【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
サキは取れる授業はすべて取ることにした。
魔法生物飼育学も可だったので当然取ることにした。グリンゴッツ勤務を視野に入れるならば必要だし、取っておいて損はない。
いつも通りハグリッドの小屋へ行くと、ハグリッドがワクワクした顔でサキを出迎えた。
「サキ!よーきたよーきた」
神秘部の戦いの後、ハグリッドはよく野営中のサキのところにコーヒーをデリバリーしてくれていた。その時からずっとなんの授業をしようか考えていたらしく、お披露目するのが楽しみでしょうがないらしい。
「他の生徒は?」
「スリザリンは私だけだよ」
「…ハリーたちが来ない…」
「とらないのかな…?」
「………」
ハグリッドは感情がすぐ顔に出る。さっきまであんなにキラキラしていたのに、スイッチが切り替わるように悲しげな顔に変わった。
「は、ハグリッド…しょうがないよ!ほら、私がいるじゃん!」
「ああ…そうだな…一人でも大事な、生徒…」
ハグリッドは鼻をすすりながらうつむいてしまった。サキは岩山みたいな背中をさすりながら第一回目の魔法生物飼育学の授業を終えた。猛獣使いになったような気分だった。
サキは先日のハリーとの言い争いを思い出して憂鬱になった。ドラコは何をしようとしてるか一向に教えてくれず、ハーマイオニーとロンもハリーとともに行動しているから話す機会がない。
しかし実際これが一番いいんだ。
一人でいれば誰も人質に取られないし、誰かを傷つけたりしない。
北塔の裏庭は催眠豆の繁殖も収まり、今はすっかり他の植物たちと共生している。
廃材置き場の材木から作った手製のベンチやテーブルも置いて、このジメジメした空間はすっかりサキにとって落ち着く場所になった。
「おや。こりゃ驚いた」
と、すっかり気を抜いていた所に誰かがやってきた。全く予想外の人物、スラグホーン先生が大きな袋を持って畑の端を横切っていた。
「あ…こんにちは」
「やあやあ。シンガー!こんなところで何を?」
先生こそ。と言いたかったが大きな袋をさっと背中に隠したところを見ると何かやましい事でもあるのかもしれない。
「ここ、私の畑なんです」
「ほっほー。秘密の畑かな?どれどれ」
「あ、いや!たまたま生えてきちゃった植物も多々あるっていうか…!」
免許がないと栽培できない植物がたくさん生えてる以上教師には見られたくなかった。けどスラグホーンは罰するでもなくただ楽しそうに笑ってジギタリスの花弁を摘んだ。
「いやあ。お母さんそっくりだ。彼女も秘密の畑を持っていたよ」
「母をご存知なんですか?」
サキは目を丸くした。
「ああ。私自慢の生徒の一人だった」
「あ…そっか。スリザリンの寮監…」
「そうとも」
恰幅のいいセイウチみたいな先生は断りもなくベンチに座ってサキに笑いかける。
「魔法薬学だけじゃなくてすべてにおいて素晴らしい子だった。…と言っても、本人は才能を活かそうとはしなかったが」
「神秘部にはキャリアもなにもありませんもんね」
「その通り。残念だよ」
「あの、なんで私がマクリールの家の者だとわかったんですか?苗字が違うのに」
「一目見てわかるさ!生き写しだ」
何度も何度も言われた。スネイプの記憶で見た限り、確かに似ていると認めざるを得ない。
「私、母にあったことが無いんです。先生…あ、スネイプ先生も全然母のことを教えてくれなくて。母はどんな人でしたか?」
「セブルスとリヴェンはとりわけ仲が良かった。ああ、娘の君も仲がいいのだね。よかった。セブルスは昔からああだから」
「子どもの頃の先生なんて想像できないな」
「今とあんまり変わらんよ」
スラグホーンは懐かしむように目を細めて微笑んだ。思っていたより話しやすくて人懐っこいおじさんだ。
「君のお母さんはとてもクールだったけれども、いつも周りに人がいたよ。いろいろな問題を抱えている子だったが…セブルスと友達になってくれて本当に安心した」
「母も問題児だったんですか?」
「君は問題児なのかね?」
「まあ自慢じゃありませんが」
スラグホーンは大受けだった。ますます上機嫌になって話し始める。
「彼女は4年生の頃母親が事故で亡くなってね。それ以来ふさぎ込んでしまっていた」
「…4年生の頃?」
「ああ。それ以来人が変わってしまった。…まあ、その結果寮でも存在感が増していたような気もするが、それでもやっぱりどこか可哀想に思ってしまう」
「そうだったんですか」
「彼女の魔法薬の知識と勘はピカイチだった。セブルスも天賦の才を持っていたが彼女も引けを取らなかったな」
「ふうん。娘の私がこんなんじゃ先祖に申し訳が立ちませんね」
「いやいや、君も勘はいいよ。まあ、薬草学のほうが得意みたいだが…」
スラグホーンは有毒食虫蔓の葉を摘んで愛おしそうに撫でた。勿論この植物を無断で栽培するのは違法である。
「よろしければどうぞ。勝手に生えてるものなので。ええ、これは自生してるんです」
「本当かね?いや、なに自生してるものなら許可はいらんのだろうが」
はっはっはっ。と二人でから笑いをした。
さすがスリザリンの元寮監。話がわかる。
「ここであえてよかった。シンガー、よければ私のクラブに参加しないかい?優秀な生徒を集めて食事会をね、開いているんだ」
「食事会。いいですねえ」
「ぜひおいで」
スラグホーンは有毒食虫蔓の葉をたんまり採集して懐にしまい、サキと握手をしてゆうゆうと城に帰っていった。スプラウト先生の温室に忍び込むつもりだったんだなあとしみじみ思いながら、サキは芽をだした見慣れない花の名前を図鑑で調べた。
その花を摘んで唇ではさみ、蜜を吸いながら寮へ帰った。
蜜を吸い尽くした頃談話室にかえるとドラコはいなかった。
ザビニがしつこく話しかけてくるので渋々付き合ってるうちにいい時間になったのでベッドに戻った。
サキがザビニと雑談に興じている時、ハリーはダンブルドアとの特別講義のために校長室に来ていた。
「先生、聞きたいことがあります」
ハリーは、しなびた黒い手にはまった指輪を撫ぜるダンブルドアにおずおずと尋ねた。
「先生はサキについて、どうお考えですか?」
「君と同様、大切な我が校の生徒じゃ。という月並みな解答を期待してはおらんだろうな」
「はい。先生は当然ご存知ですよね。彼女は、あいつの…」
「そう、血縁じゃ。しかしながら奴は彼女を軽視しておる」
「サキに危険はないのでしょうか?」
「わしは今のところはないと思っておる。彼女の振る舞い次第じゃがな」
「…マルフォイが、何かを企んでいます。サキはそれを手助けしようとしている」
「確たる証拠は?」
ハリーはたじろいだ。会話と雰囲気で辿り着いた結論なので証拠はない。
「ハリー、サキの目的はなんであれ…彼女は父親のように冷酷な人間ではない。愛に溢れた女性じゃ。母親と同じようにの」
「けれども…」
「サキのことはスネイプ先生に任せておる。心配はいらんよ」
ハリーはスネイプを信じていない。ダンブルドアもサキもずっとスネイプを信頼しているけれども、彼らがスネイプを引き合いに出すたびに不安になるのだ。
ダンブルドアの善意で踏み固められた道を踏み外す人間だっているはずだ。サキがそうとは言わない。けれども、誰かのために脱落する可能性は十分高い。
サキは優しすぎる。自分勝手に振る舞ってるように見えていつも誰かのために何かを犠牲にし続けている。
ハリーは、ヴォルデモートのために傷つくサキを見たくない。
「君は今、それよりも重要な授業がある。君の予言にも関わることじゃ」
ダンブルドアは憂いの篩を指差した。
「さて、出かけようかの。ヴォルデモートに関わる記憶の小道を辿る旅へ」
………
『憂いの篩 ペンシーブの一般普及化のために』
著 アーベルジュ・ストンボロー・オリバンダー
憂いの篩の主たる目的は記憶の保管と完璧な再現である。ホグワーツ建設時発見された憂いの篩をより簡易化し道具化することを目的とする。発掘された憂いの篩を形作る素材は主に黒曜石であり土台は岩の切り出しと思われる。質感からツンドラ気候の場所のものと思われる。正確な年代は不明。ホグワーツが建つ以前に住んでいたものはなくどこから現れたのか記憶を遡ってもわからない。モノリスのような底面には紋様が掘られており、死の秘宝に登場する『死』の象徴が描かれているのがわかる。ペベレルの子孫は既に秘宝も伝承も失っているためこれ以上の調査は中止した。
憂いの篩に満ちる液体の調合法については共同研究者、イリス・マクリールの研究誌に任せるとして、これらを構成する素材それぞれにかかった魔法、薬品の同定にかからなければいけない。我々はまずフランツ・ブラックの古道具から片メガネを借りなければならなかった。
ブラックの片メガネは組成を見通せる。マグルの言う顕微鏡のようなもので、イリスの息子、ジョン・マクリールが婿入りした際贈られたものだ。故にイリスを通せば簡単に使えるはずなのだが、イリスは懶な魔女で姻戚関係にも関わらずブラック家と不仲だった。イリスは直に家督を娘に譲る。その前になんとか借りてきてほしいものだが期待したところで無駄だろう。
……
ヴォルデモートの足跡とは即ち、死人の轍だ。
ハリーは哀れなメローピーの運命を考えるとひどく憂鬱になった。なぜだかこういうとき、無性にサキと話したくなる。しかし、サキはもうハリーの味方ではない。
ハリーは口論した日からいつも彼女を目で追っていた。
こういう、多分色恋に関する相談をロンに持ちかけるのは気が引けた。なんとなくだけど、ロン向きじゃない。結局ハリーはサキとの会話とマルフォイへの疑惑も含め、ハーマイオニーに相談する他なかった。
「なんでずっと黙っていたの?」
サキがあの人の娘だと言ったとき、ハーマイオニーは怒ったような声色でいった。
「プライベートなことだから…」
「ショックだわ。私だって親友なのに。そうでしょ?」
「まあね…」
「わかってるわ。それくらい重要な事って。……まあこれでいろいろ合点がいったわ。前々から予想はしていたけれども」
「さすがハーマイオニー。それで、口論になっちゃって…話しかけられなくて」
ハーマイオニーはパイを食べ終えると、口元をナプキンで拭いながらじっくり考えた。顎に当てた手を離すとすぐに本を抱えて立ち上がってしまうのでハリーも慌ててついていく。
ハーマイオニーはつかつかと歩きながらちょっと苛立たしげに言う。
「ハリー、貴方って一年生の頃からずっと鈍いのね。サキが好きなら告白しちゃったほうがいいわ。そのほうが白黒はっきりつくじゃない」
「ちょ、ちょっと待ってよ。僕そんな話してないよ!マルフォイが何か企んでて…それでサキが…」
「マルフォイが何をしようとしているのかは別問題。今貴方がモヤモヤしてるのってそういう事でしょ」
バッサリと問題を片付けられて、ハリーは唖然とした。しかし言い返せない。
「僕…どうすれば?」
「そんなの自分で考えてよ!」
ハーマイオニーは忙しそうにスタスタ図書室へ行ってしまう。ハリーは頭を抱えたくなって、廊下に立ち尽くした。
「ハリー、選抜のことだけど…」
更にケイティが追い打ちをかけてきて、ハリーは3つほど問題を抱えながらグリフィンドール塔へ戻っていった。
ドラコは大見得切って誰の助けもいらないと宣言したことを後悔し始めていた。校長室への侵入なんて前代未聞。どこにも成功譚なんて転がっていないし校長室の間取り図すら遥か数百年前のものしか残っておらず、図書室にいくら篭っていても解決しない。
校長室へ入り、脳髄を盗み出す。
闇の帝王が与えた任務はあまりに荒唐無稽で、曖昧だった。
ドラコは脳髄なんて何に使うのか知らないし、どこにしまってあるかも知らない。
余程の幸運に恵まれない限り成功しないだろう。そしてそのチャンスはみすみすポッターに掠め取られてしまった。
「ねえ知ってる?ザビニがサキを狙ってるらしいわよ」
そんな中パンジーが持ってきた知らせは余計なお世話にほかならず、ただただ気分を憂鬱にさせるものだった。
「何で君がそんなことを?」
「見ればわかるわ。ドラコ、結局サキと別れたんでしょ?」
「いや…別れてはいないけど」
かと言って仲直りをしたわけではないのだ。サキは謝ってくれた。でも二人の間にはもう痴話喧嘩では済まない大問題が横たわってる。命とか家名とかプライドとか…初めてあった時と違って二人とも随分余計なものを身に着けてきてしまった。
何も考えてなかった一年生の頃、ポッターたちと指したチェス。禁じられた森の夜。決闘のあとの高揚感。すべてがもう、都市に沈む夕日のように遠い。
「サキがザビニに構うとは思えないね」
「でもスラグホーンの食事会に一緒に行くらしいわよ」
スラグホーン。蒐集家のセイウチ親父。僕はお眼鏡に適わなかったってか?
「別に、サキが誰とどこへ行こうと…」
「噂話警察だ!」
唐突に首筋にふわっとしたものが触れた。思わず飛び上がって後ろを見ると、サキがフクロウの抜けた羽と袋から溢れそうな羊毛を持って立っていた。
「ゲッ。サキ…あなた授業じゃないの?」
パンジーが気まずそうにつぶやいた。
「そ。魔法生物飼育学。これは羽毛と羊毛。…ところで誰の悪口?混ぜて混ぜてー」
「なんでもないわ。ってサキ、あなた獣くさいわよ…」
「そりゃそうだよ。さっき羊を絞めたばっかりだし」
なんでこいつはいつも通りなんだろう…。ある意味羨ましい。ドラコが眉間にシワを寄せてため息をついてるのを見てサキは慌てて逃げ出していった。
「ねえ、本当にあんなのが好きなの?」
「…あんなのって言うな」
サキは学校に来た途端スイッチを切り替えたみたいに普段通り好き勝手色んなところをふらついていた。寮にいる時間は少なく、いつも小さなバッグ片手に何処かへ行ってしまう。手助けのお誘いは一度やめることにしたらしい。
このあいだ湖の辺りで本を読んでるのを見たが、話しかけそびれてしまった。
サキはポッターとも喋っていないようだった。
ホグズミード行きまでに何かを試しておきたい。
まず校長室がどうなってるのかを知りたい。そのために目の代わりになるようなものがほしい。まずは校長室へ何かを持ち込ませるのがいいだろう。
ドラコはボージンの店で買ったネックレスのことを思い出した。万が一に備えて色々買い込んだが、どれもこれも盗みという隠匿行為にはイマイチなものばかり。ネックレスも暗殺ならまだしも盗みとなると役に立たない。
コマドリの鳴き声が聞こえた。秋の実りを分かちに来たんだろうか。
そういえばもうすぐハロウィンだった。
物思いに耽っていると時間はあっという間に去っていく。ドラコは校長室への侵入ルートを考えつかないままホグズミード行きの日をむかえた。
「ドラコ、ちょっといい?」
朝食後、珍しくサキが話しかけてきた。人気のない廊下まで引っ張られて行くと、声を落として囁いた。
「ハリーが疑ってる。列車での会話を聞かれたみたい」
「ああ。その事か」
ドラコも当然承知だ。その場で叩きのめしてやったわけだし、あれだけの会話じゃ目的なんて知られっこない。ポッターが嗅ぎ回ってくるのは鬱陶しいが、あいつだってどうしようもないだろう。ドラコは自虐的に笑った。
「大丈夫だろ。目的を知られたとしてもあいつにだってどうしようもない」
「あのねえ君…ハリーが疑ってるってことはダンブルドアにも伝わってるって事だよ?」
「だからどうした。どうせ初めから無理な任務なんだ。99%無理だったのが99.9%無理になっただけさ」
「もーなんでそんな捨てばちなの?」
「ヤケにもなるさ」
サキにはきっとわからないよ。と心の中で付け加えた。
サキは少しだけ悲しそうに笑っていた。
…我々の用いる魔法(以下血の魔法)は現在多数を占める杖を使う魔法と根源を同じくして原理は全く異なる。ヒトは自分を定義するとき多くが肉と魂を分けて考え、それらを統合するものとしての自我を打ち出している。これらの議論が正しいかはさておき、血の魔法と杖の魔法はこれと似たような考え方をすればいい。血の魔法は性質上、肉と密接に関係している。同族の減少に伴い我々が獣にも劣る継承法を選んだのは血の魔法があまりに物質的性質を持つからであり、好んで同胞の肉を食っているわけではない事を書き加えておく。近年マグルの研究で明らかになりつつある遺伝子…これは親の形質を子に伝える物質であるが…に似た目に見えない何らかが我々の血の魔法を発現させている。記憶の継承についても、その見えない何かが構造体となり集積し、その構造体を溜め込んだ肉を摂ることにより起きている。筆者はこの何らかの構造体がとりわけ脳に集積することを突き止めた。とりわけ脳の記憶領域と呼ばれている箇所にそれは溜まりやすい。…