【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
暗い車内に掠れた男の歌声が響いていた。スピーカーからマグルのヒットチャートが流れている。
「ちゃんとロンドンにつくかな?」
ネビルが手すりをがっしり掴みながら不安そうに窓の外を流れる雲を見た。
「クルマちゃんを信じなさい」
サキは窓に手を掛けながらさながらベテランドライバーのごとくゆったりと構えていた。
「本当にシリウスがいると思う?」
ハーマイオニーが杖を握り締めながら言った。ロンはそんなハーマイオニーを見て気丈に振る舞う。
「さあね。でもグリモールド・プレイスに居なかったんだ。ハリーを信じていくしかないよ」
「そうそう。まあ場所はおしえてもらったしじきわかるさ」
ルーナは楽しそうに雲の下で光るどこかの明かりを眺めてる。
「サキ…巻き込む形になっちゃったけど、大丈夫?」
ハーマイオニーはこれまでのサキの事を想って言ってるのだろう。ヴォルデモートが復活した今、一年生の時のように命を狙われかねないと。
しかしサキ本人は不安より大きな感情がある。
「正直言ってね、ワクワクさ。去年一昨年と大騒動とは無縁だったからね…久々にみんなと冒険できて楽しいよ」
「あのなあ、命がかかってるんだぞ?」
ロンが呆れ気味に、しかしいつも通り能天気なサキに対する安堵から笑顔で返した。
「わかってるよ。やるときゃやるさ。テストと同じでね」
「ほんと…サキって変わらないわ」
ジニーもくすっと笑った。
車はロンドン上空に辿り着き、厚い雲の下からネオンの明かりが瞬いた。
………
「シリウス…シリウス!」
ハリーはグリモールド・プレイスのドアを殆ど蹴破るようにして開けた。シリウスがもういないのは承知だったがそれでも声をかけずにいられなかった。
まずはフィニアス・ナイジェラスの肖像画を探し、応援を呼ばなければならない。
「なんだ?なんの騒ぎだ?」
ふいに、階段の上からシリウスの声がした。
あまりの驚きでハリーは思わず構えた杖腕をおろした。
シリウスが先程見た夢の姿と似ても似つかない姿で、いつも通りのふらっとした姿で階段に立っていた。
「シリウス…?」
「ハリー!一体どうしたんだ?どうやってここに来た」
シリウスは慌てて駆け寄って、ハリーを抱きしめた。
ハリーはシリウスの温もりを感じて危うく泣きそうになった。しかし同時に自分の犯した過ちを思い知る。
「どうして!魔法省に行ったんじゃ…」
「魔法省に?いや、私はバックビークが怪我をしたから手当をしていたんだ」
「クリーチャーが嘘をついたんだ…」
「クリーチャーが?ハリー、詳しく話してくれ」
シリウスはハリーの肩を優しく手で包んで尋ねた。ハリーはパニックになる頭を必死に抑えつつ起きたことを順番に話した。
シリウスが神秘部で拷問を受けてる夢。
クリーチャーの高笑い。
ロンたちが魔法省に向かったこと。
至急騎士団の応援が必要なこと。
すべてを聞いた途端、シリウスの目に光が宿った気がした。そしてキビキビと動き出し、フィニアス・ナイジェラスを肖像画に呼び出した。
「至急騎士団に魔法省に行くように連絡してくれ。神秘部に生徒たちが向かっている。死喰い人の罠だ。私もすぐに向かう」
「シリウスはいっちゃだめだ!あいつに殺される!」
「ハリー、落ち着くんだ。あいつがそんな幻を見せたのは私を殺したいがためじゃない。君を殺すためだ」
「やだ!僕は行くぞ。僕のせいでロンやハーマイオニー…サキが危険なんだ!」
「サキ?マクリールの子までそこに?」
「そうなんだ。急いで向かわないと」
「そうか。よし、それじゃあ行こうハリー」
シリウスはだぼだぼした部屋着を脱ぎ捨て、外出用のホコリをかぶったローブを纏った。
「ほとんど一年ぶりの外出だ」
………
真っ暗で誰もいないアトリウムは見るからに不気味で、日中は美しいはずの泉の彫刻すら不気味に佇む鬼の如し。ネビルがサキのローブの裾をぎゅっと握ってるのがわかる。
「神秘部は…」
「最下層よ」
エレベーターがちぃん…と物悲しい音をたてて虚ろな口を開いた。
6人は意を決して乗り込んだ。
エレベーターは決していい乗り心地とは言えなかった。ガタガタ揺れて、吐きそうになりながら地下深くまで降りていく。
ごおんごおんとどこからか聞こえる空洞音は2年生の頃降りていったあの秘密の部屋への穴を思い出す。
『ー地下9階。神秘部ですー』
アナウンスが黒い大理石の空間に響いた。
「暗くて寒くていい感じのとこだね」
サキが場を和ませようとしてもみんな緊張していて笑い声どころか返事もなかった。
「さて…行こう」
サキが先頭を名乗り出たのでしんがりはハーマイオニーになった。
「随分入り組んでるな」
四方八方に伸びる廊下と扉にロンが心配そうに呟いた。道順はきちんとハリーから聞いたので大丈夫なはずだが、後も同じ風景が続いていると流石に不安になってくる。
「通った扉には印をつけておくわ」
ハーマイオニーがさっき締めた扉に大きくバツじるしを刻印した。
「急ぎましょう」
次の扉はどこか見覚えのあるノブをしていた。ちょっと悩んでからノブをひねって、それがマクリールの館にあるものと同じだと気づく。感触がまるっきり同じだ。
その扉の向こうは細い通路だった。しかしそこにはびっしりと図表が貼られており、マクリールの館の隠し部屋と同様に隙間にびっしりと様々な言語でメモが書かれていた。
「滅茶苦茶ね」
ハーマイオニーがその偏執的に埋められた余白を眺めて呟いた。
「はやくでよう」
ジニーの声に促され、みんなで一列になって通路を歩いた。否が応でも図表が目に入ってくる。その汚い文字は明らかに母の残した手記と同じ文字で、ぐにゃぐにゃと深淵から聞こえる声のように拗れて捻れて捩れている。
その文字の坩堝のような通路を抜けると、今度は墓場みたいに静かな図書室だった。
どこまでも書架が続いていく廊下。サキは四方位呪文で方角を示し、とにかくまっすぐ前へ向かうように心がけた。
「…歴史の本かしら?これは…すごいわ。題名から見るに紀元前のものみたい」
「こんなとこで読書はやめてくれよ」
「しないわよ!」
「ああ、僕今日のテストのこと思い出しちゃった…」
ネビルの情けない声色に思わず笑ってしまう。
「クソ、また扉だ」
次の扉を開けると、少し開けたところに出た。
円形の広場で、中央にアーチが建っている。いろんな扉がここに通じるように作られているらしく、等間隔に7つの扉が設置されていた。
「あのアーチ…」
「サキもわかる?」
サキのつぶやきにルーナが反応した。
「何か聴こえる」
やめてよ、とジニーが言ったがルーナは聞こえてないようだった。
アーチは薄いヴェールがかかったかのように霞んで見えてゆらゆらとその鏡面が光を放ってる。近寄りがたいのに、なぜかとても惹かれる。
たくさんの人の話し声が聞こえるとルーナは言うが、サキには聞こえなかった。ただそこに何か気配を感じる。
気のせいとかではない、明白な気配を。
「早く行きましょう。なんだか嫌な感じがする」
ジニーに背中を押されてサキはやっと入った扉と向かいの扉へ入った。微妙に真っ直ぐでなく、それでいて傾いた気分の悪くなりそうな廊下をまっすぐ進むと、ハリーの言ってた扉にたどり着いた。
「…開けるよ」
「ああ、いこう」
ハリーが開けようとした扉。それを今サキが開けた。
扉の隙間からひんやりした空気と霧が流れ出た。神聖ささえ感じる空気を吸って、一歩踏み入る。
そこは巨大な倉庫だった。
見渡す限り一面に黒い棚があり、そこに隙間なく乳白色に光る水晶玉が置かれている。地下宮殿のような回廊。その奥、97番目の棚の廊下でシリウスが拷問を受けているはずだった。
「…」
サキは無言で杖先に火を灯し前へ進む。二番手のロンも口を真一文字に結んで周りを照らした。
ハリーの見た光景が本物なら覚悟しなければいけない。つまり、そこに横たわる無残な死体なんかを。
霧が濃くなってきた。空気はますます冷たくなって肺から全身を凍らせるほどだ。
「……ここ?」
サキはハリーから伝えられた番号の棚を見つけ出した。
しかしそこには何もない。
他の廊下と同じシミ一つない白い石の床が広がってるだけだ。
「なにか痕跡は?」
ジニーが床に呪文をかけた。しかしなにも見つからない。
この廊下にははじめから何もなかったのだ。
「まずい」
ハーマイオニーが暗い廊下の陰に向かって杖を構えた。反射的に円陣を組み6人がそれぞれに杖を構える。
どこまでも続いていくぼんやりとした暗がりから人影が現れた。白くて柔らかい光に照らしだされたのは鈍色の仮面をつけた魔法使いだった。
あれは死喰い人の仮面だ。
クィディッチワールドカップで見た光景が脳裏にちらつく。
「おや、おや、おや…誰かと思えば…」
聞き覚えのあるどこか高慢さを帯びたツンとした声。
サキの目の前に現れたのは仮面をしてたってわかる、プラチナブロンドの髪を携えた死喰い人。
去年までサキににこやかに微笑みかけてくれた人、ルシウス・マルフォイだ。
「ここは君が来るべきところじゃないだろう、サキ」
「そうですかね。ルシウスさんこそどうしてこんなところに?お散歩ですか?」
いま彼の顔に浮かんでいるのはほんの少しの恐れと動揺、そして挑発的な笑みだった。恐れと動揺は思惑通りにハリーが来なかったことに対してだろう。そして笑みは、思わぬ獲物がかかったせいかもしれない。
「ポッターはどうした?」
底冷えしそうなほど冷淡な女の声がした。
ネビルの腕に力が入るのがわかった。
「怯えて逃げ出したか?」
「ベラトリックス・レストレンジ…」
ネビルが今まで聞いたことないくらい低い声で唸った。
「おや、ロングボトムの子かい?お父さん元気?」
聞く者の心を逆立てるような甲高い声で魔女、ベラトリックスは笑った。闇から次々と死喰い人が現れた。
その中には見覚えのある顔が多々あった。アズカバンから脱獄したやつだ。お尋ね人ポスターでみたことがある。
「肝心のハリー・ポッターがいないとはねぇルシウス。しくじったな」
「それならばプランBだな」
ルシウスは豪奢な柄のある杖を抜いた。
「すぐに騎士団が来ますよ。ハリーも来ないし、今日はお開きにしませんか」
サキは慌てて提案した。しかしそんな案をベラトリックスが飲むはずもなかった。何故か初めてあったというのに憎悪の眼差しを向けてくわっと歯を剥いて怒鳴った。
「ふざけてるのか?小娘」
「サキ、こいつらに話なんて通じない」
ロンが囁く。
「逃げよう」
ベラトリックスはその囁きを聞き漏らさず、その愚かな提案を嘲り笑った。
「逃げられると思ってるのか?…捕まえろ!」
……
「シリウス、どうしよう」
シリウスはたまたま玄関のすぐそばに停めてあったバイクに呪文をかけて、ハリーを乗せて矢のように発進した。
バイクはマグルの目にも止まらぬ速さで車間をすり抜けていく。
「僕、クリーチャーの言葉を信じたばっかりに友達を死地に追いやっちゃったよ」
「ハリー、まだ死地とは限らんさ」
ロンドンの街並みがビュンビュン過ぎ去っていき、ネオンや街灯が帯のように見えた。ビルが立ち並ぶ一角に入ればすぐに外来用入り口の電話ボックスがある。
「さあ行こう」
シリウスの背中は大きくて、骨張って、硬かった。
バイクを放り出すようにして二人は電話ボックスに入る。
「いいかハリー、失神の術は使えるな?」
「勿論」
「よし、それでこそジェームズの息子だ」
アトリウムは真っ暗だった。夜警のガード魔ンの気配もなく、不気味に静まり返っている。
騎士団の人間はまだついていないようだ。
ハリーはエレベーターに乗り込むと地下9階のボタンを押した。
扉が閉まり、エレベーターがゆっくりと下降する。地下へ行くにつれて空気がどんどん重たくなっていく気がした。
『ー地下9階、神秘部ですー』
黒い大理石の廊下に虚ろなアナウンスが響く。
ハリーとシリウスは二人して顔を見合わせた。シリウスはにっと挑戦的に笑い、杖を構えた。
「ハリー、こんな時に言うのも何だがね。私はいつも戦いたかった」
「わかってた。なんとなくだけど…閉じ込められてるのは似合わないよ」
「ああ。だから正直言ってワクワクしている」
廊下の扉には大きな刻印があった。サキたちが通った証に違いない。
急がなければ。
「行こう、ハリー」
「うん。行こうシリウス」