吸血姫浪漫譚   作:ういうい0607

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別れ

「---急げ!奴が本当に九尾ならば勝ち目なんぞない。これ以上被害が出ない内に撤退するぞ」

「閣下!領主の遺体はどうしますか?」

「……捨て置け。回収は帝王からの勅命であるが今は九尾が出現したという情報を持ち帰ることが最優先だ。ちっ……こんな事なら空間魔法の使い手を連れてくるべきであったか」

「---おや、呼びましたか?」

「誰だ!?」

 

 将軍達が急いで撤退の準備を整えているとその場にいるはずのない女の声が司令室の中に響き渡った。

 

「いずれ世界を掌握するであろう偉大なるフラン様のメイドであり、第一の下僕ミコトでございます。短い間ではあるでしょうがどうかお見知りおきを」

 

「メイド……?あの九尾の仲間---」

「違います。私はフラン様の下僕。それ以上でもそれ以下でもありません。お間違いないよう」

 

 でないと首が飛びますよ?と表情は笑みを浮かべているが目だけは笑っていないミコトは殺気混じりで将軍へと告げた。

 

「貴方達が、あの女狐の仇などそんなことはどうでもいい。私はただフラン様の命により貴方達を黄泉の国へと送り届ける。ただそれだけです。……ああ。嬉しい知らせがありますよ。貴方達の何人かは見逃して差し上げましょう。その方々は我々の脅威をしっかりと愚王へと伝えるのです。獣国を狙うならば相応の覚悟をしなさいと」

「ほう......随分と威勢のいいことだ。どうやら貴様も相当やるようだが、この人数相手にそのような大口を叩くのは些か身の程を知らないと見える」

 

 将軍は目の前の女を見た目通りの力無き存在とは見くびってはいなかった。恐らくは最低でもS級冒険者程度の実力を持つだろう、そう考えていた。だが、例えそうだったとしても九尾や神祖、勇者のような伝説級の相手でないならばこの人数で封殺できる。それだけの実力が将軍含め狂化兵にはあった。

 

「さて、それはどうでしょうか」

「ふん……狂化兵!時間はかけられん、さっさとそのメイドを殺せ!」

 

 連携も戦略もない、強大な暴力の塊がミコトを襲う。

 

「ふむ。なるほど、確かに強い」

 

 ナイフをスカートの裏地から抜き取り両腕に構えると狂化兵が振り下ろす鉄剣や鉄斧を冷静にいなしていく。

 

「以前までの私ならば押し切られていたでしょう。しかし---」

 

 ナイフに魔力を纏いその場で回転。魔力の旋風を巻き起こし狂化兵の身体を斬り刻みながら吹き飛ばす。だが、常人なら泣き叫ぶであろう痛みに襲われているはずの狂化兵は何事もなく立ち上がろうとした。しかし、背後の空間が歪み黒い穴が開くと、そこから無数のナイフが射出され狂化兵たちの頭を貫かれ、さすがに生物としての致命傷を受け地に沈むことになった。

 

「馬鹿な!S級冒険者ですら集団で掛かれば為すすべもないはずの狂化兵をこうも簡単に……S級な筈がない。俺は夢でも見てんのか?九尾だけじゃない……伝説級の化け物にこうも遭遇するだと?」

 

「ふふふ。これこそが偉大なるフラン様のお力です」

 

 うわごとのように呟く将軍や呆然としている狂人薬を飲んでいない帝国兵を相手に、誇るように笑みを見せる。ミコトがここまで強くなったのはソフィアと同じくフランの力によるものだった。ソフィアの話を聞き狂化兵の強さをある程度予測したフランは、このままバレンシア領に向かえば今のままのミコトの性能では危うい可能性があると考えた。その為、ミコトを製作した当時より技術の向上したフランにより、バレンシア領に向かう前、洞窟内にて錬金術によるミコトの強化を行ったのであった。より強靭な身体への換装、より効率のいい魔力精製回路の調整等を行い生まれ変わったミコトの強さは軽くS級冒険者を超えるほどへと至る。

 

「さて。では運良く生き残った皆様方には帝国へと戻り、愚かなる帝王へと伝えて頂きましょう。獣国ヨルムンガンドはフラン様の物である。偉大なるフラン様のものに手を出すならば、帝国に待つ運命は破滅のみだと。……それでは皆様、さようなら」

 

 魔力精製回路をフルに活動させ大規模魔術を構築する。発動させるのは空間魔法の使い手でも使えるものの少ない転移魔法。帝国兵たちが白い光に包まれる。そうして光が収まるとそこには帝国兵たちの姿はなかった。バレンシア領から遠く離れた帝国領へと転移させたのだ。

 

「これが、狂人薬ですか。後、ついでにあの女狐の母親の遺体も回収しませんとね。よし、フラン様の命令は全て遂行出来ました。……くふっ。フラン様に褒めてもらえる。ああ!待っててください、フラン様!貴女のミコトが今行きます!」

 

 狂人薬とマルグレットの遺体を空間魔法により別空間に収納し、役目を果たしたミコトは、頰を紅潮させ興奮した状態で、転移魔法を今度は自身に発動させ上機嫌に司令室を後にする。---転移したミコトが、ソフィアを抱きしめているフランを見て一気に不機嫌になることをミコトはまだ知らない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 煙が星々が舞う夜空へと立ち昇る。ソフィアの母親であるバレンシア領領主マルグレットの火葬によるものだ。火葬を行なったのはソフィアであった。

 

 あれから帝国軍の将軍が使っていた司令室で目を覚ましたソフィアはフランに別の部屋に案内されベッドの上に寝かされているマルグレットの遺体と対面することとなった。遺体を回収して血だらけだった身体を綺麗にしてくれたのがミコトだということをフランから聞き、何かと自分に絡んでくるミコトをよく思っていなかったソフィアだが、ソッポを向いているミコトに対し頭を下げ感謝する。それを意外に思ったミコトが慌てふためきながらも、別に貴女の為にやった訳ではない、フラン様の命令だからしただけだ、と毒づくのだがそれでもソフィアは頭を下げ続けるのであった。結局、まあ、感謝は受け取っておいてあげましょう、とミコトが折れることになる。そうして頭を上げたソフィアだったが、母親を一瞥するとフランとミコトに対して暫く二人きりにしてほしいと再び頭を下げた。フランとミコトが退出し数刻経ち辺りがすっかり真っ暗になった頃、ソフィアは母親の遺体を抱きながら部屋を出ると、自分が母を天へと送り届ける、そうフランたちへ告げたのである。

 

 母親を焼く炎から立ち昇る煙をジッと見つめるソフィアの横顔を横に寄り添っていたフランは見つめる。静かに涙を流すソフィアが内心何を考えているのか気にはなったが聞きはしなかった。具体的なことは分からずとも、大好きだった母親との惜別に深い悲しみに捉われていることはわかりきっていたからだ。だから、フランは無言でただソフィアの横に寄り添って並んでいた。

 

 ---私が死んだ時も誰かがこうして悲しんだのだろうな。

 

 フランはオーレストとしての自分が死んだ時のことを考える。研究が完成してあとは計画を実行に移すだけとなったオーレストは誰にも邪魔されないローレライ王国から遠く離れた山奥へと姿を消した。そうして最後を一人で迎えたオーレストであったが、王国には彼の弟子や彼を慕う国民たちがいたのだ。その誰もがオーレストの真の望みを知っては無かったが、いや、知らなかったからこそ尊敬の念を覚えていた彼らは、オーレストの死を知れば悲しみにくれただろう。それくらいは他人に興味のないフランでも推察できることであった。そこでふと気づく。そういえば自分の遺体はどうなったのだろうか。自分が死んだ山奥に張った人払いの結界は並大抵のものに気づかれるものではないが、流石に数世紀もの間誰にも発見されないのは考えにくい。だが、王国で情報収集した際にはオーレストの墓の場所の話などはなかった。自分で言うのもなんだが、オーレストは王国にとってなくてはならない人材だった。そんな人物の遺体が見つかれば王族たちが眠る墓と同じ場所へ埋葬されていてもおかしくはない。もしも、未だに誰にも見つけられず自分の遺体が山奥に眠っているとしたら、嫌だなあ、と思い時間があるときに山奥へと行こうと決めた。

 

 そんなことを考えながら、ソフィアと母親の別れの夜は更けていくのであった。

 

 

 ◆

 

 

 翌日。司令室にて、フランとミコト、ソフィアは顔を合わせていた。

 

「さて。昨日はあれからすぐに休んでしまいましたので、今後のことについて改めて話し合いましょうか」

「そうじゃな。……だが、その前にフラン」

「……?」

「---本当にありがとう。妾が母の仇を討てたのはフランのお陰じゃ。あのまま向かっていても死体が一個増えるだけであっただろう。そうなれば後悔の念は消えず魂は現世へと残り続け悪霊へと成り果てていたであろうしな。母は戻らぬが、妾はきっと前を向ける。一歩ずつでも前へと進んでいける。そう思うのじゃ」

「…………ん」

「だから、妾はこの恩を絶対に忘れない。この身体から魂まで一片残らずフランへと捧げることを誓うのじゃ。……そ、それに、フランは妾の初めて(ファーストキス)の相手じゃしな!」

「---ちょっ!ちょ、ちょっと待ちなさい。女狐、まさか貴女私たちに着いてくるつもりじゃ無いでしょうね!」

 

 空気を読んで黙っていたミコトであったが聞き捨てならない言葉を聞き、思わず言葉を挟む。それに対しソフィアは挑戦的な視線を向けながら胸を張ると、

 

「当然じゃろう。狐族の一族は受けた恩は絶対に返す。返しきれない恩だとは思うが、それでもほんの少しでも返すにはフランの側にいるのは当たり前なのじゃ。……それに、お主たちはこれからミッドガルドへと向かうのじゃろう。妾も帝国どもの情報を獣王へと伝えなければいけないしな」

 

 まるで獣王への報告がついでのように言うが、獣国民であればそちらが主題でなければいけない筈である。フランを見つめるソフィアの視線はまるで恋い焦がれているかのように熱を持っているように見える。どうやら、フランの魅力にやられた被害者がもう一人増えたようだった。

 

「ぐ、ぐぬぬ……いいのですか、フラン様?このようなフラン様から受け賜った力を持て余すような者を連れていくなどと。絶対に足手まといになりますよ?」

「ん。……ソフィアは可愛いし、気に入った。別に、いいよ?」

「そ、そんなぁ」

 

 フランの決断を覆すなど、フラン第一主義のミコトには出来ない。ソフィアが着いてくるのを面白くないと思いながらも諦めざるを得なかった。

 

「やったのじゃ!これから、よろしく、フラン---いや、ご主人!」

「ご主人?」

「妾はフランの眷属になったのじゃからな。なら、フランは妾のご主人なのじゃ。駄目かのう?」

「ん。いいよ。……これからよろしく、ソフィア」

「ぐぬぬ……」

 

 こうしてソフィアはフラン達の旅の仲間に加わった。若干一名、認めがたく歯軋りをしながらなんとも言えない表情をしていたのだが。

 

 閑話休題。改めて、今後、どう動くかの話し合いをすることにする。だが、そこでフランが待ったをかける。

 

「フラン様?」

「ご主人?」

 

 フランはコツコツと歩き出すと何もない筈の空間を見つめる。

 

「……そこに居るのは誰?出てきて」

 

 フランの影が揺らめき鋭い槍が足元から覗く。神祖の吸血鬼としての超然的な感覚が、何者かの気配がそこにあるのを察知していた。

 

「……成る程。確かに貴女は並みの存在ではなさそうだね」

 

 声が何も無い空間から響き渡った次の瞬間、白い仮面を被り顔は分からないが、鎖帷子に動きやすそうな忍び装束に身を包んだ人物が現れる。怪しさ極まりない人物だったが、頭の上にある猫族の耳や忍び装束の隙間から伸びる尻尾から恐らくは獣国の者だろうと判断したフランは、気配に気づけなかった悔しさからか、表情を歪めながらナイフを構えるミコトを抑えると、目の前の人物へと問いかける。

 

「貴女は誰?私を知っているの?」

「ボクは獣王クリストフ様直属の猫耳忍隊の首領、ユーキ。さっきはごめん。でも、どうしても試してみたかったんだ」

「試す?」

「うん。でも、貴女はクリストフ様の仰った通りの方だった。まさかボクの隠密をああもあっさりと見破るとはね。流石は、クリストフ様の唯一の親友、フラン様---いや、オーレスト様だね」

「---!?どうして?」

「クリストフ様はずっと貴女を待っていたんだよ。……まあ、詳しいことは本人から聞いてよ。クリストフ様がミッドガルドで待ってる。ボクは君達を迎えにきたんだ」

 

 ユーキは懐から赤い色をしたクリスタルを取り出す。首都ミッドガルドの座標が登録されている転移結晶だ。通常、首都への直接転移は結界により出来ないが、この転移結晶だけは別で、クリストフの直属の部下であるユーキは特別にいくつか持たされていた。

 

「……バレンシア領はどうする?」

「もうすぐ、本隊が到着する予定だよ。彼等には暫くバレンシア領に駐在してもらって帝国軍を警戒してもらう」

「そう。……ならいい、行く。いい、ミコト、ソフィア?」

「勿論です、フラン様」

「妾もじゃ!ご主人の行く先が妾の行く先なのじゃ!」

「ふふ。慕われているんだね。……さて、それでは行こうか。獣国ヨルムンガンド首都ミッドガルドへ!」

 

 転移結晶が赤く輝きフラン達を包み込む。

 

「---よく来たな、我が友よ」

 

 そうして、フランは前世での唯一の親友。獣王クリストフと邂逅した。


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