【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
……
雪の日、一人のいじめられっこが泣いていた。
雪玉をぶつけられたせいで本はぐしゃぐしゃ。
下級生が馬鹿な遊びをしているんだ。巣から落ちた雛鳥を助けるようなやつはこの寮にはいない。
黒いコートを着た陰鬱な顔をした少女が雪玉から彼をかばった。そして投げてきた生徒に呪文を使って雪壁をこさえ、閉じ込めてしまう。
突然の乱入者に驚き、いじめられっこは泣くのをやめて尋ねる。
ーだれですか
ー涙が凍るわよ
少女はくしゃくしゃのハンカチを渡した。いじめられっこの少年はそれで鼻をかみ、少女に返す。
ー洗って返すのが礼儀でしょう
ーごめんなさい
いじめられっこはまた泣いた。
……
隠れ穴での日々は例年通り穏やかに…とは行かなかった。
ビルとフラーの結婚式を控えて慌ただしいのもあったし、分霊箱に関して新しい情報が一切得られないという焦りからハリーは常にイライラしていた。
そんなハリーの話し相手になっていたのはジニーだった。
「サキはここに来ると思う?」
「わからないわ。お祝い事は好きだし、招待したらきっと喜んでくると思うけど」
「確かに」
ジニーはサキが死喰い人側にいった事に対して怒っていなかった。ちなみにロンはカンカンで、ハーマイオニーは涙ぐむほどに悲しがっていた。
「僕、サキが信じられないんだ。サキはダンブルドアを殺さなかった。けど…結果的にダンブルドアは死んだ。サキは悪くないってわかってるのに心の何処かで彼女が敵だと思ってるんだ」
「サキが敵になったっていうのは行き過ぎよ」
「どうして?」
「だってサキってどっちにいたってあんまり変わらないわ。つまり…サキはサキよ」
弱音を吐いたハリーに、ジニーは今まであまり語らなかった秘密の部屋事件のことを話してくれた。
「サキは私のしたことに気付いていても誰にも言わずにいたわ。昔っからずっと大切なことは全然言わない」
「大切なこと、僕にだけは言ってくれてると思ってた。…でも違った」
「そうね。口が固いところは好き。でもかたすぎるわ」
「…サキは、誰かのために自分を蔑ろにしすぎる」
「秘密の部屋事件のときもそうだったわ」
サキは育った孤児院を火事で失くした。彼女の心の底に穿たれた傷は今までずっとそこにあったのに見えなかった。そればかりか、その傷をまんまと利用されている。
性格的にサキがヴォルデモートに心から追従することはないだろう。けれどもヴォルデモートは去年と同じように誰かの命と引き換えに残酷な選択を迫ることはできるはずだ。
ヴォルデモートの中でサキの魔法の価値がなくなった瞬間、それは訪れる。
「私はサキはサキで何か企んで動いてるんだと思う。サキは悪いことができる人じゃないわ。詐欺とかいたずら以外だけど」
「そう、だね。…うん。ありがとう、話を聞いてくれて」
毎日がゆっくり、じわじわと過ぎていく。ハリーは誕生日を迎えるまで学外で魔法を使えない。結婚式の日はちょうどハリーの誕生日と同じなので二人の門出を祝わなければ自由に行動できないわけだ。
そうしている間にも騎士団のメンバーは徐々に死喰い人に追い詰められていた。
ダンブルドアを殺したセブルス・スネイプも依然行方がつかめない。
スネイプは確かにダンブルドアを殺した。憎い仇敵だ。けれどもその恨みや憎しみはどうもすっきりしない。
スネイプはサキのためにダンブルドアを殺したのだ。
そのサキに対する彼の愛がハリーが彼を心から憎むのに邪魔になる。いっそスネイプが心からの悪者だったら楽だったのに。
ずっと曇り空のように心がもやもやしていた。
そんな中で魔法大臣スクリムジョールがダンブルドアの遺品を携え、たった一人で隠れ穴にやってきた。
ダンブルドアが三人に遺したのは火消しライター。吟遊詩人ビードルの物語。そして、最初の試合で手にしたスニッチだった。
……
セブルスはサキが心配でならなかった。今の彼女はまるで漕ぐのをやめたら倒れる一輪車だ。ダンブルドアの死を目撃して以来、彼女はダンブルドアの命に見合う働きをしようとしている。
セブルスはダンブルドアの計画すべてを知っているわけではない。分霊箱があといくつあり、ハリー・ポッターがそれをどこまで把握しているのかも知らない。
サキの魔法はセブルスよりよっぽど役に立つ。彼女のお陰で騎士団のメンバーの行方を死喰い人より先回りして察知し、追跡を混乱させることができる。
肝心のポッターの行方についても、ポッター自身がヘマをしない限りは同様に錯乱させ続けられるだろう。
しかしその代償は大きかった。サキは追跡呪文のメンテナンスと常にやってくる守護の呪文破りの依頼のせいで年中貧血で座っている。その姿は母親そっくりで、彼女もまた死んでしまうんじゃないかと錯覚させた。
「サキ」
うーん。とサキは唸った。
「…まだ6時じゃないですか。深夜だ」
「いや、朝だ。我輩はホグワーツに行かねばならん」
「あー。じゃあ、定時巡回でまた」
サキは起きる気はないらしい。座ったまま器用に眠り続ける。セブルスは少し寂しいような気もしたが疲れている彼女を無理やり起こすのも気が引けた。
「ドラコもホグワーツへ行くが」
「犬猫じゃあるまいし…一人で行けるでしょうが」
「ああ」
サキはつい先日隠れ穴で散々血を使いアーサーやモリー、ウィーズリー家の人々の痕跡を探させられた。サキからしてみれば全く無駄なことに思えたが命じられるがままに防衛呪文をリストアップし、再度この地に足を踏み入れるものがいれば即座に感知するように魔法をかけた。
「あーあ。こんなんならハリーたちの味方に付けばよかったー」
サキは冗談めかしてそういう。セブルスとしては、どちらのほうがマシだったかわからない。けれどもやっぱり、自分のそばにいてくれてよかったと思う。
ダンブルドアの命令に従い、彼を殺した。
今まで守ってきた味方に憎まれる役を演じている。それはそれで仕方のないことだと割り切っているが、やはり辛いことには変わりない。
経緯を知っていて尚口をつぐみ寄り添ってくれるサキは救いだった。
「景色が黄色い」
サキは寝ぼけ眼でトマトジュースを飲み干してぐちゃぐちゃ髪のまま外へ出た。
「あ、と思ったらちょっとだけ葉っぱの色味が変わってるのかな?もう夏も終わりですね」
「ああ。じき冬だ」
「最近季節がめぐるの早いんだよなー」
「年を取ればもっと早くなる」
「うわ。先生それおっさんくさいですよ」
彼女の笑みは母親がごく稀に見せた笑顔とそっくりだった。何かを堪えてるような、大きなヒビを隠したような笑顔。それを見るたびにセブルスの胸はチクリといたんだ。
……
ルーファス・スクリムジョールの暗殺により魔法省は陥落した。
パイアスが大臣となり、ヤックスリーはめでたく局長へ。ドローレス・アンブリッジも返り咲き、魔法省はまさに悪魔たちの坩堝だ。
魔法省の杖改はマグル生まれ狩りとして機能し、順調にアズカバンの人口を増やしていった。
パーシーは吸魂鬼のひしめく大法廷で、ひたすら裁判ではない何かの記録を取っていた。
シンガーは何回か清掃業者、若しくはアルバイターとしてやってきてパーシーに手紙をジニーに送ったことを告げた。ドラコを通して渡した手紙がいつ届くかはさっぱりだがサキが持ってるよりはまだ可能性は高い。
サキは神秘部に頻繁に出入りし、山ほどのダンボールを抱えて帰っていく。
パーシーはその幾つかに魔法省が次どこで検問をやるか、摘発をするかのリストを混ぜた。サキはいつも明確なことは言わないが、騎士団のメンバーは今のところ誰も捕まっていない。
「今後ともご贔屓に」
と言って帽子をちょいと上げて去っていくつなぎ姿はやけに様になっている。
初めこそ半信半疑だったが、彼女は明らかに騎士団側の人間だ。
パーシーは明らかに何処かのネジが外れ狂っている魔法省からはとっととおさらばしたかった。しかし今職を離れれば確実に殺される。
スクリムジョールがどう殺されたか、パーシーは知っていた。
彼はただ死の呪文を受けたのではなく拷問され、泉の像に磔にされた。遺体は辱められ、噴水は彼の血を吹き出していた。あの光景はまさに悪逆非道の極みだったが、すぐに"清掃業者"により片付けられ、新しい銅像が建てられた。
誰かの惨たらしい死体の上に建てられた像に、誰が祈りを捧げるんだろう。夥しい数の無辜のものが今も監獄で衰弱死している。
こんなことをするために役人になったわけじゃない。
だから、ハリー・ポッターが魔法省へ侵入した際パーシーは何もしなかった。
「ヤックスリー。一体これはどういうことだ?」
怒り心頭のヴォルデモートが、ばらけて重傷のヤックスリーに磔の呪文をかけながら言う。
悲鳴がずっと響いていた。
サキはただぼうっとそれを眺めていた。
一際大きな泣き声が地下牢にこだますると、ベラトリックスは楽しそうに笑った。死喰い人達は統括と言う名の吊し上げのために狭い地下牢に押し合いへし合い拷問ショーに付き合わせられてる。
「は、は、ハリー・ポッターは…グリモールド・プレイスに潜伏しておりました」
「わかっておる。そこで何をしていたのか聞いたんだ!」
また悲鳴。サキはうんざりして口を挟んだ。
「家宅捜索しましたが、これといった痕跡は見つけられませんでした。屋敷しもべも行方しれずですがこちらも追跡不能です」
「我が君、私はやつの足を掴んだのです!捕まえ、掴んで…」
「掴んでまんまと取り逃がしたのだろうが!」
ヤックスリーは限界だった。皮が裂ける音がして事切れたように倒れるとそのまま動かなかった。息はしているが当分再起不能だろう。
ヴォルデモートは肩を激しく上下させながら怒りをコントロールしようとしている。
ヴォルデモートの情緒は不安定だった。元から激情家だとは思っていたが、激しい怒りにとらわれると手のつけようがない。
「…サキ。ポッターはどこにいる?」
「それがわかれば誰もこんな怪我せずに済むんですけどね」
「今の俺様に軽口を叩くなよ」
「じゃあだまります」
ヴォルデモートは苛立ちながら観衆へ視線をやった。
「それよりドローレス・アンブリッジです。彼女がなぜ狙われたのかを考えるべきでしょう」
まだ冷静なノットが言った。
「彼女はポッターの恨みを随分と買っていた」
とセブルス。
「我々の間でも鼻つまみ者だ。昔からね」
アンブリッジと同窓のものはせせら嗤った。
「あのヒキガエルから何か報告を受けたか?」
「いや…我々にはきていない」
「プライドが高いからな」
ワイワイと言い合う死喰い人達からぴょこっと手を上げてサキは前へ躍り出る。
「調書をとるべきでしょう。私が承ります。あの人に随分罰を受けていたのでやり返すチャンスを狙っていました」
「おまえが?」
ベラトリックスは早速噛み付く。しかし彼女は新政権になってからお尋ね者ではなくなったものの、魔法省に堂々と出入りするのは目を引いてしまう。
かと言ってアンブリッジとわざわざ話したいものなどおらず、結局サキが任される。みんな面倒くさがりなのだ。
「いいか?絶対にポッターは生きたまま捕まえろ」
ヴォルデモートはそう言って姿くらましして消えた。
彼が立ち去った後、サキは肩をすくめてからセブルスに愚痴る。
「ああ、本当に彼って慈悲深いですよね」
「……真実薬は?」
「ほしいです。取りに行っても?」
二人は姿くらまししてホグワーツへ移動した。城門は高く、防衛呪文は分厚い。セブルスが杖をふると霧のように消え、二人がくぐってからまた鉄門へ変わる。
久々のホグワーツはどんよりとした空気に包まれてまるでずっと葬式でもしているようだった。
「で、先生はなんでハリーたちが魔法省なんかに来たか見当がついてるんですよね?」
「さっぱりだ。だがアンブリッジを尋問すればすぐにわかるだろう」
「あのババアは一筋縄ではいきませんよ」
サキは城門をくぐり冷たい石畳をカツカツと進む。数名の生徒とすれ違うが、誰もサキをみてひそひそ話をしなかった。
監視体制が強すぎて廊下では私語もままならないらしい。思春期にかわいそうに。
ガーゴイルをパスすると、黒檀の美しい棚が円形に置かれた校長室だ。サキがさんざん荒らしたあとはきちんと補修したらしい。
「そういえば…結局脳髄は見つかりましたか?」
「いいや」
セブルスは遠慮がちに増設された薬品棚のなかから一番小さな瓶を寄越した。
「…まだ私、諦めてませんから。過去をやり直すの」
「馬鹿をいうな。させはしない」
「肖像画は知ってるかな」
サキは壁にかかったダンブルドアの肖像画を見た。すやすやと気持ち良さそうに眠っている。あくまで魔法の肖像画で記憶を受け継いでいたりするわけはないのだが、こうして気持ち良さそうな寝顔を見るとなんだかそこに救いを見いだせるような気がした。
気休めだけれども。
「…あ、あれ。シリウスさんの家にもありませんでした?」
サキはダンブルドアの2つ隣にいる肖像画を指差した。
「フィニアス・ナイジェラス。ブラックの曾祖父にあたる人だ」
「さすが純血。顔もどぎついですねえ」
「…さっきから黙って聞いていれば、部外者が一体何だ」
「うお、喋った!」
「校長、一体何者なんですかね、この無礼な子どもは」
「彼女はサキ・シンガー。我輩の…協力者だ」
「どうも。最近あなたのお家にお邪魔しましたよ」
「シリウスが帰ってきてから、よそ者ばかりが入ってくる。由緒正しきブラックの屋敷だぞ、あそこは…」
フィニアスは悩ましげにため息をついた。
残念ながらブラックの屋敷は廃墟同然だった。掃除する人間が誰一人としていない…廃絶した家系の辛いところだ。
掃除、ああ掃除。サキは結局ブラック家も掃除した。本当に腹立たしい。
「…って、そうだ。あなたの肖像画、家宅捜索したときにはなかったんですけど。闇市にだされてるなんてことは」
フィニアスはセブルスに視線をやった。
しかしセブルスはムスッとしたままだ。秘密の事だったんだろうか。
「サキ、それは上に報告したか?」
「いいえ。私が責任者ですから!えへん」
「そうか。次からは我輩に必ず報告すること」
「へーい」
「へいではなく」
「へいへい」
「……」
今日(投稿日)はスネイプ先生の誕生日です。おめでとうございます。
いつも誤字修正ありがとうございます。