【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
ほとんどの生徒がキングスクロス駅に向けて旅立った次の日の朝、サキは誰もいない談話室のソファーで目を覚ました。
ドラコの言う通り、スリザリン生は全員帰郷してしまった。
どの寮も空っぽらしく、昨日のイヴの夕食に現れた生徒はグリフィンドールのウィーズリー兄弟とハリーだけだった。
机は一つで足りるだろうと、マクゴナガルが気を利かせて大広間の真ん中に机と椅子を6脚並べてくれた。
職員テーブルも疎らだった。寮監とクィレル先生、魔法生物学のケトルバーン先生。校医のマダム・ポンフリーとフィルチくらいしかいない。
ハグリッドは昼はちょっと遅れてきて、スリザリンに一人じゃ寂しいだろうからと小さなクリスマスツリーをサキにプレゼントしてくれた。
ソファーから体をのそのそと起こすと枕元にプレゼントが置いてあった。
包みはなんと5つもある。今まで生きてきた中で一番多い。
リボンをほどいて包装紙を破ると個性豊かなプレゼントが詰まっていた。
ハリーからはクィディッチをする選手のミニチュアフィギュア。ロンからはチェスの指南書。ハーマイオニーは羽ペンを送ってくれた。図書館でサキが羊皮紙に羽ペンでと指定されたレポートを拾ったフクロウの羽で必死に書いてたのを見てたからだろう。(あの時は結局ハーマイオニーのペンを借りた)
ドラコからは約束どおり手袋。黒色だが光に照らすと深い緑色が見える、手触りのいいシュッとした手袋だった。縁にファーが付いている。
あと一つはなんとスネイプからだった。
まさか来るとは思ってなかったが一応後見人ということもあるしプレゼントを送っておいてよかった。
スネイプの口からメリークリスマスという言葉が飛び出てくる様は想像し難かった。しかしプレゼントは素直に嬉しい。
開けてみるとシンプルな箱に銀細工の施してある小さな手鏡が入っていた。
スネイプらしくない、といえばらしくないプレゼントにはてな?と首をかしげ、同封された手紙を開ける。
『君の母親が昔我輩に預けたものだ。君が持っている方が相応しい』
メモ書きに等しい手紙を何度か読み返して手鏡をとった。
母がなぜスネイプに手鏡なんかを預けたんだろう?高価なものだったとか?
しげしげと手鏡を見るが、鏡面はくすんでいてよく見えないし、銀細工は黒ずんでいる。どう見たってただの年代物の鏡だ。
疑問に思ったがそれをプレゼントしてくれたという事実にサキは喜んだ。他のプレゼントも嬉しくて、サキは早速お礼を言いに大広間に向かった。
テーブルにはウィーズリーの双子、フレッドとジョージがいた。
「メリークリスマスお二人さん」
「おっ、サキじゃあないか。」
「ちょうどいい」
双子とはクリスマスまであまり話したことがなかったが、噂やロンの話からいたずらの王様みたいな人たちだとは聞いていた。
昨日の夕飯時も騒ぎっぱなしだったがまだ先生が前にいたせいか取り立てていたずらをするようなそぶりはなかった。
しかし午前10時の大広間に先生はいなかった。
フレッドがポケットから綺麗な青い包みを取り出し、投げ渡す。
「メリークリスマス。君にはプレゼント贈ってなかったから」
ジョージも同じようにポケットから赤い包みを出してサキの方へ投げる。
「ちょっと出遅れたけど俺たちからのプレゼント」
「わあ、ありがとう!…私からあげられるものあったかな」
「いいからいいから、ぜひ今食べてみてくれよ」
「今?」
「そう、今。」
なんか怪しいなと思いつつ、プレゼントを用意してなかった負い目があるので断れない。
青い包みから開けると、中にはどでかい真っ青なキャンディが入っていた。
一つつまみ、口に入れる。
猛烈なニンニクの匂いとなんだかよくわからない酸っぱいような苦いような味がした。
「マッズ!!マズい!これすごく不味い!」
「どうしても青は不味くなるんだよな」
「なんでかな」
「さあね。男の味ってのはそういうものなのかも」
サキはマズさに悶絶して思わず飴を吐き出した。
「ちょっとジュースとって…」
と言って伸ばした手を見ると、心なしかいつもより長い気がした。視線もなんだかちょっと高い気がする。
「あれ?」
声もほんのちょっとハスキーになった…気がする。そして頭も軽い。思わず頭に手をやると、髪の毛が急に短く硬くなっていた。
「な、なにをしたの?」
「今サキが食べたのは俺たちの考えた男になるキャンディーの試作品なんだけど…」
「んー、あんまり変わってないな。はきだしたからか?」
「いーや、サキはもともとボーイッシュだし…」
「わ、私を実験台にしたの?!」
「いやー、悪い悪い。大した魔法じゃないから、舐め終わって5分もしたら元に戻るよ。心配すんなって」
「俺たちが男になるキャンディーなんて舐めても意味ないからな。」
道理だがそんな事故が起きたら人生を左右しかねない飴をだまし討ちで食べさせるなんて…。
この双子油断ならない。
しかし呆れながらも感心する。魔法ってなんでもありだ。
「じゃあこの赤い方は私が食べても意味ないんだね」
「それは君がいたずらに使う用ってこと」
「なるほど…使う側は面白いかもね」
「いたずらは大抵そういうもんさ」
テーブルに出てきたパンを食べ終わってもまだまだ時間はある。
特段やることもないのでそのままフレッド、ジョージと雑談していた。しばらくするとロンとハリーが眠そうな顔で下りてきた。
彼らがご飯を食べ終わったら直ぐに五人で雪合戦をしに庭に出た。
魔法使いの雪合戦は明らかに年上が有利だった。自在にカーブする雪玉を避けるのは至難の技で、双子対一年生対決は一年生の惨敗となった。
そのあとはチームを変えたりルール無用で雪原を走り回った。付け焼き刃の魔法で壁を作ったり雪玉を飛ばしたりして、日が暮れる頃には全員がすっかり真っ白になって凍えていた。
「風邪ひいちゃいそうだ」
ロンが鼻をすすりながら石入りの雪玉が当たった頭をさすった。
「僕も…」
ハリーはびしょびしょになったマフラーを絞りながら疲れた声で言った。
しかしここ数日はこの不毛な雪合戦は続くはずだ。サキは明日に備えて早めに寝ることに決めた。
翌日、朝食を取りに現れたハリーの様子がおかしかった。ロンに興奮気味に何かを話している。
「どうしたの?」
「あ!サキ!良かったら君もおいでよ。僕すごいものを見つけたんだ」
「あの犬よりおとなしかったらなんでもいいよ。なに?」
「鏡だよ!僕の父さんと母さんが映るんだ」
「えっ…鏡に?」
「今朝からその話で持ちきりなんだ。僕も一緒に行く」
「へえ。不思議な鏡もあったもんだね。ぜひ私も連れてってよ」
「よし、決まりだね!夜11時ごろ、君の寮まで迎えに行くよ」
「それ、大丈夫かな。グリフィンドール塔から結構あるし、フィルチの見回りに被りそう」
「ところがどっこい」
ロンが待ってましたと言いたげにニヤッと笑った。
「ハリーがすっごいものを手に入れたんだ。ね」
「うん!今夜楽しみにしててよ」
「なんだよー、勿体つけないでよ」
ハリーとロンはふふふと楽しげに笑いあった。サキは簡単に寮の場所を教え、同じ地下にいるはずのスネイプに見つからないようにだけ念を押した。
「スネイプにだって絶対に見つからないさ。」
やけに自信満々なハリーを見て、サキは夜が待ちきれなかった。
そしてフレッド、ジョージとともに雪山からソリで狂ったように滑り、1日が終わった。
11時になってサキは欠伸を噛み殺して寮の前にしゃがみ込んでいた。寝巻き以外の服が全て洗濯に出されていたために制服を着ていた。
いったいどんな格好で二人が現れるのかいろいろ想像を巡らせた。
「サキッ!」
突然、暗闇から名前をささやかれ、肩をポンと叩かれた。
「わっ…」
思わず悲鳴を上げそうになる口を、空中からにゅっと現れた手に塞がれ、またサキはくぐもった悲鳴をあげた。
「シーッ!サキ、僕たちだよ!」
目の前に突然、ロンとハリーが現れた。
ロンはサキの口から手を離し、そのまま助け起こす。
ハリーはビロードのようにすべすべと輝いた不思議な質感の布を片手に持っていた。
「驚いた?」
「当たり前じゃん…!」
「ごめんごめん。これ、透明マントって言うんだ。」
ハリーはその布でふわっと体を覆うと、その部分が透明になる。サキは思わず手を伸ばして触れる。確かに何かを触ってる感触がある。なのにちゃんと透明だ。
「すごい…不思議な感じだね」
「これでフィルチの前を通ったって平気ってわけ。」
「さ、急ごう!」
ハリーに手を引かれるままにサキは二人の間に収まる。
ハリーが三人にマントをかけると、三人ともすっぽり収まった。なるほど、中からはちゃんと向こうが見える。
三人でぞろぞろと纏まって二階へ移動する。階段移動は特に足元がマントからはみ出てしまいそうでひやひやした。
「ここだよ」
ハリーが何の変哲も無い木の扉を指してそっとノブをひねった。
木の軋む音とともにほこりっぽい匂いが充満した。
その部屋の中心には大人の背丈より大きな古ぼけた装飾のついた鏡が置かれている。サキはそのぼんやりとした鏡面を注意深くみたが、遠目から見るとただの鏡にしか見えない。
ドアを閉め、マントを脱ぐ。
ハリーが勇み足で鏡の前に立ち、興奮気味に喋り捲る。ロンとサキはノロノロと後に続く。
「ほら、みて!僕の右横にいる人…僕のお父さんだよ。髪の毛がそっくりだもの」
ハリーの言葉に、隣に並んだロンは首をかしげる。そして何かを見つけたように目を丸くする。
「違うよ!僕が見える。何かトロフィーをもらってるよ…学年優勝杯だ!僕、ダンブルドアと握手してる!」
サキは二人の様子を見て思わず鏡から目をそらした。
なんだか不吉な予感がした。
「え?そんな、ほら。左には母さんが映ってるんだよ?」
「ううん…見えないよハリー。この鏡…人によって見え方が違うのかな」
「サキ、サキには何が見える?」
ハリーとロンは鏡から目をそらすサキを見た。サキはちょっと躊躇い、そして鏡を見た。
「私には……」
じっと鏡に映る自分を見た。鏡の中の自分と目が合うと、突然地面が傾いたような感触とともに気が遠くなり、視界いっぱいに炎が見えた。
「は…?」
口から溢れる言葉に返事するように、喉を焼くような熱が口内を蹂躙する。
何が起きたかわからなかった。
呼吸が止まり、口いっぱいに鉄の味が満ちた。手が痺れたような感触がして手を見ると、手のひらから指に火傷がある。
今まさに炎を上げているのは見覚えのある扉だった。
孤児院の食堂への扉だ。
半開きになったそれに手を伸ばすと、手の動きに呼応するようにそれが開き、中からサキの全身を舐めるように炎が噴出した。
食堂の中心には席に着いたまま燃え盛る11人の孤児がいた。
2人の職員が、篝火のように燃える子供たちと建物と違って嘘みたいに真っ白な制服を着たまま、微笑みかけた。
「11歳おめでとう!ろうそくを吹き消しましょう」
「ひっ……!」
引きつったような悲鳴が口の隙間から漏れた。
「あなたのために作ったのよ」
食事や掃除を担当していた、無愛想な職員が満面の笑みで言った。そしてサキの左腕を万力で締め上げると、口から炎が溢れ出し、絶叫と皮膚の焼ける音の混じり合ったバースデーソングを歌い始める。
そして炭化した皮膚からじくじくと液体が流れ出した時、サキは今度こそ本当に悲鳴をあげた。
そして左腕の刺すような痛みを感じると、サキは自分が埃っぽい部屋に倒れて悲鳴をあげてることに気づいた。
ハリーとロンが驚きと心配の混じった複雑な表情でサキの体を揺すっていた。
「サキ、どうしちゃったの?!ねえ!」
「ま、まずいよハリー!サキ、血が出てる…!」
サキはしばらく頭が真っ白で、言葉を紡ぐことができなかった。ただ真っ青な顔で鏡を凝視するサキをみて、泣きそうな顔でハリーとロンがサキに声をかけた。
「だい、じょうぶ。大丈夫…」
やっと出た言葉がそれだ。しかし実際大丈夫とは言えなかった。
サキは思わず、ずっと首から下げていた小さなガラス瓶を握りしめていた。孤児院の火事の記憶はこの瓶の中に閉じ込めているはずなのに。
鏡に見たのは紛れもなくあの時の孤児院で、出てきたあの炭化した子どもたちは火が消えた後にサキが目撃した仲間たちの遺体だった。
そう、あまりにも酷だとダンブルドアが処置したはずの記憶が、まるで別の誰かが見ていたかのように恣意的に記憶されて編集されていた。
あの時の感情のフラッシュバックと人間の焼ける匂いの生理的嫌悪感が一気に襲ってきた。
「マダム・ポンフリーのところに行こう。サキ、立てる?」
「大丈夫だよ、怖いものが映ってびっくりしちゃっただけだから」
「でも君、左手を怪我してるよ」
見ると、指先から血が滴っていた。さっき掴まれたところだ。
「これくらい大丈夫。それより捕まったほうがまずいよ…」
サキの言葉にハッとしたようにハリーが透明マントを三人に被せた。
そのすぐあとに誰かの足音が聞こえ、三人は思わず体を寄せ合い、息を飲んだ。
足音は廊下を進んでいった。こちらに気付いた気配はない。
「やっぱり医務室に行こうよ、サキ。様子が変だよ」
「ううん…それよりスネイプ先生のところに行こう」
「ええ?!」
ロンは驚きの声をあげてから慌てて口を塞いだ。ハリーは困った顔をしてサキの腕を自分の方に回す。
「ほら、寮監だから知らんぷりしてくれるとおもうし…夜更かししてそうだし」
「そうかなあ…夜更かししてそうだけど。」
「地下への階段まででいいからお願い」
余裕なさげなサキをみて、しぶしぶロンもサキの腕を担ぎ、マントを被った。
階段を下りる最中サキの頭にはぐるぐると考えが巡りとりとめもなく消えたり浮かんだりしていた。
何故抜き出した記憶があの鏡を見て蘇ったのか?
そもそもサキは燃え盛る孤児院は見たはずだが、中で燃えている友達や職員を見たわけではない。なのに何故あんな光景が見えたのだろう。
ハリーとロンはどうやら見てて快いものしか見てないのに何故自分はあんな悪夢のようなものしか見えなかった?
しかも視覚だけでなく触覚や嗅覚もありありと感じた。閉じ込められた体験に突如放り込まれたようなあの感覚。
自分だけがそうなった事の意味。
それを考えようとするうちに地下室へ着き、心配する二人を追いかえして階段をよろよろと下りた。止血した左手が冷たい。
あの時は大事にしたくなくてとっさにスネイプの元へ行くとは言ったものの、サキにその気はなかった。
心配させたくないとかスネイプ先生信じられないとか、そういうわけじゃない…
サキは石壁の一部をさわる。
寮への入り口が開き、人のいない部屋特有のひんやりとした空気と充満した重い沈黙が漏れ出した。
寮に人がいなくてよかった。
談話室にある大きなふかふかのソファーに倒れ込み、魔法で暖炉に火をつけた。
異常なものを見たと知られるのが、怖かった。
あの光景から醒めた時にこれはよくないことだと直感的に悟った。
まるで本能みたいに、伝える事を心が拒否している。
サキは深く息を吸いこむと、自然と落ちてくる瞼を止めることなく眠りに落ちた。