【完結】テニスこそはセクニス以上のコミュニケーションだ(魔法先生ネギま×テニスの王子様) 作:アニッキーブラッザー
第9話『中学テニス界最強の男』
「面目ない。拙者らの力及ばず」
「ううう〜〜、すまんアル〜!」
相手と互の健闘を称え合う握手のあと、暫くコート周りに埋め尽くされたギャラリーより拍手や試合に対する感動の賛辞が飛び交っていた。
麻帆良ベンチも、楓とクーフェに「よくやった」と拍手するが、敗れた二人に悔いはないものの複雑そうな顔を浮かべていた。
やはり、負けるということは彼女たちにとっては、簡単なものではなかったのだ。
「ドンマイドンマイ、相手が強かったんだって」
「そーだよ! それに、全国クラスのダブルス相手にいい勝負したんだから、むしろ二人共すごいよ!」
「感動しました」
「うんうん、何だか私もテニスしたくなっちゃったにゃー」
勿論、負けた二人を責める者など居るはずもない。
むしろ称えた。しかし、それでも負けは負けである。
「でもよ〜、これで二連敗だろ?」
「もー、千雨ちゃんは〜、どうしてそういうKYなこと言うかにゃ〜」
「でも、裕奈、やっぱり立海の人は強いよ。最初は、みんななら勝てるかもって思ったけど、アスナたちも負けたし」
「せやな〜、次負けたら三連敗やろ?」
そう、どんなに善戦しても今のところ全敗なのである。
しかもこれまで出場したのは、アスナ、楓、クーフェと麻帆良の中でもトップクラスの運動神経と実力者だ。
彼女たちですら勝てない相手に、今後誰が出るのか?
「ねえねえ、次ってウチは誰が出るの?」
「シングルスでしょ? 確か、いいんちょが・・・」
「いいんちょもテニスは昔から嗜みとか言ってやってたから強いっぽいけど・・・」
強くてうまいだけでは、少し不安が残る。
立海にはまだこれまで出てきた真田たちと同等か、それ以上の選手も居るかもしれない。
さらに・・・
「ってか、いいんちょまだモンブラン食べに行って帰ってこないじゃん!?」
「あー、ほんとだ!?」
「なーにやっての!?」
そう、実は次の試合に出るはずの、あやかが帰ってこないのである。
一体何をやっているのかと、辺りを見るが、帰ってくる気配がない。
「いいんちょが出ないとなると、他の人を探すしかないですが・・・」
「ユエーッ、私は絶対無理だよ!? あんなふ、風林火陰山雷みたいなのされたら死んじゃうよ!?」
「いんや、最初から、のどかはカウントしてないっしょ。う〜ん、しかし、ウチのクラスだと他に誰が?」
「運動神経でいうと・・・裕奈にアキラに・・・まき絵とか・・・」
「う〜ん、私か〜、クーフェたちで勝てない相手には、さすがににゃ〜」
「私も無理・・・」
「えええーーん殺されちゃうよー!?」
見ている分にはいいが、実際やるとなると話は別。
他の候補者を、運動神経を基準に探すが、みな「無理」と拒否の構え。
「どいつもこいつもビビりおって」
「マスター、出られるのですか?」
「ん〜、どうせテニスをするなら、一番上手い奴とやりたいしな・・・どれ」
その時、ベンチに座っていたエヴァが立ち上がり、何を思ったのか立海ベンチに近づいていく。
「ん・・・見んしゃい。なんかチビっ子が近づいてくるぜよ」
「おお、なんか随分と偉そうなガキだな」
ヅカヅカと歩み寄ってくるエヴァの存在に、立海メンバーも気づく。
するとエヴァは立海面々を前にして、堂々と尋ねる。
「おい、小僧ども。貴様らの中で一番強いのは、あの真田とかいう奴か?」
偉そうに見える子供は本当に偉そうだった。
立海メンバーも反応に困ったが、唯一、幸村がクスクスと笑った。
「確かに、まともな試合をして真田に勝てる選手を日本中探して、果たして巡り会えるかどうか分からないね」
「ふん、だが貴様らは負けたのだろう? 全国大会準優勝」
「うん、悔しいけどね。真田も関東大会では負けている。でも、あれから、そして今日も真田は進化した。今、試合をすれば分からないよ」
「そうか。なら、次から貴様らの中で出てくる者は、あの帽子小僧より弱いという訳か。なら、誰でも同じか。私が大将にこだわる必要もないか」
エヴァは少しガッカリしたように溜息を吐いた。
クラスのイベントにはいつも不真面目だった彼女だが、このテニスだけは違った。
そしてどうせやるなら一番強い奴と戦いたいというのが、彼女の思いだった。
だから、彼女はこの練習試合の団体戦では大将の役に回ろうとした。
だが、現在、次の試合をやるはずの、あやかが居ないことと、もし真田以上の実力者がこの後に居ないのであれば、ワザワザ大将にこだわらないで次の試合に出てもいいかとも思った。
しかし・・・
「でもね、お嬢ちゃん」
「なんだ、優男。私に馴れ馴れしい呼び方は、許さんぞ?」
「怖いね。ただ、さっきの君の質問の答えを言うだけだよ」
「なに?」
「確かに真田より強い選手を探すのは難しいけど・・・」
「けど?」
質問を終えて立ち去ろうとするエヴァを幸村が止め、揺ぎのない自信に満ちた言葉で・・・
「今の真田に勝てるとしたら、俺しかいないよ」
断言した。
「・・・・・・・くっ・・・くくく、」
エヴァは振り返り、幸村を凝視する。
上背があるわけでもない、恵まれたパワーがあるとも思えない。
むしろ普通。線の細い、少しナヨっちい男にしか見えない。
そんな男の発言に、エヴァは笑いが堪えきれなかった。
「くくくくく、笑わせてくれる。お前がか?」
「うん、確実だと思うよ」
「くくくく・・・・クハハハハハハハハハハハ、お前のようないかにも貧弱そうな小僧が最強だとは笑わせてくれる!! ・・・・と、雑魚ならそう思うのだろうが・・・くくく、なるほどな」
エヴァは振り返って、幸村の正面に立つ。
下から覗き込み、舐めまわすように幸村の全身に目をやる。
「確かに、貴様には得体の知れない何かを感じるな。分かるぞ、この私にはな」
「眼鏡にかなって光栄だよ」
「面白い! よし、貴様が出てきた時には、この私が直々に葬ってやろう! 二度とテニスがしたくなくなるぐらい、痛めつけて徹底的に泣かせてやろうか?」
エヴァから凶悪な笑と闇が溢れた。
(ッ!?)
(く、・・・空気が重く・・・俺の体が震えている?)
(な、なんと凶悪な表情・・・いや、威圧感・・・こんな、我々の腰元しかない少女が・・・)
(なにもんだろい・・・このちみっ子)
立海メンバーは手に汗と鳥肌が気づいたら立っていた。
これまで見たこともない得体の知れない何かを、目の前の小さな少女に感じていた。
一方で、エヴァも、大人気ないと思いつつも、少し試していた。
(さて、どんな反応をする? 小僧)
ただの挑発だ。エヴァはただ、反応が見たかった。
これでビビって何も言えなくなるなら論外。キレて反発するようなら2流。
すると、幸村はエヴァの威圧に対して身じろぎ一つせず、ただ涼しい表情で笑みを浮かべた。
「お嬢ちゃん?」
「ん?」
「テニスは人を泣かせるゲームじゃないよ」
軽やかに受け流された。
「ほ〜う」
エヴァもその反応に満足した。
自分がこれだけの威圧を出せば、「子供相手にムキになる必要はない」などという反応は普通出さない。
しかし、幸村は違った。
その瞬間、エヴァの標的が決まった。
「くくくく、楽しみになってきた」
エヴァは振り返る。どうやら、この練習試合が本気で楽しくなってきた。
戻ると、麻帆良ベンチではクラスメートがハラハラした表情だ。
「エヴァちゃん、なにやってんの!?」
「なんか、すごい笑い声が聞こえたけど・・・」
「あんなイケメン集団にどうしたの!? まさか、メアド交換!? ズル、私も行く!」
「いや、美沙、あんた彼氏いるでしょ・・・って、桜子まで!?」
「いいじゃん、円! やっぱ、私たちはこういう出会いを有効活用しないと!」
ハラハラ・・・が一瞬でなくなったが、エヴァは軽く咳払いした。
そして、
「貴様ら、次の試合は勝ちに行くぞ」
キャプテン不在の状況、急にエヴァが仕切り出した。
ハシャイでいた子達も、空気を見て謹んだが、しかし勝ちに行くと言われて簡単に勝てるわけがない。
すると、エヴァは指示を出す。
「委員長が居ないのなら・・・刹那、次はお前が行け」
「えっ、わ、私がですか!?」
急に指名された桜咲刹那は、あたふたした。
「いや、しかし私は龍宮とのダブルスが・・・」
「それは後で考える。どちらにせよ、この状況で任せられるのは貴様だけだ。お前が抜けたダブルスには茶々丸に入ってもらう」
「えっ・・・あ、でも、それなら茶々丸さんがシングルスでも・・・」
「ダブルスに必要なのは連携だ。確かに、貴様と龍宮は連携は大丈夫だろうが、金に絡まないこの試合を、龍宮が真剣にやるとも思えない。案の定、今いないではないか」
「まあ・・・確かに・・・」
「万が一、龍宮が来ないことも考えて、どんな場合でも機械的に動けてデータを下に誰とペアを組んでも冷静に対処できる茶々丸にダブルスをさせる。刹那、お前はこのシングルスで確実に勝ちを拾ってこい」
もはや、いきなりキャプテンというより、選手権監督のようになった。
「ふっふっふっ、もし、負けたらどうなるか分かるな? ・・・お前の全身に恥辱という恥辱を徹底的に叩き込んで、お前の大事なお嬢様の前で穴という穴を・・・」
「ちょっとー、わかりました! 勝ちます! 勝ちますよ!」
しかも、誰も逆らえないというのだから、エヴァがやる気を出せば監督気質があっても仕方なかった。
「は〜、仕方ないですね」
もう諦めて、ラケット取り出す刹那。
「せっちゃんやーーー!」
「刹那さんキターっ!」
「って、桜咲さん、渋!? ウッドラケットじゃん!?」
「ってか、確実に勝ちに行くとか・・・剣道の試合でもないのに、大丈夫なのかな?」
歓声と采配に疑問は多少あるものの、エヴァの指示により、次のシングルスの試合には麻帆良からは桜咲刹那が出る。
対する立海は・・・
「本当はここで赤也に出てもらうところだったけど、仕方ない。こちらもオーダーを少し弄る。だから、頼んだよ」
「ぷりっ」
立海一の厄介な男とも呼ばれる、コート上の詐欺師がベールを脱ぐのだった。
四対四の席。向かい合うように男女が並んでいた。
真田、切原、亜久津、木手。
アスナ、千鶴、あやか、龍宮
なぜだか分らぬが、このテーブルだけは皆が異様に避け、あげくの果てには皆に同じことを思われていた。
(((なんか、あそこの席、パネエ!?)))
何だか、しゃべりづらい空気。
「まあまあ、みなさん、テニスがお上手なのですわね」
だが、そんな空気にも関わらず、聖母・千鶴は相変わらずだった。
「まだまだ未熟だ」
「いやー、照れるっすね!」
「けっ」
「ふふふ、まあ、それなりにですけど」
千鶴の言葉に真田と亜久津はとくに反応せず、赤也は照れ臭そうに、木手は「ふふん」と少し胸を張っていた。
だが、千鶴が言わなくても、アスナとあやかが目の前の連中が凄いテニスプレイヤーだというのは分っている。
この中では真田のテニスしか見ていないが、その真田が認める全国クラスのプレイヤーなのだから。
しかし・・・
「で、ちょっと待ってください。立海の方たちは私も知っていますが、そこの君は誰ですか?」
「ああ?」
「山吹中と聞いてますが、君みたいな人、居ましたか? 山吹中とは試合してませんが、全国大会の開会式でも君のことは見ませんでしたが」
木手の視線が亜久津に向けられ、亜久津が人を殺さんばかりの不快そうな表情を浮かべた。
「木手、見ていないのも無理はない。亜久津は都大会でテニス部をやめている」
「ほう、やめた。それはまたどうして」
怪物とまで呼ばれて、学校も関東、全国にコマを進めているというのに、なぜやめたのか?
亜久津はモンブランを食べるスプーンを咥えたまま、ぶっきらぼうに答える。
「テメエには関係ねーだろ。ドタマカチ割るぞ?」
「ほう、テニスの実力は知りませんが、おいたは過ぎるようですね?」
「お前、誰に喧嘩売ってんの?」
亜久津の態勢が少し変わる。今すぐテーブル越しに殴りかかりそうな様子だ。
アスナとあやかも、いきなり喧嘩が始らないかヒヤヒヤしている。
「よさんか! 女どもの前だ。争いはひかえんか!」
こういうとき、真田のような男が居てくれて本当に良かったと、アスナとあやかは感謝する。
しかし、
「お前、誰に指図してんの?」
((この男、めんどくさー!?))
まったく態度を改めない亜久津だった。
もう、これ以上、場を悪くしないでくれ、それがアスナとあやかの願いだった。
だが、それは無情にも、切原のKYな一言で最悪の事態に。
「あっ、俺、月刊プロテニスの井上さんに聞いたことありますよ。亜久津さんは都大会で越前に負けたんで、テニスやめたんすよね?」
「あ〜?」
「ほう、越前君に。しかし、別に恥じることはないでしょう」
「うるせえ。俺は小僧に負けたからやめたわけじゃねえ。小僧との試合でもう満足しただけだ」
「なんか、もったいないっすねー。まっ、俺には関係ないっすけど」
切原の悪気のない言葉だったが、亜久津がピクリと反応。
亜久津の目つきがより一層鋭くなった。
「そーいや、俺も関東大会決勝前の野試合で負けたっすね」
「けっ」
「ほうほう、みなさん、越前クンに負けたんですか。では、僕だけですかね〜、負けたことがないの」
「いや、木手さんは越前と試合してないし、あんたは手塚さんに負けたじゃないですか」
「むっ・・・・・・・・・」
「そうだな、木手。お前は全国大会でこの『俺に負けた手塚』に負けているんだったな」
「ほほう、真田クン、言いますね〜、ギリギリだったじゃないですか。それに、切原クンも、全国大会前に関東大会のビデオを見ましたが、君は越前クン、手塚クンの下に甘んじている不二クンにも負けているでしょう?」
「うっ・・・べ、別に不二さんが越前や手塚さんより下とは限んないじゃないっすか。木手さんに勝った手塚さんより、不二さんの方が強くても、あの人なら不思議じゃないっすよ」
「ほう、つまり君は、私は手塚クンや越前クン、さらには不二クンよりも弱い男と言いたいわけですね?」
亜久津だけじゃない。何だか、真田も切原も、どんどん空気が重く、ギスギスしてきた。
そこに更に爆弾が・・・
「なんだ。つまり、話を統合すると、実はお前たちはそんなにテニスは強くないということか?」
「「「「ぬっ!!??」」」」
「「龍宮さん!?」」
怖いものなど無い龍宮の恐ろしい言葉に
「まあ。では、この中で誰が一番、テニスがうまいのですか?」
「無論俺だ」
「いやいや、来年立海の王座を奪還する、俺っしょ!」
「進化した、私でしょう」
「テメエら、いつまでもくだらねえこと言ってると、全員ぶっ潰すぞ?」
千鶴の余計な一言で、更に争いの火種が投げ込まれて、余計に空気が悪くなr。
我慢できず、アスナたちは焦って、ワザとらしいぐらい大声を出す。
「ねえ、ゲンイチロー! それでさ、それでさ、えっと、ええっと、あの・・・そう! 越前って誰?」
「そそ、そうですわ! 先程から、その名前が出ていますが、どなたですの?」
とりあえず、亜久津が何かをしでかす前に、落ち着かせないといけない。
だが、その質問は失敗だったと後に分かる。
「越前リョーマか・・・奴は、今年の全国大会を制した青春学園の選手にして、現在、中学一年生でありながら全国ナンバーワンとなったプレイヤーだ」
真田もまた、越前に苦渋を舐めさせられた一人ゆえに、複雑な感情を持っていた。
だが、アスナたちは今の真田の説明に驚きを隠せなかった。
「ちゅ、ちゅういち!? それって、ゲンイチローより強いの?」
「今はどうかは分らん。だが、関東大会で俺は奴に敗れた」
「う・・・うそ・・・」
アスナもあやかも驚愕した。
「一体、どんな奴なの? ゴリラみたいな奴?」
「こ、怖くてあまり知りたくはありませんが、知りたい気もしなくも・・・」
真田の実力を十分知った二人だからこそ、まさかこれほど強い男が中学一年生に負けたなど信じられなかった。
越前リョーマ。
果たしてどんなプレイヤーなのか、興味が尽きなかった。
そしてその頃、食堂塔で今にも争いの火種が爆発しそうな中で、テニスコートでは誰もが予想もしていなかった事態が起こっていた。
「バ、バカな・・・あの、仁王が・・・」
「これまでと同じ、超人的な素人かと思ったが・・・」
「これは、予想外でしたね。確かに、超人的ではありますが・・・テニスそのものに関しても・・・」
「計算外だ。これほどまでの選手が、名も上げずにくすぶっていたとは」
驚愕に震える立海メンバー。
その彼らの眼前には信じられない光景が繰り広げられていた。
「神鳴流庭球術・奥義・雷迅紅(ライジング)!!」
ウッドラケットから繰り出される、疾風迅雷の打球が一閃。
相手は一歩も動けずに、ただされるがままだった。
「40—0!」
秀麗で、鮮やかで、それでいて豪快なジャンピング・スーパー・ライジングショット。
コートに降り立つ桜咲刹那は、舞い降りた天使のように幻想的に見えた。
その流麗なプレーに誰もが見惚れてしまっていた。
「では、もう一球、行きます! 神鳴流庭球術・斬岩サーブ!」
剛球サーブをテニスでは弾丸サーブと例えたりするが、これは違う。
岩をも斬り裂くかと思われるほどの、切れ味の鋭いスライスサーブ。
鋭利な刃物のような孤を描く。
「ッ、返すぜよ!」
「いい反応です。ですが、リターンが甘いです」
「・・・速く、強く・・・鮮やかぜよ!」
仁王も態勢を崩すものの、何とかラケットを伸ばして、リターンに成功する。
しかし、浮いたボールの先には、まるで羽が生えたかのように空に舞う刹那が既に構えていた。
「神鳴流庭球術・奥義・雷光スマッシュ!」
ボールとラケットのインパクトの瞬間、スイートスポットに稲妻が走ったかのように見えた。
まるで、本物の雷を纏ったかのようなスマッシュは、落雷の如き速度と威力でコートに突き刺さる。
「ゲーム・桜咲・3—0!」
こんなゲーム展開を誰が予想しただろうか。
これまでの超激戦とは打って変わり、たった一人の少女が、全国屈指の名門校・立海大付属のレギュラーを圧倒していた。
「せっ・・・・・せっちゃん、メチャメチャ強いやーーーーーーーーーーん!!」
「桜咲さん、フツーにテニススゲエ上手いじゃん!? 何で!?」
「おま、おま、何でテニス部に入んね、いや、そうじゃなくて、ボールに稲妻走ってたけど私の見間違いだよな! なんか、やばいもんを付加させたりしてねえよな!」
「ってか、意外・・・桜咲さんて剣の道一筋だと思ってたのに・・・」
まさかの桜咲刹那のテニスの実力に驚きを隠せぬ麻帆良ベンチ。
そして、これ以上の嬉しい誤算はなかった。
全てを分かっていたかのように、エヴァンジェリンは悪の女王ばりの笑みを浮かべていた。
「マスターは、ご存知だったのですか?」
「ああ。詠春に聞いたことがある。神鳴流は門下生に女が多く、厳しい修行の中で何かレクリエーション的なものをとのことで、三代ぐらい前の頭首が修行の息抜きにテニスを取り入れたとな」
「刹那さん、とてもイキイキしていらっしゃいます」
「まあな。仮にテニスの実力がどれほど向上しても裏社会で生きなければならないあいつらは、その実力を公共の場で披露することはなかったからな。しかし、今日は別だということだ」
「なるほど、確実に勝ちに行くには刹那さんというマスターの案の意味がよくわかりました」
「しかし、刹那も何だかんだで気合入っているな。あのラケット・・・確か、千葉県のウッドラケット職人手製のものだ。何と言ったかな、あのジジイ・・・たしか、オジイだったか? まあ、もう死んでいるだろうが・・・」
意外な神鳴流の秘密ではあったが、現実は現実。
刹那が完全にペースを握り、立海のレギュラーを圧倒していた。
「はい、せっちゃん、ドリンクや!」
「あっ、ありがとうございます、お嬢様!」
「んも〜、せっちゃん、何であんなテニスうまかったん、内緒にしてたん?」
「ははは、いえ、私も修行の合間という感じで、同門以外の方とはテニスしたことなかったので、自分の実力もよく分かっていなかったもので」
「もたいないわ〜、せっちゃんテニス真剣にやっとったらプロになってたんちゃう? ほんま、かっこよかったえ!」
「そ、そうですか! かっ、かっこいい・・・ああ・・・光栄です! 見ていてください、お嬢様! お嬢様に必ずや勝利を!」
「せやせや! もう、こうなったらいっそ、ラブゲームに・・・・・・あっ・・・・・・」
「どうされましたか?」
「えっへへへ、せっちゃんがウチにラブゲームを捧げてくれるん?」
「っ!?」
ラブゲーム。相手のゲームカウントをゼロにすること。つまり、6—0の勝利。
ちなみに、語源はフランス語の卵なのだが、この時、刹那と木乃香の頭の中には、ゼロではなくLOVEの字が・・・
「くっはーーーー! ラブ臭がキタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「なんか、最近、急激に開き直ったよね、あの二人」
「まあ、幸せそうだし、それでいいんじゃない?」
「刹那さん、マジ強くてカッコイイしね!」
ベンチで大喜びの木乃香と顔を赤らめながらイチャイチャする刹那。
あれほど鋭い、ライジングやサーブやスマッシュをしていた者と同じとは思えない。
しかし、普通に強い。
立海メンバーもこれには面食らっていた。
「あの女、フツーにツエーよ。(俺らの試合であいつが出てこなくて良かったぜ)」
「しかも、基本は完璧だろい。相手のミスを誘うシコラーテニスは通用しないぜ」
「桜咲刹那・・・俺のデータにもまったくない」
「女子でも、全国クラスなら我々も名前ぐらい知っているのですが・・・・・・」
計算外だった。まだ、これほどの者が麻帆良にも居たとは思わなかった。
アスナや、クーフェや楓とも違う、正真正銘のテニスを身につけていた。
「仁王・・・この結果は遊びかい? それとも、理屈抜きの実力の差かい?」
幸村がベンチで無言の仁王に声を掛ける。
しかし、仁王の反応は返ってこない。
「ふ〜・・・はあ、はあ、はあ・・・」
たった三ゲームだというのに、息が上がっている。
対する刹那は汗一つかいていないというのに。
これは、立海レギュラーの仁王雅治が完全に手も足も出ないことを表していた。
「仁王」
「聞いとるぜよ。予想外で混乱してるだに」
仁王の声が若干低かった。
いつもは『コート上のペテン師』と呼ばれ、相手を驚愕させていた男が、逆に驚いていたのだった。
「パワー、スピード、それだけなら前の女どもも俺らより上だったぜよ。しかし、今度の女は唯一俺らが優っていた技術も持っているだに」
仁王の言葉が何を表すか。それは、簡単に言えば『無敵』。
「確かにね。さらに、彼女はあの長いウッドラケットを存分に使いこなし、超攻撃テニスをしてくる。まるで、侍が長刀で暴れまわっているようだね」
「・・・実際、奴のスイングの風圧で、ちょっと頬が切れたぜよ・・・鋭さも圧倒的ぜよ」
「そうか・・・どんな理由かは分からないが、表舞台に立たない選手が、これだけの実力を持っていたとはね」
言えば言うほど相手が際立ち、勝算がなくなっていく。
今回ばかりはヤバイのではないかと、柳たちも言葉を失っていく。
勝てないのか?
ほんのわずかだが、そう思いかけた時、仁王はベンチから立ち上がった。
「安心しんしゃい。それでも、俺は負けんぜよ。既に、準備は整っている」
どこか、確信めいたように、仁王はそう言った。
「準備か・・・つまり・・・いよいよ、仁王もここから本領発揮というわけだね」
幸村が仁王の背中を見て呟く。
そして、柳たちも思い出した。
「そうだ、仁王にはアレがある」
「ああ。準備できたってことは・・・いよいよ、スタートするってわけかよ・・・奴ら、度肝を抜かれるぞ」
「これは見ものだろい」
「ええ、仁王くんの・・・『イリュージョン』が始まるわけですね」
イリュージョン。
先ほどまで面食らっていた立海メンバーも、少し表情が和らいで来た。
それは、仁王が持っている能力の凄まじさを誰もが知っているからだ。
「しかし、仁王はイリュージョンで誰になる気だ?」
「順当にいって、仁王のイリュージョンで最強なのは・・・」
「手塚国光」
「彼しかいませんね」
そして、仁王がサービス用のボールを拾う。
その背中には、嵐の前の静けさのような雰囲気が漂っている。
「せっちゃん! がんばってや!」
「はい、必ずやお嬢様にラ・・・ラブゲームを捧げてみせます!」
仁王の雰囲気が変わっているというのに、刹那は眼中に入っていないようだ。
もっとも、麻帆良側もこれまでのゲーム経過で、余裕の表情だった。
だが、今度は彼らが驚愕することになる。
――――イリュージョン発動
そして、仁王雅治があの男になった。
「You still have lots more to work on」
―――――!?
流暢な英語が聞こえた。
それは、どこか生意気さも感じられる幼い子供の声だった。
そして、この場にいる誰もが目を疑った。
今そこに、つい先程までいたはずの男が、何故か帽子を被った小柄な少年の姿に見えたからだ。
「な・・・なんだ?」
エヴァンジェリンですら、狐につままれたような表情だった。
「仁王・・・そう来たか・・・これは、俺でも予想外だったよ」
対する立海側は、誰もが興奮を抑えきれない笑みを浮かべていた。
誰もが、「あのやろう、やりやがった!」という表情だった。
「えっ、あれ? あれ? 仁王・・・さん? じゃなくって・・・え?」
誰もがそう見えたのだ。
刹那が混乱するのも無理はない。
まるで変身したかのように突然姿が変わった仁王。果たして目の前の少年は何者なのか?
すると彼は、どこまでも自信に満ちた笑で、先ほどの英語を今度は日本語で言う。
「まだまだだね」
そこには、現在中学テニス界ナンバーワンの選手が立っていた。