【完結】テニスこそはセクニス以上のコミュニケーションだ(魔法先生ネギま×テニスの王子様)   作:アニッキーブラッザー

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第28話『それぞれのテニス』

「まったく、どうなっとるんじゃ! テニスコートといい、食堂棟といい、世界樹の異変といい」

「分かりません。しかし、生徒たちの安全を考えて急いで向かいましょう」

 

 ついに動き出した学園長、高畑・T・タカミチを始めとする魔法先生たち一同。

 未だ生徒たちの被害はないものの、今、学園で何かが起こっていると、慌てて彼らは駆け出していた。

 すると……

 

「が、学園長!」

「どうしたのじゃ?」

「その……」

 

 そして、先行して先を進んでいたガンドルフィーニが立ち止まって叫んだ。

 それは……

 

 

「せ、世界樹前広場で……て、テニスが……」

「はあ?」

「……その、見知らぬ中学生ぐらいの男子学生が……あ、あの、エヴァンジェリンとテニスをしています」

「………へ?」

 

 説明を受けても意味不明な学園長を始めとする一同。

 だが、次の瞬間、彼らの目には、確かに普段はないはずのテニスコートがそこにあり、その周りには多くのギャラリーで溢れており、そしてそのテニスコートでは、誰かが試合をしているのが分かった。

 呆然とする学園長たち。

 しかし、試合は待ってはくれなかった。

 

「最初は幸村が取ったものの、あの子供、いい動きをする」

「ああ。技も多彩だ。それに、この俺様のインサイトでもパッと見で隙がねえ」

 

 ワンポイント目は幸村が取ったものの、エヴァの実力は本物と、手塚と跡部も認めた。

 

「確かにな。それに、神楽坂アスナのように優れた身体能力のみで繰り広げるメチャクチャなテニスではない。ショットの一つ一つ、精度、さらにゲームの組み立ても目を見張るものがある。何者なのだ? あの幼女は」

「う、う~ん、エヴァちゃんは結構特殊だから……ってか、ゲンイチロー、私たちからすればエヴァちゃんと真っ向から打ち合える幸村くんの方がすごいから」

 

 たったワンポイントで、テニスのトッププレーヤーも魔法界の住人たちも両者目を見張る攻防を見せるエヴァと幸村。

 しかし、二人の戦いはまだ始まったばかりと、両者更にギアを上げていく。

 

「では、いくぞ! そらっ!」

「今度は……スーパースライスサーブか」

 

 エヴァが状態を捻ってボールを鋭くカットして打ち出すスライスサーブ。

 それは、ブーメランのように強烈な弧を描いて、相手をコート外へ押し出そうとする。

 

「無駄だよ。これもキックサーブ同様にライジングで叩けば、大きくコートから出されずに済……ん?」

 

 他の選手なら初見はほぼサービスエースを取れるようなサーブ。だが、幸村には通用しない。

 幸村は鋭いスライスサーブを金魚すくいで救い上げるように丁寧にライジングで返球しようとした。

 しかし、その時、既にエヴァはネットに出ていた。

 

「サービスダッシュ! あの子、あの身長でサーブ&ボレーに出るのか!」

「いや、奇襲としては悪くない!」

「だが、相手は幸村だ……」

 

 予想もしていなかったエヴァのサービスダッシュに驚くギャラリーだが、幸村を出し抜くには甘い。

 

「悪くないけど、君のリーチでダウンザラインのコースを狙えば届かないよ」

 

 そう、エヴァの体格は幼児と同等。仮に相手の虚をついたところで、そのリーチではコーナーギリギリを狙われたら届くはずがない。

 幸村は冷静にエヴァのリーチの届かないコースにボールを……

 

「甘いな!」

「ッ!」

 

 その瞬間、サービスダッシュしていたはずのエヴァの体が、コウモリが分裂したかのように四散したのだった。

 

「な、なんだー、あれ! ぶ、分身?」

「違う、まるで……幻みたいな!」

「え、エヴァちゃんの体がコウモリになって……んで、本物のエヴァちゃんがあっちに……どういうこと!」

 

 そして、本物のエヴァは、幸村の打った打球の延長線上で既に待ち構えていた。

 

「エヴァちゃん……もう、魔法を隠す気ないみたい……ネギ、ドンマイ」

「ひっぐ、マスター……そんなに僕をオコジョにしたいんですか?」

「気にすんな、先生! たとえエヴァンジェリンさんが何をしようとも、テニス界には幸村くんがいるから、大丈夫だ!」

「千雨ちゃんが、ほんまに熱く幸村くんを応援しとる……」

 

 ギャラリーの反応など、もはやエヴァにはどうでもよいことだ。

 待ち構えていたところにジャストで来た幸村のボールをオープンコートに叩きつけ……

 

「そらそら、走れ走れーっ!」

「ツ!」

 

 エヴァは叩きつけなかった。ボールを右へ左へと振り、幸村が追いつける範囲でボールを打つ。

 

「おい、なんであの子、チャンスボールなのに叩きつけなかったんだ!」

「何か狙いがあるのか?」

「……持久戦で幸村を潰す気か?」

 

 エヴァの狙いを持久戦ではと予想する面々。

 その間、幸村を振り回すエヴァの表情は恍惚に満ちていた。

 そしてそれだけではない。

 

「甘いよ。ここからパッシングで……ッ……またコウモリ……」

「どうした! 本物を見抜けぬとは、あの跡部とかいう小僧にも劣るではないか!」

 

 ことあるごとにコウモリによる分身のようなもので幸村を翻弄するエヴァ。

 気づけば、幸村はどこに打つべきかを迷わされるようになり、対応が徐々に遅れていた。

 

「なるほど……コート上の人形使いか……」

「あの精市を振り回そうとは、恐ろしい娘だ」

 

 この状況を見て、乾と柳が何かを察したようだ。

 

「乾~、柳~、どういうこと?」

「見ろ。あのどこに現れるか分からない幻による翻弄、そして華麗なるラケット捌きで思うようにボールコントロールをしたり、打点を相手に絞らせない。気づけば、幸村は自分の行動を相手に操られているかのように振り回されているのだ」

「自由自在に相手を振り回してリターンをする。相手に自由なプレーをさせないのは、精市の専売特許であったが……エヴァンジェリンといったな……恐ろしい娘だ」

 

 そう、目先のワンポイントを奪うのではなく、幸村の頭と心を揺さぶるように徐々に切り崩していくプレーだ。

 コートを走り回る幸村の姿は、エヴァの手の平で糸を付けられて操られている人形のようであった。

 

「ならば、この試合はタイプの違う者同士のぶつかり合いということだな」

 

 そんな幸村の姿を見て、真田がこの試合をそう評した。

 

「ゲンイチロー、どういうこと?」

「うむ。すなわち、オールマイティプレーヤーVSカラフルプレーヤー、というものだ」

「お、おーる……?」

「幸村は固有の得意技を持たない代わりに、あらゆるスピードやパワー、テクニックを問わずにすべての打球に対応できる。一方で、あの幼女は多彩なショットを身につけてあらゆるプレースタイルで相手を倒すことができる」

「……そ、それって、よく分かんないけど、同じ意味じゃないの?」

「全く違う。幸村のテニスは言ってみれば、どんな打球にも対応することで相手を倒すシンプルテニスだ。それはどのようなゲーム展開でも変わることのない揺るがぬプレーだ。しかし、あの幼女のテニスは相手に応じてプレースタイルを多彩に変化させることが出来るため、その引き出しの多さでいかなる相手をも攻略できる」 

 

 そして、現在エヴァが行っているのはその一つ。あらゆる打球に完璧に対応する揺るがぬ幸村を乱すこと。

 精神的にも肉体的にも弱らせて、そして躍らせる。

 

「そらっ!」

 

 エヴァが特殊なグリップから独特のフォアハンドを打つ。

 

「あ、あのショットは!」

「エクストリームウェスタングリップでのフォアだ! あんなショットまで!」

「ああ……体格の劣る選手がパワーボールを打つためのグリップ……肩の可動域と腕の動きを完全に制限することで、強制的に体を回転させて足の力でボールを飛ばす……まさに、あの少女にはうってつけのパワーショット」

 

 鋭いドライブ回転がかかって突き進むボールに、テニス部員たちは湧きあがる。

 

「パワーがなくとも強烈なショットを打つ方法などいくらでもある。しかし、貴様はそれをせん。つまり自分から相手を倒そうという意思がないということだ。どれだけ完璧を誇ろうと、所詮、貴様の体力はまだまだ中学生のもの。永遠に乱れぬことなど不可能だ。ボロを出すのは時間の問題だ」

 

 サディスティックな笑みを浮かべて幸村を翻弄するエヴァ。そのギアを徐々に上げて、幸村を追い詰めようとする。

 すると……

 

「そうだね。永遠に戦うのは無理だから……悪いけど、早めに終わらせてもらうよ」

「ッ、ほう!」

 

 その時、これまで基本は受け手であった幸村が自分から動いた。

ストロークの打ち終わり直後に急にネットに出て、ネットに張り付いているエヴァとの接近戦に持ち込む気だ。

 だが、無闇に動いたことで、逆に隙だらけ。

 前へ出た幸村の足元やオープンコートに打ち込めば、楽にポイントを奪うことが出来る。

 

「耐え切れずに幸村から動いた!」

「ダメだ、それでは相手の思うつぼだ!」

 

 幸村の動きは悪手だとテニス部員たちは声を上げる。

 だが、それが幸村の狙いでもあった。

 

(このままあの子に振り回されれば、ジワジワと体力を失う。ならば、相手が打ち込みたくなるような隙をあえてこちらから見せて誘うことで……)

 

 ねちっこく翻弄しようとするエヴァに打ち込ませるために、あえて隙を作る。

 エヴァが打ち込んできた瞬間にカウンターでポイントを奪い返す。それが幸村のシナリオ。

 幸村にはそれが出来るという自信があった。

 

「ふはははははは、そうやって耐え切れずに無理に動いて自滅するのが、哀れな人形の末路というものだ!」

 

 高笑いと同時にラケットを大きく振りかぶるエヴァ。

 

「隙だらけだ、小僧! がら空きだ!」

 

幸村の誘いに気付かずに、勢いよくボールをオープンコートに叩きみ、ポイントを……

 

「さあ、まだまだいくぞ! 一気に巻き返し――――」

 

 ついに幸村からポイントを奪ったと笑うエヴァ。

 だが、実際には……

 

「チャンスボールを決めた幻でも見たのかい?」

 

 本物のボールはエヴァの足元を抜い――――

 

「誰しもが思い浮かべる自身の鮮やかなプレーを相手に錯覚させる……それがお前の力か?」

「ッ!」

 

 その時、幸村は気付いた。

 

「私に幻を見させて騙す……そんな幻でも見えたか?」

 

 幻に囚われて、ポイントを奪ったと勘違いしてガッツポーズをしているエヴァ自身が幻であった。

 四散した蝙蝠がそれを証明していた。

 ならば、本物のエヴァは?

 

「私に幻術合戦など、千年早いわッ!」

 

 本物のエヴァは自分の分身体の後方のベースライン上で待ちかまえていた。

 そして、ネットに出ていた幸村の真横を抜くパッシングショットで軽々と抜き……

 

「大丈夫だ、届くッ!」

 

 しかし、幸村はギリギリで反応して真横を抜こうとするボールに食らいつこうとする。だが……

 

「ああ、ちなみにそのボールも……幻だ」

「ッ! これは……」

 

 その瞬間、幸村が食らいつこうとしたボールが蝙蝠化して分裂。エヴァの作り出した偽物のボール。

 なら、本物は……

 

「あっ……」

 

 がら空きの逆サイドを綺麗に抜かれていた。

 流石にこれは幸村も取ることが出来ず、打ち合いからの騙し合いは、エヴァに軍配が上がった。

 

「ゆ……幸村があんなにきれいに抜かれた!」

「しかも読み合いすらも……」

「いやいや、待て待て、ボールが蝙蝠になったり、あの子が蝙蝠だったり、もう全然分からねえ!」

「コートで一体何が起こってるんだ!」

 

 その瞬間、息すら吐けぬほど緊迫した打ち合いが終わった瞬間、ギャラリーからドッと疲れたような息と、幸村がポイントを奪われたことへの驚きが入り交じり、場に動揺が走った。

 

「いやいやいやいや、エヴァンジェリンさん、ちょっと卑怯です!」

「ちくしょー、何がテニス歴600年だ! 幸村くん、負けんな! あんたなら勝てる!」

 

 盛り上がるものの、反応は様々である。

 幸村がポイントを取られたことに対する驚き。

 エヴァがそもそも卑怯すぎることに対する驚き。

 正直、今、何が起こっているか分からないことに対する驚き。

 

「くくくくく、まだまだこんなものではないぞ? 貴様の知らぬ、奥深きテニスを見せてやろう」

 

 もう、完全に開き直って、どうなろうと構わんという感じのエヴァ。

 

「……俺の視覚や思考が完全に欺かれた……」

 

 一方で、どんな超常現象であろうと、見極められずにポイントを失ったことに少なからず動揺している幸村。

 様々な想いがめぐる中、エヴァはプレーを続行する。

 

「さあ、行くぞ! 再び私の手の平で踊ってもらおう!」

 

 エヴァの繰り出されるサーブ。今度はキックでもスライスでもない。唸るようなトップスピン。

 ここまで様々な球種を操るだけでも驚きなのに、そのうえ妙な幻を使ったテニスをする。

 しかし、そこで自分の中に芽生えかけた僅かな動揺を、幸村は頭を振って消し去ろうとする。

 

「集中力を高めろ。冷静になれ精市。絶対に返せないボールなんて無いんだ。俺は、目も見える。耳も聞こえる。ラケットの感覚もある。頭だって冷静に――――」

 

 その時だった。

 エヴァのトップスピンサーブを的確にリターンした幸村の目には信じられない光景が映し出されていた。

 

「な、なにっ?」

 

 それは、彼が未だかつて見たことのない光景。

 

「ふふふふ、どうした? 幸村精市」

 

 鋭いリターンでエヴァの足元を抜くはずだったボール。

 そのボールが、エヴァの手前の空間で、まるで『凍結』したかのように宙で停止しているのである。

 

「ほら、ぼんやりするな!」

「ッ!」

 

 目の錯覚? 分からない。しかし、エヴァの手前で確かにボールは一瞬停止した。

 その真偽が分からぬうちに、エヴァから鋭いストロークが返って来て、幸村も慌てて反応する。

 

「くっ、何かの間違いだ……ボールが空間で凍結など……いや、しかし……」

 

 今の光景をただの見間違いだと思おうとした幸村。

 しかし、今日一日を振り返る。

 強烈なパワーで真田をふっとばした、アスナ。

 分裂球やアクロバットなプレーを見せた、楓とクーフェ。

 翼を出した、刹那。

 ロボットや孫悟空を召喚した、茶々丸とパル。

 時を飛ばしたり空間を歪めた、超鈴音とザジ。

 これだけの、「ありえない」というようなものを今日一日で目の当たりした。

 その想いからやがて、幸村の頭は、「ボールが凍結したように見えた」ではなく、「本当にボールが凍結した」と思うようになってきた。

 

「どうした! 迷いながらの受けは相手に付け入る隙を与え、そこから怒涛の勢いで巻き返せなくなるぞ!」

「ッ!」

「段々とリターンが淡白になっているぞ! 思考も停滞しているぞ! 二手三手先まで読みきれぬのでは話にならん! 落胆と迷いの中でプレーをして、私を超えられるか?」

「ま、まだだ! 絶対に返せないボールなど――――」

「足腰が弱いぞ! 自分の能力への過信が貴様の殻となっている!」

「バカな! ボールが空間で凍結するなど―――」

 

 幸村が完全に手玉に取られて振り回されていた。

 気づけばエヴァは、幸村をいたぶるというよりは、テニスの指導をしているかのような上から目線で、既にゲームをコントロールしていた。

 

「このアングルショットで流れを変えるッ!」

「無駄だ」

「ッ!」

 

 幸村がペースを返るために打った起死回生のショット。

 しかし、そのショットすら、空間で凍りついたかのように突如停止した。

 

「これは、空間を操って……跡部……分かるか?」

「手塚、当然だ。さっきのザジとかいう奴と同じ、光る未知の力と冷気が混ざり合って……ボールが本当に空気中で凍り付いて停止している」

 

 もはや、見間違いではない。完全に凍り付いている。

 その事実に誰もが驚愕し、そして……

 

「ネギ……あれって……」

「マスター……やっぱり魔法が使えるようになってます……飛んできたボールを空中で凍らせて、そして返球と同時に氷を砕いてます」

「は、はは……さ、更に、凍りついたことによって水分を吸ったボールは重くなって、幸村さんにはより返球が困難になりますね」

「いや、せっちゃん、それ、ええんか? いや、超さんやザジさんのテニス見た後やと今更やけど……」

「もう、拙者らにはどうすることもできんでござるな。千雨殿、残念でござるが……」

「畜生ッ! 幸村くん、頑張れ! 頑張れよ、あんたなら……あんたなら普通のテニスで魔法にも勝てる!」

 

 すべての種を知っているネギたちはもう完全に呆れる中、中ロブ気味のボールがあがった瞬間、エヴァは飛んだ。

 

 

「こんなことはありえない……そうやって世界の限界を決めている時点で、貴様の歩みは止まっているのだ、幸村精市よ! 己の限界を超えられぬものに、私は倒せん!」

 

 

 エヴァのスマッシュ。そのボールには、氷柱のようなトゲが無数に生えている。

 

「これは、ぼ、ボールが……棘だらけに!」

 

 ボールすらも姿を変えてしまった。そんな想定等、未だかつて幸村はしたことがない。

 例えば、ボールがプレー中にパンクした場合等は、プレーヤーの意思に関係なくパンクしたということで、ポイントレットとなって、ポイントのやり直しができる。

 しかし、これは? ボールが氷の棘だらけに変化した場合は? 

 

(どうする? 面で捉えれば、ガットが切れる……グリップリターンは……ダメだ、ボールがトゲだらけで、ピンポイントに芯を打ち抜くことができない……なら……)

 

 だが、それでも返す。返せない球等存在しないというのが、幸村精市の理念。

 すると、幸村はラケットを面ではなく平にして、……

 

「はああああああっ!」

「ほうっ!」

 

 フレームで棘ごとぶっ壊すイメージの力技で返球した。

 

「幸村!」

「あいつがあんなに声を上げて、フレームで!」

「で、でも、威力が弱いッ!」

「叩き込まれるぞ!」

 

 フレームを使ってなんとか返した。しかし、それはようやく返したレベル。

 ふわふわと浮かんだボールに、再びエヴァが飛びつく。

 

「最後の意地だけは認めてやる」

「ッ、しまっ――――」

「もう、幻術にも騙されん! 壊れた人形のように、這い蹲るがよい!」

 

 エヴァがダメ押しでもう一度飛んで、再びスマッシュを叩きつけ、幸村を完全に敗北させる……エヴァも……麻帆良生徒たちも、この瞬間までそう思っていた。

 しかし……

 

「ッ!」

 

 エヴァの叩きつけようとしたスマッシュが、全く予期せぬ方角へと大ホームランしたのだった。

 

「……えっ?」

「マスター?」

「……エヴァちゃん?」

 

 まさかの凡ミスに麻帆良生徒たちは思わず目を丸くする。

 だが、テニス部員たちは……

 

「お、おい!」

「ああ、これは……始まったな」

 

 この光景に、「ついにこのときが来た」とばかりにゴクリと息を呑んでいた。

 そして……

 

「つっ、ぐ、あ、ぐわあっ!」

 

 大ホームランしたエヴァは、そのままありえないことになった。

 それは、体勢を崩して、受身も取れずにそのまま頭からコートに落下したのだった。

 

「ちょちょちょー、エヴァちゃん! い、今、頭からゴツンって凄い音が!」

「マスター、ちょ、いきなりどうしたんですか!」

 

 突如、エヴァに起こった異変。

 コートに頭から叩きつけられたエヴァは、苦痛に顔を……いや……

 

「ぐ、な、なにが……いっ、……痛くない? いや……感覚が……痛覚が?」

 

 ヨロヨロと体を起こしたエヴァ。その可愛らしい顔からは、落下の衝撃なのか、鼻血まで出ている。

 盛大に音を立てて頭から落下したのだから、痛そうだと思うのが普通。

 しかし、ゆっくりと起き上がろうとするエヴァは、今の事態が全く分かっていないかのようにキョロキョロした。

 

「な、なんだ? 突然、体の自由が……それに落下してぶつけたはずが、痛みもあまりない……」

 

 いきなりホームランを打ってしまった。

 体の自由が利かなくなった。

 そして、頭から強くコートに落下したのに、あまり痛みがない。

 これは一体どういうことなのかと、エヴァが不思議に思っていると……

 

 

「どうやら、触覚を失いかけたことで……痛覚も麻痺しているようだね」

 

「……………なに?」

 

 

 その時、ネット越しにいる幸村がそう呟いた。

 エヴァにはもはや意味不明。

 それは、麻帆良の者たちにも同じ。

 

「ね、ねえ……げ、ゲンイチロー……ど、どういうこと?」

 

 何が起こったかは分からない。しかし、確かに何かが起こっている。

 というより、触覚を失うとはどういことか?

 いつもは解説役をしていたエヴァが居ない以上、自分たちでは答えが分からぬと、アスナが真田に尋ねる。

 しかし、真田の説明は……

 

 

「ついに、幸村のテニスが始まったのだ。対戦相手の……五感を奪う……幸村のテニスがな」

 

「「「「「「………………………………はい?」」」」」」

 

 

 もはや、その説明では、アスナたちには何も分からず意味不明なものでしかなかった。

 しかし、立海だけでなく、青学、そして氷帝のテニス部員たちも全員真剣な眼差しでこの様子を見ている。

 さらに……

 

 

「五感を奪う……そんなプレーヤーが……地球の、日本の中学生に……」

 

「うむ、見ているといいヨ、ザジさん。あれが……手塚さんや跡部さんと同じように、百年以上先の未来まで語られる伝説のプレーヤー……神の子・幸村精市ネ」

 

 

 ザジと超も同じ顔をしていた。

 つまり、ありえないことかもしれないがそれは事実。

 

 

「は、はは……な、なんのジョーダンなの、ゲンイチロー。て、テニスやってて五感を奪うなんて……」

 

「そうですよ、真田さん。ましてや、あ、あの、マスターから五感を奪うだなんて……マスターはああ見えて世界最強の……」

 

「な、なあ、せっちゃん。ご、五感を奪うって……」

 

「バカな! あ、相手の五感を奪うだなんて、そんなこと……」

 

「し、しかし、あのエヴァンジェリン殿が受身も取れずに頭から落下する等……」

 

「どういうことアル!」 

 

 

 アスナもネギたちも顔を引きつらせながら、「そんなバカな」という顔をして必死に否定しようとするが、生真面目でウソを付かない真田がこんな冗談を言うわけがないというのは分かっていた。

 つまり信じたくないが……

 

 

「ね、ねえ! 冗談だって言ってよ、ゲンイチロー! ほら、千雨ちゃんも、幸村くんは、そんなトンデモプレーヤーじゃないって否定……あ、あれ?」

 

 

 そして、この事実を目の当たりにした長谷川千雨は……

 

 

 

「( ゚д゚)」

 

 

 

 ポカーンとした顔のまま固まっていた。

 

「ちょ、千雨ちゃん! どうしたの、そんな顔して! ほら、千雨ちゃん!」

「お………お……」

「おっ? なに? なんなの、千雨ちゃん」

「おとめ座の……シャカ……」

 

 もはや、それ以上の言葉を口にすることが出来なかった千雨。

 

 

 後に彼女は語る。

 

 

 幸村くんは、スタンド使いではなかった。黄金聖闘士だったと。

 

「タカミチ……」

「はい、学園長………」

「……テニスって……こういうのじゃったか?」

「………………………わ、私も知りませんでしたが……そうみたいですね」

 

 そして、魔法の秘匿とか、情報封鎖だとか、もうそんなことが完全にどうでもよくなった魔法先生たちは、ただ立ち尽くすしかなかった。

 

 


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