亜熱帯に位置するトーラピリアの未開拓領域に、発見された洞窟の奥地に、未知の種族ヘビビトの集落が存在した。
調査隊はこの驚くべき発見の余韻を感じながらも、未知の種族とのファーストコンタクトに気を引き締めて当たる事にした。
『何者だ?洞窟の外の者が、この大水脈に何の用がある。』
『ティア!リクビトを村に連れてきてどうするつもりだ!?』
鎧虫の脚部を加工した物と思われる燭台や、槍を持ったヘビビトの戦士が警戒心を露わにしながら近づいてくる。
『彼らは私の命の恩人だ。大爪甲羅虫の群れと遭遇して死にかけたが、彼らが全て倒してくれたのだ。』
『なっ・・・・大爪甲羅虫の・・・群れ?鎧虫の群れをこの少人数で全滅させたと言うのか?』
『途中で気を失ってしまったので、記憶が曖昧だが鎧虫にだけ効き目のある毒を使った様だ。それ以外にも変わった魔道具を多数装備しているらしい』
ヘビビトの戦士たちは緊張感を高めて行く、大爪甲羅虫は万全の準備を整え、予め徘徊している位置を突き止めた上で、不意を突く事でやっと優位に戦える様な相手なのだ。
間違っても、群れに挑むべきでは無いし、やむを得ず群れを相手にする場合こちらが大人数でも多数の犠牲を出してやっと追い払える程の戦闘力を持つ鎧虫だ。
それを一見、短刀を腰に差しただけの軽装備にしか見えない調査隊が全て倒したと言うのだから、その身に魔道具や鎧虫にのみ効くと言う毒などを多数仕込んでいるのだろうと予測できる。
『ティアの命の恩人、と言う事らしいな、一応感謝はする・・・。』
『しかし、リクビトが我らの集落に一体何の用だ?鎧虫の生息地の中心部に位置する隠れ里に・・・。』
調査隊員の一人がヘビビトの戦士達に近づき、丁寧にあいさつをする。
『我々は、日本国から派遣された未調査領域の調査隊です。動植物資源はもちろん、生態系や地質などを総合的に調査する為に派遣されました。』
『生態系・・と言うのは良く分からないが、資源の調査か・・・・遂にリクビトも我らの領域まで手を伸ばしてきたと言う事か・・・。』
そこに、ティアが割って入る。
『いや、どうにも彼らはリクビトではなくイクウビトと言う亜人らしいぞ?我らやリクビトとは違って魔力そのものを持たない種族らしい。』
『魔力を・・・持たない?』
訝しげな顔で、調査隊員を観察するヘビビトの戦士達、そして次第に唖然とした表情に変わって行く・・・。
『本当に、魔力が無いのか?何故・・・なぜ生きていられると言うのだ?』
『あー・・・我々の体はそもそも、魔力を必要としませんし、魔力とは無縁の世界で生活しているので、この大陸の人々みたいに魔素を取り込まなくても生きて行けるのですよ。』
『む・・・むむむ、俄かに信じがたいが、目の前に魔力を持たぬ者達が居るので信じざるを得ない。』
『何と面妖な・・・。』
この世界で余りにも異質な存在である地球人を見て、大きく狼狽える。
しかし、調査隊はこのままでは話が進められないので、この洞窟の調査を開始するまでのいきさつを話し始める。
この洞窟が存在する森は、トーラピリアと言う国の領土の一部であり、危険な鎧虫や魔物のせいで、開拓が進められていなかったと言う事。
調査隊の故国である、日本と国交を持つことで開拓の安全性が高まり、危険生物の襲撃にも対応できるようになった事。
此処から少し離れた所に、それなりの規模の調査拠点が築かれ、そこを前哨基地としてこの洞窟を含む各地に調査隊が派遣されている事を・・・。
『成程、どうやら知らぬ間に外の世界は大きく様変わりした様だな。』
『我らがまだリクビトだった頃は、光り輝く草花の広がる平原が存在したと伝わっているが、まさかひび割れた荒野になっているとは・・・。』
『おや?リクビトだった?っと言う事は、その頃の歴史がまだ伝承されていると言う事ですか?興味深いですね。』
『あぁ、御伽噺と言う形でな、詳しい事は村の長老に聞くべきだろう。ただ、その歴史は我々がリクビトを警戒し、余所者嫌いになった理由でもある。』
眉間にしわを寄せながら軽くため息を付くヘビビトの戦士。
『それは一体どういう事で・・・。』
『まぁ、詳しい事は村のおじじ様達から聞くべきだ。さぁ、こっちだ!』
『うぉ?ティア、引っ張らないでくれ、この地面滑りやすいんだよ。』
湿った岩場を歩きながら地底湖の外周にある集落を進んで行く。
集落は木造であり、獣の皮や鎧虫の外殻を壁や屋根に貼りつけ補強されており、ヘビビトの体格に合わせた大きさに作られている。
その中でひときわ大きく、大きな魔石の燭台が飾られた家に辿り着いた。
『しばし待たれよ、イクウビトよ。』
『ティア、お前が彼らを連れて来たんだ。先に長老に報告をしておけ!』
ティアが頷くと調査隊に振り返る。
『あぁ、では先におじじ様に報告をして来る。リクビト向けの椅子などは用意していないので、そこら辺の岩場に腰かけていてくれ。』
しゅるりと、体をくねらせながら長老宅に入って行くティアと戦士達。
調査隊は、丁度良い大きさの岩に腰かけて、地底湖の集落を観察し、中にはスケッチを始める者も居た。
時折、長老宅から怒鳴り声と少女の悲鳴らしきものが聞こえてくるが、暫くするとヘビビトの戦士達と落ち込んだ様子のティアが長老宅から現れた。
『うぅ、おじじ様がお前たちと話があるそうだ。』
『そ・・・そうですか、ところでティア、大丈夫ですか?』
『次からはもっと気の利いた客人のおもてなしを考えておくよ、こってり怒られてしまった。』
何とも言えない表情で笑いを返すと調査隊は、長老宅へと上がり込んで行く。
ヘビビトの戦士達は、入り口に立ち槍を持って見張りを始める。
薄暗いが魔石灯のお蔭で建物の中がぼんやりと照らされており、中の様子がわかる程度には明るい。
建物の広場の中心には、干し草の上に獣の皮を敷いたクッションの上に年老いた長髪のヘビビトがとぐろを巻いていた。
『お主らが、ティアの連れて来た亜人達か、ふむ、確かにリクビトにそっくりだ。』
『我々は、この洞窟を調査しに派遣された日本国の調査隊です。』
『あぁ、馬鹿孫・・・いやティアから聞いている。』
『彼女はお孫さんだったのですか!?』
『あぁ、ぶっきらぼうな娘だが、根は素直だ。あれは背伸びしてるだけなのだろう、無礼な態度を取ってしまったのは許して欲しい。』
『いえいえ、彼女のお蔭でヘビビトと交流を持つ機会を得られたので感謝しております。』
ヘビビトの長老は長い顎鬚を撫でると、調査隊に目線を向けて口を開く。
『ふむ、確か我らの歴史を知りたいと言っておったかな?』
『歴史も興味がありますし、文化にも興味がありますね。交流するにあたって知っておきたい事ですし・・・。』
『うむ、良いだろう、我らヘビビトがこの地に住まうようになった伝承を今から語ろうか。』
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・・・・・・・今から1800年前、まだヘビビトがリクビトだった頃。
世界はまだ、リクビトから亜人に変異する者が少なく、紺碧の大地にリクビトの勢力圏が広がっていた時代。
今と同じく戦乱の世であり、リクビトの国同士が互いに食い合い、目まぐるしく国の新興と滅亡が繰り返されていた。
とある大河周辺にあった小さな国に、平原方面から侵略者が現れ、大河の小国は応戦するも、侵略者の重装備に歯が立たず、金属資源に乏しく武具も数が揃えられていなかった小国はたちまち敗北してしまった。
『おのれ野蛮人め!我らの国をどうするつもりだ!』
『我々は唯奪う、お前たちは一切の抵抗すら許されず滅びるだけだ。』
平原から現れた侵略者の指揮官は、小国の住民を切り刻むように兵士たちに命じ、老若男女問わず体の四肢を切り落として行った。
中でも、指揮官は住民の下半身を好んで切り落とし、残された両手で悲鳴を上げながら這いまわる住民の姿を見るのを楽しんでいた。
国中の宝物や道具、作物を奪うだけ奪った後、侵略者たちは平原へと帰っていった。
小国の住民の多くは侵略者に殺害されてしまったが、一部の住民は両足を切り落とされた状態で、遊び半分に生かされた。
生き残りの中には、小国の有力者の息子も含まれており、彼は傷口をきつく縄で縛り、両手を使って這いずりながら国の中心にある広場に行き、残された力を振り絞り大きく叫んだ。
『生きているものは私について来い!我らにはまだ奪われていないものがある!その秘宝を使えばまだやり直せる筈だ!』
小国に残された僅かな生き残りは、侵略者の猟奇的な趣味の影響で両足を奪われた物が多く、苦しみを与える為だけに致命傷を避けたが故に、彼の声に答えることが出来た。
小国には王族や貴族と言う物が無く、それぞれの得意分野を持つ有力者が分担で、国を運営していたが、彼の両親は魔石を扱う専門家であったがために、国の秘宝ともいえる大魔石の隠し場所を知っていたのだ。
侵略者に発見されなかった秘密の通路を通り、鉱脈に潜り、毒虫に刺されながらも小国の生き残りたちは地下に隠された大魔石の間に辿り着くことが出来た。
『おお、大魔石よ!我らの秘宝よ!その秘めたる力を解放し、我らに癒しと安息の光を齎せ!』
小国の生き残り達の意思を統一し、祈りを大魔石にささげると、眩い光を放ちながら大魔石は砕け散り、魔素を含んだ風が彼らの身を包んだ。
強烈な魔力に当てられた彼らの体に変化が現れた。
尾骨が肥大し、まるで蛇の様な長い尾で構成された下半身が形成され、出血をしていた両足は、黒ずみ瘡蓋の様に固り剥がれ落ちる。
かつてそこに両足が生えていた僅かな痕跡を残し、多くの住民は大魔石の力でリクビトとは違う姿の亜人へと変異していた。
だが、変異に耐えきれなかったものは腫瘍の塊の様な姿になり、腐り落ちて死に、蛇の様な下半身を形成する途中で力尽きる者も居た。
元々少なかった小国の生き残りは、更にその数を減らして、亜人と化した。
有力者の息子もその変異の負担に何とか耐えきり、侵略者が再び街を襲いに来る前に、遠くへ逃げる事を決断した。
大河を渡り、森を抜け、魔獣や鎧虫に襲われつつも、身を隠すのに適した大きな洞窟を見つけ、小国の生き残り達はそこに集落をつくった。
これが、ヘビビトの集落の始まりである。
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『そ・・・そんな事があったのですか・・・。』
『あぁ、その後暫くは何事もなく平和を謳歌できたのだが、この洞窟に移住してから300年ほど経った時に、大きな地揺れが発生してな、今よりも広かった地底湖は落石により半分に分断されてしまったのだ。』
『まさに踏んだり蹴ったりですね・・・。』
『分断された向こう側にも集落が広がっていたのだぞ?今でこそ向こう側がどうなっているのかは分からないが、実はまだ希望はある。』
『希望?どういう事ですか?』
『実は、落石で地底湖が分断される前は、この大水脈は海に続いておってな、そこを泳いで港町と秘密の交流を続けていたと文献に残っているのだよ。』
『海に・・・続いている?』
『この洞窟だけの資源ではやっていけないのだ、だからこそ、信頼できる他の集落との交流は続けていたのだ。今では、洞窟の外に居る獣人たちと交流しているが、昔は港町と繋がっていたのだよ。』
『・・・・・・・。』
(下半身が蛇の様な形状の器官で構成された種族・・・そして、ウミビトに近い言語・・・まさか、いや考え過ぎか?)
『この壁の向こう側の同胞たちが、別の場所で生き延びている事を祈るよ。』
『そう・・・ですね。』
『ふふふっ、ヘビビトの体はリクビトよりも多少は打たれ強いのでな、環境の変化に適応して少しずつ変異させる事が出来るのだよ、きっと水中に対応した姿に変化させ生き延びている筈だ。』
『ふーむ・・・。』
『ちなみに、ほれ、この絵を見よ。リクビトから変異したばかりの姿・・・ムカシヘビビトと呼ばれるが、我らの祖先は下半身が獣の尾の様なフサフサとした体毛で覆われていたのだ。滑らかな肌と鱗はこの洞窟に適応した姿なのだよ。』
『あの、一つお聞きしたい事があるのですが・・・・。』
『なんじゃの?』
調査隊員の一人が、胸に差し込まれたワッペンを取り外すとヘビビトの長老に差し出した。
『この紋章は、我々にこの大陸の言語を教えてくれた民の鱗を加工して作られた物です。文句なしにこの大陸の言語を十分に習得した証として、教官直々にこの鱗を頂いたのですが・・・。』
ヘビビトの長老の目が大きく開かれる。
『この鱗、どことなくヘビビトに似ている気がしませんか?』
『お・・・おおっ・・・そんな、まさか・・・・。』
『彼らは、ウミビトと名乗っておりました。我が国の海域近くに海の国と言う国が存在します。』
ヘビビト長老は、おもむろに腰の鱗を剥がし、調査隊のワッペンと見比べる。
『多少小ぶりであるが、確かに面影がある・・・いや、だがまさか・・・何という・・・。』
ヘビビトの長老の目から涙がこぼれ始める。
耳を澄ますと、長老宅の入り口の方からも嗚咽が聞こえてくる。
『・・・ティア、外で待っていなさいと・・・言った筈だが・・・。』
『おじじ様、ごめんなさい・・・・なぁ、イクウビトよ・・・私を、いや私達をそのウミビトと言う人達と合わせてくれないか?』
『えぇ、私たちの国と国交を持った後、前向きに検討したい所ですね。』
調査隊員達も、一部がもらい泣きしつつ、ヘビビト達との交友を深めて行く。
この日、密林の洞窟奥深くに住む民、ヘビビトとの国交を結ぶきっかけが生まれた。
ヘビビト/蛇人
下半身が蛇の様に変異したアルクシアン。
環境適応力に優れており、世代を重ねるにつれ、その地域に対応した体へと変異させることが出来る能力を持つ。
また、再生能力も高く外敵からの攻撃で傷を負ってもほんの僅かな時間で傷が塞がる。
鎧虫に襲撃された長老の孫娘である、ティアの傷が短時間で完治したのもこの能力に由来する。
ムカシヘビビト/昔蛇人
リクビトからヘビビトに変異したばかりの姿。
環境適応能力と生命力の高さはそのままに、体毛に覆われたしなやかな下半身を持っていた。
水脈の流れる洞窟では、体毛が濡れて体温低下を引き起こすので、次第に体毛は鱗状へ変化して行き、水をはじく様になった。
現代のヘビビトも、稀に先祖がえりを起こす事があり、鱗の一部が羽毛状に生え変わった子供が生まれる事がある。
ちょっと忙しかったので、投降が遅れてしまいました。
これからもちょっと、ちょくちょく長距離を移動する事があるので、ログイン自体が出来ない時もあるかもしれません。