異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第102話  流星を見つめる者

あの日・・・我が故郷にして、怨敵であったザーコリアは消滅した。

私の母は、ザーコリアの略奪によって滅ぼされた小さな集落の娘だったと言う。

 

奴隷となった15にも満たぬ母は、ザーコリアの兵士に犯され私を身籠り、その後重労働によって息絶えたと私の育ての親は言った。

言葉も喋れない幼き私を買った商人は、ザーコリアに潜伏する異国の間諜であった。

私は、奴隷の身分でありながら家族のように大切に育てられ、礼儀作法や商売の知識・情報収集の技術を仕込まれた。

何故私は、ここまで大切に育てられたのか?疑問に思った私は、育ての親である商人に聞いた事があった。

 

少し困ったような笑みを浮かべ、今のように間諜ではなく普通の商人だった頃にザーコリアの襲撃で妻と共に失った息子に瓜二つだったと言う。

本当は私の母も購入するつもりだったが、鉱山を所有する貴族に買われてしまい離れ離れになってしまったと彼は謝罪していた。

 

私は、彼の謝罪を悲しく感じた。まるで実の父親のように無償の愛を注いでくれた我が主の事をどうして責められようか、真の悪は平穏に暮らしていた母の集落を襲ったザーコリアだと言うのに・・・。

 

彼もまたザーコリアに家族の命を奪われた被害者である。

我が主はある国の影の組織に入り、厳しい訓練の末に敵国に潜んで情報を収集し、時に破壊工作を行う間諜となったのだ。

そして、私は彼にとっての最初の弟子であり、義理の息子でもある。

 

私は来るべき日に備え情報収集の為に、ザーコリアの有力貴族に近づくために下男として潜伏した。

ザーコリアの貴族に仕える奉公人は、万が一貴族の令嬢や夫人との関係を持たない様に必ず去勢しなければならず、私はもはや子孫を残すことは出来ない。

 

ちなみに、下男は去勢されるが下女はその身に高貴なる血を残す機会が与えられている。その殆どが無残にも使い捨てられ、運が良くても領地から追い出される運命なのだ。

狂気の沙汰としか言いようがない。

 

 

我が主は、私が奉公人になる事に強く反対していたが、反対を押し切り奉公人となり去勢され、変わり果てた私の姿を見るなり泣き崩れてしまった・・・。

だが、私はこの国に一矢報いる為にこの身を捨てる事も厭わないつもりだ、許してほしい。

 

それに・・・私はザーコリアの穢れた血を引いている・・・私の些細な報復を果たす為には、この血を残す訳には行かないのだ。

 

 

ザーコリアの領主に仕える私は、下男として働きながら情報を収集し、時に理不尽に鞭を振るわれながらも、我が主に情報を渡し続けた。

 

ある日、遠く離れた魔力を持たぬ民が征服し作り替えられた都市国家へ向かう事になった。

貴族のお付きとしてゴルグガニアへ連れて行かれた私は、天に届かんばかりの巨大な建造物群に言葉を失っていた。

どうやら、これらは城塞などの軍事施設ではなく、沢山の商会が集まり一つの巨大な商店として運営されていると言うのだ。

 

色とりどりの照明で彩られた店は幻想的であり、未知なる美味・洗練された宝飾品・一国全ての本を集めた様な大規模な書店など、まるで御伽噺の様な世界が広がっていた。

 

しかし、この醜悪な領主は嫉妬と羨望に支配され、いつもの様に癇癪を起し、これら全てが自分達の国から盗まれた物だと言う妄想に駆られていたのだ。

 

なんと愚かな

 

確かに、これ程のものが魔力を一切持たない民によって生み出されたとは通常考えられないが、現に目の前に広がる光景がそれを否定する。魔力とは違う未知の力を持っていると考えるのが普通だろう。

 

散々未知の国・ニッパニアの住民に狂言をまき散らし、悪態を付いた後に領地に戻ったこの愚かな領主は暫く不機嫌になり奉公人達や領民に当たり散らし、領地は荒れに荒れた。

 

そしてある日、事もあろうに偶々領地を訪れたニッパニア人の旅人を捕え、身ぐるみを剥いだ末に投獄したのだ。

 

拷問され去勢され、ボロ布を服の代わりに着せられたニッパニア人に同情するが、ただの下男である私にはどうにも出来ず、羽虫がたかる変色した野菜屑を彼に差し出す事しか出来なかった。

 

そして、転機は訪れた。

どの様にして察知したのかは不明だが、行方不明になったニッパニア人を探し当てたニッパニアは、異形の鎧虫でこの領主館を包囲したのだ。

 

去勢されているとはいえ、生きて返せばまだ良かったものをあの男は、ニッパニアの兵士の前に彼の生首を投げつけ、はした金で解決しようとしたのだ。

 

私は、この後に起こる事を察し、領主館の隠し通路を使って、領主館から少し離れた場所まで音を立てずに駆け抜けた。

 

私があの館から避難するまでに事は終わっていた。遠目からでもわかる程に領軍の兵士の死体の山が積みあがっていたのである。

 

意外な事に、ニッパニア軍は領主館で働いていた奉公人までには刃を向けなかった様で、後日領主館から逃げ出した下男下女と再会した。

 

恐らくすぐにもザーコリアとニッパニアは戦争を始めるだろう。

我々がザーコリアに破壊工作を仕掛けずともこの国は終焉を迎える筈だ・・・完全に自滅である。

 

ザーコリア人など一人残らず死に絶えれば良い、しかし、短い間ながらも共に働いた奉公人は憎む事は出来なかった。友と呼べる者も出来たし、私と似たような境遇の者も居たのだ。

 

領地を離れる前に幾らかの旅費を渡し、彼らを国外へ逃がすと、我々は首都から少し離れた高台の小屋へ潜んだ。

ザーコリアに潜んでいた間諜はそれなりに多く、一か所に集まると大所帯である。

 

 

ザーコリアの先遣隊が出撃し、ゴルグガニアへ進軍を開始したと思えば、たった数日で返り討ちに遭い、逆にニッパニア軍に包囲される事となった。

 

常識では考えられない進軍速度に我々は驚き、そして全てを焼き尽くす破壊の力に言葉を失った。

 

轟音と共に放たれ、ザーコリア軍の戦列を引き千切る爆炎と、短槍と思われる武器から放たれる白い閃光に次々と兵を打ち取られて行く。

 

そして、大分離れている場所に潜んでいた鎧虫から、火を噴きながら飛翔する大槍が無数に放たれたのだ。

まるで流星群の様に尾を引きながらザーコリアの首都へ美しい曲線を描き降り注ぐ大槍は、今まで見た事も無いような規模の大爆発を起こし、ザーコリアは火の海になった。

 

・・・いや、正確には語弊がある。ニッパニア軍の精密無比な破壊の力は、兵舎や倉庫のみを的確に狙い、それ以外の施設には被害を及ぼさなかったのだ。

 

だが、錯乱した住民によって火が放たれザーコリアは瞬く間に火の海に沈んだ。

 

火が広がる前に上空を旋回していた羽虫から降りて来たニッパニアの兵はその光景に呆然とし、少し間をあけて我を取り戻すと何かを探すように王城へ散らばっていった。恐らく王族や貴族の身柄が目的であろう

 

 

嗚呼、街が燃えている・・・何と美しい・・・。

 

私は、あの時笑っていたのだ・・・。

 

やはり、私はあの国の人間の血を引いているのだろう・・・この光景を見てその様に感じるとは。

 

 

あの時、赤々と燃え続けるザーコリアを眺めながら私は思った。ニッパニアは強大な力を秘めている、それもこの大陸の国全てを滅ぼしてしまえる程に・・・。

 

あの力は危険過ぎる・・・しかし、敵国の住民を火災から守るために避難誘導を始めると言うのはどういう事なのだろうか?

 

ザーコリア人を助ける行動に私は苛立ちを覚えつつも、それがとても尊い姿に見えたのであった・・・・。


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