【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

98 / 107
13.同じ時間、君の隣

ゴブレットに唇が触れた瞬間、チキ…と硬い音がしてサキはハッと我に返った。机の上においたままの指輪から石が外れて落ちてしまった音だった。

 

「あ…」

 

張り詰めた糸がぷっつりと切れてしまった。サキはゴブレットを取り落とし、震える手でそのまま顔を覆った。中に入っていた海馬はべシャリと床に落ちて崩れた。崩れた灰色の脳細胞からじわじわと組織液、または髄液が床に滲んでいく。

取り返しの付かない喪失よりも、サキは自分が今何をしようとしていたかを思い出し体の奥から震え上がった。

自らの腕で両肩を抱き、俯く。

 

「できない…」

 

サキのつぶやきを聞いて、肖像画のダンブルドアは優しく微笑みながら目を伏せた。

サキはふらふらと椅子に這い登り落ちたゴブレットとその中身を見た。

 

「私は…みんなと同じ時間を生きたい」

 

海馬を目の前にしてやっとわかった。

何かの為に死ぬよりも、何かのために生きたい。誰かとともに生きたい。

リヴェンの絶望を前にしてなぜ自分が誰かのために死にたかったのか言葉になった。

 

私は自分の存在に理由が欲しかった。価値が欲しかった。

 

孤児院に沈殿した子どもたちの満たされない承認欲求と行き場所のない欲望。焼け跡に転がる躯の伸ばした手の先には何もない。何者にもなれずに忘れ去られる子どもたち。私もそうなるはずだった。

私は私の中にある空っぽな穴をどうにかして埋めたかったのだ。

 

「サキ、どうしたんだ?!」

 

ドラコが慌てて階段を登ってきた。

散らばった瓶の破片と濡れた床、落ちた不気味な肉塊にギョッとしながらサキのそばへ駆け寄り肩を抱いた。

後ろからハリーも顔を覗かせ心配そうにこっちを見ている。

 

「ドラコ…」

 

サキはドラコの顔をみた。

プラチナブロンドの髪は慌てるとすぐに乱れてしまう。慌てたせいで一筋垂れた髪束をそっと撫でた。

きれいな額の下に凛々しい眉毛。彫りのせいで険があるように見えるけれども優しげな青い瞳。

すっとした鼻筋に、笑うと実は可愛らしい口元。

 

大切な人。

 

私は母の愛を取り戻すためにやり直すことができた。けれども自分で見つけた愛を手放す事はできない。私は身勝手で、子どもで、そして一人の人間だ。どう生きるか、誰のために生きるかは自分で決めなくちゃいけない。

 

リヴェンがセブルスのために何回もやり直したというのなら、サキはドラコのためにやり直さない。

ドラコ・マルフォイ。

私は彼の隣で生きたい。

 

「結婚してくれる?」

「はぁ?!」

 

サキの突然のプロポーズにドラコは思わず気取ることも忘れて驚いた。柱の影で聞いていたハリーさえずっこけた。しかしサキは真剣そのものだった。ドラコの手を握りまっすぐ瞳をみつめている。

 

「君が見捨てずそばにいてくれたから私はここまで来れた。私、最後まで君と一緒にいたい」

 

「……参ったな…」

ドラコは困ったような照れたような複雑な顔をしてから、耳まで真っ赤になって咳払いしてからサキの方を改めて見つめた。

「本当に僕は君のやることなすことに振り回されっぱなしだ。僕から言うつもりだったのに」

「ごめん」

「慣れたさ」

ドラコはサキの手をそっと握りかえした。

「謹んでお受けするよ。…でも指輪は僕から贈るからな」

「楽しみ」

二人してへらっと笑い抱き合った。サキはその温もりが逃げていかないように強く強く抱き締めた。

 

キスまでしそうになった時に、コンコンと棚を叩く音がして二人ははっとその方向を向いた。気まずそうなハリーが咳払いしながら二人に申し訳なさそうに言った。

「あの…そろそろいいかな?」

「あー…その。そうだな。すまない」

ドラコが初めてハリーに謝った瞬間だった。

 

サキはマクゴナガルに床とゴブレットを汚した事を詫びた。マクゴナガルはこの程度で済んで良かったと思ってるようで気楽に許してくれた。

「あなたの事は他の寮の生徒ではありましたが、心配していました」

「はあ。もう大丈夫です」

「そのようですね。セブルスの肖像画がかかったらまたおいでなさい」

「ええ。その時は勝手に食べちゃったチョコ、弁償します」

「まさか、ダンブルドアが?」

サキが頷くとマクゴナガルはちょっと照れながら目を手で覆った。サキはクスクス笑った。

 

サキはプロポーズに成功したが、結婚するのは多分お互い生活が安定してからになるだろう。ドラコは癒師になるために勉強漬けだし、サキはまだ裁判に顔をださなきゃいけない。そのあと仕事も探さなきゃいけないし大忙しだ。

 

 

サキは短く切った自分の髪の具合を鏡で確認してにっと笑った。

母にそっくりな黒髪。父にそっくりな目。貧血気味の青白い顔。なぜか唇だけは血色がいい。

 

「よし、及第点だな」

「君はいつでも、ちゃんとしてれば綺麗だよ」

 

ベッドの中で余計な一言を言ってまた眠ろうとするドラコに脱いだパジャマを投げつけてやった。

「私が就職しないと当分ご飯は猫の餌になるよ」

「そりゃ大変だ。じゃあ僕は実家に帰らなきゃな」

「んー。それはそれで寂しい」

ドラコはベッドから出てサキを見送ってくれた。

サキは慌ただしく煙突飛行粉を掴み、ドラコにキスをした。

 

「いってくるよ。鍵はいつものところにね」

「うん。いってらっしゃい」

 

 

 

屋敷を囲む森林は、春の面影を残して次第に夏の様相を呈してくる。草はますます青くなって、足元を彩る花たちも入れ替わっていく。

瓦解したグリンゴッツはあっという間に元通りになり営業を再開。シャッター街だったダイアゴン横丁も今じゃ以前より活気を増している。

ホグワーツ魔法魔術学校は新任教師を迎えつつ、今日も学舎として役目を果たしている。

空の色は毎日違って、星星は今日も瞬く。

私はその下で、ちょっとずつ変わりながら、前と変わらず息をし続ける。

 

リヴェンの輝きは消えた。死者は二度と蘇らないし、時計の針は戻らない。失敗は失敗のままだし、傷跡はいつまでも残る。私の左手はもう前のように動かない。

でもそれが、生きていくということなんだ。

失い続けながらも前を向き、いつか来る死に向かって歩き続ける。

死者たちの囁きに時々足を止めながらも、ゆっくりと誰かとともに終わりへ辿り着く。

 

それが私の…サキ・シンガーの望む幸せ。

 

 

 

 

これが私の、ハッピーエンド。

 

 

 

 

 

………19年後………

 

 

 

「お母様!お母様起きてよ!なんで今日に限って徹夜なんてしちゃうの?」

遮光カーテンで真っ暗な部屋に小さな男の子がどたばた音を立てて入ってきた。ベッドに向かって怒鳴りながらカーテンを開けると柔らかい日差しが差し込む。

ベッドで寝ていた女はぎゃーっと悲鳴を上げて転げ落ち、日陰になったベッドの横で目をこすり、乱入者をじろりと睨んだ。

「いくら息子でも、女性の部屋に立ち入るのは感心しないね」

「起きないお母様が悪いんだ。今日がなんの日かわかってるの?」

「今日?」

その女は短い髪を後ろになでつけ雑に寝相を直しながら「はて?」と首をひねった。そして男の子がイライラしだした頃ようやく今日がなんの日かを思い出したらしい。慌てて立ち上がりワーワー言いながら髪の毛をセットしだす。

「徹夜する前に忠告してよ!」

「それは無理だよ!だってどうしたって僕のほうが先に寝てしまうんだから!」

「確かに。賢いねスコーピウス…でもね、本当に賢いなら母さんがパジャマを脱ぎだす前に部屋から出て!」

「起こしに来てあげたのに!」

こんなドタバタは慣れっこだと言いたげに、特に機嫌を崩すことなくスコーピウスは階段を降りて玄関へ向かった。もうすでに父親、ドラコは身なりを整えて時間を持て余していた。

 

「やっぱり寝てた!」

「まさかとは思ったが…」

ドラコは呆れ気味に額に手を当て苦笑いした。スコーピウスはそんな父を見て笑う。

「母さんは早着替えのプロだからね。心配しないで」

ドラコは優しく微笑み、自分そっくりの息子の頭をなでた。

「ねえ、お父様…」

「なんだ?」

「僕、どの寮に入ると思う?」

「お祖父様もお祖母様も父さんも母さんも、一族全員スリザリンだからきっとスリザリンだろう」

「不安なんだ…みんな、スリザリンは悪いやつのいくところだって言うでしょう?」

「そんなことない!寮なんかでいいやつか悪いやつかなんて決まらないよ。帽子は案外当てにならないのさ。母さんを見てみろ。全然スリザリンらしさのかけらもないけどスリザリン生なんだから」

スコーピウスはそれを聞いてもまだ不安そうだった。言いにくそうに言葉を濁しながらドラコを上目遣いで見て言った。

「でも僕…知ってるんだ。お母様は…呪われてるって」

「…母さんのお父さんのこと?」

ドラコの表情に陰がさし、スコーピウスは不安になる。

「うん。……僕、不安なんだ。もしかしたら学校で…その…」

「心配するな、スコーピウス。もしお前の血筋をからかうやつがいたらこう言ってやれ」

ドラコはスコーピウスの目線までしゃがみ、しっかりと目を見て言った。

「お母さんは30人の死喰い人と70人の人さらいを捕まえたって。それにね、スコーピウス。誰の子どもかじゃなくて、どんな子どもかで何もかも決まるんだ」

ドラコの表情は柔らかく、愛に満ちていた。スコーピウスの不安すべてを包み込むようにドラコの大きな両手がスコーピウスの頬を覆う。スコーピウスが何かを言おうとしたとき、すっかり美しく着飾ったサキが降りてきた。

「お待たせ。いやー、参った参った」

「全く…ちゃんと財布は持ってるかい?」

「勿論!スコーピウスの入学祝いを買うんだもの。全財産入れてるさ」

「じゃあ財布、とっても重いね」

「これくらいへでもないさ。スコーピウス、あなたの荷物は大丈夫?」

「当たり前だよ!何百回もチェックしたんだから」

「忘れ物があったら超特急で送るからね」

サキはスコーピウスのおでこにキスし、るんるんと玄関を開けて先にリムジンに乗ってしまう。

ドラコとスコーピウスはやれやれと微笑み合いながら目を見合わせて遅れて乗り込んだ。

 

キングスクロス駅はあいも変わらず人だらけ。

マグル、魔法使いが入り乱れてホームに向かっていく。スコーピウスは緊張してサキの手をぎゅっと握っている。

サキはその小さくて可愛らしい手を握り返した。

 

「さ、あの柱に向かって行くんだ」

 

魔法使いたちがひしめく9と3/4線はいろんな人たちの話し声と動物の鳴き声で喧しい。スコーピウスが空気にのまれてるのが手に取るようにわかる。だってサキもそうだった。

赤い塗装の列車。

ここでかけがえの無い生涯の絆をたくさん得た。

スコーピウスにとってもそうだといい。

 

ドラコがスコーピウスの荷物を載せに行ってる間、サキとスコーピウスは蒸気をもくもく上げる列車をじっくり眺めていた。

サキは懐かしさにかられながら、おそるおそる列車に触れてみた。

うん、あの頃となにも変わらない。

一人で勝手にしんみりしているとスコーピウスが不安そうにサキの袖を引っ張った。

 

「お母様、みんなが見てるよ」

「触っちゃだめだったかな?」

「違うよ。僕とお母様を見てるんだ」

「ああ、私はそこそこ有名だからね。良かった化粧してきて」

サキの脳天気っぷりは19年たっても健在だった。でもスコーピウスの拭いきれない不安に気づけないほど鈍くもなかった。スコーピウスの肩を抱き、どうしたの?と尋ねる。

「ママ…あ、お母様。…僕、大丈夫かなあ」

息子の抱いてる不安はわかっていた。

サキも同じことで何度も何度も悩んだ。

「大丈夫」

サキは繰り返しそう言ってきた。

「私をみて、スコーピウス。母さんはどう見える?」

「うーん…すちゃらか」

「貴方に流れてるのは残念ながら高貴なスリザリンの血なんかじゃなくてすちゃらかの血だよ」

サキはそう言ってスコーピウスの頭をぎゅっと抱きしめて左右に振った。スコーピウスはやめてよ!と抵抗しながら照れ笑いし、サキの瞳を見つめた。

ドラコに似た優しいブルーの目。自分の血が混じってるか不安になるくらいにドラコにそっくりな私の子ども。小さくてふわふわした雛鳥は今サキの両手から羽ばたこうとしている。

 

「友達、できるかな…」

「出来るよ!母さんだってね、ホグワーツ急行で大事な友達を見つけたんだから」

「ほんとに?」

「うん。だからね、怖がって躊躇っちゃいけない。とにかく話をしてご覧。いろんな人と話して、喧嘩して…そうやってればいつかきっと大切なものが見つかるよ」

「お母様にとってのお父様みたいな?」

「そう。そして貴方みたいな愛しい息子が」

スコーピウスはそれを聞いてにっこり微笑んだ。サキも笑いかけ、もう一度スコーピウスを抱きしめた。

 

大切なものは19年のうちにどんどん増えていった。

夫、息子、旧友、仕事、新しい友達、友達の子ども。

今私が生きるこの世界。

 

 

先生。

私は母の望みを叶えられなかった。けど、先生の望みは一応叶えられたと思う。

先生は私に生きていてほしいと言ってくれた。

ほら、ちゃんと生きているでしょう?

選べたはずの選択肢を時々思い出すけれど、影に囚われたりなんてしない。

 

 

 

今なら胸を張って言える。

私は幸せだよ。

 

 

 

 

 

 

end

 

 

 

登場人物のその後

 

ハリー・ポッター…ジニーに告白され、そのまま結婚。三人の子供に恵まれる。闇祓い局長として逃亡したピーターの行方を追っている。

ハーマイオニー・グレンジャー…ロンと結婚後入省。しもべ妖精の待遇を劇的に改善する。多すぎる親戚に悩んでいる。

ロン・ウィーズリー…ハーマイオニーと結婚後いたずら専門店の営業としてアイルランドへ行き、クラムと和解した。ヨーロッパ支店長に指名されるが家族を尊重し留まる。

ジニー・ウィーズリー…ハリーへの恋が成就。女性誌のライターとして活躍。サキとハーマイオニーとの女子会ではネタを拾えない。

フレッド&ジョージ・ウィーズリー…ヨーロッパ、アメリカと支店を出し、舞台はついに世界へ。

ネビル・ロングボトム…世界を旅したあとに薬草学の教授に。ルーナ・ラブグッドと結婚。

ドビー…史上初めて魔法省に雇われたしもべ妖精に。ハーマイオニーの元で主人を失ったしもべ妖精の再就職を支援する。

 

 

ルシウス・マルフォイ…司法取引により無罪放免。今は田舎に土地を買い養蜂所を経営している。最近新種のハチを見つけた。

ドラコ・マルフォイ…癒師としてキャリアを積んでく一方サキが発病するかもしれない遺伝性クロイツフェルト・ヤコブ病の研究をはじめる。マグルの医学に苦戦中。

サキ・シンガー…闇祓いとして悪人を捕まえるために駆けずり回る日々。自分の血の魔法を最大限に利用している。いけると思ってMI6に応募したが落ちた。

 

 

 

 

 

 

リリー・エバンスの日記#1556(抜粋)

 

 

1972.3/8

マクリール先輩に私は例のあの人に殺されると予言された。あの人、とっても怖い。まるで死に取り憑かれてるみたいに薄気味悪い人だわ。スリザリンの人ってみんなああなのかしら。セブが心配。

 

1972.3/10

マクリール先輩に謝られた。私、勘づいちゃった。きっと先輩はセブが好きなんだわ!だから私に酷いことを言ったんだと思う。そう思うと、あんなに恐ろしく見えた人が急に可愛らしく見えてきちゃうから不思議よね。

 

1972.10/12

先輩とだいぶ仲良くなったけど、先輩ってやっぱり変な人。話そうとしてる内容とかも全部知ってるし、これから起こる事がわかってるみたいなことを言うの。もしかして先輩は予言者なのかも!

 

1975.6/29

先輩はセブととっても懇意にしていたけど、告白とかはしなかったみたい。私も相談されたわけじゃないから突っ込んで聞けなかったわ。でもセブはちょっと寂しそう。

 

1975.11/6

先輩のおかげで寄り付かなかった死喰い人のお友達がセブにいいよってるのを見て不安になった。ポッターたちも先輩がいなくなっていたずらを加速させてる。もうやめてほしいわ。私達もう16になるのに。

 

1976.6/12

セブと喧嘩しちゃった。セブはひょっとしたら死喰い人になるつもりなのかも。そんなの嫌よ。

 

1978.6/30

7年間色々あったけど、最後の年であんなにいがみ合ってたジェームズと付き合うことになるとは思わなかった。なんでだろう。腐れ縁っていうのかな?なんにせよ彼の悪ガキっぷりが収まらなければこうはなってなかったけどね。

シリウスなんて毎日ガールフレンドをとっかえひっかえしてるくせに私達をからかうの。本当に参るわ。彼が本命を見つけたら、思いっきりからかおう。

セブとはあれ以降話せなかった。とても残念だわ。彼は一体何になるんだろう。もしかしたら、先輩のところに行くのかな。ジェームズはあんなやつ!と怒るから言わないけど、私はいつかまた彼と笑ってお喋りできるようにと毎日祈っている。

その時は、あなたの隣に誰か素敵な人がいたら最高ね。

 

 





【挿絵表示】

サキの幸せに満足してくださった方とはここでお別れです。ご愛読ありがとうございました。
感想、評価にはたいへん励まされました。ありがとうございます。誤字報告をしてくださった方にいたっては感謝の言葉だけでは足りません。重ね重ねお礼申し上げます。

次話は脳髄を食べた場合の話です。
97話から分離した、いわゆる別ルート、別エンディングとなります。サキのハッピーエンドとは後味が大いに異なります。続けて読む方はご注意ください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。