【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
………
セブへ
心配をかけてごめんなさい。もう大丈夫。
父は無事母と同じ墓へ弔いました。何度経験しても死には慣れないものです。
禄に家にいなかった人を墓に閉じ込めるのはなんだか悪い気がする。庭の花は案の定枯れていました。貴方のくれた花も枯れていました。
夏の間にきれいにしようと思う。
あなたのお母様もお体に気をつけて。
また夏の終りに会いましょう。
リヴェン
………
ホグズミード行きの列車を不安な気持ちで見送ってから、サキはスネイプの研究室に行った。去年から暇つぶしといえばもっぱらここ。先生も文句を言うのを諦めている。
闇の魔術に対する防衛術の職にようやっとありつけた先生は魔法薬学の棚の横を増設し、趣味の悪い物品を陳列していた。授業内容は思いの外(ある意味予想通りではあるが)普通だった。
「先生、これどう発音するんですか」
「…ミオクローヌス」
「ああ」
「さっきから何を?」
「母の書いた論文を読んでます」
サキは目をしょぼしょぼさせながら紙束を顔から離した。うねうね捻くれてく文字は相変わらず読んでくうちに頭がおかしくなりそうなくらい網膜の裏で踊ってはねてしっちゃかめっちゃかだ。これを理解しようとするとなると傍らにメモを用意して拾える単語をひたすら書き付けていくしかない。
「頭痛い〜」
「相変わらずひどい字だ…」
スネイプは呆れ気味に散らかった論文を拾い上げ眺めた。
「内容は?」
「脳の病気についてです」
「脳?」
案の定スネイプの顔が曇る。
「脳機能障害について調べていたみたいですね」
「リヴェンが?聞いたことがないが」
「断片ですが、ほら。ページ数的にはもっと研究していたはずです」
サキが書き文字に埋もれたノンブルを示すとスネイプはまじまじとそれを見て、続いて内容にも目を通す。
「マグルの病理学について…」
「もうさっぱりですよ。読んではいるけど理解が追い付かないです。あ、でもこれは面白いですよ!」
サキは別にまとめられたファイルを取り出してそっちを手渡した。
「食人族紀行シリーズ!実録!なんとアステカ文明のみならずニューギニア、インディアン…そればかりかインドのごく一部の信徒の風習までを収録した読み応えのある一冊です」
その本はマクリールの家にあった中で一番面白くてストーリーらしきものもあるものだった。マクリールの手からなる一連の書物はどの世代の書いたものにしろ感情が一切書かれていないが、このスリリングな冒険譚はそれを抜きにして面白い。スネイプもぜひ読んで感想を教えてほしいくらいだ。
「……食人、か」
しかし先生の反応は芳しくなかった。やはりサキが置かれている状況を思うと、保護者としては笑えないんだろう。
「そう渋い顔しないでくださいよ。まだ新学期は始まったばかりじゃないですか」
「…ホグズミードにはいかないのか?」
「ええ。取り立てて用事もありませんから。ドラコったらなんにも教えてくれないんですよ」
「今ドラコは意固地になっている。とはいえ、いまのままでは何か無茶をやらかすかもしれん」
「でも、全然信じてくれないんです。私と先生に対して敵愾心を燃やしてるというか…。ねえ、私ドラコに嫌われちゃったんですかね?」
「我輩に恋愛相談をするな」
「確かに」
サキは大きく伸びをして天井に貼られた星図を眺めた。
「実際問題…先生、どうするつもりなんですか?破れぬ誓いを結んだ以上、先生は脳髄を盗まざるを得ませんよ」
「いや、そうとは限らん。あの誓いは『ドラコが脳髄を盗み出すことを手助けする』ものではなく、『ドラコの命を守る』という誓いだ」
「先生のあまーい声でヴォルデモートを口説き落とすとでも?私のときみたいに」
「いや。闇の帝王はドラコの命を天秤にかけて我輩の忠誠心を試しておいでだ。期待にそうには…脳髄かそれ以上の成果を持ち帰ればいい」
「脳髄以上の成果ってなんでしょう」
「……まだ時間はある」
「そういうの先送りって言うんですよね?」
「君は心配しなくていい」
「またそんなこと言う」
時間は遅々として、それでいて確実に進んでいる。
人間は時計の針を止めることはできない。魔法使いでも手の及ばぬ領域だ。
「数千年分の記憶を継ぐということは、人格すら変容させる。少なくとも、今の君は変わってしまうだろう」
「母が魔法を継いだのは4年生のとき、ですよね?先生は見たんですか?母の変わり様を…」
「我輩が知ってる彼女はおそらく、既に魔法を継いだ彼女だ。しかし、晩年の彼女は明らかに…正気を失っていた」
「どんな風に?」
「時間を、ひたすら確認していた。それが終わると抜け殻のように椅子に座っていた。話す内容もだんだん取り留めがなくなって、手の震えも止まらなくなっていた」
「…なんか悲しいですね」
「まるで急に萎れていく花のようだった」
スネイプは言葉を濁す。あまり言葉にしたくないようだった。
「…母は自分の死ぬときを知っていたんですよね?予知、できたんですから」
「ああ」
「死の恐怖でおかしくなったとは?」
「そうは見えなかった。あれは、形容し難いが…諦念に近かった。燃え尽きたとでも言うべきか」
サキはう~んと唸って考えた。
過去をやり直せる母がなぜ諦念に支配されそのまま萎れていってしまったのかそれがわからない。と同時になぜ死んだのかもわからない。過去改変に肉体的な負荷がかかることはさんざん聞いた。だとしたら母はどれだけ過去を書き換えたのだろう。
と、そこでノック。誰かがスネイプ先生!と扉越しに呼びかける。小さなグリフィンドールの新入生がビクビクしながら「マクゴナガル先生がおよびです」と告げた。
サキは半ば追い出される形で研究室を出て、仕方なく図書室へ向かった。
図書室で勉強しているうちに真っ暗な冬の夜空に雪がチラついてるのが見えた。もうそんなに寒くなったなんて気づかなかった。最近は野宿をしたりしないから気候に対して鈍感になっている。
「あ…サキ?」
ぼーっと窓の外を眺めていたら遠慮がちに声をかけられた。そこにいたのは相変わらず本を山ほど抱えたハーマイオニーだ。サキがいる棚までくるのは首席候補のスタディホリックなレイブンクロー生と彼女くらいだ。(なにせ並んでいる本はほとんどマグル用の、やたらニッチな本のみだ。例えば『マイクロソフト社のスーパーエグゼクティブ経営術』や『寿司写真集』『主婦の節制術1978年度最新版』などなど)
「こんな棚の前で何してるの?」
「ここなら人がさ、来ないから」
「確かに。6年図書館通いをしてるけどここに人が居るのなんて珍しいわ」
「そのわりにボイラー用のパイプが走ってるからあたたかいんだよね」
「そうそう。隣いい?」
「どうぞ」
ハーマイオニーが抱えているのは魔法薬の本だった。どうやらハリーにフェリックス・フェリシスを掠め取られたのが相当悔しかったらしい。
「ホグズミードはどうだった?」
「特に変化なし。スラグホーンにクリスマスパーティーに誘われたわ」
「ああ。私も。行く?」
「サキがいるなら行こうかしら。ハリーもいるし」
「ロンは誘うの?」
「そのつもりだけど、貴方は?」
「私はロンは誘わないよ!」
「ロンじゃなくて、マルフォイよ」
サキはとびっきり渋い顔をしたらしい。ハーマイオニーが苦笑いする。
「貴方、まだマルフォイと仲直りしてないの?」
「うーん、喋ってはいるけどさ…前より冷たいっていうか…遠いっていうか」
「私、マルフォイにはずっと同情してた。あなたの態度は…そうね。まるで兄弟だったし」
「…兄弟いないからわからない」
「だから同情してたの」
「ちえ。なんだよ。ハーマイオニーだってクラムとはどうだったの?」
「ビクトールとは…いい思い出よ」
「ずるいや!自分のことになると黙秘かぁ?!」
サキが冗談半分でハーマイオニーの脇腹をくすぐり、ハーマイオニーは必死に笑いをこらえてサキにくすぐり返した。本棚の隙間から眉間にシワを寄せたレイブンクローの7年生が睨んできたので、二人は咳払いして座り直した。
「あのね…ハリーが悩んでるの」
「え…な、なにでですか」
「貴方のこととマルフォイのことで」
「あー」
その話題か。どう返すべきだろう。サキが頭の中で色々考えているうちにハーマイオニーは話をすすめる。
「夏の間、何があったかは聞かないわ。私はあなたを信じてるもの」
「ありがとう…」
「でもハリーは気になるみたい。マルフォイは列車に乗る前にボージンの店に行ってたの。知ってる?」
「え、何買ったの?」
「わからないわ。それもあって疑ってる」
「へえ…まあ、ムリもないよね」
「でも私が思うにね、ハリーが本当に悩んでるのはそこじゃない。ねえ、サキ。貴方ハリーのことどう思ってるの?」
「え?なんで話がそうなるの?」
サキは混乱した。混乱して思わず体の向きを変えて本の山を崩してしまった。
「マルフォイを疑ってるのとハリーが調子悪いのは別問題なのよ」
「う、うー?わからん!ハーマイオニーが何を言いたいかわからん!」
「ハリーはあなたが好きなのよ」
「それは流石に嘘だ!」
「もう。本当だってば」
ハーマイオニーは大きなため息をついた。
「…でも今の私を見たら好きって気持ちも腐っちゃいそうだけどな」
「どうして?」
「だって…私はヴォルデモートの娘だもん」
ハーマイオニーは黙った。リアクションを見るに、やっぱりハリーから聞いてるんだろう。
「ハーマイオニー。私だってハリーを助けたいよ。でも、駄目なんだ。私は人でなしだね」
「そんなこと無いわ」
「そんな事あるよ。だって…だって私は、ハリーの為にできることはたくさんあるのにできないもん。自分の目的のために友達を蔑ろにしてる」
「そんなの普通じゃない。サキらしくないわ」
「はは…ナーバスになってるのかな…」
「そうよ。ねえ、今度ジニーやルーナも一緒にランチでもとりましょうよ。前みたいにみんなでピクニックで」
「…いいね」
「約束よ」
ハーマイオニーは優しく微笑んだ。なんだか気持ちだけは救われた。それがつかの間の錯覚でも、サキにとってはありがたかった。
女子会はクィディッチの試合のあとにやることになった。ジニーは練習で忙しくていつも飛び回っている。ルーナはふくろう試験の勉強をしてるんだかしてないんだか。たまに図書館に顔を出してサキの隣で本を読んでいた。
「ルーナ、その本逆じゃない?」
「これでいいんだよ」
「ふうん」
サキも試しに母の論文を逆さまにしてみた。読みにくい字がより読みにくくなっただけだった。
それなりに楽しみにしていた女子会は、残念ながらとてつもなく深刻な語り場となってしまった。
というのもロンに彼女が爆誕してしまったからだ。
「エイプリルフールはまだ先だよ?」
「嘘に見える?」
「…見えない」
ハーマイオニーの顔が能面になっていた。
薄々感づきつつも「まさかね」と頭の中で保留しておいたのだが、やっぱりハーマイオニーはロンが好きだったらしい。
「まね妖怪でもないんだ?」
ルーナもしれっと酷いことを尋ねたが、ジニーは首を横に振る。
サキが持ってきたハーブティーとスコーンの山にバターやジャムを塗ったりしつつ、4人は顔を突き合わせながら葬式みたいにぼそぼそと話し込む。
「ラベンダーってどんな子?」
「ほら、ブロンドの…占い学が好きな子」
「わからん」
「バカよ、バカ」
ハーマイオニーがぴしゃりと言った。
「別に、ロンがどんなおバカさんと付き合ってもいいの。いいのよ。ただ節度を守ってほしいものだわ」
「ああ、あたし見たよ。廊下でべったり抱き合ってた」
「ルーナ。ちょっとスコーン食べてて」
追い打ちをかけるようなルーナの口をスコーンで塞いでジニーがため息をつく。
「みんな恋愛沙汰で大変だねえ」
「サキに言われたくないんだけど…」
「ジニーもうまく行ってないんだよね。誰だっけ?でぃ…しぇ…シェーン?」
「ルーナ、お願いだから少し黙ってて」
女子会は当初想定していた空気よりも遥かに重い話題で持ちきりだった。ラベンダーをこき下ろした次は男はいかに女の気持ちを理解できないかをジニーが実例を交えて熱弁した。その次はサキの話題だった。
「サキはロンたちを悪く言う資格はないわ」
「唐突に槍玉に挙げられた!」
「あのねえ、やっぱりマルフォイとはいえ可哀想だわ。喧嘩の理由はなんにせよ、あんまりにも恋人らしくないもの」
「君とディーンみたいにベタベタしろってこと?」
「そういうわけじゃないけど」
「キスしたいとか手を繋ぎたいとかそういう気持ち無いの?」
「あたしは無いな。でもサキとはよく繋ぐよ」
ルーナの無意識な横やりにはもう誰も突っ込まなかった。
「待って待って、愛って相手を慈しみ尊重する感情でしょ?それなら私、十分愛してるよ!愛人だね!」
「愛の前に恋でしょうが」
「ハーマイオニーもロンとキスしたい?」
「……否定しないわ」
「みんな進みすぎだよ。ルーナはキスなんて考えたことないよね?」
「ない」
「16歳でその恋愛観ははっきり言ってヤバイわよ」
ハーマイオニーは呆れ気味で、ジニーは頭を抱えていた。
「ていうかみんな突然発情期みたいに浮かれ過ぎなんだよ。いくら例のあの人が帰ってきたからってさあ」
「確かにブームっていうのはあるかもしれないわね」
「私は違うわ。ロンは確実にそうだけど」
ハーマイオニーはロンへの怒りが再燃したらしい。
「もしかして…惚れ薬を売ればかなり儲かるのでは。仕入れなきゃ」
「問屋ごっこはおいといて、サキ。ちゃんとしないとマルフォイに捨てられちゃうわよ」
「蒸し返さないで…」
サキはさんざんアドバイスを受けたがあまり参考にはならなさそうだった。
とにかく手を繋げという結論にたどり着く頃にはあたりはすっかり暗くなって、4人は凍えながら大広間へ向かった。
「私に恋は早かったのかな…」
「これからこれから」
「ジニーなんて1年生の頃から恋してるのにね」
「……うん。そうね。ずっと恋してるかも」
そういうジニーはどこか懐かしそうな、それでいて切なそうな顔をしていた。
その理由はサキにはまだわからなかった。
ドラコと真剣に向き合おう。そう思った。
………
1968.11.19 失敗
1970.04.11 失敗
1973.06.19 失敗
1978.06.23 失敗
1980.05.12 失敗
1998.05.02 失敗
1998.05.01 失敗
1997.06.30 失敗
1995.05.30 失敗
1980.03.21 失敗
1979.07.22 失敗
1981.04.17 もう、思い出せない。もう戻れない。もう最悪の未来にしかたどり着かない。もう何も感じない。
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