リーファに案内されシルフ領へと向かったツルギ一行は一旦キリトの装備を買いに行った。黒が好きという理由から迷わずスプリガンを選択したキリトだが、やはり装備も黒染め。そして武器も片手剣では軽すぎるため、両手剣を片手で振り回す事で代用する事となった。
ユイのパパカッコいいです!という声に応えて様々なポーズをユイの前で取るキリトはもう親馬鹿の域にあった。ユイにはこのままキチガイにならずに成長してほしいものである。
そんな親馬鹿キリトとツルギ達を引き連れリーファは近くの宿屋へと行き、ALO内で食事をご馳走していた。ちなみにレコンはもうログアウトしないと、と言ってログアウトしていった。
「それじゃ、かんぱーい」
『イエァァァァァァァァァァァァァァァ!!』
「ッ!?」
「あー、気にすんな。いつもの事だから」
キチガイ共の叫びにリーファがビックリとしたがキリトはそれをいつもの事だから、と言ってから手に持っていた木のジョッキに入ったビールを一気に飲み干した。そして気が付いた。SAOの頃よりも味覚エンジンが進化していると。まるで、本物のビールを飲んでいるかのようだった。
それに気が付いたのはシリカも同じで、その味の再現度に驚いている。
「凄いでしょ、ALOの味覚エンジン」
「あぁ。こりゃ驚いた」
「はい。凄いですね……本物みたいです」
「え、シリカちゃん、リアルでビール飲んだ事あるの?」
「え?あ、あはは……どうでしょうね……」
まさかキチガイ共の付き合いでよく飲んでいるとは言えず、視線を逸らしながら残っていたビールを飲む。流石に十二歳の誕生日に流されて飲んでからずっと飲んでるとは言えない。ちなみに、ユウキもそれくらいから飲んでいる。
そのおかげか酒には強くなったが親にバレてはいけない事が増えてしまっている。
とは言え、VRMMOの中では酔う事はなく、現実に帰っても素面のまま。だから、VRMMOの中では未成年の飲酒は咎められてはいないが、多少控える様に、程度にしか言われていない。
酔った気分になるのもキチガイ共は慣れたもので、酔ったテンションでいられる事も可能だし、素面のままも可能だ。今回は素面のままだが。
「っていうか、よくそんなに飲めるね。アタシ、前に調子に乗って飲んでたら酔っちゃったのに……」
「まぁ、所詮酔った気分になる、ですから自分の気持ちをコントロールする事を覚えればお酒の味だけ味わえますよ」
「気持ちをコントロール?」
「まぁ、シリカの言葉に例えを加えるなら、嫌悪感を感じる相手に嫌悪感を感じさせないようにまず自分の中の嫌悪感を消す……こんな感じだな。戦闘で相手が怖いから戦えない、なんて論外だから、その恐怖を抑えるのにも使える訳だ。まぁ、手っ取り早く暗示でも自分にかければいいだけなんだがな」
気持ちのコントロール、というよりも感情のコントロールだろうか。この五人はVRMMOの中ではよくこの方法で何時もは飲めない量の酒を飲んでいたりする。
それに、キリトとシリカに関してはVRMMOはこの世の生きている人間の中ではトップクラスのダイブ時間を誇る。その時間の中で酒を飲んだのは数知れず。そのまま酔っ払った事もあれば酔わずにいた事も。それに、シリカはゴースト系や虫系の相手と戦う際にはよくこの方法で嫌悪感と恐怖を消して一時的に戦闘マシーンと化して戦っていたため、五人の中では一番手慣れてるとも言える。
「あ、そうそう。一つ聞きたかったんだけど、シリカちゃんのあの足の速さ、アレってどんなスキル使ってるの?」
ここでリーファがシリカの驚異的な速さの秘密を聞いた。特に隠す事ではないのでシリカはそのまま喋りはじめた。
「スキルじゃないですよ。ただの歩法です」
「歩法?」
「はい。普通に歩くと私も普通の速さでしか歩けませんけど、縮地っていう歩法を使えばこの通り」
席を立って最初は普通に歩いていたシリカは途中で縮地を使って瞬間移動紛いの事をやってみせる。本当はリーファの呼吸にあわせて無意識に潜り込んであたかも瞬間移動のように見せたトリック入りの縮地だが、それでもリーファはおぉ!と少し興奮しているようだった。
「えっと、古流柔術にもある滑り足っていうのと同じですよ。剣道だとあまり馴染みがないと思いますが……」
「え?アタシ、剣道やってるって言ったっけ?」
「それが俺達レベルになると構え方で分かっちゃうんだよなぁ〜」
「うわっ、ツルギさん!?ってか酒臭っ!?」
疑問を持ったリーファに後ろから現れ馴れ馴れしく肩を組んだツルギがその疑問に答えた。
「剣道の構えってのはお硬いからさぁ、あぁ、これは剣術とは違うなぁって分かっちまうわけよ」
「お、お硬い……?ってか、離れてください酒臭いです!」
「おっとっと、失礼失礼」
リーファに押されたツルギがフラつきながらも何とかその場で立ち止まる。そして、今まで酔っ払いの雰囲気を出していたツルギの雰囲気が一瞬にして変わる。
「剣道ってのはまぁ、競技だ。人を殺すことを考えない、こう言っちゃ何だが、楽しむための物だ。リーファ、お前だって相手に勝った時、剣道が楽しい、剣道をやってて良かったって思うだろ?」
「う、うん。そりゃあ、まぁ」
「つまり、剣道は楽しむための物。型なんてなく、純粋に剣と剣の戦いを楽しむモンだ。だが、剣術ってのはそれとは違う」
「な、何が違うの?」
「剣術は『剣で人を殺す術』だ。面銅篭手なんて狙わない。一撃必殺で敵の首を切り落とし、頭をかち割り、心臓を貫く。それが剣術だ。楽しむためではなく、自分の身を守るため、外敵を殺すための、剣で戦うための術だ。だから、構えも真っ直ぐ正眼に、利き足を前に後ろ足の踵が離れた綺麗な構えってのは分かりやすいんだ」
剣術ってのはその時とその時に構えはコロコロ変わるからな。と一頻り説明してから再び酒を飲んだ。
その説明を聞いてリーファは言葉を失ったが、大体は予想通りだったので、コクコクと頷く程度だった。
確かに、刀剣を使っている四人の構えはそれぞれが独特で剣道とは違っていた。そして何より、本人達がその構えで戦いやすそうだった。そして、狙う場所も腕や腹ではなく、首や頭。人を殺すのに一撃で事足りる場所ののみを狙っていた。これが実戦では人を殺す動作だと言われれば確かに納得がいく。と、言うかそんな物をぶら下げてこんなドスキル制の所へ来たらそりゃあサラマンダーに指名手配される程のキチガイと噂されるはずだ。
「まぁ、デュエルしたいんなら引き受けるぜ?こんな技が使いたいってんなら教えてやるよ」
「え?いいの?」
「隠すようなもんじゃねぇしな。ウチは本人が辞めたいって言わなきゃ色々教えるぜ?まぁ、教えるとしたら俺かユウキ、キリトだけどな」
「シリカちゃんの縮地は?」
「あれは縮地を連続でやる……まぁ、名付けるなら連続縮地だな。俺達の誰にも使えないレベルの特化した技術だから、諦めた方がいい。使えりゃ便利過ぎてヤバイけどな」
と、言うのもツルギ、ユウキ、シノン、キリトは元より使う武器が決まっており、ツルギとユウキとキリトはそれ用に身体が出来上がっていたため、出来るのは普通の縮地のみでスピード特化であるシリカの常套手段であり切り札である連続縮地が出来ない。シリカだけが唯一、教わりに来た時から武術に関して身体が何処にでも伸びる状態だったため、本人の希望を沿って日常でも使える便利な武術として連続縮地を教わり、スピードを殺さないために護身術と短剣術を教わったのだ。
一応、この連続縮地に関してはツルギの祖父ではなく、その仲間の忍者から教わったため、シリカは剣術と忍術のハイブリットとも言える。正にオンリーワンの戦い方なのだ。
ちなみに、シリカはこの連続縮地を学校に遅刻しそうな時に間に合わせるため、徒競走で絶対に負けられない時にだけ使うという結構日常的な所で使っていた。
「まぁ、やりたいってんなら止めないけどな。俺は数ヶ月練習して無理だった」
「ツルギさんも頑張れば出来ますって」
「いや、俺お前みたいなスピード狂じゃないし……!」
「スピード狂じゃないですよ!?」
「じゃあクーガー兄貴」
「誰も速さが足りないなんて言いませんよ!?」
「追跡!撲滅!いずれも〜?」
「マッハ〜!って、何やらせるんですか!モギますよ!?」
「何を!?」
サラッと怖い事を言うシリカはさておき、リーファは剣道の試合で縮地が出来ればちょっと強くなれるかも!と思っていたり。
そんなリーファにユウキが近付いた。
「ねぇねぇ、リーファ。一回ボクとデュエルしない?」
「えっ、デュエル?」
「うんうん。まぁ、教わる気ならどんな感じなのか、身を持って知った方が良いと思ってさ」
確かに、それはある。一度お手本を見てそこから自分に合うか合わないか決めるというのも有りだ。それに、噂のPKK狩りの一人と手合わせをするいい機会だ。
「じゃあ、外の少し広い所でやりましょ」
「おっ、いいねぇ。それじゃ、外行こっか」
リーファがユウキと共に宿の外へと出て行く。おっ、何だ何だ?とキチガイ達もそれについていく。そして、少し広い所に着くと、ユウキがデュエル申請を行い、リーファがそれを受ける。そして始まるカウントダウン。
モードは半損決着。相手の体力を半分削れば勝ちというシンプルなモードだ。始まったカウントダウンの音を聞き、リーファが剣を抜き、ユウキも剣を抜く。
「全力がいい?それとも剣技だけがいい?」
「全力でお願い」
「お安い御用だよ。まぁ、泣いても知らないけど?」
この言葉には少しリーファもカチンと来た。そんなに一方的にやられる訳には行かない。いや、勝ってやる。これでもシルフの中では五本指に入るくらいなんだ、と自分に暗示をかける。
そして、カウントが刻々と迫り、そして、ゼロになる。
「呼吸を合わせる」
その瞬間、ユウキの姿が消えた。ユウキは始まった瞬間にリーファと呼吸を合わせ、自分を完全にリーファの無意識へと潜り込ませた。だが、リーファはそれに気付く訳もなく、消えたユウキを探す。上、前、横、後ろ。どこにも居ない。
だが、その瞬間に感じた嫌な予感がリーファの腕を動かした。
デタラメに動かしたリーファの剣は凄い勢いで迫ってきた何か硬い物を弾いた。何が当たった?当たった瞬間に刀を見ても何もない。そして、再び前方へと視線を動かした時、そこにはユウキがいた。
「おっとっと。まさか呼吸を合わせたボクを直感だけで見破るなんてね」
「な、何をしたの……?」
リーファの背筋に冷たい物が走る。あんな物、知らない。今まで剣道で戦ってきたどの相手も、目の前でいきなり消えるなんて事はしなかった。
「何をしたのか?そんなの、呼吸を合わせただけだよ」
「こ、呼吸を合わせた……?」
「そうそう。呼吸を合わせて相手の無意識に潜り込んで自分を知覚出来ないようにする。それだけの小手先の技だよ」
そんな滅茶苦茶な。信じたくなかったが、しかしその呼吸を合わせるという技は今身を持って体験した。だから、信じざるを得なかった。
「ほら、今度はそっちの番。来なよ」
「ッ……言われなくたってぇ!」
挑発され、乗ってしまう。呼吸を合わせるなんて知った事か。真正面から叩き斬ってやる。
面、と叫ぶ代わりに気合いを入れた咆哮を口にしてユウキの頭へと片手剣を振り落とす。
「うん、綺麗でいい剣筋。だけど、綺麗すぎる」
ユウキは振り下ろされる片手剣に自分の片手剣を防御のために合わせ、半身をずらす。
剣の左側にピッタリと合わせられた片手剣はリーファの剣を滑りながら前へと押し出され、リーファの目の前へと持ってこられる。
ヤバイ、刺さる。そう思った時にはすでに体は動き、左側へと無理矢理転がっていた。
「ありゃりゃ、外れちった」
剣と剣の腹を合わせて相手の顔に相手の勢いを利用して突き刺すだって?そんな技を息をするようにされてたまるものか。それに、剣道ではあんな技、使った所で判定を取れない。使えても使えない。
が、相手は剣道ではなく剣術を使っている。地に足を付け、歩法と技術で攻める技を使っている。ならば。
「あ、飛ぶんだ」
空中戦をしかける。これなら、縮地も使えないしさっきのような技も少し楽に避けれる。
ユウキはいいねいいね。その考え。嫌いじゃないよ。と言いながら羽を広げて飛ぶ。まさか同じ土俵に立つとは思わなかったが、リーファは空中戦も含めてシルフの五本指だ。剣術という陸の技を使うユウキには負けはしない。
再びリーファが仕掛ける。空では剣道は出来ない。だが、空を翔けて戦う術は持っている。
滑り込むように飛び、動かないユウキに向かってその片手剣を振るう。だが、当たらない。ユウキは姿を消した。
また、呼吸を合わせた?そう思ったが、目線が下に行った時、ユウキと目が合った。まさか、あの一瞬で潜り込んだ!?そう思った直後、ユウキの足がリーファの腹へ突き刺さった。
「うぐっ……!」
「攻撃されて怯んじゃ、それまでだよ」
その衝撃に怯んだその瞬間、リーファの片手剣を持った腕が掴まれ、関節を片手だけで極められる。
「じゃ、ボクの勝ちだね」
そして、一思いに振るわれた片手剣はリーファの心臓を貫き、そのHPを一瞬にして半分にする。
「……負けた」
「まぁ、ボク達の剣術って基本初見殺しだし?負けるのも無理無いって」
それは分かる。呼吸を合わせるなんてチート技、初見でどう対処しろと言うのだ。
「でも、空中に関しては危なかったよ。咄嗟に呼吸を合わせてタイミングずらさなかったら負けてたよ」
「え?」
「多分、空中戦ならボクも呼吸を合わせるの禁止なら全力じゃないと勝てないと思う。全力なら勝てるけどね!空中戦がクソザコなツルギになら勝てるよ!」
「誰がクソザコだゴルァ!」
「え?もしかしなくても自覚無し?」
「コイツぶっ殺してぇ……!」
「あとキリトもね!」
「コイツ初心者の俺を引き合いに出す辺り最高にクソだな。ぶっ殺したい」
「ついでにシリカも!」
「目玉抉って舌引き抜かれたい?」
「怖っ!?」
目の前で巫山戯始めるユウキは先程までの圧倒的な強者、という雰囲気は無く、普通にゲームを楽しむ一般人のようだった。
「……ねぇ、ユウキちゃん」
「ん?なに?」
「剣術、ちょっとだけ教わってもいいかな?」
「大歓迎!」
だったら、もうちょっと強くなってこのゲームを楽しもうかな。リーファ、本名、桐ヶ谷直葉は空に魅せられたこのVR空間の中でそう思った。
リーファが なかまに なった!
まぁ、剣道でキチガイ共に勝つのは無理だわな。だってアイツ等の戦闘方法頭おかしいのばっかりだから