【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
時間について考える時間はたっぷりあった。
なんて言うと言葉遊びみたいでいかにも頭が良さそうだが、要するにぼーっと物思いにふける時間が山ほどあったということで何か有意義な新発見があったわけでもない。
だがひとつだけいいことがあった。
マクリールの館に立ち入る許可が出たのだ。
闇祓い同伴だけれども本を持ち出すことができれば時間が潰せる。
「…先生。先生ってば」
「……なんだ?」
先生は眠そうな目を瞼の上から揉むように手を当てていた。
「今日、一緒に来ますよね?」
「いや、君一人で行ってくれ」
「ええ?いいんですか?超危険なことするかもしれませんよ」
「外せない用事がある」
「そんなぁ…」
サキはしょぼくれたが、その程度で予定を変えてくれる人ではないので無駄な駄々をこねたりはしない。
早々に支度して闇祓いとの待ち合わせ場所に行くためにバス停へ向かった。外はあいにくの雨で、乗車率はいつもより高い。ただでさえ時間通りに来ないバスは運行表を無視してノロノロと駅へ向かう。
ロンドン、キングスクロス駅。
魔法使いの待ち合わせスポットなだけあって奇抜な格好の人が多い。というのも魔法使いはどうもマグルのファッションセンスがわからないらしく、無理にマグルらしさを追求すればするほど奇妙な格好になるからだ。
そんな中で草臥れたマグルに擬態したルーピン先生を見つけるのはかえって容易だった。
草臥れてるのはもとからか。
「こんにちは」
「ああ、やあ。久しぶりだね」
ルーピンとは魔法省での戦い以来だった。
スネイプ先生がサキを一人で出かけさせたのも、同伴者がルーピンだからなのだろう。
「調子はどう?」
「普通ですね。ルーピン先生は?」
「はは…先生はやめてくれって。まあ峠は越えたかな」
「ああ、満月…」
二人連れ立って歩き、駐車場に止められた車に乗った。驚いたことにルーピンはマグルの免許を取っていて普通にマニュアル運転をこなしていた。
道の凹凸が増えてくにつれ、マクリールの館がある森に近づく。
ルーピンとは学校のことやふくろう試験のことを話した。魔法省での戦いのことはあえて触れなかったが、お互い気にしいだからなかなか言い出せないもどかしさが車の中に充満していった。
「…ところで、ハリーが会いたがっていたよ」
「そうですか」
「うん。手紙で君のことを伝えても?」
「いいですよ。…ハリー、元気ですか」
「私よりは元気さ」
車が目的地につく頃は、もうお昼時も過ぎていた。獣道を進むと、廃墟にしか見えない館が見える。立入禁止の看板を越えてルーピンが複雑な呪文を唱えると錠が開く。
「私が常に横にいなきゃいけない決まりだけど、あまり気にしないで」
「やましいことはしませんよ」
館は全然変わってない。でもやっぱり植物は好き勝手に伸びてるし風雨に晒された雨戸は厚い汚れの層ができている。掃除は嫌いだけどこういうゴツい汚れを落とすのは好きだ。まあ今日はそんな時間はない。
さっさと屋敷の中に入って目的の部屋へ行く。
母の部屋は相変わらず清潔だった。ルーピンが見ているのも構わず本棚の中の隠し部屋に入る。(どうせ知ってるだろうし)
脳髄のイラスト、図版、本。とにかく脳に関して書かれたものを片っ端からファイルにしまう。
「それ、検知不可能拡大呪文?」
「そうです」
サキはドヤ顔で頷いた。結構難しい呪文なのだが古い紙束は異状にかさばる為必要に駆られて習得した。
「3年生のときも思ったけれども、君は本当に呪文が上手いね。ふくろう試験の結果が楽しみだ」
「あ…その話はやめてください。めまいが」
「はは。邪魔してすまない。どうぞ続けて」
ルーピンに褒められて作業の手も早まる。閉ざされた棚の中には想定してたよりも本がたくさんあった。その中の鍵が壊れて隙間が空いた棚に手を突っ込んだ途端、指先に鋭い痛みが走った。
「痛っ!」
慌てて引っ込めると、薬指の内側に釘を引っ掛けたような傷ができていた。血がドロドロと傷口から流れている。
棚の扉を開けると、大きな釘がこちらに向けてはみ出していた。
「危ないな」
サキはムカムカしつつ、中にあったたった一冊の本を取り出してトランクに放り込んだ。
ルーピンが出してくれた絆創膏をはって作業を再開する。
夕方になって、これ以上は泊りがけになってしまうからと作業を終わらせた。
軽く庭掃除をしていたらあっという間に日が暮れた上に汗だくになってしまった。
ルーピンは帰りはスピナーズ・エンドの入り口まで送ってくれた。行きの倍以上重たいトランクを抱えてるので非常に助かる。
「ただいま」
霧越しに濁った薄明かり。玄関先のオレンジ色の防犯灯がぼうと闇に浮かんでいた。おかえり、の声はない。
スネイプは不在だった。なんだ、外せない用事がこんなに長引くとわかっていれば外で食べてきたのに。
サキはぴーぴー言いながら死ぬほど重いトランクを二階の仮住まいに運んだ。
こういうときにワームテールは顔を出さない。割り当てられた部屋で何してるんだか知らないが、面倒ごとを頼みたいときに限って沈む船から出ていくネズミみたいに姿を消すんだ。
りーん…
ごーん…
2つのトランクを運び終えてからもう夜七時くらいなのに呼び鈴がなった。
「…あーもう」
本当ならばシャワーをすぐにでも浴びたいのに。なんてタイミングの悪い…。
とは言え、めったに来ない来客だ。ヴォルデモートの使いかダンブルドアの使いかわからないが、どっちかの何かに違いない。
「はいはいはーい。どうも、主人は留守ですが」
おざなりな文句をいいながらドアを開けると、予想外の人物が立っていた。
「セブルスはいないの…?」
「ナルシッサさん…」
サキは言葉を失った。ルシウス投獄に関しての負い目…と言ってもルシウスの自業自得なのたが…があるので気まずい。それにものすごく不機嫌そうなベラトリックスまで後ろにいるじゃないか。
「と、レストレンジさん。こんな素敵な夜にどうしました?」
「セブルスが居ないのなら無駄だ。帰ろう、シシー」
「セブルスは…いつ帰るの?」
「すみません。わからないんです」
ナルシッサは頬がこけていていつもの青白い顔は前にもまして死人に近づいていて、素人目から見ても栄養を取ってないのが見て取れる。そんな弱々しい婦人をしとしとと雨のふる悲しい袋小路に置きっぱなしにできるだろうか。
「上がってお茶でも飲みます?」
「シシー!」
ベラトリックスはシューッと威嚇音を出して拒否の意を示したが、ナルシッサは余程の決心でここに来たらしい。それでは、と上がっていつもの気取った雰囲気も置き去りにして居間の椅子に座り込んだ。
「……れ、レストレンジさんもどうぞ…」
ベラトリックスにもお茶を出したがカップの存在ごと無視された。
まあ仲良くしようって態度で来られても困るのだが。なんせ彼女はシリウス・ブラックの仇だ。
サキはシリウス・ブラックとの関わりが薄いから平静でいられるけれども、ハリーの気持ちを思うと今ここで毒殺でもしてやりたいくらいの悪人だ。
ああ、でもそんな事をしたら人質のドラコが殺される。
ドラコ…。ドラコはナルシッサがここにいる事を知っているのだろうか?
それとなく聞いてみたいが今の彼女は触れたら崩れる氷細工みたいなので変に触れられない。今はただスネイプの帰りを待つしかない。
祈るようにして沈痛な無言の海に浸っていると、20分程で玄関のドアが開く音が聞こえた。
スネイプが帰ってきた。サキは慌てて玄関に駆け寄り今の状況を説明した。
「君は部屋にいたまえ」
とスネイプは言ったが従う気なんてサラサラない。帰ってきた疲れ目のスネイプにナルシッサは縋り付くように跪いた。
「ああ、セブルス…どうか助けてください。ドラコ…ドラコが」
「やめな!」
ベラトリックスが怒鳴った。ドラコと聞いたらもうサキとしては下がるわけにもいかない。いくら睨まれても出ていかないぞという意味を込めてすぐそばの椅子にかけた。
「ドラコがどうしたんです?」
「…小娘、お前はあっちへ行きな!」
「私にも無関係じゃないですよ。指名手配中で表に出れない貴方よりは役に立つと思いますが」
「貴様!」
ベラトリックスは腕を振り上げてサキの頬を叩こうとする、がスネイプがそれを遮った。
「軽率でしたな、ナルシッサ…サキがいる前で」
「ごめんなさい…。サキ、私はそれでも…貴方にも協力してほしいと、考えています」
「私に協力?」
「駄目だシシー。闇の帝王はそれをお望みではない!お前は恥を上塗りする気か?」
「ドラコの為ならいくらだって恥をかきます!」
ナルシッサは怒鳴った。似てない姉妹だと思っていたけれども、罵声はなんとなく似てるかもしれない。ベラトリックスの喉が鳴った。
「…ドラコは、私の人質ではないんですか?」
「あなたの人質でもあり、私達の人質でもあるのです。闇の帝王は…ある任務をドラコに任せました。それが…」
「ナルシッサ、口にする前にもう一度考え給え。闇の帝王はこの任務が公になることを望んでいない」
「でもあなたはご存知でしょう?」
「…幸い、な。もし我輩の知らぬ情報だとしたらなおさら問題だ。あなたの忠誠心にも関わる…」
「あなたは闇の帝王からの信頼も厚い。だいたい、そんな事はいいのです」
ナルシッサは有無を言わせぬ口調でスネイプの目を見た。鬼気迫る母親の決死の判断。
「貴方に、誓ってほしいのです…」
先生は破れぬ誓いというものを結んだ。
ドラコが失敗したらスネイプ先生がその役目を引き継いで闇の帝王からお許しをいただくらしい。
「で、任務ってなんなんですか?」
サキは弱々しくなったナルシッサと相変わらず敵意むき出しのベラトリックスを玄関先まで送ってからスネイプに詰め寄った。
「とりあえず…座れ」
サキはさっきまでナルシッサが座ってた椅子にかけた。ちょっと温かい。
「闇の帝王はドラコにダンブルドアからあるものを盗めと命じた」
「あるもの?…あ、待ってください当てますから」
「脳髄だ」
「言おうと思ってたのに!」
「当然闇の帝王も成功するなどとは思ってないだろう。つまり…ナルシッサの心配どおりだ。このままだとドラコは殺される」
「でも…成功すれば私はお母さんを食べなきゃいけない。というトレードオフが起きてるわけですね」
「そうだ。全く度し難い」
スネイプは長い指で眉間を押さえた。表面的な言葉ではなく心から度し難いと思っていそうな渋い顔だ。
スネイプは私に母を食わせたくない。
私はドラコに死んでほしくない。
「…ヴォルデモートが例のあの人と恐れられるのもわかりますね。あの人は強いだけじゃなく残酷です」
「ああ、恐ろしい人だ」
「……私は、ドラコが殺されるくらいなら母を食べます」
「いいや。絶対にダメだ」
「もう。なんでそんなに反対するんですか?!」
「君は感情だけで決めようとしている。きちんとあの魔法のことを知るのだ。知ってから判断してほしい」
「……ダンブルドアと同じこと言ってる」
「勿論、君が知った上でも我輩は反対するだろう」
「でもどうするんですか?破れぬ誓いを結んだ以上、先生はドラコに協力せざるを得ませんよ?」
「わかっている。考えはある…が、何れにせよ時が来るまで待つしかない」
「はー、時が来れば来ればって。大人はしりませんが私たちには一週間だって永遠に感じるんですよ」
サキは文句を言ったが特に反論はなかった。というかスネイプは何かを考えてるのか反応が鈍い。中に浮かんだ会話を締めるようにサキは冗談を付け加える。
「……泥棒かぁ。慣れてるけどダンブルドアだもんなぁ…」
「慣れてる?」
「あ、失言」