吸血姫浪漫譚   作:ういうい0607

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フランとミコト

 機能を停止させた機械人形からコアを回収すると、オーレストは自身が眠っていた部屋へと戻る。すると、3510号が心配そうな表情を浮かべ駆け寄ってきた。

 

「ご無事ですか、何処かお怪我などされていませんか!?」

「……ん。無傷」

「……それは良かったです」

「ミコトは心配性」

「ミコト、私をそう呼んでくれるのですね……」

 

 ん?と首を傾げ、ミコトはミコト、と返してくれるオーレストの言葉に3510号---ミコトは待ち望んだ時がついに来たのだと実感する。同胞であった機械人形たちとは製造番号で呼び合っていたし、ミコトと呼んでくれたのは創造主であり父であったオーレストだけだったのだ。また---あの優しい手で頭を撫でて貰える。そう思った時、ふと気付く。あの時は自分よりも身長の高い主であったが、今では頭一つ分自分より背が低い。見た目的にも自分の方が歳上に見えるであろう。そこで忠誠心が薄れるなど断じて有り得ないが、違和感は凄い。違和感といえば、見た目が少女にもかかわらず、オーレストと呼ぶのもどうなのだろうかと感じた。

 

「あの……私はどの様にお呼びすれば良いでしょうか。今世のその可憐なお姿ではオーレスト様とお呼びするのも違和感があると思うのですが」

「名前……考えてなかった」

 

 自分の理想の姿に成れる。ただそれだけで満足だった為に名前のことなど想像だにしなかった。確かにミコトの言う通りだと思い、ミコトと共に棺の元へ戻りながら名前について悩む。とはいえ表情には出ていないのだが。棺の元にたどり着き蓋を元に戻してから腰掛ける。周りに咲き誇る百合の花を眺めつつ、決めた。

 

「フランチェスカ。……長いから呼ぶ時はフランでいい」

「フラン、様。とても良い名だと思います」

「ん、ありがと」

 

 オーレスト---フランは棺から腰を上げると、ミコトの袖をクイッと引っ張り上目遣いでミコトのことを見つめる。その視線と目が合うと何故か心臓部の活動が激しくなった気がした。

 

「あ、あの、何でしょうか?」

「修理……する」

 

 フランの視線は右腕があったはずの場所に向けられていた。自分の心配をしてくれていたのかと嬉しい様な、何故か何処か残念に思う自分に戸惑いつつ、感謝しながらフランが修理のしやすい様にその場に正座する。フランは両手をミコトの右腕に向け、小さく錬金と呟く。錬金術の基本は何かと何かを等価交換で変換することだ。それの発展系でより上位のものへ置換することも可能だが、無から有を創り上げることは出来ない。かつて王国一の錬金術師と呼ばれたフランでさえ無理なことなのだ。とはいえそれに近いことは出来る。ほんの僅かな魔力を元に物資を創造していく。上位置換の効率が凄まじく上手い為にこの神の様な所行が可能なのだ。それが王国一の錬金術師、錬金王オーレストと呼ばれる所以だった。

 

 それはともかく。あっという間に右腕の修理を終えたフランは次にコアへと手を向ける。コアの調整も行わないとミコトも異常を起こし彼等のようになってしまうからだ。錬金術を行使するフランの目は真剣だ。だが相変わらず表情は無表情だった。ミコトはフランが異常個体達を止めに行く前にも思った疑問を口に出す。

 

「そのフラン様。何と言ったら良いか、ご様子がオーレスト様のお姿だった時とあまりに違うような気がするのですが、何処か御身体が悪いのでしょうか」

「ん。……違う」

「では何故?」

「…………イメチェン?」

「い、イメチェン……? そ、そうでしたか、失礼しました」

 

 イメチェンとは性格すら変わるものだっただろうか、とミコトは思ったがこれ以上考えることを止めた。フランはイメチェンと言ったが、これはオーレストであったときの夢の一環だ。自身の考える最高の萌え要素を自分で演じる。演じるとはいえ他者に違和感を与えるのでは駄目だ。与えるのは違和感ではなく萌えだ。その為にフランはオーレストの姿だった時から無口、無表情な少女の練習を毎日鏡の前で重ねた。いつも無表情というだけでなく、滅多に見せない笑みも大切だ。これも練習した。とにかく血の滲むような努力をしてきたのだ。だが、ミコトは違和感を感じているようだ。何処かおかしな点があったのか聞いてみる。変?、と首をほんの少し首を傾げて上目遣いで視線を向けた。この、ほんの少し傾ける。これが重要な萌えポイントだ。これも練習した。鏡に映るジジイがそんな動作をするのだ。吐き気がしたし、死にたくなった。だが、今の自分はまだあどけなさが残る美幼女だ。

 最高な萌えをミコトに提供できているはずだと信じる。果たしてその結果は---、

 

「---くはぁっッッッ!!!」

 

 ミコトの鼻から噴水のように液体が噴き出た。それには流石に驚いたのか、無表情を若干崩してしまい引き攣った顔で大丈夫かと、問いかける。

 

「だ、大丈夫です! 鼻からフラン様への忠誠心が溢れ出ただけです!」

「そ、そう」

 

 それって大丈夫なのか、とか忠誠心って鼻から出るものだっけとか思ったが、取り敢えず違和感を消し去ることには成功したようだ。若干、効果があり過ぎた様だが。後にミコトは語った。私の姫様、超可愛い(マジパネェ)、と。

 

 フランが錬金で創った鼻紙を謝罪しつつ受け取り、鼻を拭き取ると表情を真面目な顔へと切り替えた。

 

「フラン様。改めて申し上げます。目覚めて早々、フラン様のお手を煩わせてしまいました。この処分は如何様にも」

「……いい。ミコトは頑張った。長い間、私を守ってくれた貴女に感謝はすれど、罰を与えるなんて有り得ない」

 

 フランの言葉に感動で身が震える。今世では珍しいはずの長文を話した事からも本気で言っていることが心の底から理解できたのだ。

 

「それより。今は何年? あれからどれだけ経った?」

 

 死後の魂をこの身体に定着させるのにある程度時間はかかるだろうと考えてはいたが、今、調整を行っているミコトのコアや先ほどの機械人形達のコアを見る限り、かなりの時が過ぎている筈だと予想していた。

 

「はい、今はローレライ歴1249年。オーレスト様が亡くなられたのが353年ですから、凡そ9世紀の時が経ちました」

「……9世紀」

 

 思ったより長い期間が経っていた様だ。当然のことだが自分の知り合い達の多くが亡くなっている事だろう。長命種の知り合いもいたから、彼等についてはもしかしたら生きているかもしれないが。親しい友など居ないと思っていたフランだったが存外ショックなものだな、と思う。気がつけばフランはミコトの腕の中に抱かれていた。どうやら気がつかない内に無表情を崩してしまったようだ。

 

「フラン様。ミコトはいつまでも貴女と共に居ます。……だから、そのような顔をなさらないで下さい。イメチェンを為されたのでしょう?」

「ん、ありがとう」

 

 我が子同然に思っていたミコトに抱かれるというのは気恥ずかしさがあったが、自分の心からモヤモヤが消えていき、代わりに何か温かいものに満ちていくのを感じて、しばらく堪能することにした。

 

 しばらく経ち、ミコトの腕の中を離れるのは後ろ髪を引かれる思いがしたフランだったが、コアの調整を続ける為に断腸の思いで一度離れることにした。やがて調整を終えたフランはもうこれでしばらく異常を起こすことはない、定期的にメンテナンスはするが、とミコトに伝えた。

 

「ありがとうございます、フラン様。 それで、これからいかが致しましょうか。いつまでも遺跡にいてはフラン様も息が詰まってしまわれる、と思ったのですが。……私はいつまでもフラン様とここで二人きりも悪くないと考えていますが」

 

 最後は聴こえないように小声で呟いたのだろうが、吸血鬼の高性能な身体はそんな小声もフランの元へ届けている。だが、まあ、ここは聴こえなかったというのが様式美であろうと思い、聴こえなかったフリをして返事をすることにした。行動の方針は既に決めてある。

 

「まずは王国へ行く。そこで現代の状況を確認。その後、獣人の国へ行く」

「成る程。先ずは王都で情報収集ですね。そして、その後に獣人の国へ行く、と。……え? 獣人の国? フラン様、どうして獣人の国へ向かおうと思ったのですか?」

 

 別に嫌では無い、というよりフランの行動に自分が異を唱えるなどあり得ないが。だが、少し唐突では無いかと思い疑問を口にする。それに対するフランの答えはシンプルだった。即ち---、

 

「---そこにケモ耳があるから」

 

 声のトーンはいつもと変わらなかったが、そこに込められた気持ちは漫画だったら、ドンッ、という文字が背景に出ているような、そんな迫力をフランから感じた。ミコトにはよく分からなかったが、主にはケモ耳とやらに並々ならぬ思いがあるようだと理解した。

 

「わ、わかりました。では、フラン様。先ずは王都ペンドラゴンへ向かいましょう!」

「ーーーん!」

 

 ミコトがフランの手を取り、フランが満面の笑みと共に、短いが楽しみでしょうがないといった感情が感じられる返事をした。普段が無表情であるフランの笑顔を間近で見つめてしまったミコトの鼻からまた忠誠心が溢れてしまい、またドタバタしてしまう。そんなグダグダな状況ではあったが、ともかく---、

 

 ---旅立ちの時は来た。

 




フランチェスカ:イタリア語のFrancesから。自由な、という意味。前世では常に目的のために生きて来たために今世では自由に生きるという思いを込めてフランチェスカの名を名乗ることを決めた。略称が某おぜうさまの妹と一緒なのはきっとたまたま。

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