【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
ハリーはダーズリーの家で過ごさない休暇を精一杯楽しもうとした。しかしシリウスを失った悲しみは未だ癒えない。
加えてサキから音沙汰がないのも夏休みにどこか影を落としている。
神秘部の戦いのあと、ハリーとダンブルドアはメディアの包囲網から逃げ出して校長室で話をした。あのときは取り乱して随分暴れてしまった。一年間ダンブルドアに抱いていたわだかまりをぶつけて少しだけ楽になれた。しかしサキの安否はすぐにはわからず不安でいっぱいだった。
自分とヴォルデモートの予言を聞いてなおさら不安が募った。
連れ去られたサキが無事でいられる保証はない。
サキはなぜか殺されない自信を持っていたがそんなのアテにならない。スネイプが助けに向かったと聞いても、翌朝無事だと教えられても信じられなかった。
メディアはサキについての情報を掴んでいなかった。三流ゴシップ誌にはいくつかサキについて触れているものもあったがどれもハリーの友達という扱いだった。
学内ではもちろんかなり噂されていたが、いつしか「怪我が重いんだろう」という予測が主流になった。
シリウスが死んで、サキは音信不通。
ハリーはどこか空虚な気持ちでなんの気なしにヘドウィグが運んできた封筒を開けた。
「え…」
便箋を見て驚く。封筒をよく見るとサキからだった。
ハリーへ
連絡しないでごめんね。そういう気持ちになれなくて。夏はいかがお過ごしですか?
私は元気だよ。スネイプ先生が良くしてくれてる。(ハリーは嫌ってるけど、いい人だよ。これ、五年言い続けてるけど無駄っぽいね)
新学期に会おうね。
素っ気ない文章だった。
ハリーはなんだかとてもがっかりして手紙を持ってきたヘドウィグを二度見したがヘドウィグはきょとんとして餌のネズミをくわえたままハリーを見つめ返した。
ダンブルドアとともにスラグホーンに会いに行ったり、グリモールド・プレイスを相続したりいろんな動きがあったけれども、中途半端に喉に何かがつっかえたまま過ごしてる。そんな夏だった。
ノクターン横丁でマルフォイを追いかけていた時も、サキの不在が気になった。
いかにもあやしい動きをするマルフォイ。いつもならハリーの隣かマルフォイの隣にサキが立っているはずなのにいない。
あまりに目立つ空白、サキ・シンガー
だからコンパートメントでサキとばったり出会ったとき、ハリーは思わずサキを抱きしめてしまった。
きゃーっ!と乙女の様な滑稽な悲鳴を上げてサキはハリーを抱きしめ返した。
「ハリー、映画みたいな抱擁だねえ。思わずときめいちゃったよ!」
「連絡しないほうが悪いよ。無事で良かった。僕、ずっと君が本当は拷問されてるんじゃないかって思ってたんだよ!」
「あははは。まさかあ」
久々に会うサキは髪がちょっと伸びていて邪魔そうだった。長すぎる前髪のせいか、どことなくいつもの明るい表情に影がさしてるようにも見えた。
「ハリーが大変なときに余計な心配かけてごめんね。もう大丈夫」
「とりあえずコンパートメントを探そう。色々話を聞きたいし…」
「あー、ごめん。駄目なんだ。待ち合わせがあって…」
サキの目が泳いだ。
サキはデタラメを言って相手を混乱させるのは得意だが、嘘をつくのは下手くそだ。そして今のはあからさまに嘘だ。
「そっか…」
怪しみつつもハリーは引き下がった。
どこか憂鬱そうなサキはハリーを追い越して先頭車両の方へふらふらと歩いていってしまった。
ハリーはネビルのいたコンパートメントに滑り込んだが、先程のサキの様子が気になって仕方がなかった。
マルフォイといるのだろうか?
ノクターン横丁であいつが何を見ていたのか、サキはしってるだろうか?
連れ去られて何があったんだろうか?
サキの挙動はそういう疑問全てに意味深な憶測を付け足すくらいに変だった。
ハリーはルーナやネビルと話してるあいだじゅう気になってしょうがなくなった。
そしてついに、マルフォイの様子がおかしいと漏らしたロンの言葉に後押しされるようにして先頭車両へ向かった。もちろん、透明マントを持って。
スリザリン生が固まって乗っている車両にサキはいた。食堂車のようにボックス席がたくさん設置された車両の端にマルフォイと向かい合って座っていた。
いつもの楽しそうな浮ついた雰囲気は削ぎ落とされ、二人の間には葬式のような沈黙が降り立っていた。
ハリーはゴイルが派手に飲み物をこぼしマルフォイの視線がそれた時に思い切って網棚に体を滑り込ませた。
「…馬鹿だなあ、アレ相当べたつくよ」
「気にしないだろ、あいつなら」
「確かにね」
マルフォイはふん、と自嘲気味に鼻で笑った。
「あいつらは気楽でいいよ」
「まあクラッブもゴイルも親が捕まってるんだしもっと深刻になったほうがいいよね」
「…それ僕に言う?」
テンションは低いけど概ねいつも通りの会話内容な気がする…がよくよく考えるとマルフォイとサキのプライベートな会話は聞いたことがなかった。
「だって君、いくら口説いても信じてくれないし。嫌味くらい言いたくなるよ」
「…別に信じてないわけじゃないよ。ただ僕一人でやり遂げたいってだけだ」
「ドアをくぐれるかどうかだってわからないのに」
「君の特異体質だってそうだろ」
「勝算はあるよ?」
「くどいぞサキ」
何やら意味深な会話をしている。
マルフォイがやり遂げたいことがなんなのか、二人の会話からは読み取れない。
「君は僕の味方だって言うけど、僕が任務を成功させることを願ってるわけじゃない。僕が死なないためならポッターにだって助けを求める。そうだろ?」
「助けを求めるならハリーじゃなくてもっと大人に頼むけど」
「そういう問題じゃないんだ。これは」
「…ドラコ」
二人の間にはまた重苦しい空気が立ち込めた。マルフォイははっきりと任務といった。そしてどうやらそれは命に関わることらしいと。
「…私は、ただもっと考えれば別の解決があるかもって思ってるだけだよ…」
「そんなものあるもんか」
サキは悲しそうな顔をした。マルフォイは声を潜めて、まるで歯止めが効かなくなったみたいにサキに恨み言をぶつけてく。
「君は僕と違って期待されてる。あの人の娘だって感づいてるやつもいる…カロー兄妹なんかはその手合だ」
「それにしちゃお粗末なごまの擦り方をしていたよ。勘がいいのか悪いのかわからないね」
「権力の臭いに敏感なのさ、今アズカバンにいない連中はみんなそうだ」
やはりサキは死喰い人と接触していたんだ…。
覚悟はしていたし、当然の流れではあるがハリーはショックを受けた。それもサキはかなり優遇されてるような話しぶりだ。
「そうか。じゃあいいように使えるうちに色々頼んじゃおうかな。…一角獣の双頭の奇形ってのがあってさ…すごく高いんだけどもう美しいのなんの。加工の必要がないくらいにキレイなんだけど、その双頭を使って二角獣を作った職人がいてね…」
サキが長々と趣味の話を始めたところで窓の外で汽笛がなった。
ホグワーツまであと三分もない。
「君の心が逞しいところだけは見習いたいよ」
「そんな事ないよ。ドラコに信じてもらえなくて、とってもブルーだもん」
「…はあ。調子が狂う」
「行かないの?」
「少し一人で考えたいんだ。ちょっと先行っててくれよ」
「私のこと信じてくれる気になったってこと?」
「それを考えるんだ。…ああもう!早く行けよ」
「はいはい。ロンドンまで戻されちゃわないようにね」
サキはやれやれと呆れながら席を立った。マルフォイはまだ立ち上がろうとすらしない。マルフォイが出ていかないとハリーも出ていけない。
マルフォイは駅のホームの人が疎らになってきた頃にようやく立ち上がり、何故かすべてのブラインドを降ろした。
そしていよいよ何かしだすのかと思えば突然、ハリーのいる網棚に向かって杖を振り上げた。
「ペトリフィカス・トタルス!」
ハリーは完全に不意をつかれた。結果カチコチの石になって荷台から落ちて床に体を打ち付けた。痛みに悲鳴を上げることすらできない。
ハリーは窮屈そうな格好のまま透明マントを下敷きにして金縛りされてしまった。
「やっぱりな。盗み聞きとはいい趣味してるじゃないかポッター」
マルフォイは勝ち誇ったように笑った。
「聞いたとおりだ。サキは…死喰い人に歓迎されてるのさ。もう関わるな」
ハリーは顔がかっと熱くなるのを感じた。しかし実際にはぽかんとした表情のまま固まってるのだろう。マルフォイはせせら笑い、動けないハリーに思いっきり蹴りを入れた。
ハリーの頭にガツンと衝撃が走り、くらくらするような熱が鼻の部分にともった。
「これは父上のぶんだ」
マルフォイは吐き捨てるように言ってハリーの下敷きになった透明マントを引っ張りだし、そのままハリーに被せた。
「ロンドンで見つけてもらえるといいな。…それとも一生このままかな?」
ハリーは頭が沸騰しそうなほどの怒りを感じながら、視界の端へ消えていくドラコの革靴を見た。
サキは遅れてきたドラコのために席を開けてやりながらポタージュをひたすら飲んでいた。
「なんかあったの?遅かったけど」
「いや、別に?」
更に遅れてハリーが入ってきた。何故か私服のままで、その上血まみれだった。マルフォイがからかうようなポーズをして周りを笑かしていた。
ドラコと喧嘩でもしたんだろうか?
それにしては一方的にボコボコ、って感じだ。
食べ物がなくなってお皿がキラキラした頃、ようやくダンブルドアの演説が始まった。
「おい…あれ」
ザビニが囁いた。
「ダンブルドアの手、変じゃないか?」
ダンブルドアの右手がまるでミイラみたいに黒ずんでいた。拍手と同時に周りにささやき声が広がる。
思わずドラコの方を見ると目があった。
あれなに?さあ?
といった視線の応酬の間も演説は続いた。
ダンブルドアは職員テーブルに座る恰幅の良い、セイウチみたいな魔法使いを指して紹介した。
「………さて、今年は新しい先生をお迎えしておる。ホラス・スラグホーン先生じゃ!わしと同期ですでに引退されていたが魔法薬学の教師として復職なさることになった」
魔法薬学ー?
生徒たちの間に動揺が広がった。
「闇の魔術に対する防衛術の後任はスネイプ先生におまかせすることになった」
嘘だろ?!と声が上がって生徒たちは一斉に話しだした。ダンブルドアはなぜそんな騒いでるのかわからないと言った風にあたりを見回してから咳払いをして続けた。
「さて…去年は魔法使いにとって最悪の日がまた更新されてしまった。いたる所に闇の魔法使いが跋扈しておる。当然学校の防衛策も強化されておるので…危険な場所には近づかんように」
「ついに念願かなったってわけだな」
「えーどうしよう。良でも受けられるかな、防衛術」
「基本的には去年の基準より上にはならないだろ」
寮へ帰る中みんながわいわいと話し出して廊下はコンサート会場みたいにうるさい。
サキは人混みに飲まれながらぼーっと吹き抜けの階段に浮かぶゴーストたちを眺めていた。
スリザリン生たちからの迫害は特にない。禊は終えたらしい。
ザビニは相変わらずよく話しかけてくる。スラグホーンのランチ会についてずっと自慢してくるのだが、サキはあんまり興味がなかった。今はただ、母の残した本を読みたい。
女の子達の寝室は真っ白なベッドに次々とカラフルな小物や布が飾られてやっと個性を取り戻す。そんな華やかな寝室の中でサキの寝床だけが真っ白だった。
サイドテーブルに埃っぽい本を山ほど置くと、すぐ隣のパンジーが抗議してくる。サキは賄賂に夏休みにたっぷり送られてきたウィーズリー製品を渡した。
サキはハリーへの態度を決め兼ねていた。
ハリーは友達。けれども親は仇。3年生の時にそのジレンマは克服したはずなのに、また悩まなければいけなくなった。
いや、サキの取るべき立場はもうとっくに決められてる。ドラコの命を優先する他ないのだから。
だから、ハリーに呼び出されて北塔の裏庭の畑で去年起きたことを話してる間中サキは憂鬱だった。
当然本当のことは言えない。
「母親の脳みそをダンブルドアから盗んで食べなきゃいけないんだよねー」なんて相談された側も困るだろうし。
神秘部から連れ去られ、マルフォイ邸にいたこと。
自分はやっぱりあいつの娘で、母親は特殊な魔法が使えたから監禁されていたことだけ話した。母のばらばら死体があったことや脳髄をダンブルドアが所持していることは言えない。
「…それでまあ、釘を刺されちゃったって感じ?」
とまとめると、ハリーはじっくり考えるポーズをした。
昨晩の雨で畑は濡れて泥濘んで靴底がぐちゃぐちゃいう。
「他には…?」
長い思案の末やっと出てきたのは探りを入れるような言い方だった。おや、とおもいサキも慎重になる。
「例えば?」
「ベラトリックスとか、あいつの仲間はどうしたの?」
「ああ…ごめん。わからない。それ以降は会ってないんだ」
サキは嘘をついた。ハリーの眉が引き攣るのがわかった。
「私も複雑な立場でさあ。ハリー、君の力になりたいけど、無理なんだ」
「どうして?…マルフォイのため?」
「……なんで?」
「ごめん、実は僕聞いちゃったんだ。君とマルフォイの列車での会話」
サキは透明マントのことを失念していた。あの時何を話したんだっけ?公共の場所では具体的な会話は慎んでる、とは言えこの探りの入れ方的にハリーはドラコをーひいてはサキをー疑っている。
「謝らなくていいよ。そうだね、ドラコのために君には協力できない」
「マルフォイは何をしようとしているの?」
「さあね」
ハリーは苛立っているのか、爪先で泥をえぐっている。サキだって本当ならヴォルデモートの肩を持ちたくなんてない。けれどもドラコのために、そして『破れぬ誓い』を結んだスネイプ先生のために、望まれた役を演じなければいけない。
「一つだけ言えるのは…私は自由に動けないって事。勝手な行動をすると後々面倒なことになるんだ」
「君は、あの人に脅されてるんだね?」
「秘密」
「君の助けになりたい」
ハリーの気持ちは嬉しい。けれども私達はまだ子どもで、敵はあまりにも大きくて強い。
守りたい者を守るには正しいだけでいられない。
「ありがとう」
だからそれだけ言って、サキはその場から立ち去ろうとした。
しかしハリーはサキの腕をつかんで離さなかった。
「…痛い」
「離さないぞ。ちゃんと理由を聞かなきゃ納得できない」
「私は大丈夫だって。スネイプ先生もいるし…」
「スネイプなんて信用できない!サキ、僕は君にあっち側に行ってほしくないんだ」
「あっちって?」
「ヴォルデモートの側に」
「ハリー、私はあいつのやり方に賛成したりなんかしないよ。でも今は私はどっちかなんて選べる立場じゃない。尊いものを守るために結果的にどっちにいるか、私にもわからないよ」
それは事実上の敵対宣言に他ならなかった。
ハリーは去年自分を抱きしめてくれた強い女の子が、たったひと夏で羽をむしられた小鳥のようにか弱くなってしまったのに気づいた。
乾いた血のような沈んだサキの赤い瞳を見た。
3年生のときとは違う、4年生のときとも違う。
「…そんなに、マルフォイが大切?」
「うん。ドラコも先生も。みんなのためにこうする」
「僕は…大切じゃないの?」
「大切だよ!大切だから君とは一緒にいれない」
ハリーの手に込められた力が抜けた。
「…ごめん」
サキは一言謝って、手を振り払った。ハリーはひどく悲しげな顔をして逃げるように去ってくサキの背中を見送った。