【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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02.ハリー・ポッター移送作戦

アルバス・ダンブルドアの死以降ヴォルデモートの勢力は一気に拡大し、魔法省はほとんど手中に落ち、闇祓いさえすでに数名犠牲になっている。

マグルの世界は死喰い人の破壊活動から恐慌に見舞われた。

ハリーの護送に際し騎士団の主力メンバーは家主のいなくなったダーズリー邸で久々に顔を合わせた。

 

「気配は」

 

マッドアイが相変わらずの険しい口調でキングズリーに尋ねた。

「ない。下っ端だけだ。今のところは」

「シンガーに強行突破されてはたまらんからな」

 

サキ・シンガーはスネイプの離反により敵の手に落ちた。彼女の魔法は想像以上に脅威だった。ホグワーツの防衛呪文はいつの間にか抜け穴だらけにされ、ダイアゴン横丁にかけられた呪文は幾つも機能不全に陥っており、修復は困難。場所が割れてる要人の家は尽く死喰い人の襲撃を受けた。

「あいつの魔法は手続きが圧倒的に少ない。わしらは常に呪文をかけ続け、あいつを監視することで難を逃れてはいるが時間の問題だろう」

「やはり彼女をスネイプに任せたのは間違いでしたな」

「マクリールめ。とんだ忘れ形見を遺していったもんだな。ふん…」

「我々の状況はたしかに苦しい。が、まだ希望がある。現にシンガーはこの家の護りを突破できなかった。主要メンバーの家も無事だ」

ルーピンが帽子を外していった。

「それに、彼女も本心から我々と敵対したいと願っているわけじゃないさ」

「リーマス、情に浸ってると痛い目を見るぞ。たっく!」

ムーディはうんざりした様子だった。ルーピンとアーサーは顔を見合わせちょっと笑った。

久々の再会は全員笑顔で、緊張の中でもわずかながら和やかな時間が流れる。

 

ハリーは笑顔でいる全員を見て不安にかられた。

 

この任務が終わって、また同じようにみんなが顔を合わせて笑い合うことができるだろうか?

ダンブルドアと手に入れたスリザリンのロケットは偽物だった。確かな達成感と喪失、そして失望。

偽物のロケットのためにダンブルドアはスネイプに殺された。大切な友達だったサキは敵になった。

失うものが多すぎる。

それが戦いなのだというのなら、ハリーは戦場から降りたい。

けれども運命はそれを赦さない。

ヴォルデモートの分霊箱を破壊できるのは自分だけだ。

そう信じて、儚い糸を手繰り寄せていくしかないのだ。

 

「ハリー、大丈夫?」

ロンが気遣わしげに声をかけた。

「ああ」

「サキは来るかな?」

「わからない。…どう移動するかわからないけど、サキは箒に乗れないから来ないかも」

「確かにな」

 

ロンとハーマイオニーはサキが今死喰い人の味方をしていることについて触れてこない。サキの魔法は強すぎた。彼女を信じる気持ちはあれど、騎士団のメンバーの親戚や友達はもう何人か捕まって冷たく寒いアズカバンの中にいる。その何件かは彼女が関わっている。

 

サキはスネイプを止めようとしていた。

彼女の悲鳴は金縛り呪文をかけられた耳にも確かに届いた。しかし今はどちらの味方なのかハリーももうよくわからない。

ただ結局彼女とはこうなるしか無かったのかもしれないなという諦めと、ぼんやりとした懐かしさだけが心に満ちていく。

 

マッド・アイがどこからかとりだした水筒を持って言った。

 

「さて…そろそろ始めよう」

 

 

 

 

 

 

 

ハリーの動向を掴み、先回りして死喰い人たちを遠ざける。

 

そういう思惑で動いてはいるものの、現状ハリーが今何をしているかわからない。

事実上敵対関係だし、ダンブルドア殺害の場面に居合わせた以上申し開きをするつもりもないが、サキはハリーを傷つけようとは一度だって思ったことがない。

 

人生の残り時間はいずれゼロになる。

形あるものはゼロへ向かってゆくけれども、脳髄を食うのならば焦ることはない。しばしの間、死したダンブルドアに手向けておこう。

家探しは自分がスネイプより偉くなってからだ。…どうせ過去に戻れる。待つことに意味はない。

さて、ハリーの移送襲撃は血の気の多い連中が請負ったのでサキはいつものように裏方だ。しかも今回はスクリムジョール魔法省大臣の暗殺のため魔法省に行かなければならない。

指名手配されてないサキはまだ公共機関を利用できる。

故にサキが闇祓い局に"清掃業者"として呼ばれたとしてもまるで不審な点はない。

服従の呪文にかかったパイアス・シックネスは夢見心地でサキを案内した。

主力メンバーはほとんど不死鳥の騎士団としてハリーの護衛にあたっている。今この局に残っているのは協力者と服従の呪文にかかったものだけだ。

「じゃあ端から順に整理していきます」

「よろしく」

ふんわりしたシックネスは柔和に微笑みながら部屋から出ていった。

魔法省では大幅な組織改革が開始され、闇祓い局は縮小し、魔法法執行部が大きくなる。そのため部屋をあけなければならないので、こうしてサキが呼ばれた。

 

「掃除、掃除、掃除。ここまで来ても掃除させられるとは…」

 

もちろん闇祓い局ともなれば危険な品物に極秘資料ばかり。(当然、本当に重要な書類はすでに騎士団の誰かが持ち出した)見分けがつく人がやるのが手っ取り早く、適任はサキだけだった。

「失礼、この書類はどこにサインをすれば?」

「見りゃわかりません?」

突然声をかけられたものだから不機嫌に返したが、振り返ってみるとよく知る人物だった。

「あ、パーシー?」

「驚いた。シンガー?」

随分役人ヅラになったパーシーがバッチリ襟元までノリの付いたスーツで立っていた。そういえば最近出世したらしい。

「久しぶり。なんか家出したって聞いたけど。元気?」

「ああ。まあね。…君は?なんでつなぎなんてきてる?」

「えーっと…就職した」

サキは嘘をつく他なかった。パーシーは訝しげな顔をしていたが他に何といえばいいかわからなかった。

「サインは終わったら貰いに行きますので」

「ああ。ご苦労様…ってそうじゃなくて」

パーシーは周りを気にしながらそっとサキの方へ近づき、囁いた。

 

「ロンたちは?無事か?」

「ええ。今のところ」

 

パーシーはほっと胸をなでおろす。

騎士団に関係する人物は次々と殺されるか投獄されるかしている。

当然ウィーズリー一家も対象で、双子のいたずら専門店は最近襲撃にあった。アーサーの職場は取り潰され統合され、今のところ彼の職場は存在しない。事実上のクビだ。

「君は仕事できたのか?」

「見ての通り汚れ仕事中です」

パーシーは判断がつかないといった表情でサキを見つめ、書類の挟まったバインダーを持って戻って行ってしまった。

サキもとりあえず闇祓い局の汚い物品庫を整理し、重要そうに見えるものだけを取り出してゴミとして梱包し持ち帰る。労力に見合った成果を得られているとは思えない。

「シンガー」

パーシーがタイミングを見計らったかのように書類を持って現れた。

「ゴミはこちらが処分しますので、そうそう、そこにサインを」

「ああ…これでよし。このゴミ以外の処分、頼める?」

パーシーの持ってきた書類はほんの少しだけ厚くなっていた。サキはああ、と頷く。

「ええ。ちゃんと分別して捨てておきます」

「そうか。じゃあよろしく」

パーシーはふうと一息ついてにこっと微笑んだ。

「おまかせあれ」

 

 

パーシーはサキを取り敢えず騎士団側の人間だと思ったらしい。バインダーに挟んで渡してきたのは家族への手紙だった。

中身を読むなんて野暮なことはしないが、届けるのは難しい。

ハリーの襲撃は失敗に終わり、騎士団の人間の家の防衛呪文を突破することが急務となった。サキの呪文破りは相当警戒されているようで、サキが近づこうとすればたちどころに迷子になるよう呪文がはられていくのがわかる。

闇祓いレベルの錯乱呪文、迷わせ呪文となればサキも破るのが困難だった。常に血まみれていれば突破できるかもしれないが、あからさまに攻め入ってもサキ一人じゃかんたんに御用になってしまう。

故にサキは閑職に追いやられている。代わりに破壊活動が増え、ベラトリックスは忙しそうだ。

マルフォイ邸はマクリールの屋敷の数倍居心地が良かった。(何もしなくても飯が出てくるという点で)ここには幾人かの重要人物が地下牢に閉じ込められている。

オリバンダーなんてもう一年近く監禁されている。大変気の毒な様子で、ご飯を届けても最近はよく残しているらしい。

サキのやることにいちいちケチをつける人はいないので、当面オリバンダーの世話をすることにした。

 

「日の光を浴びませんか?」

 

拘束付きではあるが、オリバンダーは久々の陽光に眩しそうに目を細めた。

 

「あの人たちは捕虜に対する健康意識がなってませんよね。マグルでさえ捕虜に関して法律があるのに」

「奴らにとって、私の命なんて全く価値がないんだろうな」

オリバンダーはすっかり萎れていた。

「ありがとう。マクリールの娘さん」

サキはオリバンダーとはマルフォイ邸でしか会ったことがない。杖は母親のお下がりなのでお店も外から覗いた程度だ。

「君の杖…」

オリバンダーがつぶやくので、サキは杖をベルトから取り外して見せた。暗い色をした真っ直ぐな杖だ。

「ああ。懐かしい…綺麗に使ってくれているんだね」

「あ、もしかして母を知ってるんですか?」

「よく知っているよ。君の曾祖父が私の弟だからね」

「…ん?えーっと、曽祖父の時代だから…ペトラさんですか?」

「そう。ペトリューシュカは杖も作っていた」

「親戚だったんですか」

「ああ。純血は多かれ少なかれそうだが、マクリールの家と姻戚関係を続けていたのはうちくらいだ。だから君とはずっと話したいと思っていたよ」

サキはオリバンダーをじっくり見た。自分と似てる部分はかけらも見つからないけど奇妙な気持ちになる。

 

「早く言ってくれればよかったのに」

「地下牢ではね…他の目もあったから」

オリバンダーは疲れ切っていた。日に当たることすら辛いのか、深く呼吸をして目をつむりゆっくりと話す。

「君がこうして生きててくれて良かった。クインもリヴェンも早く死んでしまったから」

「……生きてても、こうやって汚れ仕事をしているわけです。先祖は泣きますよ」

「そんな事はない」

オリバンダーは魔法のことを知っているのだろうか。サキのことを見る目は優しい。そんな目で見ないで欲しかった。

「杖を見せてくれるかい?」

サキは素直に杖を手渡した。

オリバンダーが杖を触る手は花を慈しむように優しく、懐かしさからか目を細めて微笑んでるように見えた。

「ああ。弟の手によるものだ。君の一族は特殊だから、特製の杖がいるんだ。これはクインが生まれたときに作ったものだね」

杖先からふわ、と煙が浮かんだ。

「ありがとう。大事にしてくれて」

「いえ」

サキは受けとると改めて最近使う機会の少ない杖を撫ぜた。

「君たち一族は本当によく似ている。どんな血が混じっても、やがて君になるんだね」

「呪いですね。濃すぎるのでしょう、血が」

オリバンダーは悲しげに微笑んだ。

「そうだ。けれども私は信念に殉じた彼女たちを尊く思うよ」

「信念に殉ずるか…」

サキは、自分が信じてきたものがいつの間にかすげ変わってることに気付いた。

自分は自分で、生まれなんて関係ないと思っていたのに今はそれと真逆の道を進んでいる。手を差し伸べられてもそれを振り払い、他人が望む道を歩んでいる。

 

おかしいな。こんな筈じゃなかったのに。

 

掌は黒い手袋で覆われている。布の下の皮膚はボコボコ。いつも血の匂いがして、人を平気で傷つけなきゃやってられない。

セブルスの為と言い訳をして、心の痛みを避けている。

また罪悪感が全身を覆い尽くす。何度も味わった苦い鉄サビの味。

 

「サキ」

 

そこまで考えていたら、建物の方からドラコが歩いて来るのが見えた。影法師がいつの間にか伸びて、日が傾いていることに気づいた。

「スネイプが来た。君を呼んでる」

「ああ、ありがとう」

「オリバンダーは僕が送るよ」

そう言ってドラコはオリバンダーの肩を支え、労しげに彼を誘導した。

サキは屋敷へ走っていくと、書斎でセブルスが待っていた。

「首尾は」

「上々ですよ」

サキは手袋をした手をひらひら振った。

「先生は?」

「マッドアイが死んだ」

「…そうですか」

「ハリー・ポッターは逃げおおせた。おそらく、隠れ穴だろう」

「隠れ穴といえばですけど」

サキは今日パーシーに会い、手紙を受け取ったことを話した。セブルスは残念ながら渡すことはほぼ不可能だろうと言った。

「残念ながら、君も我輩も要注意人物扱いだ」

「先生はともかく私もですか」

「君の血を使った魔法は防ぎようがない」

「大したことないのに」

サキはため息をつき、パーシーから貰った手紙と魔法省の暖炉の路線図(というのが適切かは疑問だが、各暖炉の行き先と最寄りの暖炉が線で結ばれた地図)を取り出す。

「暖炉にはロンドン市内での不審な動きをつかめるように魔法がかかっています。魔法省全体でやり始めた杖改めも幸いして登録してないものは暖炉を通るたびに職質行きですね。お気の毒に」

「ふむ…」

「魔法省の職員はもうほとんど服従させられています。スクリムジョールの寿命もあと僅かでしょう」

「大臣はダンブルドアの遺品をポッターたちに届けるはずだ」

「なるほど。隠れ穴の場所がわかりますね」

「大臣が遺品を届ける前に死なれると困る」

「調整しておきます」

「頼む」

魔法省での隠密活動はヤックスリーの領域だが、ヤックスリーはサキに対して好意的である程度融通がきく。サキもそれなりの礼や協力をしているのでパイプは太い。

「顔が青いが」

「え?ああ。先生もですよ」

「……今度は我輩が鉄ジュースを作って持ってこよう。君の配合は心配だから」

「やだな。それくらい普通に作れますって」

「…………」

セブルスは残念ながらサキの魔法薬学の成績には不満があるらしかった。ふくろう試験に受かったんだからそんなに心配しないでもいいと思うのだが。

 

「…じきにポッターも動き出す。そこからが我々の本番だ」

「ええ。楽しみですね」

 

 

実際のところ憂鬱が胸を食い荒らしていた。

サキはため息を吐いてあの記憶を再生する。

 

ダンブルドアが残した母親の記憶に、脳髄の在処のヒントがないかずっと探していた。

残念ながら何度見ても眩い光につつまれた歪な情景でしかなく、明確な形があるのは自分の目から見える自分と誰かの強い眼差しくらいだった。

母の記憶は他の人が作る記憶の糸とは違っている。ペンシーブ…憂いの篩は記憶を空間的事象として三次元的に再現する。しかしこの記憶は一人称で主観的な解釈により大きく映像が歪み音すら変化する。

場所や時間は曖昧だけどやけにどうでもいいところだけ鮮明に覚えていたりするあれだ。通りすがりの大道芸人のボタンが取れかかっていたとか、そういうやつ。

 

唯一サキが感じ取れたのは美しい光景の中に広がる寂寞とした後味だけだった。


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