あれはまだ私が小さい・・・・ほんの小さいころだった。
わたしは森で一人歩いていた。理由なんてもう覚えていない。だがあの日の出来事は今でも覚えている。
私が森を一人で歩いていると突然ゴブリンが現れた。今の私ならどうということはないが子供だ。勝てるはずもない。私は逃げようとしたが逃げ道を他のゴブリンが塞いでいた。
わたしはもうダメだと思い目をギュッと閉じた。
そんな時だ。
「諦めるな!」
私は突然聞こえてきた声に反応して目を開ける。すると不思議な力を持つ剣を手にした白髪に赤い瞳、まるでウサギの様なヒューマンがゴブリンを倒していった。
私は彼の戦いぶりに見入ってしまった。彼の剣捌きはなめらかで鋭く、速くてしなやかであった。
あっという間にその人はゴブリンを一掃した。その人は剣を鞘に納めると私の前に来て頭を撫で、こう尋ねてきた。
「怪我はない?」
その一言に私の我慢していた感情が爆発し、私は彼の胸の中で泣いた。
しばらくして警備の者たちが来た。私は事情を説明し、彼に掛けられそうな誤解を解いた。
それからしばらくして父と母を交えて感謝を述べた。そして父と母も私同様に彼の持つ剣を気にかけていた。
彼はそのことに気付いたのか話してくれた。
そして私は驚いた。彼が持つ剣は聖剣。つまり魔剣とは相反する武器であった。そして同時にその聖剣に宿る精霊の加護により、彼は不老長寿の存在となっていた。
少しの間ではあったが、あの人と過ごした時間は今でも鮮明に覚えている。
だがその時間も永遠とはいかなかった。
彼はまだ旅の途中ということもあり、別れる日が来た。あの人は私に言ってくれた。
「もしかしたら、また会えるかもしれない。それまで頑張って。」
あの人は頭を撫でながらそう言った。
そして同時に、私は気づいた。私はこの人に惚れたんだと。
あの人の名は――――
「ん・・・・・・」
リヴェリアは自分が所属しているロキ・ファミリアの拠点である黄昏の館で目を覚ました。
「懐かしいな。」
リヴェリアはそう言うと窓の方へと視線を向ける。窓から朝日が差し込む。
「さて・・・・着替えるとするか。」
黄昏の館の食堂でリヴェリアは食事を取っていた。すると主神であるロキがリヴェリアに絡んでくる。
「おー、なんやママ。今日はえらく上機嫌やな。なんかいいことでもあったんか?」
「誰がママだ。だが・・・・・・まあ、あったと言えばあったな。少し子供の頃に惚れた人を思い出した。」
リヴェリアの言葉に食事を取っている団員が耳を傾ける。
「ほー。ママが惚れるっちゅうことはそーとーの事なんやろーなー。で、どんな奴なんや?」
「流石にそこまでは教えられないな。なにより・・・・お前は調子に乗ってからかうだろうしな。」
「えー。ママのいけずー。」
ロキはリヴェリアにブーブー文句を言うがリヴェリアはスルーする。
(そう言えば・・・・アイズが昨日の遠征の帰りに言ってたな。ひ弱そうに見える冒険者がミノタウロスを一瞬で倒したと。だが・・・・)
リヴェリアはベートの方を見る。
(あいつが返り血を浴びて血まみれになったことを酒の肴にしないか心配だな。全く・・・・上へと目指す向上心はいいがその反面、見下す癖は治らないものか・・・・)
ベートの姿勢にリヴェリアは不安になった。
その日の夜、ロキ・ファミリア一行は豊饒の女主人で宴会をしていた。
「おっしゃ!みんな遠征ごくろーさん!飲めや!」
ロキの言葉と共に団員は騒ぎ始める。
宴の中、ベートが酔った勢いでダンジョンでの話を出す。
話の内容自体は簡単である。遠征帰りの途中で遭遇したミノタウロスの群れに対峙したロキ・ファミリアは討伐を開始したが突如として逃げ出し始めた。上の階層にいる冒険者のためにも追いかけた。
五階層でアイズがミノタウロスを発見した時、ミノタウロスの返り血を浴びたパーカーの青年がいたという話だ。
ベートはその人のことをトマト野郎とバカにした。酒に酔っているせいか口が悪いを越え、ひどいものであった。流石の私も我慢の限界である。
が、豊饒の女主人は行きつけであるためあまりことを大きくしたいわけではない。なるべく穏便に済ませようとした。その時であった。
「全く。最近の子どもって口が悪いを通り越して、ひどいものだね。」
「あ?」
ベートも、他の団員もその声の主の方へと顔を向ける。そこにはパーカーを被った一人の青年がいた。
(この声・・・・・どこかで・・・・・)
その声にリヴェリアは聞き覚えがあった。
「テメェ・・・・あんときのトマト野郎か!はっはっは!傑作だな!トマト野郎張本人がいるなんざ笑いもんだぜ!」
酔った勢いでバカにするベートに対し成年は面と向き合って言った。
「傑作・・・・・ね。もしほかの冒険者がミノタウロスによって死んでそれが言えるのかな?」
「あ?」
「自分たちの不手際で誰かが死んで、お前はその罪を背負えるのか?・・・・・・・・いや、お前は気にも留めないだろうな。それどころか後ろを振り向こうともしない。さっきの口調からしてもそれは分かる。弱者を見下し、高みへと進むためならば努力を惜しまない。
後者については賞賛しよう。しかし前者については、賛同できない。後ろを見ずに進めば、いずれ後悔する。孤独になるだけだ。」
深みのある言葉に誰もが黙った。見た目が若い。なのに年長者のような言いよう。
その言葉に誰もが黙ってしまった。
「・・・・・・テンメ・・・・調子乗ってんじゃねぇぞ!」
ベートが逆ギレをして少年へ殴りかかろうとする。咄嗟のことに誰も止めることは出来なかった。だが目の前の少年はベートの拳を片手で受け止めた。
『っ!?!?』
誰もが驚いた。ベートのレベルは5。たとえ同じレベルであったとしてもそう簡単には止められるものではない。ましてやそれほどの実力であるならばこのオラリオで知らぬ者はいないはずである。
「はぁ~、ちょっとお仕置きが必要だね。此処は酒と料理を楽しむ場だというのに。」
少年はそう言うとベートを店の外へと連れだし、路上へ投げ捨てる。
「立て、小僧。ちょっと教えてやる。自分がどれだけ奢っているかをな。」
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」
ベートはその少年の言葉に反応して食い掛かる。ティオナが止めるように説得するが全くベートは耳を貸さなかった。
誰もが少年がボコボコにされるのを想像した。
しかし現実は違った。ベートが少年にあしらわれていた。あしらう度に目に入る腰の剣に、なぜか私の目は吸い寄せられていた。
「なぜそこまでされても立ち上がるのですか?力の差は歴然と言うのに。」
少年に何度倒されても立ち上がるベートは答えた。
「俺はなぁ・・・・こんなところで立ち止まるわけいかねぇんだよ!だから何度でも立ち上がったやるんだよ!」
ベートの本心からの言葉に少年は感銘を受ける。
「・・・・・・・・その言葉に信念を感じた。敬意を表そう。」
少年はそう言うとパーカーを取り、顔を曝け出した。
「なっ!?」
その顔を見た途端リヴェリアは驚きを隠せなかった。
幼き頃に見たあの時から片時も忘れたことはない。村を出た時も、ファミリアが大きくなっても、その顔と名前は忘れることはなかった。
「我が名はベル・クラネル。そしてこの剣は―――」
ベルは鞘に納めている聖剣を抜刀する。
「我が聖剣、エクスカリバー。生憎本気は出せない。此処が焼け野原になってしまうからね。だが・・・・君のような若い子にこの剣を抜いたのは久しぶりだ。誇っていい。」
「さらどうも。それと俺の名はベート・ローガだ。」
ベートは構えを取るとベルはエクスカリバーを胸に構え、地肌にベートを映す。
「いざ!」
ベルは刃をベートへと向ける。
「うぉおおおおおおおおお!」
ベートは正面からベルへと向かってゆく。
「ふっ!」
ベルは地面を蹴り、一瞬でベートの後ろに剣を振り下ろした状態で立っていた。
「・・・・・・・・・・あ―――――」
ベートは地面へうつ伏せに倒れる。
「生き急がなくてもいい。有限であれ、君には素質がある。」
ベルはそう言うとエクスカリバーを鞘へと納め、ベートを抱えロキの方へと向かう。
「すまない。少々やりすぎてしまった。」
「ええねん、ええねん。ベートの奴にも非があったんやし。」
ロキとベルが話しているとリヴェリアが声を掛ける。
「あ、あの!」
「ん?君は・・・・」
リヴェリアの顔を見てベルは驚く。
「なんや、ママを知っとるんちゅうんか?」
「ママ?」
ロキの言葉にベルは首を傾げる。
「き、気にしなくてもいいです。それより私のことは覚えていますか?」
「ああ、覚えてる。大きくなったね、リヴェリア。」
ベルのその言葉を聞くとリヴェリアはベルに抱き着いた。その行動にロキ・ファミリア一同は面をくらった。
「わ、わたしは・・・・・あ、あなたにまた会えて嬉しいです////////」
リヴェリアは赤面しながらベルにそう言った。そんなリヴェリアの頭をベルは撫でる。
そんな時レフィーヤが質問をする。
「あ、あの・・・・リヴェリア様。その方とはお知り合いなのですか?」
「え?・・・・・・っ!」
リヴェリアは今の自分の状況に顔を更に赤くするが、落ち着いて話す。
「あ、ああ/////この方は私が子どもの頃にお世話になった方だ。」
「子供の頃って・・・・・・・失礼ですがおいくつですか?」
レフィーヤの問いにベルは答えた。
「んー・・・・・・・今年で700だったかな?」
『っ!?』
ロキ・ファミリアだけでなく酒場にいた全員がロキの方を見る。
「すまん。神のウチが一番驚いとるが本当や。」
その瞬間、豊饒の館がこれまでにないくらいに揺れた。