冬銀花   作:さくい

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担当上忍

 アカデミーのとある教室に三人の女の子と一人の男が向かい合っている。

 

 こくりこくりと船を漕いでいるフユカとフユカを抱き締めてご満悦なミナミに、カイトをジトッとした眼差しで見詰めるユウリ。

 そして、服のあちこちが焦げてボロボロになり顔や腕に軽い痣が出来ていて頭はチリチリのアフロになっているカイトの計四人である。

 

 何故カイトがボロボロになっているか。

 それは来るはずの時間に盛大に遅れ、遅れた事を悪びれもせず、しかも三人の前で腹をボリボリ掻くという不真面目極まる態度で面倒クセェ発言をしたカイトにユウリの堪忍袋の緒がブチ切れて殴り掛かった結果である。

 

 上忍の、しかもその中で最上位に近い実力を持つカイトが何故素直にユウリの打撃を受けたのかという理由は極単純である。

 

 教室に入りつつ面倒クセェと口に出した後に教室の中を見て、ミナミがフユカに食べさせていたショートケーキのキラキラと輝いて見えた素晴らしい魅力に釘付けになった。

 しかも珍しく目を細めて口角を上げつつ幸せそうに食べるフユカの表情を見て、そのショートケーキの匂いを必死に嗅ぎ味を脳内で補完して堪能するのに忙しかったからだ。

 その忍びにあるまじき決定的な隙をユウリに突かれた結果であり、カイトが現実に帰って来る頃には既に殴り倒されていた後だった。

 ミナミのショートケーキ恐るべし。

 

「……あ〜、じゃあまあ取り敢えず自己紹介しろてめぇら」

「お前がしろよいつかの変質者」

 

 頭をボリボリ掻き欠伸を零しつつ言ったカイトの言葉にユウリが辛辣に返した。

 母親の教育により熱血でありながら割と礼儀正しい面を持つユウリにしては大分態度の悪い対応だが、それは仕方のない反応である。

 なにせこの目の前にいるまるで駄目な男を代表するような面倒臭がり屋は、何時の日かにフユカの腕をずっと掴んで情欲の眼差しで見つめていた変質者であり、ユウリからすれば大変信じられない事に上忍(疑)らしいのだ。

 寧ろ礼儀正しい面を持ち、フユカの世話をしつつ色々と世間一般的なルールを教えてきたユウリからすれば許せない事甚だしいものだったのかもしれない。

 

 そして、ユウリの非常に冷たい態度に頬をヒクつかせたカイトは一回咳払いをして自分から自己紹介する事にした。

 

「俺の名前は式波カイトだ」

「……ふぁあ……ん……」

「はあぁ、どうしましょう。フユカ愛らしすぎます……」

「いや、二人共……一応担当上忍と話してるんだから、せめて話くらい聞こうぜ……」

 

 周りの空気を完全に無視して自由に振る舞うフユカとミナミ。

 その二人とは逆に反抗的な態度を取りながらもしっかりと話を聞いて、二人を窘めるユウリ。

 一応の部分を強調していたのは若干気になるが、そんな三人を見てカイトは察した。

 

 ユウリは苦労性の気があるのかも知れない、と。

 

 とは言ってもカイトはこの振る舞いを止めるつもりは毛頭無いし、自分には関係ないと思っているので何とも大人気ない。

 

「で、自己紹介やりましたけどどうするんですか?帰っていいんですか?」

「……いや、まだお前ら自己紹介してねぇだろ」

 

 ユウリのコミュニケーション拒否に少し無言になってからカイトが答えると、ユウリはあからさまに面倒臭そうな顔をした。

 そして、仕方ねぇなぁ、とばかりに肩を竦めて三人分の自己紹介をカイトに倣って名前だけ言って終わらせたユウリにカイトは再度頬をヒクつかせ、意趣返しをしようと画策する。

 

「で、帰っていいの?」

「ったく、何でそんなに帰りたいんですかね?あれか?あれですか?ママのおっぱいが恋しいんでちゅかぁ?全くしょうがないでちゅね〜、ユウリちゃんはそんなにママのおっぱいを飲みたいんでちゅか〜。でもちょ〜っとだけ待っててね?後少しで終わりまちゅから〜」

 

 ……ふ、勝った。

 という大の大人として失格な言動と思考で勝ち誇り、目を閉じたカイトの耳にユウリの言葉が入って来た。

 

「ああはいはいそうですねー、恋しいですねー。で、その後少しっていうのさっさと話せ」

「あ、はいすみませんでした」

 

 ユウリの完全に相手にしていなく尚且つ途中からの命令口調によって、胸の辺りからボキッという何かがへし折れた擬音が響いたカイトの口から反射的に謝罪の言葉が漏れ出た。

 女の子は精神の成長が早く早熟だという。

 所詮何時まで経ってもガキなままの男は女には勝てないのだ。

 それが例え、年端のいかない女の子であっても。

 世界の真理を悟ったカイトは大人しく有利の言葉に従って、正式な下忍になるための試験について簡潔に話始めた。

 

「一回で覚えろよ、何回もいうの面倒クセェから。明日の午前八時に第二演習場に集合で、お前らにはサバイバル演習をしてもらう。内容は明日話すからな。以上」

「了解でーす、んじゃお疲れっしたー」

 

 カイトが話し終えたと同時に立ち上がり一応の礼儀として挨拶をしたユウリは、フユカとミナミを連れてさっさと教室から出て行った。

 何故そこまで嫌われなければいけないのか疑問に尽きないが、カイトは傷ついた己のハートをそっと隠すように腕を組んで若干暮れかけている空を眺めた。

 

「はあ……どんな年齢の女でも、冷たくされるのは応えるな……」

 

 とは言っても大体の原因はカイト自身にあるので自業自得である。

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 翌日の午前六時、第二演習場にはフユカとユウリ、ミナミの三人がいた。

 フユカは水布団の上で寝転びポカポカと日向ぼっこ(睡眠)を楽しみ、ユウリとミナミは近くにある森や川、果てには其処ら中の地面に罠を設置している。

 

「にしても、本当にこのサバイバル演習が本当の下忍試験なのか?」

「確率は高いと思います。忍びというのは心・技・体の三要素が求められますが、アカデミーの卒業試験では技の項目……しかも基礎の中の基礎しかやっていません。それでは、残る心と体はどうなるのかという話になります。恐らく卒業試験は忍びとして最低限修めなければならない下級の術で忍びという特殊な職を務められるかの素質を見極め、そして各担当上忍が出す課題で下忍になれるかどうかの最終判定を下す。と、私は考えています」

「は〜……つまり卒業試験が一次試験で、この演習が最終試験ってことだな」

「恐らくは」

 

 意外と推理力のあるミナミの話を聞いて、確かにそうかもしれないと感じたユウリはその話を噛み砕いて自分なりに理解する。

 ちなみにミナミはフユカが絡んでいなければかなり優秀なのである。フユカに絡めばドロドロの甘々になるが。

 

「うし、頑張ってあの担当上忍をボッコボコにしようぜ」

「ユウリがそこまで人を嫌うのも珍しいですよね。何か理由でも?」

「んー?理由、ねぇ……まず第一に前にフユカの腕を掴んでジッと見つめてた不審者ってところでマイナスに振り切れてるし、言葉も行動も服装もだらしなくて嫌だし、それに……」

「それに?」

「昔、甘栗甘で私の目の前でヨモギ団子を買い占めやがったから嫌い。しかも、私の方を見てニヤニヤしてたから絶対に確信犯」

「……そう、ですか……」

「おうよ」

 

 何とも可愛い理由だとミナミは感じたが、ニヤニヤして態と団子を買い占めたカイトもカイトである。

 いい年した大人が何故女の子に譲らなかったのか疑問極まりないし、古今東西食べ物の恨みは存外根深くなるものである。

 それは目の前でプリプリと怒っているユウリを見れば一目瞭然だ。

 女の子らしい怒り方をしているユウリを見て和んだミナミは、ふとフユカの方を見た。

 

 水布団の上で……ころ……ころ……とゆっくり動きつつベストポジションを探し、ベストポジションを見つけたのか軽く息を吐いて垂れ始めた。

 ふにゃ〜んという擬音が聞こえて来そうなその光景に頬が緩むのを抑えられなくなったその瞬間、フユカを見つめる小さな気配と微かなシャッター音がミナミの耳に届いた。

 反射的にシャッター音が聞こえて来た方向である森の中を見たが、其処には誰もいなく、虫の鳴き声や小動物がいるだけだった。

 

「どした?ミナミ」

「……いえ、何でもないです。多分、気のせいでしょう」

 

 ユウリの疑問の声に答えつつ、ミナミは罠を設置している手元に視線を戻す。

 只の空耳だろうと無理やり自分を納得させながら。

 

 

 ミナミ達がいる演習場から森の方角へ離れた場所、其処に一人の老人が木の陰に隠れて冷や汗を流していた。

 

「……ふぅ、何とも勘のいい子だ。まさか、儂の気配に気づくとは……」

 

 そう呟きながら額に流れる冷や汗を拭いつつカメラの液晶画面を見る。

 それには幸せそうな顔で眠るフユカがしっかりと写されていた。


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