吸血姫浪漫譚   作:ういうい0607

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冒険者ギルド

 王都ペンドラゴンは半径十キロメトムほどの外周に高さ二十メトムの壁に囲まれた都市だ。外側から下層、中層、上層に中心へ行くほど高くなるという山のような形をしている。外周に広がる下層には平民や商人たちが行き交う商業区や平民の住む住民街などがあり、中層には、貴族達が住む貴族街や、ローレライ王国お抱えの騎士団の駐屯所がある。ここまでは王国民以外でも立ち入ることが出来るが、上層エリアについては、ローレライ王が御座す城含め王族達が住んでいる場所になるため関係者以外は許可を取らない限りは立ち入り禁止の場所となる。オーレストであった時は国のお抱えの錬金術師であったため何度も足を運ぶ機会があったが、今世では無縁な場所だろうな、とフランは思っていた。

 

 冒険者ギルドは下層の商業エリアと住民街の境い目にあり、フラン達は宿屋で部屋を取り食事をとった後、冒険者ギルドへと足を運んだ。ちなみに宿代や食事代などはミコトが用意してくれていた。いつミコトが目覚めてもすぐに活動出来るよう定期的に遺跡周りの獣を狩った後、遺跡から少し離れた村へ認識阻害の魔法をかけた状態で売りに行ったりしていたのだ。長い年月をそうして来たため、五年くらいは豪勢な暮らしをしてもお釣りが来るくらいには金が貯まっていた。

 

「まさか、私の顔が金貨に描かれているとは思わなかった……」

 

 道中、食後のコーヒー中にミコトが取り出した財布からチラリと見えた金貨を見て口からコーヒーが噴き出そうになったのを思い出しながら、ぼやく。そう、金貨には前世のオーレストの顔が刻まれていたのだ。オーレストが王国に貢献したものは数多くある。富裕層に今も普及している機械人形はもちろん、太陽が落ちてすっかり夜の闇に包まれた王都を明るく照らす街灯も、王都地下に張り巡らされている水道管など、王国が今も発展し続けて入られるのは、オーレストのおかげというのが非常に大きくそうした功績を国は認め金貨へと刻むことにしたのだ。

 

「偉大なるフラン様にかかればその程度は当然です。むしろ、銅貨や銀貨もオーレスト様のご尊顔を刻むべきだったのです。……いや、待ちなさい。これは寧ろオーレスト様ではなく今のフラン様の可憐なお顔を銅貨や銀貨に刻めということなのでは?これは天啓です。さあ、フラン様、今すぐ王国の財務省へと直談判しに行きましょう!」

 

 相変わらずミコトが絶好調だなぁ、と半分もう諦めているフランは漸くギルドが見えて来たのに気付く。行くのは、ギルド、と呆れながら告げ上層へと身体の向きを変えていたミコトの手を掴みギルドの扉を開く。

 

 その瞬間、中にいたギルドの中にいた冒険者たちの視線が一瞬集まるのを感じ取る。ギルドは二階建てで一階はどうやら酒場のようだった。割りと広めの空間で三十人ほどの冒険者がそこでどんちゃん騒ぎをしていた。集まった視線はすぐに散る。物語ならここで厳つい男が、おいおい、ここはお嬢ちゃんたちが……以下略、と来るところだが、実際にはそんな輩はそうそういない。何故なら、上位の冒険者ほど理解しているからだ。見た目ほど実力を計れないものはないと。貧弱そうな体格をしているものが大型モンスターの討伐クエストで最前線を張って強化魔法の力で殴り殺す光景を見ることは幾らでもあるのだ。だからこそ、見た目が子供であるフランやメイド服に身を包み明らかに戦闘職じゃないミコトにもケンカを売るような真似はしないのだ。そんな真似をしてしまうのは判断能力がつかなくなってしまうほど呑んだ酔っ払いや、もしくは---、

 

「おいおい、ここはお嬢ちゃんたちが---」

「邪魔」

 

 酒臭い息を撒き散らしながら近づいてきた男の横をすり抜け、通り抜けざまに手刀を男の首に落とし意識を落とす。息をつく間も無く一人の意識を刈り取ったフランに辺りが騒めく。今の見えたか?とかあのガキ相当な実力者だとか馬鹿だなあいつ、駆け出しか?といった内容をそれぞれの仲間同士で囁くのが聴こえたが、無視して情報収集をするため空いている席を探す。すると先程の男の仲間だったのか顔を怒りの色に染め上げフラン達の前へと立ち塞がる。

 

「おい、ガキ! てめぇ、何し---」

「その汚い口を閉じろ、下郎。このお方は貴様如きが話しかけてよいお方ではない。身の程を弁えろ」

「---ぁ?」

 

 ミコトの口からフランと話すときにはあり得ない、感情の色を全く感じない冷たい声が出る。それと同時に殺気を立ち塞がっていた男達へとぶつけた。まるで刃物を直接心臓に刺されたかのような衝撃を受け、男達は一斉に身体を床に崩した。

 

 そうして何事もなかったように、フランとミコトは空いている席を探す。その一連の流れを見ていた冒険者達は触らぬ神に祟りなし、と視線を逸らし酒盛りを続けた。

 

「あ、フラン様。あそこの席が空いていますよ」

「……ん」

 

 ミコトが指を指したテーブルには女性四人組のパーティが座っていて丁度二席が空いていた。女性冒険者たちがこのテーブルに来ると分かり慌てふためく姿を、まあ、そうなるよなぁ、と内心苦笑しつつ無表情のままテーブルへ近付き、座ってもいいか、と問いかける。

 

「え、ええ。勿論いいわよ」

「……ありがと」

 

 声が若干震えていたのには気づかないフリをしてあげつつ、近くを通った店員にエールを二つ頼む。直ぐにエール二つはやって来て、フランとミコトはほんの少し口をつける。やっぱ、あんまり美味しくはないなあ、と思いながらもチラリと横目で女性冒険者たちの様子を観察する。おそらく実力的にはB級、もうすぐA級に手が伸びるだろうといった具合だろうか。彼女たちぐらいの実力が一番自分達のことを怖いだろうなと思う。先程の一連の流れ、彼女たちはほぼ何が起きたか分からなかっただろう。A級冒険者ともなると更に上のS級冒険者とも関わることが多くなったりするのだが、S級冒険者は人外の動きや実力を持つ者しかいない。その為、そういった強さを持っている者たちに対して慣れがでてくるのだ。だが、B級冒険者たちはそういったことがないためS級冒険者並の実力を持つものは全くの未知であり恐怖の対象となるのだ。

 

 とはいえ、これでは話が進まない。問答無用で意識を奪うのは失敗だったかな、と思いつつ彼女たちの恐怖心を煽らないよう細心の注意を払いながら声をかける。

 

「さっきは……ごめん。怖がらせるつもりはなかった」

 

 軽く頭を下げ、彼女たちに視線を合わせた後直ぐに俯いてみせる。まるで怒られるのを怖がる子供のように彼女たちは見えるはずだ。その効果はあったようで、彼女たちは慌てて口を開く。

 

「い、いいのよ。こちらこそごめんなさい」

「そ、そうそう! 大体さっきのだって、君じゃなくてあの酔っ払いがいけないんだよ」

「そうですわね。あのような実力が分からないものは、ああなって当然ですわ」

「わ、私も……そう思う」

 

 彼女たちの緊張もほぐれ、どうやら目的もこなせそうだ。ありがと、と感謝を告げ、ミコトに視線を向けると頷き、目的の情報収集を開始した。

 

「私からも、感謝を。……ところで私達は最近まで王都を離れていまして。ここ最近の情報をあまり知らないのです。報酬は弾みますので、幾らかお答えいただいても?」

 

 言いながら、懐から銀貨が五〇枚ほど入った巾着袋をテーブルに出す。

 

「いいの、こんなに? 私達も出来る限りは答えるけど、報酬に見合った情報が話せるかどうかは……」

「構いません。それに伺いたいのは普通に冒険者として活動していれば知っているであろう情報ですので」

「それはそれで申し訳ないような気がするなあ」

「ふふ、あまりお気になさらないでください。では、まず---、」

 

 女性冒険者たちはきちんと情報収集を欠かさないタイプだったようで、聞きたいことは大体聞くことができた。まず、国家間の情勢だが、ローレライ王国と隣国のバアル帝国は同盟関係であり、その二国と、海の向こうの大陸の先にある魔族たちが多く住む魔国ヴァレンシュタインの間で数年前から戦争状態で既に本土上陸を許してしまい、王国の領土を全体の五パーセントほど奪われているという状況だという。だが、ここ近年は何故か魔国の侵攻が止まり国境で何度か小競り合いが起きる程度らしい。侵攻が止まった好機を逃さずに王国と帝国はそれぞれ力をつけようとした。王国は、数世紀前にも行ったことがあると記録されている、最強の存在と呼ばれる勇者召喚の儀を。帝国は、武器を大量生産するために多くの鉱山を領土に含む永き時を生き続ける獣王クリストフ率いる獣国ヨルムンガンドへ攻め入る、という策だ。

 

「……攻め入る?」

 

 今まで黙って聞いていたフランだったが、聞き逃せない話が出てきて、思わず席を立つ。

 

「え、ええ。ヨルムンガンド側も粘ってはいるけど、余り長くは持たないでしょうね。いくら神獣と呼ばれる獣王クリストフが率いているとはいえ、帝国とは兵の数が圧倒的に違うわ」

 

「……クリストフ」

 

 気になる点といえばもう一つある。獣王クリストフ---錬金術師オーレストであった時の数少ない理解者の一人であった。彼はオーレストの夢を笑いは……いや、爆笑していたが、決して馬鹿にはしなかった。そんな彼がまだ生きている。しかも、外敵に戦争を仕掛けられ劣勢に追いやられているというのだ。だが、彼の強さを一番知るのは自分だ。心配が全くないといえば嘘になるが、このままで終わるはずもないとも頭のどこかで理解していた。

 

「……正直。私は王国と帝国の策をあまりよく思っていないわ。どちらも自分たちの戦争なのに他人の物や力を頼りに戦争をしようとしている。……まあ、偉そうなことを言えるのは私が戦争を知らないからなのでしょうね」

 

 恐らくはパーティのリーダーであろう女性が自嘲気味に笑う。侵攻が途中で止まったこともあり、まだ冒険者たちが戦争に招集されることはなく彼女達は戦争というものを経験していなかった。きっと経験をしていれば今自分が口にしたことなど言えないだろうな、と自身を少し情けなく思っていた。

 

 何はともあれ、情報収集の目的は果たすことができた。ミコトもここ数年は異常を起こした機械人形たちを止めるのに忙しくある程度の情報しか集められていなかった為、ここで彼女たちから齎された情報の価値は非常に大きい。フランは彼女たちに感謝を示す為、コクンと頭を下げた。

 

「ありがと」

 

 無表情ながらも感謝の気持ちを感じられた彼女たちは、自分たちの想像のつかないほどの強者である人物から感謝を告げられ、信じられない思いや光栄に思う気持ちなどがゴチャゴチャになり激しく狼狽した。

 

「私からも感謝します。私も主もまだ短い付き合いでしかありませんが、貴女達のような人間は好ましい。これから先、きっと大変だと思いますが、貴女達の幸運を祈っています」

「ありがとう。私達も貴女達の幸運を願うわ。……貴女達にはそんな必要ないかもしれないけどね」

 

 彼女達に別れを告げ、背中に酒場にいた冒険者の視線を感じながら冒険者ギルドを後にした。宿屋の部屋へと戻ると、フランはベッドに腰掛け、ミコトは立ったままフランと向かい合った。集めた情報を元に再度これからの行動の指針を話し合う為だ。

 

「……フラン様。私はフラン様の決定に従うつもりではありますが、それでも言わせてください。今の状況で獣国ヨルムンガンドに行くのは危険すぎます。勿論、フラン様に傷をつけられるものなど居ないでしょう。ですが、それでも万が一があります。……それでも行きますか?」

「ミコトの気持ちは嬉しい。……でも、ごめんね。私は我儘だから」

 

 帝国がヨルムンガンドを侵略すれば、自分の求める浪漫が失われるかもしれない。そして何より、獣王クリストフは友なのだ。色々なことを語り合ったし、時には些細なことで喧嘩し殴り合ったりもした。そんな友の危機に駆けつけないというのはフランにとっては有り得ない選択だ。心配するミコトには申し訳ないと思うが、意志を曲げるつもりはなかった。ミコトは、最初からそういうことは予想していたのだろう、仕方ありませんね、と肩をすくめた。

 

「早速明日向かうことにしますか?」

「ん。……そうする」

「かしこまりました。では、先ず明日の朝、商業区へ向かい旅の準備を整えた後に王都を出ることにしましょう」

 

 こうして、明日の方針を決めたフラン達は早めに休むことにしたのであった。


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