするほどの凄惨な死を迎えると安息の地へと旅立てるという信仰を持っている国なのです。』

 

『それは、何とも・・・。』

 

『時には血を分けた兄弟同士で敵味方に分かれて戦う事がある程、血に飢えている国でありまして、報酬金よりも戦いの方が重要と考えているのです。』

 

『恐ろしい国です、しかしこの戦いだけでなく他の都市国家でも同規模の戦闘が行われ此処と同じく撃破しました。キョーシャ傭兵国はもはやまともな軍事力は残されていないはずです。それどころか、国としての体裁を保つことは不可能だと思います。』

 

『そうですな・・・しかし、哀れな物です。元は死者とその遺族を慰めるための信仰がこの形に姿を変えてしまうなんて。』

 

『善意の歯車が狂ったという事か・・・。』

 

『この戦い、どうにもおかしい、人口の少ないキョーシャ傭兵国のほぼ全力を叩きつけるなど、それに見合った報酬を支払える国と言ったら・・・。』

 

『我が国はおおよその黒幕は、把握済みです。ただ、これからも厄介ごとは続くでしょうな・・・。』

 

 

キョーシャ傭兵国と交戦し、ケーマスニスに近い都市国家と、その周辺や後方の国々を守った自衛隊。しかし、それと同時期にケーマニス王国に謎の疾病が流行り始めていた。

調査チームが、水源を調べた結果、大量の有毒物質が検出されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

キョーシャ傭兵国の戦士の教え

 

勇敢なる兵士・・・特に、身を砕かれ、四肢を切り落され、頭部を叩き潰されたものが肉体と言う檻から解放され、やすらぎと戦いの地への道が開かれる。

冥土への道のりは険しく、道中怪物たちに襲われるが、それら脅威を退けた強靭な魂は、完全不滅の存在となり、やすらぎと戦いの地へ永住することが出来るようになる。

その土地に住まう人々は、土から肉塊を、水から美酒を好きな時好きな量生み出すことが出来、日が暮れると無数の怪物や兵士たちとの戦いとなる。その戦いで負う傷は快感を産み、生前と同じく身を砕かれても翌日、完全復活することが出来る楽園である。

 

だが、後に大陸中央部の文化を研究する歴史研究家などが派遣された結果、元は鎧虫や魔獣などの大型生物や過酷な戦場で戦う兵士とその遺族を慰めるための信仰が歪に変化したものであった可能性が高いと結論付けられた。

 

 

キョーシャ傭兵国兵士の遺体

 

キョーシャ軍の兵士の遺体を検死した結果、遺伝子的には、リクビトのものであるが、亜人とまでは行かないものの若干の塩基配列の変異が認められた。

キョーシャの兵士がただのリクビトよりも好戦的で、かつ死の恐怖への耐性・・・もしくは死の恐怖の鈍化をしていた要因の一つかもしれないと議論されている。

また、もしキョーシャ人が戦場と言う過酷な環境にあと数世代晒された場合、魔石の変異促進作用によって未知の、そしてリクビトよりも好戦的な亜人が誕生していた可能があった。

 


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