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---獣国ヨルムンガンド首都ミッドガルド。煌びやかな要素があまり無い、頑丈な金属で造られた無骨な城の謁見の間にて、フラン一行は獣王クリストフと対面していた。顔には深い皺が刻まれているが、鋭い眼光と鍛え上げられた肉体がまるで歳を感じさせることの無い、まさに武人という言葉が相応しい偉丈夫がそこにはあった。
「よくきたな、我が友よ」
「……クリストフ。本当に生きてたんだ」
「おう。オーレスト---今はフランチェスカと名乗ってるらしいな。フランチェスカに再会するためにこの歳までしぶとく生き残ってたぜ。まあ、その辺の話も含めて旧交を温めたい所だが、帝国軍の話を聞きたい。帝国兵の強さがどの程度なのか直接確認できたお前達にな」
帝国軍の異様な様子や強さについて、フランの分析も含めて報告していく。実際、帝国はかなり脅威的な勢力といえる。今回はフランの力により伝説級の存在へと至ったミコトやソフィアが相手にしたことにより何とかなったが、現代においてそこまでの強さを持つ人物はそう居ない。帝国軍は奴隷や犯罪者、貧しい者などを軍に組み入れているのもあり世界でも一、二を争うほどの人数で構成されている。その全員が数で押されればS級冒険者ですら手こずる強さを持つというのだ。いや、長期的に波状攻撃でも仕掛けられればフラン達ですら危ういかもしれない。報告を聞いていくにつれクリストフの顔は苦虫を潰したように顔を歪めていく。
「なるほどな。礼を言う。この情報は本当に貴重なものだ。……それから」
クリストフは燃えるような紅い髪を揺らしながら王座から立ち上がるとフランの後ろにミコトと共に控えていたソフィアの前に立つと頭を下げた。
「え!あ、あの……」
「済まなかった。本隊の到着が遅れお主の母が死んだのは全て儂の責だ。帝国軍の力を見誤り攻撃を待ってからの本隊を派遣するなどと愚王と罵られても当然のことをしてしまった。これで済むとは思わないが、儂に出来ることならば何でもしよう。何か希望はあるか?」
領主の娘とはいえ一二歳程度の小娘に対して頭を下げる王に対して戸惑いが隠せないソフィアであったが、周りの重鎮達やフラン、ミコトは動じていない。クリストフという人間がどういう人物なのか分かりきっているからだ。王が民に頭を下げる。これはある一面から見れば王族として相応しくないだろう。だが、クリストフという男は他者を平等に扱い、自身が悪い事をしたならばどんなに立場の低い者であっても謝罪する度量を持っていた。逆に自分と同じもしくは上の立場であろうと、相手が間違っていると思えば、堂々と異を唱えるだろう。他者に媚びへつらうことなく、己の道を曲げない。それがクリストフという人物をよく知る人の印象であった。
「……なるほど。何故、プライドの高い狐族の中でも更に高いプライドを持つ母が王の配下という立場の領主となったのか不思議であったが、少しわかった気がするのじゃ」
王に仕え、領主の仕事を誇りある仕事だ、と頭を撫でながら笑みを浮かべていた母の姿を思い出す。どうしてもっと早く助けに来てくれなかった。その気持ちがなかったといえば嘘になる。だが、
「王よ、頭を上げてくれ。あまり上に立つ者が軽々しく頭を下げるでないのじゃ。……確かに、助けが早く来てくれれば妾の母は生きていてくれたのかもしれん。それに対し恨みが無いとは言わない。だが、それは所詮、
「ソフィア」
ギュッと拳を握るソフィアに心配そうに声をかけるフランだったが、ソフィアはそれに対し、笑みとともに大丈夫、と返し握り拳を緩める。
「それに復讐はもう果たせたのじゃ。母は妾に生きて、と最後に言い遺し死んだ。ただ生きるだけじゃない、前を向いて生きろと。そして、それはご主人と出逢えたお陰で叶うじゃろう。だから王よ。妾が王に求めることは何も無い。強いて言うならば妾がご主人にこれから先ついていくことを認めてほしいぐらいかのう。ま、認めてもらえなくても妾の意思は変わらんのじゃがな」
「……フランよ。良き従者を持ったな」
「ん。ソフィアはいい子」
「ソフィア。お主がフランと共に行くことを認めよう。そして願うならばフランをこれからも支えてやってほしい」
「言われるまでもないのじゃ」
「そうか。ならば安心だ。---さて、長い間時間を取らせて悪かったな。城内に部屋を用意している。今日はそこで旅の疲れを癒していってくれ。ユーキ」
「---呼んだかな、我が王」
クリストフが名を呼ぶと謁見の間に着いた後は姿を消していたユーキがまるで最初からそこに居たかのように現れる。
「うわっ、また急に現れたのじゃ」
「くっ……また気づけませんでした」
「あはは。仮にも忍びだからね。そう簡単に気配を感じさせるほど柔な修行は詰んでいないよ。……まあ、相変わらずフラン様は気付いていたみただけどね。はぁ、自信なくすなぁ」
「フハハハハ。そう腐るでないぞ、ユーキよ。此奴程規格外な存在などそうはいない。お主の努力が不足していたということは決してないから安心しろ」
「むぅ。……うん。まあ、とりあえずそういうものだと思っておくよ。このままで居るつもりもないけどね」
「うむ。さて、話しを戻そう。ユーキ、ソフィア達を部屋へと案内してやってくれ。儂は少しフランチェスカと話がある。よいか?」
クリストフが目線をフランに向けて確認を取る。フランとしてもクリストフに話したいことは山ほどある。ん、と短く返事を返し首肯する。
「では、フラン様。私達は先に部屋でお待ちしております」
「早く帰ってくるのじゃぞ、ご主人」
フランと片時も離れたくないミコトとソフィアであったが、フランが二人きりで話をしたいことをミコトは長い付き合いで、ソフィアは眷属化による魂の共有による感覚で察し渋々部屋にて待機する事を決めた。そんな様子を内心苦笑しながら、二人を見送る。やがて、重臣たちも謁見の間を後にしフランとクリストフの二人きりとなる。
「くくく、慕われておるな。……これなら安心か」
「?……何が?」
フランの問いに答えず、クリストフはフランの顔をただただじっと見る。意味がわからず小首を傾げるフランであったが、クリストフはそのまま動きを見せないが、やがて肩を震わせると大きな口を開けて笑い声をあげる。
「いやぁ、初めて見た時にも思ったが物凄い変わりようだな! お前から憧れの姿の話を聞いていなければとてもじゃないが気づきようがないな」
「……むぅ」
馬鹿にしている訳では無いことは分かっているがそれでも生前の姿を知られている人に改めて見られるのは恥ずかしい。フランは自身の頬が赤く紅潮していくのを感じる。
「 うむ、こうして照れている姿を見ても、とても錬金王オーレストの姿を思い描くのは無理だろうな。いや、お前が絶賛していたのも分かるな。年甲斐もなく心臓の鼓動が早まってきたわい」
「男に興味は無い」
「くく、世の男共は嘆くであろうな」
こうして互いに話すことで本当に目の前に立つのは唯一の友であったクリストフなのだと実感する。本当にクリストフが生きているのか、実際に出会うまでフランは半信半疑であったのだ。何故ならば、獣人の寿命は人間より長く生きることができるとはいえ、せいぜいが二百年程度だからだ。フランは素直にクリストフへと疑問を投げかけた。この男が本当に唯一無二の友だとわかった今、変に遠慮する必要は無い。
「……そうだな。正直に言うと儂にもどうしてここまで生きてこれたのか正確な事はわからん」
「クリストフが何かしたんじゃないの?」
「いや、儂は何もしておらん。別の身体へと転生を果たしたお前ならともかく、儂にそんなことは出来ん。原因はさっぱり分からない。……だが、なんとなくだが理由は分かる」
「それは?」
「それはな、お主にもう一度会う為にじゃ。……冗談はよせって顔をしているな?ところが冗談ではないのだ。根拠もあるし、少なくとも儂はこれが理由だと心のどこかで確信している」
「……その根拠というのは、クリストフの生命力が大気中に霧散していること?」
通常であれば生命力といったものは目に見ることはできないが、魂の掌握を果たしたフランにはクリストフに宿る膨大な生命力が徐々にではあるが身体から抜け出ているのが確認できた。
「……お見通しか。そうだ。お前が死んでから魔法にでもかかっていたのかというほどに長い間身体が老いることは無かったのだが、三日前突然、止まっていた時間が動き出したかのように、老いが始まった」
「三日前……なるほど。私が目覚めた日と一致する」
「ああ。そして、今日、お前に会うまでも老いが止まることは無かった。恐らくだが半年もせずに儂は死ぬだろうな」
そう言ったクリストフの瞳に恐怖の色は無い。あるのはやっと死ぬことができるといった安堵だ。永き間を生きたクリストフには数多の別れがあった。中には大切だった存在も含まれている。別れは何度経験しても慣れるものでは無かった。そうしてクリストフの心は疲弊していったが、自ら命を断つという選択肢を選ぶことはしなかった。何故かは解らないが、この命はフランと再び邂逅すれば終わりが見えると確信出来たからだ。まるで誰かに無理やり魂に刻みつけられたかのようで気味の悪いものを感じなくもなかったが、先に逝った親友に再び出会え、そして死ぬことが出来るなら悪くない、と深く考えることは止めた。そして、遂に時は来た。
クリストフは獰猛な笑みを浮かべ口を開く。
「フランチェスカ。最後の頼みだ……---儂と殺り合ってくれ」
「---っ!? どうせ死ぬなら闘争の果てに死にたいということ?」
「おっ! さすが儂の友だ。儂のことを良くわかっている」
「……国はどうするの?今、ヨルムンガンドは帝国と戦争中でしょ?」
「確かに戦争中に先に逝くのは心苦しいところではあるが、儂一人が死んでそれでどうにかなるほど儂の国は弱くない。政務についても今はもう、全て任せている。特に問題は無いな」
「…………」
もう何を言っても説得は無理だ。この男の意思を曲げることはもう誰にも出来ないと、フランは悟った。葛藤に駆られる。唯でさえ転生してもう誰も仲の良かった人物と会うことは出来ないと思っていたのだ。それなのに奇跡的に再会できた親友をこの手にかけるなんてしたく無かった。だが、フランの意思に関わらずクリストフはどちらにしろ死ぬ。そして、この男が徐々に衰弱しやがて死ぬ、だなんて死を望む筈が無いということもフランは理解しきっていた。
ふざけるな!どうして私が大切な友を殺さなきゃいけない!私を一人にしないで!そう叫びたくなるのを必死に耐え、血反吐を吐くような思いで告げる
「わかった。……貴方は、私が---殺す」
城の外ではフランの心を表すかのようにぽつりぽつりと雨がミッドガルドの街へと降り注いでいた。