翌日、教室に着くまでに俺が見た生徒は20人近くだがその生徒全員にゴミを見るような目で見られた。昨日のあれが響いているのだろうが真実はごく少数の人間しか知らないのだから仕方ない。まだ無人の教室に本音と一緒に入るなり俺は空を見る。今日は生憎の雨模様だが雨の降る音は俺にとって心地よく聞こえる
「ななみん今日は雨だね~」
「ああ」
昔の俺だったら声に出さず返答しただろう。根本のところはあまり変わらないが少しは変わることができたのだろうか
「ななみんはこれでよかったの~?」
「何がだ」
「セッシーの事だよ~。あんなに酷いこと言われたのに許しちゃうの?」
「完全に許したわけじゃない。あくまで許容しただけだ」
セシリアの事は嫌いだ。だけど一緒に生活する際にもしかしたら手を貸し借りすることがあるだろう。その時俺は余程の事じゃない限りは手を貸すつもりでいる。あいつは知らんがな
「それって同じじゃないの~?」
「違う。許せば全ての事は水に流れてしまうが、許容だったらまだ許してはいないが一応は受け入れるつもりがある」
「そっか~」
今日も一悶着あるだろうがどうせ一夏が食い掛ってくるだけだろう。その程度で済んでくれればいいがどうも嫌な予感がする
「やっぱり優しいね、ななみんは」
「さてな」
「そうだって~、かんちゃんと楯無様の事もそうだったし~」
「あれは偶然だろ。虚に連れられて遊びに行った時にたまたま遭遇しただけだ」
簪と楯無が言い争っている所に遭遇し、話を聞きただ本当の事をぶつけ合わせるようにしただけで過程は俺が作ったが結果を出したのはあの2人だ
「結果論だよ~。先代の楯無様だって感謝してたし~そこまでさせたのはななみんなんだから~」
「どうなんだかな」
「私はね、そんな優しいななみんがね好きなんだよ~」
好きか・・・確かにあの事があってからというものの簪と楯無は俺に必要以上に接触するようになったがそれは好意を持っているように感じた。「Like」なのか、はたまた「Love」なのかは知らないがそれに答えるだけの勇気がない。もし受け取ってしまえば今の関係が崩れてしまいそうで怖いのだ
「こんな捻くれた奴のどこがいいんだか」
「そこがいいんだよ~」
全くもって意味が分からない話だ。こんなにも狂っているかのような考え方ができる奴のどこがいいのだろうか。本音は話しているが聞き流すことにした。しかしこの話は同じクラスの他の生徒が来るまで続いたのだった。SHRが始まる10分ぐらい前には生徒は全員来ていて俺の斜め前にいるセシリアは何か言いたそうにこっちをチラチラ見ていた
「なんだセシリア」
「ふぇ!?」
「何かあるなら話せ」
周囲は静まりこっちの方を見てくるのが窓のおかげで分かった。遠くで一夏が立ち上がるのも見える
「昨日は申し訳ありませんでしたわ」
「それは昨日も聞いた」
「いえですから「セシリア、七実に謝る必要は無いぜ」はい?」
セシリアの謝罪に割り込むように話に入ってきた一夏。今日もお前はこんな風に全てをややこしくするのか
「俺は何と言われようがお前のすることを許さない!」
「はぁ・・・どうだセシリア。昨日俺が立たされた立場になった気分は」
「はい?」
「昨日話したがその時にこんな風に邪魔され話ができなくなった気分を味わうのがどうかと聞いた」
昨日は絶望的なところまで立たせた後に許すつもりでいた。しかし許す前に一夏に邪魔されたのだ。その気分をセシリアは同じ条件で受けてしまったのだ
「どういう意味だよ」
「どうもこうも無い。昨日もそうだがお前は他人の会話の邪魔をするんだな」
「してねえよ。というかふざけんじゃねぇよ七実!女の子にこんなことをして何になるんだよ!」
やっぱり前提を取り違えている。何が原因でこうなっているのかが分かっていないからこんな風に取り違えるのだ。静かになっていた周囲の女子も一夏に賛同するように罵声を浴びせてくる
「だったらそもそもの原因を作ったのは誰だ。他ならぬそこにいるイギリス代表候補生であるセシリア・オルコットだろうが」
「お前が昨日の戦いでセシリアに何かをしようとしたのが発端だろ!」
「いや違う。先週クラス代表を選出する際に何があったか覚えてるか?」
「あれだろ?七実とセシリアが口喧嘩してたやつ。それがどうしたんだよ!」
あれを口喧嘩で済ませるあたり頭がお粗末さんだな。今ならお粗松さんとでも言えば少しは笑いは取れるだろうが分かりずらいので却下だ
「その際にセシリアはなんて言った?。勝負で負けたら奴隷にすると言ったぞ。人権や自由さえも無視し全てを奪い家畜のように働く奴隷になれと言った」
「そんなの断ればいいだろ!」
「お前には分からないだろうな!」
8年ぶりに声を荒げたような気がする。死にかけた以来ここまで声を大にすることなんてなかった。周りもさすがに驚きを隠せないようで再び静かになる
「あんな生活を何年も送ってきた俺にとってはもう二度と聞きたくない言葉だった!けどな、けどな!」
「そこまでだよ、ななみんにいっちー」
熱くなった俺を鎮めたのは本音だった。何があったかを知っている本音は鎮めに来てくれたみたいだが本音がかすかに震えているのが分かる
「すまん本音」
「い、いいよ~」
周りの声も静かで一夏やセシリアも静かだった。ただ周りには雨の音しか聞こえてなかったのだろうが俺には本音が泣いているのが聞こえた。なぜ泣くのかは知らないがこの場合は俺に同情して泣いているのかそれとも俺の事を悪く言われて泣いているのかは知らない
「大丈夫だ」
「うん・・・」
こんな険悪なムードの中、織斑先生は教室の中に入ってくるなり咳払いして生徒を座らせたが本音はまだ抱き着いた状態で泣いているため動けなかった
「おい鏡野。後ろにいる布仏妹はどうした」
「精神的ショックで少しダウンしてるみたいなので放置してくれるとありがたいです」
「そ、そうか。てっきり泣いているものだと思ったが」
当たってます。意外と離れているのに当たってるとはさすがと言わざるを得ない。しかしこのままだと、ろくに授業に参加できないからなんと言われてどやされるかが分かったもんじゃない
「鏡野は昼休みに職員室の前まで来てくれ。話したいことがある」
「分かりました」
さてはてどうしたものか。険悪なムードにしたのは俺だがそもそもの原因は俺ではなく今回は一夏だ。突っかかってこなければこんなことにはならなかったし今日こそは丸く収まっていたはずだからな
あの後、本音は1限目が始めるまでには泣き止み顔を真っ赤にして自分の席で顔を隠すようにして机に突っ伏していた。その後、1限で一夏が代表に就任し円華が副代表に落ち付いたがそこでも一悶着あった。そして昼休みになり職員室の前まで本音に送られた
「あ、七実君こっちですよ!」
「あ、まやまやだ~」
誰でもあだ名をつけようとするな。特に先生とかはもってのほかだと思うぞ
「ま、まやまやですか?」
「聞き流してやってください。本音はいつもこんな感じなんで」
「酷くない、ななみん~」
「この通りです」
実演ありがとう本音。ここで本音と別れ山田先生に車椅子を押されて生徒指導室に入れられる。悪いことは何一つしてないはずなんだがなぜここに入れられなければならないのだろうか。しばらくすると織斑先生が入ってくる
「待たせたか?」
「いえ」
「そうか。早速だが話に移らせてもらう。朝のあの口論はなんだ?」
聞いてたんですか。確かに朝っぱらから口論でもしていれば気になりはするだろう。俺はなるべく事細かに説明した。昨日セシリアに何を話し何を話せなかったか。夜に何があったか。今日何があったかを説明するが徐々に織斑先生の顔は呆れたような表情になっていった
「というとなんだ。鏡野は昨日セシリアに言われたことを許そうと思ったが一夏に邪魔されセシリアに悪役を押し付けられた。その日の夜にオルコットは謝罪しに来たがその日は拒絶し、今日再びオルコットに謝罪されたら一夏に遮られ険悪な雰囲気になって鏡野が声を荒げたと」
「まぁ鎮めてくれたのが本音だったんですが泣かれまして、やむなく嘘をついたのは許してください」
「それぐらいはいいだろう。しかしなんだ頭痛がしてきたぞ」
原因は俺じゃないですけど心の中で謝っておきます。まだ一夏やセシリアは子供だ。思考や行動で間違えもするだろうが許されるものと許されないものがある。特に今回は許されないものばかりだったセシリアは奴隷宣言、一夏は考えもせずに俺を悪として敵対したことだ
「1人の姉として謝罪させてくれ。済まなかった」
「先生が謝らないでください。悪いのはあいつらなんですから」
「それにしても七実君はどうして許したんですか?。普通だったらもっと怒りそうなものですけど」
「怒った分疲れるだけなんで徹底的に真実を叩きつけてます」
山田先生は顔を引き攣らせ苦笑いを浮かべるがこれが1番手っ取り早いのだ。変えようのない真実はある。それが例え身の破滅に関わるものの場合もある。セシリアは最悪退学させられていたかもしれない。こんな嫌われ者でも世界に2人だけの男性IS操縦者を奴隷にしようとしたのだから
「それにしても鏡野が言っていた事が少しは分かったような気がする」
「何がですか?」
「以前に何十年も苦しめた事と言ってたのは覚えているか?」
記憶にはそんなことは一切ない近しいことは言ったかもしれないが織斑先生の前で言った記憶は無い。となると
「覚えていないです」
「そうか。その時の言葉の意味を思い出せば以前にこのような生活を強いられたのだな」
「・・・まぁ」
犯罪者の息子と言われる所以になったあのクソのような家庭で何が起きたか。奴隷のように扱われしまいには殺されかけたのだ
「ちなみに先生は俺の事はどういう風な奴かは聞きましたか?」
「えっとですね。確かに犯罪者の息子に位置するとは聞きましたがそれでも七実君は七実君だと思ってますしあんまり気にしてませんよ」
「私も同意見だ」
この2人には知ってもらっても構わない。どれだけメディアの力で真実を捻じ曲げられてかを知ってもらういい機会だ
「すみませんがちょっと見せたいものがあるんでいいですか?」
「なんだ?」
俺は上の服を脱ぎ始める。山田先生は顔を赤くし目を逸らすが本当はこれじゃない。2人に背中を見せるが何も声が上がらなかった
「俺が最初、先生方に出会ったときに体が動かせなかった原因です」
「な、なんですか。この大きな傷跡は」
驚くのも無理はない左肩から斜めに大きく斬られたような傷跡と左腕には変色している部分を見た。触れば分かるだろうが触らせも見せもしないのだから分かりはしない
「これ、誰にやられたと思いますか」
「・・・まさかとは思うが犯罪者として捕まったお前の前の親か?」
「正解です。あいつらは俺を扱き使いまるで奴隷のように扱い殴り蹴り何でもかんでも押し付けた。しまいにはこういう風に斬られ体が動かなくなった。本当は犯罪者の被害者である息子の真実です」
「そ、そんな・・・」
小学2年生で味わったこの世界における最初の出来事で俺はまたしても死ぬところだった。同じ扱いを受けて死んだように生きるのよりはマシだがったが動けないのも割と同じだった。俺は服を着て2人の方に向き直る
「辛かっただろうな鏡野」
「今となっては今の親父や母さんと別れなきゃいけなかったのが辛かったところですが」
「鏡野君辛かったら相談してくださいね?」
「今は特に無いんでいいですけどたぶんその内します」
しない時の常套手段だ。俺の抱えている問題はまだある。前世のせいで性格がこんなにも捻じ曲がっていることと本当の家族は織斑家だったことをどう伝えるかだ。前者はどうでもいいが後者は一夏のせいでほぼほぼ無理となっているからどうしたものか
「話は終わりでいいですか?」
「ああ、すまなかったな鏡野。その、一夏とは上手くやれそうか?」
「正直に言うと無理です。何も考えずただ真実から目を背けて逃げて話も聞かないんで」
「・・・そうか」
この時俺は織斑先生に背中を向けて既に生徒指導室から出ようとしていたため顔は見ることはできなかったがとても悲しそうな声に聞こえた。本当はもっと仲良くしたいが環境、タイミング、性格等いろんな原因で俺と一夏、円華の距離をあけてしまった。それ故に、もう2度と交わることは無いかもしれない平行線になってしまったかもしれない。俺は生徒指導室を出て教室に戻る事にした
今回もお読みいただきありがとうございました
そろそろ年越しですね。年越し企画でも考えれたら考えておきます