冬銀花   作:さくい

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不思議っ娘の誕生

 淡く儚い雪がハラハラと舞い落ちる時期、火の国にある木の葉の里の一角一つの新しい命が産声を上げた。

 

 出産に体力を使い疲れ果てた女性が胸に抱くのは、今さっきまで自分のお腹の中にいた我が子。

 産まれた時にか細い大きさでしか声を出さなかった子を心配していたが、安らかに眠る様子と確かに伝わる命に一応の安堵が生まれた。

 

 腕の中にある小さな、だが大きく重みのある己が子を優しく抱き締めて心の底から湧いて来る幸福感を享受していると看護婦に先導されて愛する夫が室内に入って来た。

 

 

「カオリ……その子、が……?」

 

「ええ。私たちの娘よ」

 

「……そっ、か……」

 

 

 そこから言葉が続かず嬉しさに涙する夫を優しく女性は見守った。

 夫が泣き止み、恐る恐る産まれた子を覗き込む夫に笑みが浮かぶ。

 

「抱いてみる?」

「……えっ……いい、の……?」

「ふふ、勿論。寧ろ抱いてあげて」

 

 そう言って女性は夫に抱き方を教えながら抱かせる。

 産まれたばかりの儚い子を抱く事にガチガチに緊張して固まりつつも何とか抱く事に成功した夫にまた笑みが浮かぶ。

 優しく温かい夫婦の空気に周りにいた助産師や看護師が柔らかい眼差しで見守る中、夫が徐に口を開いた。

 

「……この子の名前、フユカ、で良いかな……」

「ふふ、意味を聞いても良いかしら?」

「……うん、冬の厳しい季節に負けずに春に綺麗に力強く芽吹く花のようになってほしいっていう意味……」

「素敵ね、これから宜しくねフユカ」

 

 雪が舞い落ち街灯にキラキラ照らされて光り輝く冬の夜、一つの命が木の葉の里に生まれ落ちた。

 

 

 

 

 フユカが生まれて暫く経った。

 フユカは他の赤子に比べて体が小さく寝返りやハイハイが遅く母であるカオリと父であるトオヤはそんな我が子を心配したが、周りにいる育児経験者の話や医師の話を聞いて個人差の範囲であると知って安心した。

 

 わからないのは、目が見えるようになってから何もない所を何時までも見ていたり反応が薄い事。

 それでもまあ個人差の範囲だろうと受け止めて過ごし、気付けば一年を迎える頃にある事件が起きた。

 

 その時カオリはフユカが壁に手をついてつたい歩きしているのを洗濯物を畳みながら見ていた。

 そしてふと洗濯物に目を移してフユカに視線を戻すと、フユカが壁をゆっくりとハイハイしていた。

 

 数回パチパチと瞬きして驚きを露わにしたが、この一年の子育てで精神的に大きく成長してあまり動じなくなったカオリは直ぐに落ち着いて一言。

 

「あらあらまあまあ、フユカちゃん壁を歩けるのね〜凄い凄い。あなたぁ、フユカが壁を歩いてるわよ〜」

 

 二階で趣味のカメラを点検している夫を間延びした声で呼びながら、フユカが何時落ちても良いようにフユカの元へ向かう。

 数秒の間フユカの呼吸をする音とペタペタと壁をハイハイする音だけが周りを支配し、次の瞬間二階からドタンバタンと大きな音が鳴り響いた。

 そして直ぐに階段から大きな音が転げ落ちる音と振動が家を揺らす。

 

 それから数秒時間を置きガチャリとドアノブが回りドアから姿を現したのは、体のあちこちに傷を作った夫のトオヤだった。

 ちなみにフユカは鳴り響いた大音量に全くと言って良いほど反応を見せずゆっくりと壁をハイハイしている。

 

「本当に、歩いてる……」

「凄いわよね〜。フユカちゃん頑張れ〜」

 

 驚き体を固めるトオヤとほのぼのと壁をハイハイする娘を応援するカオリ。

 世間一般で言えばトオヤの反応が正常である。

 

 幾らこの世界に忍者という火を吐き出し水を噴き出し土を割り雷を落とす忍とは名ばかりの全く忍んでいない超人がいようとも、生後一年程で壁をハイハイする赤子の話なんて聞いた事がない。

 それに壁を垂直に移動するなんて言うのは忍者という超人への最初の一歩だと聞いた事があるし、それを実現するにはチャクラというエネルギーを操れて初めてできる事である。

 そのチャクラというのは忍になるために訓練をした者が初めて操れる代物であり一般人ではまず使う事は不可能と言っていい。

 

 ますます生後一年程の赤子ができる事ではないが、カオリと同様精神的に大きく成長してあまり動じなくなったトオヤは直ぐに冷静さを取り戻す。

 そして壁をハイハイする娘の勇姿に心を打たれ、手に持っているカメラを構えてパシャりと五連写した。

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 とある昼下がり、花実ミキはお隣に住んでいる幼馴染みであり自分と同じ新人ママである甘梨カオリと赤ちゃん同士の顔合わせという名目でお茶を楽しんでいた。

 否、カオリが楽し気に話すフユカの異常性に頭を痛めていた。

 

「それでね〜、フユカちゃんってば気付いたら天井でぼーっとしてたりするのよ〜。それが可愛くてトオヤさんが何度も写真をパシャパシャ撮ってるのよね〜」

 

 ポワポワとした表情で話すカオリに頬を引き攣らせながらミキは考える。

 

 あれ、赤ちゃんって天井とか壁歩けたっけ……?いや、まあ、世の中にはそんな子もいる、のかな?……いやいやいや、そんな訳ないでしょ実際にユウリは壁歩いた事ないし周りの人の話でそんな話聞いた事ないし、もしかしてこの子の特異体質とか何か?血継限界とかある世の中だし一般家庭出身で化け物みたいに強い人もいるしフユカちゃんもそんな感じなのかな?

 

 そう頭の中で考えていると一緒に遊ばせていたフユカとユウリの方から興奮気味な悲鳴が響き渡った。

 

 ぱっとその方向に顔を向けたミキの目に映ったのは、手の平からか細い青い糸を出して物を引き寄せるフユカとそれに目を輝かせて声を上げている娘のユウリ。

 ミルク色のサラサラな髪、眠た気に半分閉じている瞼から覗く蜂蜜色の瞳が可愛らしいフユカと赤色の癖っ毛で髪色と同じ色の快活そうな瞳を持つユウリ。

 そんな可愛らしい二人が一緒にいる姿は何とも絵になるが、やはり一番目を引くのはフユカの手の平から出ている青い糸。

 

「あらあら、フユカちゃん今までで一番長い糸出せたわね〜凄い凄い」

 

 異常とも言える光景を鼻で笑うようにほのぼのと己の娘の頭を撫でながら宣うカオリにミキは思った。

 駄目だこの親、私が一般的な赤ちゃんのなんたるかを教えないと……と。

 そう思いつつフユカの出している糸を観察して、それがチャクラ糸であると理解したミキは更に驚きに目を見開いた。

 

「いや、赤ん坊でもうチャクラ糸使えるって……」

 

 それから言葉が続かず暫しの間呆然とフユカを見ていると、何時の間にかカオリの夫であるトオヤがカメラのシャッターを切りながらフユカの周りを動き回っていた。

 

 そしてそのトオヤの残像をも残す動きに再び驚きに目を見開き、甘梨家族3人を見る。

 残像を作り無言で一心不乱にシャッターを切り続けるトオヤ。

 とんでもない事をしている娘の頭をほのぼのと撫でるカオリ。

 そんな両親に一切の関心を向けずに物をチャクラ糸で引き寄せているフユカ。

 

 駄目だこの親子、私が何とかしないと。

 

 ミキは漠然としながらもそんな思いを抱いた。

 

 


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