吸血姫浪漫譚   作:ういうい0607

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誇り

 ---夢を見ていた。

 

 年齢が三十代を超え、錬金王オーレストとして王国民に知られ始めて来た頃、出会ったのだ。獣王クリストフに。当時は王国と獣国の関係もよく技術交換などを行い互いの国に使節団を送り合ったりしていた。そういったことを行っているうちに王国から戻ってきた使節団から凄い技術を持つ錬金術師が居ると聞いたクリストフは、どんな奴か気になるなと発言し、翌日数人の護衛を率いて王都へと発った。王にしてはフットワークが軽いが彼は自身の欲望に素直な人間だった。そういった点もオーレストと気があった点なのだろう。

 

「お主がオーレストか」

「あぁ、そうだ。……で、俺の貴重な時間を使ってお前は何を見極めたいんだ?」

 

 獣王が来ている。今すぐ登城せよ、と当時のローレライ王から勅命を受け、自身の宿願を叶える為の研究を邪魔されたオーレストは不機嫌にそう言った。ローレライ王や大臣達が他国の王族に対して無礼すぎる態度を取ったことに獣王の怒りを買うのではないか、と顔を青くして焦っていたが当の本人は何も気にしていなかった。フランとして生きている今もそうだが昔からオーレストは誰に対しても平等だった。興味のない人間でなければ例え王族であろうと無碍にする。逆に興味を抱き、大切に思うようになった相手には、どこまでも深く愛する。そういった人間であったのだ。

 

 そして先のような発言をすれば、普通の王族なら怒り狂ってそいつを殺せとでも言うだろう、と考えていた。だが、王国にとって自分はなくてはならない存在だ。ローレライ王や大臣、上層部の人間がどうにでもするだろう。これで自分は研究に戻れる。しかし、オーレストの想像通りにはならなかった。

 

「……くっ。く、くはは、くははははははっ!!!」

「……は?」

「---あぁ。いや、何。久しぶりに面白い男に出会ったと思ってな。お主には、何か絶対に叶えたい、叶えなくてはならない。……そういった思いがあるのではないか?」

「---!?」

 

 獣王クリストフは見抜いていた。オーレストが生涯を通して叶えたい願いがあること、自分をわざと怒らせこの場を早く後にしようとしたこと。

 

「……どうして」

「ふっ……伊達に王として君臨しているのではないのだ。人を見る目には自信がある。だが、そんな儂にもお主の願いの内容まではわからん。それを儂に教えてくれないか?」

「何故だ?」

「お主と、友になりたい。オーレストという男は儂にとって生涯の友であり宝になると、儂の感がそう言っておる。そして、友とは何かを分かち合うものだ」

「……どうせ馬鹿にする」

「見損なうなよ? 王の名において誓おう。決してお主の夢を馬鹿になどせぬ」

「ちっ。……着いてこい」

 

 クリストフの言葉には嘘偽りがない。彼の発する言葉にはそう信じさせる何かがあった。ひょっとしたらこいつなら理解してくれるかもしれない。そう思ったオーレストは唖然とする王や大臣を置いて、城内に用意されている、普段は研究室に篭りきりのためあまり使っていない自室へと案内する。護衛は部屋の外で待機してもらい、オーレストとクリストフは室内で二人きりとなる。そして、オーレストは語った。幼い頃、父から聞いた物語のこと。それに憧れ、可憐な吸血鬼になりたいこと。その姿で浪漫(萌え)を求める冒険をしたいこと。ここまで深く誰かに話したことはなかった。大抵は最初の一言でどこか人を小馬鹿にしたような態度を取るか気持ち悪がられるだけだったからだ。だが、クリストフは黙って最後まで真剣に話を聞いてくれた。

 

「フハハハハハハ! やはり、儂の目に狂いはなかった。お主ほど面白い人間に出会ったことはないぞ」

 

 肩を震わせ大きな声を上げて笑うクリストフだったがそこに侮蔑の色はない。オーレストの夢を面白いと思い、認めてくれたのだ。誰かに認められたのは初めての経験だった。心の底から、身体が震えるほどの喜びがこみ上げる。

 

「だが、吸血鬼か。……最高に可愛い女子になりたいというなら、儂は獣人の女子を押すがのう」

「---あ?」

 

 しかし、聞き捨てならない発言を聞き、思わず感情がフリーズする。

 

「吸血鬼の女子も可憐だと思うが、猫族の獣人の愛くるしさには負けるだろうなあ」

「……確かに。獣人の耳や尻尾の素晴らしい魅力があるのは認める。だが、吸血鬼こそが俺にとっての至高だ。永遠の美しさを持ち、不老不死であり、不滅である。強くて可愛いなんて最高の浪漫だろうが。……それに、俺は猫族派ではなく狐族派だ」

「---おい」

 

 オーレストの最後の言葉に怒りを覚えこめかみに青筋を立てる。

 

「……………………」

「……………………」

「「ぶっ---」」

「「---殺す!」」

 

 互いの主義主張(好み)が食い違い、オーレストとクリストフは全力をぶつけ合った。だが、言葉とは裏腹に両者ともに殺気はなかった。

 

「くっ---くはは!」

「ははっ---ははははは!」

 

 オーレストの自室が消し飛び、城の一角が火薬が爆発したのかというくらい荒れ果て、慌ててローレライ国の重臣たちが止めに来た頃にはお互いがまるで長年連れ添った友のように笑い合っていたのだ。

 

 ---これが、獣王クリストフとの出会いだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「---ミコト。まだいける?」

「はい、大丈夫です! 」

 

 旅の準備を整え王都を出たフラン一行は帝国と獣国の国境のある南西の方角へと向かった。そして辺りに人の気配を感じなくなり、吸血鬼と速度に特化した機械人形の全力を出し、弾丸のような勢いで目的地へと街道を駆け抜ける。太陽の光がフランの気力をジリジリと奪おうとするが、フランの速度は揺るがない。

 

「……血の匂い」

 

 国境まで残り十キロメトムまで迫った時、吸血鬼の嗅覚が何処からか血の匂いを察知した。既に帝国の魔の手にかかってしまった獣人かもしれない。だがそれにしてはおかしい。国境沿いにある獣国ヨルムンガンドの領地の一つバレンシア領まで十キロメトムも離れたこの場所に獣人がいるだろうか。

 

「もしや、帝国の手から逃れて来た者でしょうか」

 

 ……その可能性が一番高いだろう。つまり、それは既に帝国の侵攻が始まっているということだ。それもバレンシア領が押されているという状況だ。

 

「……行く」

 

 いつまでも考えても仕方がない。血の匂いの元を辿るとそこは森の中に隠れていた洞窟だった。奥に進み太陽の光が遮られ視界が真っ暗になるが、吸血鬼は夜の種族であり視界には何の問題もなかった。ミコトにも暗視機能が付いており同じく問題はない。そうして奥へと歩みを進めるとやがて血の匂いを発していた人物の元へと辿り着く。

 

「……誰じゃ?」

 

 それは絶望に沈んだ声だった。なにもこの世には希望などない。そういう瞳をフランの視界に映る獣人はしていた。本来は白の布地であったものが血に染められた花柄の着物を纏い、腰までの長さまで伸びた金髪が生えた頭の上と尻の付け根にはフサフサと触り心地の良さそうな耳と尻尾が付いている。見た目的には一二歳を過ぎたくらいの狐族の少女だった。

 

「帝国共の追っ手か?……なら、さっさと殺すのじゃ。もうよい。妾は疲れた」

「……違う。何があった?」

 

 暗闇でこちらの姿が見えない少女と誤解を解くために指先に魔力を集め火を灯す。フランたちの姿が視界に映り、見た目が自分より幼く見える女の子とメイド服に身を包む女性だとわかると、何故こんなところに、と不思議に思ったが何かを考える気力が湧かなかった少女はフランの問いにポツリポツリと答えて行く。

 

 帝国が鉱山を狙い獣国へと攻め入ろうという情報は、ヨルムンガンドの領地全体へと知らされていた。バレンシア領は帝国との国境沿いにある領地であり、最初にぶつかり合うことは必然であった。バレンシア領の領主マルグレットは万全の準備を整えた。正直なところ、帝国の兵に負ける要素は無いと考えていた。もともと獣人の身体能力は人間を上回っているし、加えてバレンシア領は樹々が多く立ち登る土地であり、土地勘がない人間が攻略するには難度が高いという地の利も味方していたのだ。唯一の不安点は人数差であったが、それもヨルムンガンド本隊が駆けつけてくれるまでに持ち堪える自信はあった。だが、実際にはすべての予想が裏切られることになる。全ての帝国兵の力が僅かに獣人を上回っていたのだ。全員が謎のオーラを発していた。目は血走り、発する言葉は意味を成さないものばかり。まるでアンデットのようだったという。そして、不可思議な力を用い、一等級並みの火力の魔術で樹々を焼き払ったのだ。地の利も失ったバレンシア領軍は瓦解した。一人、また一人と帝国軍に殺されて行く。

 

「敗北を悟った妾の母は最後まで殿として領地に残り、領民を逃がそうとした。妾も領主の娘として最後まで戦おうとしたのじゃ。……だけど、妾は弱かった。母の足手纏いでしかなかった。一瞬の隙を突かれた妾を庇い、そのまま母は---」

「……もういい」

 

 もう最後まで言わなくても続きが判ったフランはこれ以上話さなくていい、と少女の体を抱きながらそういった。少女の体は擦り傷だらけではあったが大きな怪我はなかった。この血の匂いは母であるマルグレットが少女を庇った際に被った血だったのだろう。少女は肩を震わせ涙を流しながらも首を振り、話を続けた。

 

「---生きて。母は最後にそう言った。……でも。妾はこれからどうすれば良い? 大好きだった母はもう居ない。妾の夢は母のような立派な領主になることだった。だけど、領地は既に帝国の手に渡った。妾にはもう、何もない。何も、無いのじゃ……」

 

 少女の発する言葉を、想いをフランはただ少女の体を抱きしめ黙って聞いていた。これが戦争だ。以前にも考えていた。何故、戦争なんてものがあるのか。人は争い合う生き物だからだ、という意見がある。だが、そうして戦争が起き、涙を流すのは、目の前の少女のような争いとは関係のないものたちばかりだ。こんな世界は間違っている。フランの胸の内に何か、大きな決意のようなものが産まれた。

 

 暫く泣きじゃくっていた少女だったが、溜まった気持ちを吐き出したお陰か、ほんの少し顔を明るくして、フランにありがとうと告げ立ち上がる。

 

「お主達には恥ずかしいところを見せたな。……先ほどは疲れたなどと言ったが、妾はこれから領地へと戻る。そして、帝国兵共から領地を取り戻すのじゃ」

「死ぬ気ですか?」

「……かもしれぬ。母は生きて欲しいと妾に言った。だけど、このまま領地から背を向け、どこか別のところへ逃げて生きて行く。そんなものは、妾の誇りが許さぬ。母は最後まで己の誇りを貫き死んだのじゃ。妾もそうして死にたい。ただ、それだけなのかもしれぬな」

 

 これが本当に先ほどまでの絶望に浸っていた少女なのだろうか。ヤケクソな気持ちも入っているのだろう。だけど母の死に様をフラン達に伝えたことで、彼女の本来の気高さが表に出てきたように思える。---死なせたくない。そう、思った。

 

「世話になった。……妾はもう行くのじゃ」

 

 フラン達の横を過ぎ、洞窟の出口へと歩き出す少女の背中に向かって言う。

 

「---力が欲しい?」

 

「え? ---きゃっ!?」

 

 フランの身体から魔力が荒れ狂う嵐のように噴き出す。一瞬目を閉じ、再び開いた少女の視界には、全身からカリスマ性、もしくは覇気とでも呼べばいいのだろうものを醸し出すフランの姿だった。圧倒的な魔力により自身にかけていた認識阻害の魔術も掻き消え、少女の目には吸血鬼の牙や羽根が眼に映るようになる。

 

「きゅ、吸血鬼?」

「そう。……私は吸血鬼。そして吸血鬼には、眷属化という異能がある。その能力を使えば、貴女には莫大な力が宿ることになる」

 

 フランは告げる。どうでもいい人物ならこのような提案はしない。この少女がフランの興味を抱き、死なせたくないそう思ったからこその提案だ。少女の藍色の瞳を真っ直ぐに見つめもう一度問う。

 

「もう一度聞く。---力が欲しい?」

 

 それに対し、少女は悩んだが、決めた。そしてフランに自身の決断を答えるのであった。

 

 

 


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