「爺ちゃーん」
建斗がそれなりに広い家の中にある祖父の部屋へと突入する。特にノックも無しに、だ。開け放たれた引き戸の奥には、まだ出すのには少し早いコタツの中に手足を突っ込んだもうかなり歳をくった男がいた。まぁ、これが建斗の祖父なのだが。
「おぉ、どうした、建斗。お前が来るなんて珍しいな」
「そうか?まぁ、最近はあまり来てなかったかもな。で、ちょっと爺ちゃんの情報網で調べてほしいモンがあるんだけど」
建斗はコタツに入り込んでポケットから現像した写真を取り出すと祖父の前に置いた。アスナの写真だ。
祖父はそれを見ると暗殺対象か?と聞いてくるが物騒な事言わないでくれと笑って受け流す。
「この人の名前は結城明日奈。今は十七歳でSAO帰還者でまだ起きない人の一人だ」
「ほぅ……」
「和人の嫁さんらしいから、まぁ、友人としては何とかしてやりたい訳なんだよ。それで、爺ちゃんの情報網でこの事件の真相と解決方法を知りたい」
なるほどな。と祖父は言うと暫く考え込んだが、顔を上げて写真を回収した。
「可愛い孫の頼みだ。それに、ワシらもこの件に関しては時期に制裁を加えようと思ってたのでな」
「制裁……?」
「もうワシはこの情報を握っておる。これに関しては少しやり過ぎだとワシらも思ってた。まぁ、建斗がやると言うのならもう少しやりやすい情報を持ってくるかの」
助かるよ、爺ちゃん。と建斗は頭を下げる。が、祖父は気にするな気にするなと笑いながら返して頭を上げさせた。
「昔から言っておるだろうが。困った時は……」
「強者を頼れ。それが生き物の生き残る術、でしょ?」
「分かっておるんならいい。ほら、とっとと木綿季ちゃんの所へ行かんかい。余り女の子を待たせちゃいかんぞ」
「わーってるよ。じゃ、頼むよ、爺ちゃん」
コタツから出て建斗は祖父の部屋を出る。祖父の情報網は本当に宛になる。流石にSAOの予約に関しては祖父の人脈でも本人分だけで精一杯だったようだが、それでも祖父の人脈と情報網の凄さは正しく人が一生をかけて築き上げたそれだ。
後々は建斗へと直接渡される物だが、やはり頼もしい事この上ない。
建斗は和人へと報告してから自分の部屋で待たせてる木綿季の元へと歩を進めた。
さて、仮想世界で悪行を働く小悪党よ。お前は修羅を動かしたんだ。然るべき制裁は取ってもらおう。
****
その二週間後。一応は退院出来た和人と珪子を連れて建斗は自分の部屋へと来ていた。珪子と詩乃の雰囲気が若干怖いが、それは気にしない。今回は報酬として『金』が絡むことだ。建斗も若干本気だ。
「さて、今回の事件、まぁ、仮称『SAO未帰還者事件』に関しては既に黒幕と解決方法を掴んだが正直、かなりキツイ」
「……すまん、いきなりの事に言葉が出ない」
「言葉通りだ。今回は俺達子供じゃキツかったから爺ちゃんにも協力してもらった」
建斗が投げ渡した書類。そこには目が眩むような情報が書かれていたが、そこには今回の作戦についてが書かれていた。
「爺ちゃん所の忍者も動くには時間がかかる。今回の黒幕はレクトっつー大企業だからな」
「レ、レクトォ!?レクトって、あのレクトか!?」
和人が書類を捲ってレクトの文字を探す。そこには、確かに今回の黒幕はレクト、その中のプロジェクトの一つであるレクト・プログレスが暴走をした結果、だと書かれていた。
詳しい事は子供が暴走しないようにと思い書かれてはいないが、それでも衝撃を残すには十分な情報だった。木綿季も流石に困惑している。
「リアルの方は忍者に任せて俺達はゲームの中で動く事にする」
「ゲームの方……?どういう事ですか?」
ゲームが何に繋がるのか、それが分かっていない建斗を除く全員の中で珪子が声を上げた。
「情報網でこんな画像を見つけたらしくてな」
それに答えるために建斗が取り出した画像はかなり解像度の荒い画像の写真だった。しかし、その中心には鳥籠のような物があり、その中には茶髪の人物が写されていた。
「これは……」
「これを謎技術で何やかんやして解像度良くしたのがドーン!!」
何やかんやって何だよ、と全員が思ったが、建斗の見せた写真で二人の人物がその目を見開いた。
その鳥籠には、二人のよく知る少女の姿が写されていた。
「あ、アスナ……?」
「な、なんで……」
アスナ。そう呼ばれる少女の、リアルと殆ど変わらないアバターを持つ少女が、ドレスを身にまとっていそこに立っていた。その表情は、どこか儚げでもあった。
「これはALO……あ、アルヴヘルム・オンラインってゲームの中のスクショだ」
「ALOの?」
「ほら、この間世界樹をロケット噴射で天辺目指すって馬鹿共がいただろ?そのロケット噴射の最後の奴が撮ったスクショをネットで拾ったんだが……まぁ、それを俺が見つけて爺ちゃんのコネでこうやって拡大&高画質化してもらった訳だ」
あー、あの馬鹿共の。と木綿季と詩乃は頷いている。が、和人と珪子は未だに困惑している。
このままじゃ話が進まないと思い、写真を取り上げて話を進める。
「忍者が言うには、この計画の主催者様はどうやらこのアスナ……結城明日奈にお熱らしい。だが、SAOでは恋人が出来て結婚した……まぁ、お熱の経緯は分からんが、美人さんだしな。一目惚れって可能性もある」
そこら辺の主催者をバラすと子供は暴走しかねない、という訳で詳しいことは書かれていない。チラッと和人の方を見れば明らかにイライラとしているようだったので、この判断は間違っていなかった。
今の和人に犯人を知らせれば、確実にすぐにその犯人を捕まえに行くぞと声を荒げたに違いない。まぁ、相手の立場が分かれば大人しくなるかもしれないが、その犯人とすれ違って何かされても困るわけだ。
和人の殺気を込めた犯人は誰だ、という視線を受けながらも建斗は話を続ける。
「だから、だ。俺達はゲームの方で奴の気を逸らす。その間に忍者が潜入して脅して警察に突き出してはい終了。忍者も大企業への潜入は厄介らしくてな」
「その方法を聞いてるのよ」
「あ、言ってなかったか?まぁ、ゲームの中で和人とアスナのあっつあつな場面を見せつけてソイツを引きずり出して俺達でボコる。この時間が例え数分でも、忍者はその間に潜入が出来る」
あっつあつって……と和人が少し照れて珪子と詩乃が殺気を漏らす。今度はお前らかよと建斗が呆れてしまうのも無理はない。
そんな訳でだ。と建斗は一旦話題を切ってから自分の机の大きな引き出しを開けて中を漁ると、取り出したものを和人と珪子の前に並べた。
「これは……」
「アミュスフィアとALOのパッケージ……それも新品ですか?」
並べられたのは、まだ箱に入ったまま手が付けられていないアミュスフィア本体とALOの新品のパッケージだった。それが、二セット。
「本来は爺ちゃんが使う予定だった新品のアミュスフィアだ。本来は爺ちゃんが世界樹の天辺で暴れまくる予定だったんだが、それよりも適任が居たからな。譲ってもらったんだ」
本来の作戦は建斗の祖父が期日までに仮想現実に慣れてから世界樹を一人で攻略。そこから世界樹の天辺で暴れれるだけ暴れまくり、犯人の注意を逸してから忍者が潜入するという流れだった。
しかし、それはかなり不確実な物であり、所詮はキチガイプレイヤーの戯れ言と思われた瞬間に全てが水泡に帰す作戦だった。
が、今回の作戦に和人が参戦した事によってその作戦はほぼ確実な物になった。
VR空間に丸二年ダイブした者が二人にALOを初期からプレイしている古参プレイヤーが三人。質よりも量の作戦で、しかも和人は今回捕らわれているお姫様専用の王子様。それで中から煽ってやれば外で見ている犯人の気は確実に逸れる。その間に忍者が小刀突き付けて脅迫でハイお終い、だ。
「まぁ、そんな訳でまだアミュスフィアとALOを持ってない二人にはこれをプレゼントだ。経費だから心配すんな。金は取らん」
と、そう言って建斗は二つのアミュスフィアとALOを二人の前に出す。それを見て和人と珪子は目を見開いている。
「コイツは立派な依頼、仕事だ。この事件は表沙汰になれば医療にも貢献してこれから先、様々な分野に貢献する『仮想現実』っていう技術の芽を潰す事になりかねん。その可能性を潰すために、よりよい未来と技術を発展させるために俺の爺ちゃん達は動いている」
だから、この仕事にはこんな報酬も出る。と建斗は紙を取り出した。そこには今回の報酬についてが書かれており、それは現物の品の名前ではなく、金額が書かれていた。それが、人数分。
それを和人と珪子に渡すと、そこに書いてある額を見て目を見開いた。そこに書いてあった数字は具体的には大学生が空いた時間全てをアルバイトに使った時の月給よりも多い位の金額が書かれていた。高校生や中学生からしたら文字通りの大金だ。それを見てこれ本当?と建斗に目線で聞く二人にマジだ。と頷いて木綿季と詩乃にもそれを見せる。
そこに書いてある金額を見て今回もこんな感じか。と二人は頷いた。
この三人は偶にアルバイトと称して建斗の祖父から回される仕事をこなして小遣いを稼いでいる。なので、三人はアルバイトをしていない学生にしては小金持ちと言える程度の金を持っている。今回の依頼も同じように金が貰える。建斗がふざけないのも金が絡んでいるからだ。
「まぁ、説明はこんなモンだ。ってな訳でこれよりALOに入って五人で思いっきり遊ぶぞイエェェェェェェェェェェェェェェイ!!」
「イエェェェェェェェェェェェェェェイ!!」
いきなりの建斗の奇声に木綿季が乗り、和人と珪子はイ、イエーイ?と乗り遅れた。詩乃は溜め息をついた。
「忍者の準備はかなり長くなるらしいから、俺達はその間遊びまくるんだよオラあく垢作るんだよあくしろよ」
『えぇ……』
建斗のキチが戻ってきた。やはり根っからギャグで構成されている人間のシリアスというのは長い時間続かない物だ。だが、その中で和人が声を上げた。
「いや、その……俺はナーヴギアからログインしたい」
「ん?いきなりどうした?後、何でだ?」
和人の言った言葉に疑問を感じた建斗が和人にその疑問を投げかける。
「ナーヴギアの方にユイのデータがあってさ……同じVRMMOのゲームでならユイを復活させる事が出来るかもしれないんだ」
「あ、なら私も……もしかしたら、ピナとまた会えるかもだし……」
あぁ、なるほど。と三人が頷いた。この二人はSAOで得たものがまだナーヴギアに記録されたままなのだ。だから、SAOのデータが入っているナーヴギアからログインしたらSAOで得た物が復活するかもしれない。そう考えているのだ。
特にSAOの中で得た物に思い入れのある二人だからこその言葉。確かにナーヴギアを使うのは危険だが、最初にアカウントさえ作ってしまえば後はアミュスフィアでもナーヴギアのデータは引き継げる。
「じゃあナーヴギア持ってここに来るんだよあくしろよ」
『やっぱここでやるんだ……』
「お前ら学校無いんだろ?俺達も明日は学校が無い。つまり、だ……お前らはこの部屋で明日までALOパーティーするんだよ!!」
「あ、ちなみに二人の家にはここに泊まるって言ってあるよ」
『勝手に!!?』
「もう諦めなさい……」
仕方なく二人は一旦家に帰ってナーヴギアをこっそりと回収してきて再び建斗の部屋に集まったとさ。
建斗の祖父(全ての元凶)初登場。でもってやっとメインメンバーが一堂に会しました。
ちなみに、話の節々で出てきた忍者とは、文字通り忍者です。それ以外の説明がありません。では、紹介が遅れたメインメンバーのキリトとシリカの紹介をば。
キリト……苦労人。しかしキチガイと波長が合うため付き合いはそれなりに長い。SAOのベータテストに受かったと報告して建斗を煽ったら学校の窓(三階)から投げ捨てられた思い出あり。実は剣術を習っているため、SAO初期は無双していた。
シリカ……実は一番思考回路が危ない。シノン並みのエグイ提案を笑顔でする自覚無しの腹黒。SAOでは持ち上げられてアイドルやっていた攻略組。護身術とそこから発展するナイフ、短剣術を習っている。知り合った経緯は木綿季が絡みに行った結果。SAOとナーヴギアの抽選に受かった報告をしたら学校の窓(二階)から投げ捨てられた思い出あり。