寝てスッキリした、と言えば嘘になるだろう。だがそれでも1度溜まっているものを吐き出したからか、だいぶスッキリした気持ちになれている。布団から顔を出しISの待機状態である懐中時計を開き確認してみると朝の5時だった。かれこれ10時間近く寝ていたのか。眠気なんか感じないわけだ。寝汗が酷く、寝巻がぐっしょりとしていたためシャワーを浴びることにした
「・・・あとで謝っておかねぇと」
昨日したことは今でも鮮明に思い出せる。穿り返したくはなかった内容もあったがこの学園に来てからどれ程、ストレスが溜めてしまったかが再確認できた。子供の癇癪というのは分かっているが無神経な言葉に対して反応してしまったな。これではいかんな
「・・・ここに来てから色々と変わったな」
環境も関係も何もかもが変わったように感じた。変わりすぎて変化がどうでもよくなりつつあるが、それでも今の俺を形成する1つであることには変わりない
「俺も変われるのだろうか」
他人に周囲に左右されるわけでは無いが、本当の意味での真実を語るにはまだ早いようにも感じる。一夏との距離はどうしようもなく離れる一方でしかない。本当にどうしたらいいんだろうか
「・・・少し外に出るか」
シャワールームを出て着替え、濡れた髪をドライヤーで乾かすわけにもいかないためタオルを巻いて乾かすことにした。前髪は上げておいて視界を確保しないと水滴が目に入るのだ。こんなに早く起きるとは思わないが念のため書置きをして小銭をポケットに入れて部屋を出ることにした。寮の廊下は人気は無く静寂という感じだ。寮を出て適当にぶらついていると遠くで黒いジャージを着て、髪を1つに束ねた女性が走っているのが見える。てか、織斑先生じゃないですか
「詫びってわけじゃないが差し入れでもするか」
近くに合った自販機でスポーツドリンクとミルクティーを購入し再び戻る。設置されてあったベンチに座り、こちらに近づいてくるのを待って約5分、こっちに近づくにつれて織斑先生は俺に気付いてくれたようだ
「おはようございます」
「ああ、おはよう。前髪を上げてるのか」
俺はスポーツドリンクを投げ渡した。一言、ありがとうと言われ飲み始める織斑先生
「昨日はすみませんでした」
「は?」
「生徒指導室での話なんですが過剰に反応してしまったみたいで。1日寝てスッキリ・・・とはいきませんでしたが整理はしたつもりです」
そういうと織斑先生は大きく深い溜息を溢す。いやこんなんで溜息をつかれてもこっちが困りますよ
「鏡野、お前は馬鹿か?」
いきなり罵倒されましたよ。いったい何なんですか?
「こちらこそすまなかったな。早い段階で気付けばよかったのだが気付くことができなかったこちらの落ち度だ。鏡野が謝る必要は無い」
「そうですかね?」
「そうだ。お前がここに来る前から大変だったようだが、ここでは同じようにはさせない。一教師として宣言しておく」
「そうですか」
宣言されても反応のしようがない。子供の癇癪のようなものでしかないのだから、そう宣言されても困る
「実際に鏡野が置かれている現状としてはどうだ?」
「気にしてないの一言で終わりますよ。昨日は色々と取り乱しましたけど、気にするのも面倒なのでどうでもいいです」
「そうか・・・話は変わるが昨日の事で気になることがある。昨日の話で鏡野が言っていた本当の関係、何十年も苦しめたと言っていたがあれはなんだ?」
そういえばそんなことを言っていたようなそうでないような・・・だがまだ言えるわけでは無い。ここで織斑先生に信用してもらったとしても他の2人、一夏と円華はどうだ?信用されるわけがない
「まぁ・・・言葉の綾みたいなものですよ。入学当初みたいなことがありましたし、関係を築くなら本当の物を。怪我込みで何十年という表現で・・・今思えば、十年前後ですが」
「・・・」
今、すんごい睨まれています。蛇に睨まれた蛙状態です、はい。ただでさえこういう経験は慣れていないから余計に怖いです
「睨まないでください。割と怖いです」
「ん、すまなかった。その場凌ぎの嘘に思えてな」
女性の勘という奴だろう。当たってますよその考えは。俺もまだ決心がつかないだけなんですから
「さて、私は帰るとする。時間を取らせてすまなかったな」
「いえ、こっちこそです」
織斑先生は軽く手を振って寮の方へと向かっていった。俺も本格的に考えなければいけないのだろう。許しはできないかもしれないが妥協し関係の修復に諮るべきなんだろう。だが、それと同じく怖くもある。要は俺は知っていて騙しここに来ている。シャルロットと同じでしかない。その場凌ぎでこうしているに過ぎないのだからどうしたらいいのか分からない。あぁ、あいつもこんな感じだったんだろう
「・・・俺も帰るか」
思考の渦に飲み込まれそうになったので一旦切り捨てて、自室に戻ることにした。この時間帯でもあいつらが起きることは無いだろうが少しは眠れそうかもな。部屋に戻り自分のベッドに身を投げる。まだ2人が起きる時間ではないが2人の様子は何事もないかのように安らかである。眠気はすっかり飛んでしまっているが目を瞑るだけでも少しは休めるだろうと思い瞼を閉じた
千冬サイド
鏡野の様子からするとまだ何か隠しているように思える。辻褄合わせの嘘というような回答を貰い、考えなければならないとはな。考えることは色々あるがその中でも上位に位置しているのは鏡野と一夏、その2人に関することだ。前者はちゃんと話してくれるが全てを話しはしない。後者は話してくれることは少ないが話すときは全て話してくれる。対極のように感じるな。昨日の話でも一夏は鏡野に対して暴行を加えたらしいしその真相を聞きださねばならんな
「間違ったことをしたら正さねばならんからな・・・しかしいったいどうしたらいいのだろうか」
私は世界中で
「どうか・・・どうか無事でいてくれ春十」
1枚の写真を眺めてはいつもそう思う。まだ一夏達が赤ん坊の時の写真だ。これしかない写真は私しか持っていない唯一の写真だ
「・・・よし、今日も皆の手本となるべく頑張るとしよう」
今日やることは決めた。後は実行するだけなんだ。いなくなった春十の分まで一夏と円華を一人前の人間に成長させるべく、自らに鞭を打つ。私にはこれくらいしかできないのだから。朝食を済ませスーツに着替え、身支度を済ませ私の部屋である寮長室を出ることにした
七実サイド
朝食も摂り、制服に着替えて教室へと向かっていた。昨日の事で心配されたが気にされる程の事ではないような気がしたので、スルーしてもらうようにしてもらった
「ストレスが原因なんでしょ・・・七実が大変な環境にいるのは分かってるから、私達を頼って」
「まぁ・・・善処する」
「「しないよね?」」
2人仲良く声を揃えて言わないでくれ。信用されてないのか・・・ここ最近の出来事を考えれば仕方ないのか?
「するつもりだ。言葉より行動で見せるつもりだ」
「七実らしい・・・でもそっちの方が分かりやすくていい」
「ななみん頑張ってね~。あ、それと今週の日曜は空けといてね~」
「どっかに行くんだったか、年がら年中暇だし気晴らしにもちょうどいいかもしれない」
そういうと2人は顔を顰めて苦笑いをしていた。楯無からデートをするというのを聞いているが、いつものメンバーでは遊びに行くという感じに近い
「そういう意味じゃ・・・でもいいや。早く行こ」
「はいよ」
俺ら3人は学校へと向かっていく。昨日みたく足取りは重く感じない、寧ろ軽い方だろう。溜まりすぎていたストレスを吐き出したからだろうか、はたまた寝てスッキリしたかはわからない。でも多少は気楽でいられる。さて今日も面倒な1日が始まるのか