提督(笑)、頑張ります。 外伝   作:ピロシキィ

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寄稿されたものです。

寄稿ありがとうございます。


外伝 鳳翔の追求

 

江田島の教官任務が下りまして着任前に余暇を頂きました、と言いましても既にその残りも僅かです。

教官の任につくことをお礼奉公なんて言ったりしますが、艦娘が言うのは変でしょうかね。ともかくパインにまで行って色々と伺い、物耽っているうちに明日には横須賀から発つ身になりました。我ながら未練がましく悶々とするばかりです。

 

...パインに行ったと言ってもどこに行ったのか分かりにくいですね。

パインというのも料亭の小松のことになります。海軍の隠語は横文字がとても多く、これもまた一つ。敵性言語を使っていいのかと疑問を抱く方もいるやもしれません。ですが世界を相手に活躍すべき海軍士官が英語の一つも出来ないというのも情けない訳ですからそうなるのも自然の理でしょうか?

海軍独特の言い回しと言えば、なんでもない様にすることをシレっとするなんて言ったりします。あとは願いますでしょうか?お願いしますと言ってしまえば娑婆っ気が...となってしまったこともあるのでなんとも言えないところです。

 

話がそれましたね。

料亭小松はその時々の大物海軍軍人が足を運んだ老舗の名店です。

揮毫をした方々も錚々たる顔ぶれ。山本大将、米内大将、鈴木貫太郎大将といった私がその活躍を知る方々や、東郷元帥、上村彦之亟大将といった大先輩の方々までに及びます。

そんなお店ですから秘密の会合なども多く、下手な水兵よりも芸者さん達の方が裏事情に詳しいなんてこともあったみたいですね。

 

実は私はビーフシチューのコツを訊きに行ってきたんです、なんでも長野提督がここで隠し味を尋ねたらしくて。私で料理の腕を研鑚していた後もいろいろと研究していたらしくて。それとお礼に揮毫したとも聞いたのでそれも目的ではありましたが。

 

ただ長野提督も揮毫をされたはずですのに飾られていないのは何事でしょうか?

訊けば内容に問題があったと言われ、見てみれば分からなくもないですが今一つ納得がいきません。

 

盛者必衰の理なれど 限りを尽くせと 願い居候

 

色々と解釈が生まれたとのことで、一方は神風特別攻撃についてだと思われたそうです。

栄える限りを尽くす、つまりは衰える前に美しく散ることを望むという風に取られた方がいるそうで。つまり海軍の栄華の最後の花を添えよと想像したと。

揚げ足を取ってでも特攻推進派にしたかったのでしょうか?

 

もう一方は、こちらも衰えが始まる前に栄える限りを尽くす、戦争が始まるまでに利権を確保するべきであったという風に見る向きだそうですね。

それが大陸の満州や中国のマーケットの確保のことなのか、大東亜共栄圏の推進なのかと色々妄想されているみたいです。

ですが人の政治信条にごちゃついた妄言を塗るのは如何なものでしょう。

 

いろいろと煩く言われた結果として飾られなくなってしまったと口惜しそうな女将に謝らせてしまったのは申し訳なく思いますが、私が無情な気分になるのを止めることは無いでしょう。

それに私にはまったく別の意味がみえていますし。

 

 

 

私や金剛さんに乗っていた主計さんは晩年に興味深いことをおっしゃっていたというのに無粋な人がいるのを残念に思います。

 

罪ありし 必死かけるは なればこそ その身任すは 戦乙女か

 

文屋の人と将棋を指していた時に漏らされたそうで、長野提督の最後を訊かれての返答であった様です。

 

そのままの意味で取るならば、前半は戦争の勝ち負けは軍人のせいであり負け戦で生き残るわけにはいかないといったところでしょうか?

軍艦を女性に例えるのであれば、武勲艦金剛は戦乙女と言えるでしょう。後半部分は沈みゆく金剛に身を任せるということになると思います。

主計さんには自責に駆られ、死を選んだように見えたと。

 

ですが将棋の最中に零されたことを考えると、罪は詰みに必死は必至の掛詞とも取れますね。

そうすると前半は勝ちがあるからこそ勝ちに出たのである。

後半は北欧神話通りに意味を取ればバルキリーに身を委ねて戦士の列に加わるということになりますか、死後も戦う腹積もりに見えていたと。

つまりは提督は勝算が那由他に一つでもあるならば勝ちに出る、死した後も。

主計さんには七生報国の護国の神にそう見えたとも。

 

と長野提督に対する思いとも見れるわけですが、主計さんが持つ思いとして見れば違う見方も出来るのではないかと思います。

詰みありしを主計さんの玉の詰みと酌めば、長野提督の死があるならば供するべきだったということに。

本当に降りるべきだったのかに自答できずにいたともみえますね。中々趣き深いですが、それ以上に目につくのは誰もが自分を責めていることでしょうか。

 

 

 

脱線もいいところですが思います。

このように詩の心があった人がいれば、一方で長野提督の揮毫にケチを付ける方がいるのは度し難いのです。

 

揮毫の本当の意味はどこにあったのかは、そのヒントは女将の話にあったと私は思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれはトラックに出張店舗を持っていた時の話になるね。

大女将が井上さんの、下士官の娯楽が少ないからトラックまで来てくれないかって話を受けてやっていたんだけどね...

ある時、井上さんが長野さんを連れて食事しに来たんだよ。なんでも俺が飛行場の設営を具申したせいで、それが取り合いになった。結局、大活躍だった長野に尻拭いをさせる形になってしまったお礼だとかで。

 

予算はいくらで旨い飯をくれって言われてだね、おい長野、何が食いたい?って聞いてたさ。長野さんはビーフシチューでもどうかと返してたね。

結構覚えてるもんさね...あの頃は井上さんも長野さんも芸者にモテてね、二人とも仏頂面下げていたけどもなかなかに美丈夫でね。気遣い心遣いも確かに感じられたもんだから当時は若い私らはみんな渋いおじ様に首ったけだったよ。

まぁ本人たちはあんまり脈が無さそうな風であったがね。井上さんは亡くなった奥様、長野さんは決めた女が透けて見える気がしたかな。

 

誰だったかがからかってみてはどうかなんて言い始めたから、今思えば失礼なことを言った娘もいたもんさ。

長野さんはつれませんね、今日ここまで来るのにサラソウジュを見てきたんです。長野さんはその木の下まで行かれたんじゃないかなんて思ってしまいましたよ?

まぁ悟りでも開かれたんですかと言いたかったんだろうけど、死んでるんじゃないですかとも取れる訳だから失礼千万もいいとこだったかな。

まっ言われた本人はしょげていたから面白かったがね。意外と可愛いところがあるなんて私らは思ってたよ。

 

で、井上さんもなかなか洒落っ気のあった人でね。

食事中に司令部に対して怒っていたんだけど言葉がまた面白くてね、馬鹿がボレロを振ろうとするから失敗するんだってお冠になってね。

なんでも気に入っていた軍艦の比叡だったかが沈んだのがお気に召さなかったらしいんだよ。

 

ボレロはラヴェルって作曲家の曲で、同じフレーズを繰り返すもんだから綺麗に鳴らさないと無様になる難しい曲なんだってね。一度上手くいった、それだけで同じ作戦を繰り返すなんていうのはどうかっていうことを言いたかったみたいさ。お堅い人だったけど、洒落のセンスは確かにあったよ。海外勤務が長かったのがこの辺に出てるのかね。

 

偉い人のことはよく分からないけど、長野さんも怒っていたっけね。

西田が予備役に突っ込まれるのは我慢ならんから、井上さんからも長官宛に一筆願いたいなんて相談されてたね。結局、干されてしまって努力の甲斐もなく残念だったがね。

 

そんなこんなでお二人が喋ってたもんだから、こっち惚けていたら急に長野さんが仰るんだ。

このビーフシチューに隠し味はあったりするのかって。うちの味がお気に召したらしくて自分でも作りたいんだと。ハンサムで料理も上手いときたらそりゃモテもするよ。やっぱり色男だね、長野さんは。

 

うちのは赤ワインに潰したトマト、別に用意したデミグラスソースと牛肉に野菜が一通り...変わったものと言えば赤味噌くらいですかなんて返せば、いつもの不機嫌面が変わってねぇ。食いつきが良いもんだからそんなこと聞いてどうするんですか?って聞いたんだ。そしたら礼に一筆書くし良いから頼む、どのくらい入れるんだってね。

後で分かったんだけど妹さんに作りたかったみたいさ。お国のために戦う人も、戦場を離れればただのお兄さんと思ったよ。

 

ただね、サラソウジュなんてからかった娘はトラック空襲で亡くなっちまったよ。後で井上さんが手をついてくれちゃいるけど、そういうことじゃない。

その娘も長野さんも死ななきゃいけない理由なんてなかっただろうに...

 

戦争なんて碌なもんじゃないよ、本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの人の得意料理を一つ作れないのはつまらない女と思い訪れてみれば、また一つあの人の誤解を知ることになりました。

 

サラソウジュと言われて盛者必衰ということは読みはセイジャヒッスイのつもりだったんでしょう。実は盛と生で掛けてあって、意味としては...

 

人はどうせ老いて衰えるのであれば、衰えの限りを尽くせと願いたい。これくらいになるんでしょうか?

妹さんに往生して欲しい、長生きして欲しいと思って書いたのでしょう。結局あの人が欲しかったのは妹さんが安心して暮らせる国だったんでしょう。皆が武士道とは死ぬことと見つけたりと言わんばかりに散っていったのは、そんな小さなことを願っていたからです。誰も大義なんて気にしてないんですよ、それを上の人たちは...

 

誤解と言えば、散る桜残る桜も散る桜も誤解されていますね。

過去と現在と未来。散った輩を見て、自らが散るまでに何を為すべきだろうかと詠った句のはずです。

如何に散るかではなく、如何に咲き誇るか。

 

私は未だ、長野提督を推し量れないでいます。

 

明らかにできないでいるから、諦められないでいるのでしょうか?

 

明らめられないからこそ、こうやってビーフシチュー一つに拘っているんでしょうね。




最後の一行

明らめられないからこそ、

の部分は誤字にあらず。

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